ミュリンの成長
畑作りがひと段落して、今は果樹園作りに勤しんでいる。
ざっくりと拠点の地理を考えてみると、洞穴から南に畑が、北には畑サイズの牧草地があって、西には煮炊きの小屋と果樹園がある。東側は山だ。
エルフ曰く、これ以上は開拓しない方がいいそうで、木を減らした分を増やすまで待って欲しいということだった。たしかに一気に木を切り拓きすぎた。今のままで十分なのだから、このままにしよう。
そんなエルフ達の活躍は素晴らしく、畑に魔法をかけて成長速度を早めたり木の実から木の苗を作って森を増やしたりしているようだ。最近植えたばかりの小麦が背を高くしているのはもはや驚愕だ。
「ウェルナー様…お散歩、行ってきます」
更にみちがえたのはミュリンだろう。食事を摂らせて地道に体力づくりを続けた結果、一人で歩けるようになったのだ。散歩を日課にさせたことで、毎日歩ける量や速度が改善している。
「ミディ、タヌキ達、ミュリンを頼んだぞ」
タヌキ達はミュリンに懐いていて、森の散歩について行ってくれる。タヌキ達は散歩の最中にキノコや胡桃を持って帰ってくるので、重宝している。ミディは護衛で、ミディがいればまず動物は寄ってこないのだ。
俺のすることは今はないようなので、久しぶりに海岸に行くとしよう。オズワルドに跨がり、海岸に向かって森の中を駆け抜ける。オズワルドもターシャも走ることが楽しいようで、たまにこうして駆けさせるとご機嫌になるんだよな。
海岸にはターシャがのんびりと草を食んでいて、エルドが漁をしていることを察した。エルドは本当に海が好きで、老人とは思えないくらい毎日海に潜っている。
浜辺に寝っ転がってボーっと水平線を眺めていると、エルドが戻ってきた。手には大きなツナという魚を持っている。
「おおウェルナー、来ておったんか」
「今日はツナか。夕飯はご馳走だなぁ」
「久しぶりの大物じゃ!銛が手に入ればもっとたっくさんとってやるからな!」
そういえば、エルフの村について聞いたことがなかったな。聞いてみるか。
「なあ、エルフの村はどのあたりにあるんだ?漁をして生活してるのか?」
「エルフ族は意外と数がおってな?有名なところだと神聖王国かの。あそこはエルフが治める国なんじゃ。
色々な場所に住んでいるけども、ダークエルフ族は漁が得意じゃから島とか海岸沿いに住んどることが多いのぉ…えーとの、地図じゃとここじゃ。この群島の三つにそれぞれ住んでおった」
エルドは地図のこの島より更に南の方にある10個ほどの小島が連なる辺りに住んでいたという。地図にあるということは、とくに隠されているわけでもないようだ。
そして内陸の森が描かれているところが、神聖王国だとか。他にもこの島、この島と指を差して教えてくれた。思ったよりある。
主な産業は漁業で、素潜り漁や養殖をしていたそうだ。白いエルフは主に養蜂と畑で、実は今まで家畜は飼っていなかったのだそうだ。そう考えると、世話が俺担当になるのも納得だな。
養殖は主にオイスターとサバだったそうで、ほぼ毎日おなじ感じのメニューになるのだとか。
「そう考えるとここは天国じゃ!魚、肉、果物、野菜、酒!!あそこから追い出されてよかったと思っとるわい」
豪快に笑うエルド。天国と思ってくれているならよかった、かな。
エルドの話を聞いて、思いついたことがある。オイスターは確か貝だ。オイスターが養殖出来るなら、あの二枚貝――アコヤガイというらしいが、それを養殖したい。
アコヤガイの養殖について、というかそこについてくる真珠について説明し、出来るかどうかエルドと話し合った。アコヤガイがどんな生態で何を食べるのか、どんなところにいるのか、繁殖方法について調べてくれるそうだ。
うまくいけば、真珠を主な産業として継続的に輸出できるだろう。ついでにオイスターの養殖も頼んでおいた。食糧は多い方がいいからな。
話をした後はエルドと一緒に拠点に戻る。拠点からは緩く煙が見えていて、食事の支度をしていることがうかがえる。なんだか甘い匂いがするが、デザートを作っているのだろうか。
「婆さんツナじゃ!ツナステーキにしてくれ!」
「はいはい…」
今日はツナステーキと、卵と野菜の炒め物、洋梨のタルトだそうだ。最近婆さん達は料理のレパートリーが増えている。おそらくフレッドが持ってきた沢山のレシピ本を使いこなしているのだろう。たくましいな。
完成するのを待つ間、ミュリンの様子を見る。ミュリンは婆さん達と一緒に食器を運んだり、湧水の水を汲んで持ってきたりと随分動けるようになっていた。これなら、明日から家畜の世話を一緒にやらせてみてもいいかもしれない。
次の日から、ミュリンには家畜の世話を手伝わせることにした。まずは簡単な餌やりと水やり。卵を回収してひよこが産まれていないか確認。終わったら、牛と馬をブラッシングしてもらう。その間に俺が寝藁交換と糞の処理だ。
「ミュリン。辛くないか?疲れてないか?」
「ええと、はい!ちょっと馬は大きいので大変ですけど、大丈夫です!」
「そうか…よし。もう少しなれてきたら乗馬もしてみような」
ミュリンは自分のできることを少しずつ増やしていった。寝藁の交換、糞の処理、乳搾り、馬の洗体、蹄の手入れなどほとんどの世話を出来る様になった。オズワルドも満更ではないようで、結構懐いている気がする。
俺もエルドも鞍なしで乗っているが、ミュリンも出来るものだろうか。ルークが作ってくれた階段に乗って、そっとターシャに乗せた。ミュリンはかなり怖がっていて、ターシャの肩をぎゅっと握って青い顔だ。手綱は俺が持つ形で、ターシャにゆーっくり歩いてもらった。
ターシャはぱかん、ぱかん、と半分止まってるくらいの感じで歩いてくれた。
「怖いか?大丈夫、大丈夫…ターシャは絶対振り落とさない。前を向いて、姿勢を伸ばして…」
「は、はい!」
「ターシャの揺れに合わせてお尻を持ち上げる感じだ。少し速度を上げよう」
トットットッと少し走らせると、はじめはオロオロとしていたが段々慣れてきたようで揺れに合わせて腰を動かせるようになってきた。これならスピードアップできるな。
俺が走ると、ターシャも緩く走り、速度を上げてくれた。うん、大丈夫そうだ。それから手綱の使い方や足の使い方を教えた。強く手綱を引けば止まるし、腹を軽く蹴れば歩く。全速力なら、腹を強く蹴るか尻を叩く。まあターシャは賢いから止まれと言っても普通に止まってくれるが。
それからは毎日ターシャと乗馬の練習をさせた。かなり上達していて、今は早駆けも出来るし、馬と森中を駆け回っている。となるとオズワルドも駆け回りたいわけで、最近は空馬で一緒に散歩に行っている。
そんなに走りたいならエルドを乗せて海岸まで行けばいいのに、と思うのだがやっぱり俺しか乗せないのだから変わった馬である。
「うーん、馬があと二、三頭欲しいな。エルド、ルーク、ミュリンに一頭ずつ欲しい。ただ餌がなぁ…」
牧草地を広く作ってはあるが、今の数の馬と牛なら十分だがそれ以上となると難しいところだ。頻繁にフレッドが来てくれるなら飼い葉を定期的に買えるから増やせるだろうが…。
と、そんな話をルークとエルドに漏らすと、家畜を増やしても大丈夫だという。馬も牛も牧草地の草だけを食べるわけではなく、森に生えている草を食べるので襲われないようにして散歩させておけば食糧問題は解決するらしい。もし増やすなら、人参やキャベツの作付けを増やせば特に問題はないのだとか。
馬を三頭増やすことに決めた。おそらく今後ターシャが子を産むと考えると、それくらいの方がいいだろう。今度フレッドから連絡が来た時に忘れずに伝えよう。
元気になってきたミュリンをみるのはとても嬉しい。毎日たくさん食事をして、たくさん動いているミュリンは健康的でしなやかな身体に変わってきた。背も伸びて、すっかり女性らしくなった。
もう大丈夫だな、と思った。あとは本人の好きなように生活して、好きなように生きていくといい。そんな親のような、兄のような気持ちになったのだった。




