ジャネア王国の秘密の地図(sideフレッド)
私は夜の海を全速力で駆けていた。とにかく一刻も早くウェルナー殿から頂いた地図を、前王妃様にお渡ししなくてはならないからだ。
ウェルナー殿が変な地図だと言って見せてきた地図には、海流や各島の詳細や採れる食糧の種類、よく出る魔物、難破しやすい場所――そして、軍事拠点が幾つも書かれていた。
戦闘準備を始めたというジャネア王国の国章は、金色の獅子の魔物。小さいが沢山ある軍事拠点に、金獅子の船飾り。間違いない、ジャネア王国の狙いは内陸ではなく、ペリネシア王国だ。
これが流れ着いたのは夏だから、きっと今はもっと沢山の拠点や兵士がいるに違いない。武器を頼んだのも、徴兵逃れの移民がいるというのも、もう時間があまり残されていないと判断した。
一緒に乗ってくれたミディという蛇が魔法を使ってくれたおかげで、数日かかる行程を約半日で走破した。そのまま私は王城へと走り、前王妃様に会えるようにお願いした。
王城についた時には真夜であったが、前王妃様は私に会って下さった。私があり得ない時間に来たから、異常事態と判断したのだと思う。
「フレッド、このような時間にどうしたのです」
「申し訳ございません。ですが、一刻も早くこれを国王陛下にお渡し願いたいのです」
私は無礼と思われても構わず、海図と金獅子の飾りを前王妃オリビア様にお渡しした。それからすぐに、内陸で起きているきな臭いこと、とある島でそれらを拾ったことをいくつか伝えた。
その瞬間、オリビア様はハッとした表情で、メイドもつけずに部屋を飛び出した。気がついてもらえたことに安堵して、オリビア様付きのメイドからお茶を出していただいて一息ついた。
三十分ほどして、オリビア様は戻ってきた。
「…お前のこの度の働き、大儀でした。陛下も大変感謝しておりました。ことが落ち着いた暁には、沢山の褒美をとらせよう」
「ペリネシア王国国民として、当たり前のことをしただけにございます。褒美は私にではなく、国民のためにお使いくださることを願います」
「ふふ…商人のくせに無欲なふりをする。して、そのとある島とはどこなの?」
オリビア様は優雅に紅茶を飲みながら、そんなことを聞いてきた。私はそれに微笑むことだけで返す。オリビア様のことだから、それが例の秘宝を見つけた島だと察してくださるだろう。
黙ってお茶を飲む私とオリビア様だったが、オリビア様はそれ以上聞くことはなく、メイドを呼んでこそこそと何か耳打ちした。頷いたメイドは、部屋をそっと出た。
するとオリビア様が、小さな声でこう聞いた。
「…そこは、誰かを隠すことができる?」
私は黙ってただしっかりと頷いた。もちろん、私もこの意図はわかっていた。万が一、王国に危機が迫った時にまだ幼い王子や姫を、見つからないように逃すことができるのか?という意味だ。
ホッとしたような表情になったオリビア様は、ただ頷いた。そしてすぐに調子を変えて。
「だいたい、いくら急いでいたからってこんな深夜にやってくるなんて。まったく、前回のことがなかったら牢屋に入れられても文句は言えないわよ?こちらにだって準備があるんですから…ああ、ノキア、それをこの商人に渡してちょうだい」
話をしている間に、献上板に山積みになった金の延べ棒をカートで運んできた。
「楽しい話を聞かせてくれた褒美よ。次に来るまでに、欲しいものを考えておくことね」
「これはこれは毎度ご贔屓にありがとうございます。ええ、ええ、ですがしばらく休暇を取ろうと思いますので、はい、はい」
「あらそう?まぁいいわ。そうそう、毎度こんないきなり来られたら困るから水鏡を登録しておいてちょうだい」
なんて白々しい演技を続け、水鏡の登録と金の延べ棒をマジックバッグに入れて、にわかに慌ただしい明け方の王城を去るのだった。
それから私はまず金の延べ棒を二十本、師匠の商会の金属部門に買い取ってもらった。今度は元々ペリネシアに戻って売るつもりだった大量のワインを、師匠に高めに買い取ってもらう。
すでに金塊を売ったことは師匠に伝わっていて、師匠はおそらく何かを察したのだろう。別室に呼ばれて、話をすることになった。そこには遮音、防音など密談ができる魔道具が置いてあった。
「…師匠、内陸のジャネア王国の件はすでにご存知ですよね?だからこうしてペリネシアに戻ってきたんですが……来る途中、幾つかの不自然な島を見つけました。見た感じ、島というより軍事拠点…そこにいた島の者も兵士だと思います。
これは私の勘ですが、ジャネア王国の狙いはおそらくこのペリネシア王国です」
「な、なんだと?!そんなまさか、ジャネアには大した船も港もないのだし、海軍も大して機能していないのに…」
「私も確証はないのですが…内陸で兵役逃れの避難民を何人も見かけましたし、そもそも長かったアーデン帝国との戦闘で、和平もなしにあっさり引いて行ったのも変に思います。やっぱりどうも嫌な予感がします。
ですので、内陸でもジャネアから離れた、遠方の国で様子を見ようと思います。……師匠もどうかお気をつけて」
師匠はおそらく私の言葉を信じていない。考えすぎだ、なんて笑いながら内陸に行くならまたワインや紅茶や茶器が欲しいなんて、呑気に話している。
正直私はそれどころではない。ペリネシアとジャネアの開戦の確率が高い以上、ウェルナー殿に頼んで島に滞在させてもらうのが一番だ。命あっての物種とはよく言ったもので、揉め事が落ち着いてから商売する。そもそももう商人を辞めてもいいくらいお金もあるしなぁ。
おっと、急いで食糧を買えるだけ買おう。私はあえて師匠ではなく別の商人達のところで買って、金をばら撒いていく。こうすれば、勘のいい商人なら異変に気がつくはずだ。案の定、飲み仲間の商人が「情報買うぜ」なんて言ってくる。
そんなことをしながら、食糧と食用の家畜、日用品をたっぷり詰めて、ペリネシア王国を後にしたのだった。
その次に向かうのが、鬼人族の島である。幻の島の途中にあり行ってみたかったというのが一つ。ペリネシア王国でウェルナー殿に連絡した時に、鬼人族に戦争になるかもしれないことを伝えて欲しいと言われたというのもあった。
家畜の価値が高いそうなので、ペリネシア王国で食用としてたくさん育てられているホロホロ鳥を沢山買い込んできた。売買できなくても幻の島の方で食べればいい。
ウェルナー殿が言う通り、ふたこぶのその島には巨体のツノがある種族が暮らしているように見えた。航海士に頼んで、船着場に着けてもらった。
鬼人族達は多少警戒しているようで、まずウェルナー殿の紹介であることを伝えた。
「突然来訪したことをお詫びします。私はウェルフレッド商会の商人、フレッドと申します。私と取引してくださっているウェルナー殿から至急お伝えして欲しいことがあると言われ、参った形です」
「ええっ?!ウェルナーさんの知り合いかい?誰かぁ、族長呼んできてぇ!!」
そんな感じでとんとん拍子に話は進み、族長とやらが姿を現した。いい人だとウェルナー殿は言っていたが、かなり威圧感がある。正直こわい。
族長はザザ殿というそうで、こわいと思っていたがにっこり笑って握手をしてくれて、ようやくホッとした。
「さて…ザザ様、本日は行商だけでなく、ウェルナー殿より言伝を申しつかってきたのです。実は…」
私はウェルナー殿が海を周遊するうちに、変な島や船を見かけたことやジャネア王国が兵を集めて、ペリネシア王国に攻め入るという噂を聞いた、と。加えて私が内陸で武器を集めている、兵役逃れの避難民がたくさん逃げていると言った情報を伝えた。
「ですので、どうか注意しておいて欲しいとのことでした。私からも…開戦すれば、こうした島々に人間が侵略して、食糧を奪ったりすることもあるので、重々気をつけてください」
「……そうであるか。ウェルナー殿と貴殿の言伝、しかと受け取った。情報感謝する。この辺りにはほとんど船が通らないが、何度か大きな海賊船を見かけた。西の方に向かって行ったが、もしかしたらあれは海賊船ではなかったのかもしれないである」
「ええ…もし逃げるところに困ったら、この島のほぼ真北にあるエーリッヒ王国に行って、商人ギルドで私に連絡したいと言ってくだされば、繋がると思います」
ザザ殿は改めて感謝の言葉を使って、頷いた。そして、商品を見せて欲しいと言われたため、家畜と持っていた食糧を一樽ずつ出してみせた。日用品も少しだけ出してみたが、買うだろうか。
鬼人族の女性たちは、干しベリーと石鹸とヘアブラシが欲しいそうで、族長はホロホロ鳥もすでに飼っているが半分買ってくれるという。鬼人族の男性たちはワインと干したトマトと茸が欲しいそうである。対価はベーコン3樽、チーズ1樽と梅酒1樽だ。
ベーコンと梅酒は凄く美味しいので、生産量を増やしてくれたら次回大量に買わせて欲しいと言っておいた。ザザ殿は改めて喜んで、私と固い握手を交わした。
「では、どうかどうかご無事で!」
そうして私は、この海いち安全な幻の島に向かうのだった。




