表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八咫烏 ―YATAGARASU― ~邪神と巫が入れ替わる~  作者: 柴犬ジョニー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/102

第5章 シルト ・ 第3話 大腿骨をもらう ④

 そこは狭い墓壙(ぼこう)だった。

 立ち上がった途端、片足からズボッとどこかに落ち込んだ。

 俺はすぐわかった。甕棺(かめかん)の中に落ちた。

 俺のすぐ前に白骨があった。骨は散らばらずに葬られた状態を保っていた。

 俺は髑髏(どくろ)と至近距離で向かい合うことになった。

 骸骨は膝を折り曲げ、朽ちた絹の着物を着て、傾いた甕棺の底に佇んでいた。下顎が外れて、耳まで裂ける口で笑っているかのよう。

 俺は落ちたなり行きで骸骨の膝に乗り、その肩に両手を乗せていた。

「ウヒャァー!」

 俺は目の前の髑髏を見て、女みたいに悲鳴を上げた。

 骸骨が朧に光り出し、俺を見て無音の(こえ)を発した。

「…何者だ? (われ)はかれこれ数百年、静かに眠り続けておる…」

「ウワァ! 骸骨が喋ったぁ……!」

 俺は甕棺の中でジタバタした。

 足元に何かあって、甕棺の底が平じゃない。大量の銅鏡、銅製の長剣、飾り金具の付いた盾など。値も付けられないほどの財宝が有った。

「何者か、と聞いておる」

 骸骨がまた喋った。

 髑髏の黒い眼窩の奥は闇の深淵に繋がっているかのようだ。

 俺は気が動転した。

「お、俺は…多伎。シケのタタリ神に遭って、死後の島に流された…。鬼の兄弟と戦って、変な老人に会って、小人に襲われて……暗闇の中を墜ちて…ここへ……」

 かいつまんで話した。

 骸骨は楽しそうに笑い出した。

「海の底には雷神を門番とし、その先の道には我が(ヲヂ)を配し、道を塞いであったはずだ。…小人とは…(われ)が墓域の坂に置いてきた土人形のことか…?」

 剥き出しの歯がカタカタと音を立てた。

 どこか威厳が漂う骸骨だった。

「…あなたは…誰?」

 骸骨からは年齢も生前の顔もわからない。

「ただの年寄りだと思うがよい。多伎と申す者よ、吾の遥か後の子孫なのだろう?」

 骸骨はご機嫌だった。

「ジイサン。俺は仲間のところに帰りたいんだけど、生者の世界に戻る道を知ってる?」

「…よみがえりの道か。確か、その辺に地図が…」

 骸骨が足元を探ったが、財宝の山があるだけだ。

「…多伎よ。死後の島から来たと申したな。何故、吾に会いに来た?」

 骸骨が尋ねる。

「俺は道に迷って来ただけで…。申し訳ないけど、ジイサンに会いに来たわけじゃねーんだよ…」

 骸骨は納得しない。

「理由が無ければ、ここに来る運びにはならん。何があった?」

 骸骨は理由を知りたがった。

 そんなこと、こっちが知りたいくらいだよ。

 骸骨はこう言った。

「無意味な出会いなんて無いぞ。どんな出会いにも必ず意味があるのだ」

 俺は骸骨の言う意味がその時はわからなかった。

「…顔が見れたから、もう十分だよ。会えて嬉しかったよ、ジイサン」

 俺はもう行くことにした。

「そうか。気の毒にな。地図が見つからんのだよ。代わりに何かやろう。…生前であれば、もっといい記念品を授けてやれたんだが…」

 髑髏はヨイコラショと呟き、白い着物の尻の下から何かを抜き出した。

 それは彼の大腿骨だった。

「…そんな気持ちの悪いもの、いらないってー!」

 俺は両手を振って辞退した。

「遠慮するな。持って行け。早くしないと、生者の世界とは時間の流れがかなり違うぞ」

 白く立派な大腿骨一本を無理やり押し付けられた。

 俺は狭い甕棺の中で仕方なく受け取った。

「多伎よ。吾の頭の中に今、『虹の鳥』という言葉が浮かんだ。頭の片隅に留めておくがよい…」

「…ありがとう、ジイサン」

 俺はその骸骨に支えられ、甕棺から這い出た。

 言われたとおりに甕棺の蓋(壺)を閉め、墓壙から土の中を泳ぐように地上へ出た。

 どれだけ地底深い墓壙だったのか。

 俺はかなりの距離を泳いだ。



 俺はボコンと音を鳴らし、突如、地上へ出た。

 死後の世界を二転三転して、どこに着いたやら。

 群青色の美しい海があった。透き通るような青い水の入り江。白い砂浜。

 誰も居ない。

「おーい…」

 俺は白浜の砂を踏みしめ、片足を引き摺って歩いた。

 また誰も居ねーじゃねぇか。

 何か胸に込み上げてくるものがあった。ひたすら人恋しかった。

 渚に死体が打ち上げられていた。

「また死体かよ。それとも、鬼か?」

 俺はヤケクソになって死体を蹴った。

 あ、違う。死んでない。

 俺は冷たい海水へザブザブ入って、漂着者を揺さぶった。その躰が冷え切っている。

 三十代後半から四十代前半くらいの男。髪が長い。口髭を生やしている。

 髷が解けて、濡れた髪がワカメみたいに顔に張り付いていた。

 八雲と同じような着物、これは絹織り物でとても上質だ。

「クソー。どうせなら美女と出会いたかったよォ…」

 俺は一刻を争う状態で文句を垂れながら、この大柄な男を海水から引き上げた。

 波打ち際から砂浜まで引っ張っていき、男を仰向けにして心臓マッサージをした。

 男が水を吐き出し、息を吹き返した。

「クソ。重いな…」

 意識のない人間はぐったりして、本当に体重以上に重かった。

 おまけに俺は足と肋骨を負傷して、全身どこもかも痛くて、疲労で一杯だった。

 急いで焚火をした。

 弥栄流退魔道の『()(ライ)(ジュ)』の応用で上手く点火出来た。

 退魔術が使えるということは、もうここは死後の世界じゃないと言うことだ。

 それにこの男の格好から、ここがシケのタタリ神が出た海から遠くない、北海(キタウミ)のどこかだと推測出来た。

「あんた、運がいいぞ。こんな誰も居ない浜で、たまたま俺が通るなんてさ…」

 俺はぐったりしている男の前髪を上げ、顔を見た。

 どこかで見た顔だった。でも、どうしても思い出せない。

 夕方になって急に冷えてきた。俺の肌感覚で言うと、季節は晩秋だ。

 男が目を覚ました。

「…おい、寒くねーか? 大丈夫だ。俺があんたを助けたんだ…。わかるか?」

 俺は男の横で、焚火に木をくべた。

 男が鋭い眼差しで俺を眺めた。

「…それは?」

 男は俺が帯に差していた大腿骨に目を留めた。

「ああ。墓地から掘り返して盗んだんじゃねーよ。あの世でもらってしまって…。俺は多伎。八雲の弥の西海の者だ。船で旅をしてたんだけど…遭難して……。あんたは?」

 男は俺をまじまじと眺めた。

 俺に穴が開きそうなほど凝視してきた。失礼な男だった。

 男も名乗った。

「…俺は()()()奴國(ナのくに)の生まれだ…」

 男は俺を凝視することを止めなかった。

 この男、不審者としか思えないんだが…。

「そうか。()()()って言うのか。三可見、よろしくな」

 俺は剣と少しでも早く合流したい。

 とりあえず、剣が寄港したはずの三野方か、母国の弥を目指そうと考えている。

 三可見、この男は自分の名前以外、何も語ろうとしなかった。



 夜半、三可見の熱が上がった。

 三可見は動ける状態じゃなかった。俺は上背のある三可見を背負って、泊めてくれる()を探して回った。

 海近くの集落で、大きめの竪穴住居の戸を叩いた。

 親切そうな若い男が戸を開けた。

「誰だ…?」

「俺は多伎。旅の者だ。海で遭難した男を助けたんだ。手を貸してほしい…。この人は高い熱があるんだ。一晩、泊めてもらえねぇか?」

 俺は精一杯の気持ちを込めて頼んでみた。

 戸口の男は残念そうな顔をした。

「…それは無理だ。シキタリだからな…」

「シキタリ?」

「そうだ。…毎年、ちょうど今頃、タタリ神が海からやってくる…。流行り病を伴って…。旅人と熱のある人は泊められない。この(サト)のどの家も同じだよ…」

 若い男は疫神と災厄の話をして、俺の頼みを断った。

 そんな迷信…と思うけど、この世界には風邪薬もワクチンも無いから、当然の予防方法かも知れない。

 俺は泊めてくれる家を探して、晩秋の風が吹きすさぶ集落を回った。

「…多伎。怪我をしてるのか…?」

 三可見が気付いた。

 俺はずっと片足を引き摺っている。時折、痛みに顔が歪むほど。

「どうってことねぇ」

 俺は強がりを言った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ