大蛇と海へ
夜になって、ミディ、ビノ、アルを連れて大蛇のところに行く。大蛇はまた月明かりを見ていて、天気や時間を測っている……と俺は思っている。
《来たか…私の背に乗れ》
「わかった」
大蛇は俺に背に乗るように言い、乗りやすいようにその巨体をペタリと地面につけた。可愛いとこあるよな、と思いながら大蛇の背中に跨った。跨るというか、張り付いているというか。
すると不思議な感覚に包まれた。空気の渦が俺の身体を覆って、守ってくれる感じだ。おそらく魔法で落ちないようにしてくれているのだと思う。
どこから出るのか疑問だったが、大蛇は普通に滝から出た。やっぱりここから出るんだなぁ、なんて思っていると。大蛇はものすごい勢いで動いて体感数秒で海岸で、今すでに海にいた。
「は、速っ!?もう海の中にいるじゃないか!」
《お主が乗っているからゆっくり泳いでいるが?》
「…大蛇って本当に凄い蛇だったんだなぁ…」
《今頃気づいたのか》
正直、蛇がこんなに早く動けるなんて思っていなかったし、海をこんなに早く泳ぐなんて思ってなかった。しかもこんなに多彩な魔法を使いこなせるとも思ってなかったのである。強い魔物を、冒険者が命懸けで倒そうとするというのがわかった気がする。
海の中は、夜だから暗いがそれでも美しく、色とりどりの魚や珊瑚がある。大蛇はどうやら海底に向かっているようで、ぐんぐん暗い暗い海に向かっている。
面白いことに、大蛇が泳ぐと周りの魚達が全然近寄って来ない。やっぱり強い魔物だから魚も怖いんだな。
泳いでいた大蛇は急に止まり、「シャーッ」と鳴いた。するとミディ達が俺から離れて、先に行ってしまった。
「どうしたんだ?敵か?」
《…敵ではないが…獲物を待っている》
獲物を待っている?と首を傾げているうちに、ズゥンと遠くで音がした。音の先には薄らと、何かが動いているように見える。かなり大きいのではないだろうか。
その薄らした影は少しずつ少しずつこちらに近づいているような気がする。そこで俺はようやく、それが巨大なイカだと気がついた。そのイカの周りでウロチョロしているのが、ミディ達のようだ。
すると大蛇の周りがモヤモヤとしてきた。細かい泡のようだが、それを纏ってゆーっくり、ゆーっくり巨大なイカの背後に近づいて――――。
ガブリ。
巨大なイカはビクッと震えて、事きれた。華麗というしかない鮮やかな狩りに、改めて強いのだと実感した。巨大なイカを咥えた大蛇は、また全速力で海底に向かって潜っていく。
ミディ達も俺のところに戻ってきた。立派に戦って偉かったので、みんなを沢山撫でてやった。あとで干し肉をやろう。
暗いはずの深海だが、なんだか明るくなってきた。巨大な光るクラゲが群生していて、この辺り一帯が薄ぼんやり明るいのだ。そんな中、海底に巨大な物体があった。
「あ…あれってもしかして…」
《いたぞ。あれがアイランドタートルの巣だ》
「おおー!!」
見えてきたのは、大小様々な10匹?島?ほどのアイランドタートル達だった。大蛇に気づいているようで、みんなこちらを見上げている。やっぱり大蛇はすごい。
大蛇が海底に降りるとふわぁっと大蛇の体長くらいのアイランドタートルがこちらにやってきた。亀の年齢はよくわからないが、たぶんお爺ちゃんっぽい。
《久しぶりだな、亀》
《んあー、久しぶりー、蛇》
なんだかのんびりしたふたりの挨拶を見ていると、なんだか穏やかな気持ちになるな。
《…亀、紹介しよう。私が気に入っている人間で、私の島で暮らしているウェルナーだ。今日はウェルナーの頼みを聞いて貰いたくて連れてきた》
《蛇が人間を気にいるとは…オイラはアイランドタートルの親分だど。よろしく〜》
「ウェルナーと言う。よろしく頼む」
自己紹介も済んだところで、親分に今回来た経緯を説明する。交易をしたいが、大蛇の住む島を誰にも知られずに、絶対守りたい。そんな時に、スネイ達の住むアイランドタートルのことを知った。ならば、動く島をカモフラージュにして交易ができるのではないかと考えた。協力して欲しい、と。
どうかお願いします、と親分に向かって頭を下げる。親分は何も答えずにいる。やっぱり難しいものなのだろうか?と思っていると、親分はじいっと、じぃーっと巨大なイカを見つめている。
様子を見ていた大蛇は、巨大なイカを高く掲げて、大声を出した。
《協力してくれる奴には、このクラーケンをやる!》
そう大蛇が言った瞬間。
《ハイハイハイ!!!協力しますよ!!!》
《待てオレだ!オレが適任だ!》
《退け!ワシじゃワシじゃ!!!!》
黙っていたアイランドタートル達がすごい勢いで喧嘩しはじめた。亀達は水魔法やらのしかかりやら、もはや砂が舞い上がって何が何だかわからないが、とにかく大乱闘しているらしい。海底が地震みたいに揺れて、近くの岩が壊れた。
というかこの巨大なイカってクラーケンだったのか。全然気づかなかった。
親分はそれには我関せずで、ミディが暇すぎて狩ってきたらしいイカをもひもひ食べている。
《とりあえず、話はわかっただよ。明日までには誰かそっちに遣るから、好きに使ってやっていいど》
「本当にありがとう!助かるよ!でもあの……アレはほっといていいのか?」
《いんだ。オイラも親分じゃなかったら戦うんだどもなぁ〜悔しか〜》
《自分で獲らんか…面倒くさがりめ》
まだまだ勝者は決まらないそうなので、親分の顔を撫でて、改めて礼を言う。
「亀じい、ありがとな。時間はかかるが絶対礼をしにくるからな」
《…楽しみにしとくだよ》
たぶんにっこりと笑った親分に別れを告げ、大蛇と俺は島へと戻った。
戻る最中、ぼんやりとさっきのことを振り返る。大蛇はアイランドタートルの好物であるクラーケンをわざわざ狩って、アイランドタートルに協力してもらう対価を用意してくれたのだ。本当に感謝してもしきれない、偉大で強くて優しい大蛇だ。
洞穴にとぐろを巻く大蛇をギュッと抱きしめる。
「ありがとうな、大蛇…俺の…いや俺たちのためにこんなにしてくれるなんて、やっぱり大蛇は偉大な島の支配者だよ。この恩は一生かけて返す。何があってもこの命の限り、大蛇を守ると誓う。本当に本当に感謝している」
《…ふん。お主に守られるほど弱くない。馬鹿なことを言ってないでさっさと帰れ。私は疲れたから眠い》
「はいはい、またな」
ツンとそっぽを向いてしまった大蛇を可愛いと思いながら、海岸のテントでエルドに起こされるまで眠った。
起きたあと周りを見渡すと、エルフ達が海岸で朝食の支度をしていた。夜に色々動いたから、とても腹が減っている。
「話はミディちゃんから聞いたわよ。亀ちゃんが協力してくれるんだって?よかったわねぇ!」
「アイランドタートルの好物がイカだって聞いたから、エルド爺さんと、ソニア婆さんがイカを取りに行ってるよ」
「おお。色々ありがとう」
俺が説明できない代わりに、ミディがルークに話をしてくれたようだ。
出来上がった朝食を食べつつ昨日あった素晴らしい出来事を、みんなに話して聞かせた。クラーケンがいたことに驚き、それを奪い合い戦っていた亀達の話に笑ってくれた。
食事の間、漁師とチビ達がイカを次々と樽に入れている。この辺りのイカはいなくなってしまうな。養殖も考えるかな。
ちょうど樽二つ分のイカが溜まった頃、ミディが選ばれしアイランドタートルが来たことを教えてくれた。その姿は以前来たスネイの亀より三倍は大きい。島も木々が茂っていて、かなり良さそうだ。
《ウェルナーちゃーん!来たわよぉ〜!!》
「待ってたぞー!わざわざありがとうなー!!」
なんか思ってたのと違う感じの亀が来たな。声の感じはメスのようだ。明るくて、でも頼りになりそうな亀だ。そして昨日のあの騒動を勝ち抜いたと考えるとかなりの強さなのだろう。姐御と呼ぼう。
砂浜に着岸した亀の姐御は、登りやすいように前脚?ヒレ?をこちらに差し出してくれている。来てくれたお礼に、イカを何個か口に入れてあげた。
《交易に行くんでしょ?荷物とか積みやすいように上は好きにいじっちゃっていいからね!えっくれるの?ヤダ〜!!最高〜!!!》
姐御亀はイカをもらえてご機嫌そうなので、早速島に上陸する。ルークもユーリ婆さんもやる気満々で、収穫のための麻袋とか木を切るための斧を持っている。
島の中は、椰子の木とバナナが成っていて、椰子の木はあるのだがバナナがないので欲しいと言ったのだが、ルーク曰くうちの島の気候だとうまくできないのだそう。残念だ。
ユーリ婆さんが喜んだのが蜂だ。なんと蜜蜂が住み着いていたそうで、しかも今まで見たことがない種類の蜜蜂だそうだ。大興奮である。うまく養蜂箱に移るといいが。
ルークが喜んだのは苺だ。実はなっていないが一眼見て苺だ!と確信したそうだ。蜂がいると苺が育ちやすいそうだから、納得である。木苺もあるそうなのでそれも嬉しいらしい。
そして俺はーー目の前の珍妙な…青っぽい灰色のモコモコした鶏…だと思うのだが、それが50羽はいる。ひよこもたくさんいて、はじめてみる白蛇に怯えている。大人の数羽は人馴れしているのかのんびりしているのか、堂々としたものである。
人が住んでいるわけでもないので、どこからか自然と迷い込み増えたのだと思う。となると人馴れしている個体は元家畜だったとみてよさそうだな。
「うちの島に来るか?」
話せるとは思っていないが、うちの島に来るなら降りて、嫌なら残れと言ってみた。すると人馴れしていた大人の5羽とひよこ6羽と羽根の生えた犬が近づいてきたので、島で飼うことにした。鬼人族は家畜に詳しいというし、なんの種類かわかるかもしれない。
珍妙な動物は実はまだいる。いかにも鳥ですみたいな顔をした羽根の生えた仔犬がいるのである。色も似ていてそれっぽいが、絶対こいつは犬だ。抱き抱えると尻尾を揺らしている。
「待て待て、お前はなんだ?犬か?鳥か?」
「コゥン?」
「姐御!姐御!ちょっと見てくれ!」
《あらなぁに?……ってフェンリルの仔じゃないの!やだーっいつから背中にいたの?!え?昼寝していたら水の中にいて出れなくなった?あー…だから鳥に育ててもらってたわけなの?あらぁ、頑張ってたわねぇ!うんうん、大丈夫よウェルナーちゃんはいいご主人様になるわよぉ》
この謎の仔犬はフェンリルの仔だという。フェンリルは流石に聞いたことがある。なんでもどこかの国の守り神なのだとか、もし倒した冒険者はドラゴンを倒したのと同様に英雄になれるとかなんとか。とりあえずうちの大蛇みたいなすごい魔物…らしい。
本当か?とふわふわでコロコロした愛らしい生命体を抱っこしながら思ったが、可愛いからまぁいいか。猟犬にでもしよう。




