第5章 シルト ・ 第4話 見ず知らずの男 ①
海辺の集落で、どの家の人も親切そうなのに俺の頼みを断った。
誰も俺達を泊めてくれなかった。
途中の家で、水と食糧を少し分けてもらえた。
その夜はどんどん冷え込んで、寒さで手がかじかんだ。高熱の三可見のお陰で背中だけ温かかったけど、三可見は寒くて震えている。
俺は建物の陰で風をしのぎ、三可見に水と食糧を与えた。
三可見は水をがぶ飲みした。食べ物は喉を通らなかった。
残った水を俺が一口飲み、飯を半分食べた。
「…すまない。…君に迷惑をかけている…」
三可見が謝った。
「よせよ。お互い様だろ。…三可見は溺れて死にかけたんだ。俺もそうなるとこだった。…俺は困ってる人をほっとけねぇし。これは当たり前だ…」
俺は少し格好付けた。
三可見をそこに置いて、一人で集落を回った。
最後の一軒を訪ねた。
小さな竪穴住居だった。屋根が少し傾いた、貧しそうな家だ。
戸口に皺くちゃの老婆が出てきた。こう言ったら何だけど、意地悪そうな顔つきの老婆で。
この老婆もシキタリを口にした。
「そんな熱のある旅人なんぞ、うちに入れられるもんかね。孫はまだ乳飲み子だよ。病でももらおうもんなら、すぐに死んじまう。とっとと出ておいき!」
厄払いする為に、俺に生の雑穀の粒を投げつけた。これはマジナイ。
老婆の眼が吊り上がり、孫や息子夫婦を守ろうといきり立つ。
俺は土下座して頼んだ。
「頼むよ、おばあさん。俺の連れは高い熱があるんだ。どこか、作業小屋でもいい。雨風をしのげるところを貸してくれ!」
頭を下げ続ける俺に、非情な雨粒がポツポツと当たった。
老婆は俺を蹴飛ばしそうな勢いで、
「その小道の奥に廃屋があるよ。そこで寝たらどうだい。雨漏りはするだろうけどね、野宿よりはマシだろ!」
と叫び、戸をぴしゃり閉めた。
「道を教えてくれ! 俺は三野方に行きたいんだ!」
俺は家の中に向けて叫んだ。
老婆は家の中から答えた。
「三野方なら、その正面の山越えてすぐじゃないか…」
マジか。良かった。
「ありがとう、おばあさん。廃屋、使わせてもらうよ」
俺は心から感謝して礼を言った。
雨が強まる中、俺はまた三可見を引き摺るように担いで、集落の端っこの廃屋へ向かった。
竪穴住居の茅葺き屋根が傷んで穴だらけ。使えるスペースは半分しかなく、そこも雨漏りした。
床のベッド状に一段高いところに、三可見と二人で縮こまって雑魚寝した。
夜中、さっきの貧しい家の老婆が来た。
温かい白湯と非常食の乾パンみたいなものを届けてくれた。意外だった。
老婆の息子が木切れを運び、炉に焚火を用意してくれた。
シキタリに反しないように、俺達と一言も喋らずにそれらを置いていった。
「…泣いてるのか?」
三可見が焚火の明かりで俺を見た。
俺は人の優しさが心に沁みて、思わず涙が出たんだ。
「泣いてねーよ。あんたの熱が下がったら、俺は三野方へ行く。…俺が遭難してから何日経ってるかわかんねーけど、俺の仲間は三野方で三泊しているはずだ。仲間を追いかけて、どこかで合流する。……三可見。あんたはどうする?」
三可見はゴホゴホと咳をした。
「俺も…三野方に連れていってくれ…」
三可見が俺に頼んだ。
断れるわけがないだろう。
俺と三可見は三野方を目指すことになった。
翌朝、三可見の熱は少し下がっていたが、無理をしたらまた上がりそうだった。
三可見はすぐに出発したがった。
「でも、熱があるし、咳がひどいから無理だ」
俺が止めているのに、こいつは支度を始めた。
三可見は乾いた髪を一つにまとめて捩じり上げ、髷にして紐で結んだ。
よく見たら、やけに整った顔立ちの中年男だった。体格もいい。鍛え上げられた戦士だ。
「もう行かないと。俺のせいで君に迷惑をかけたくない…」
三可見はふらつきながら立ち上がった。
「多伎。君はどういう旅をしてるんだ?」
興味を引かれたように聞いてきた。
俺は胸を張って、得意になって答えた。
「すげぇ面白い旅をしてるんだ。…最初は気が合わないと思った奴も、話してみたら結構いい奴で。皆、仲がいいんだ。身分の上下も関係ない。一緒に雑魚寝して、同じ飯を食って、酒を飲んで酔っ払って……」
俺はいつの間にか、『滄溟の鳥』乗組員をとても誇らしく思っていた。
「俺達は船で旅して、商いをやってる。リーダーは剣。頭がよくて正義感が強い、とても頼れる男なんだ。三野はリーダーを目指して、剣を見習い中かな。久斯は奴國の元戦士で、今はその三野の護衛で……」
俺が説明したら、三可見は話に食いついてきた。
「そうなのか。で、君達は何を商っているんだ?」
俺は腕組して、三可見を焦らす為に少し間を置いてから喋った。
「…色々だよ。俺達は商いのプロだ。誰もが欲しがる魅力的な品物を取り揃える為、海人の船で漕ぎ出る。命懸けの冒険をして、最高の品質の商品をお届けする…」
俺は剣の受け売りをまんま喋った。
三可見は妙に何度も頷いた。
「なるほどな。…君はその剣という男に仕える戦士なんだな?」
三可見の質問に俺は笑った。
たぶん、多伎は剣に仕えてなんかいない。多伎にとって、剣は家族みたいなものだ。
「剣は俺の兄貴そのものだよ」
俺は剣が好きだ。
俺の従兄弟の千歳兄みたいな感じだ。
「多伎。君は誰に仕えてるんだ?」
三可見が問う。
俺は真剣に考えてみた。
「…俺のクニは弥だからな。俺は弥の御身の家来かもな。…でも、弥の御身も俺にとっては兄貴だ。仕えようとか、あんまり思ったこともねーよ」
俺はその後で、
「そうだな、もし誰かに仕えるとしたら、雲の身を選ぶかな。あの人はカリスマだ…」
真面目に呟いた。
弥のクニの東、雲を統治する雲の身。すごく格好よくて、俺の印象に焼き付いていた。
「ほう…」
三可見が目を見開いた。
次の瞬間、三可見は激しく咳込んだ。
俺は三可見の背中を擦った。
「三可見、無理すんなって。どうせ、御身の一族の名前とか知らねーだろ? 聞いてどうするんだよ?」
俺は笑った。
昼頃に雨が上がると、俺達は三野方に向けて出発した。
三可見も足を挫いていて、俺が肩を貸して山道を登ることになった。
三野方に続く道は二つ。山を迂回する平坦な道と峠越えの坂道だ。
迂回路は時間がかかる。俺達は険しい峠越えの道を選んだ。
「おい、三可見! 遠慮してないで、しっかり掴まれ!」
俺は痛いのを我慢して、岩場で自分より大柄な三可見を引っ張り上げた。
三可見も俺を信頼して、俺の手を固く握って体重をかけた。




