第5章 シルト ・ 第1話 倭の國のテッペン ③
俺達は深夜まで飲んだ。
酔い潰れて寝てしまう者もいた。久斯は途中でいなくなった。
俺は末席を回り、真具呂とも一杯飲んだ。
無愛想な真具呂は黒光りする膚に白く目立つギョロ目で、俺をねめつけた。
「…多伎さま。何かご用で?」
「全員と一杯ずつ飲んでるのさ」
俺はその隣に座っている、ツインテールの奈目とも乾杯した。
奈目は以前、俺の背中にゲロを吐いたことがある。
「飲みすぎんなよ、奈目」
「ボクは平気だよ。多伎こそ、顔が赤いぞ」
奈目が俺の顔を指差した。
奈目は千鳥足で、もうまっすぐに歩けなかった。
今夜は奴の身・嶋子の厚意で、御屋の周辺に泊まる場所を提供されていた。
「もう休もうか。奈目、俺と志毘に掴まれ」
俺と真具呂の息子・志毘で奈目を立たせた。
その後ろには『滄溟の鳥』の乗組員、比良と波知と海狭児が居た。この三人は二十歳前後。真具呂の子分みたいなものだ。
不良あがり船乗りの海狭児は、志芸が久斯を罠に嵌めようとして三野の執事系従者・田嶋を襲わせた事件の実行犯。志芸が死に、海狭児はしらばっくれて残った。
海狭児は火國のスパイだったが、まだ俺はそのことを知らなかった。
志毘と俺が奈目に付き添い、顔面刀傷痕だらけの志毘が肩を揺らし、いかつい歩き方で人を掻き分ける。
「おうおう、退け退け。志毘さまと多伎さまのお通りだ…」
庭まで出て来た。
「三野さま。……剣術のお稽古で?」
志毘が三野の足元に散らばった粉々の木の枝を見た。
これがそう見えるか⁉
皆、赤い顔をして酔っ払っていた。
スパイの海狭児がヘラヘラ笑いながら、酔った振りで情報を探ってきた。
「多伎さま、奴の身と何話してたんすか? 真面目な話っすか? 俺達にもお聞かせしろよォ…」
こいつの敬語は普段から滅茶苦茶だ。
非常識で図々しい男を装う。
こいつは軽薄で女好きの馬鹿みたいに振る舞うが、本当は狡賢い自分を隠している。
身長は俺と一緒くらいで筋肉が引き締まり、くっきりした二重の大きな目が特徴だった。
「あー、そうだな。海狭児にゃ、ちょっと難しい話かな。…どうだ、たっぷり奴の酒を飲んだか?」
「飲んだっす! 頂きっす! ウェ~イ!」
海狭児と比良と波知が盛り上がっている。
志毘は、しかめっ面。
「多伎さま。何を見てたんですか⁉ あのキラキラの…」
比良が質問してきた。
「おう。鏡だよ。あれは天(宇宙)の原理とか何とか…。…お前ら、わかんねーだろ?」
俺は本当の年齢に近いこいつらと話していると、何だか楽しくなる。
「馬鹿にすんな。知ってるよ、ゲンリくらい。なぁ。…ほら、あのゲンリだ。…まずくて、骨ばっかりで、身がちょっとしか無いやつ…」
こいつら、本気で言っている。
海狭児は俺の隣に並んで歩いた。
「多伎さま。奴の身の一族と同盟婚でもするんすかぁー⁉」
俺と志毘の腕に掴まって半分寝かかっていた奈目が、パッと起きた。
「え…、何って?」
奈目は俺の婚約者なのに、それを隠して船の乗組員に紛れ込んでいる三野方の姫だ。
俺は奈目のことを、生意気だけど顔の可愛い少年だと思っている。
酒のせいで俺の受け答えも雑になった…。
「海狭児。…そんなわけねぇ。奴の身の娘じゃ、俺と年齢的に合わねーだろ?」
「そうなんすか? 何か喋ってたじゃねーすか? 多伎さま、結婚がどうとか…」
海狭児は宴会中、俺が喋る口の動きを見ていたらしい。
俺は剣に、「俺と宇加が結婚したらダメ?」と聞いた。ダメだった。
思い出して、俺は赤面した。
何とか誤魔化そうとした。
「……だからな。竜宮城の乙姫さまはな、浦島太郎と結婚して暮らすんだよ。それで、海の底で過ごす三年の間に、地上じゃ百年経ってしまってるワケだよ…」
「多伎…!」
三野が海狭児を警戒し、俺の着物の襟を引っ張って黙らせようとした。
弥が火國の勢力と政略婚を画策していることは、まだ秘密事項だ。
特に海狭児には知られたくない。
「また、リューグージョ―⁉ どんな同盟婚なんすか、それ⁉」
勘の鋭い海狭児。一瞬の空気を見逃さない。
笑い顔に紛れ、一瞬、眼を光らせた。
海狭児達が先に行ってから、奈目が俺に絡んだ。
「…本妻をもらう前に、もう側女の話をしてるのか? 多伎」
先刻、俺が奴國の博多系美女達のお色気に参っているところを目撃して、
「むっかぁ~」
奈目は頬を膨らませ、口を尖らせていた。焼餅を焼いていた。
「多伎の馬鹿…。ボクはそういうの、嫌いだ」
「俺の結婚じゃねーよ。内緒だけど、宇加と佐香の縁談だよ。相手は奴國じゃない…」
俺が奈目にぶっちゃけ、三野が注意してきた。
「だぁっ! 多伎! まだ漏らすなよ、お前は…。海狭児に聞かれたらどうする⁉」
「なんで? いいんじゃねーの、別に」
俺はのんびり構えていた。
「多伎。海狭児は火國の訛りがあるのに、三野方出身だと嘘を付いていた。火國のスパイの可能性が高い」
三野が俺に耳打ちした。
つまり、剣と三野はわざと敵の情報を撹乱させる為にスパイを泳がせている。
『滄溟の鳥』の乗組員の中でも、このことを知っているのは剣と三野、剣の側近の奥津と蓼、操舵士の真具呂だけ。
「それを早く言えよ! 海狭児は…鬼御子のスパイ…ってことか⁉」
俺は驚愕の事実に言葉を失う。
今まで自分が海狭児に何を話したか、殆ど覚えていない。
俺、たぶん、やばいことは漏らしてないと思う。
剣は俺に機密事項を全く話してこないから、大丈夫かも知れない…。
俺の酔いが一気に覚めた。
一方、奈目は安心した。
「え、多伎の縁談じゃないの?」
酔った勢いで、俺の背中に甘えてきた。
「多伎ィ…。ボク、もう歩けない…」
奈目が貧乳だから、本当は女だと全く気付かなかった。
でも、何だか甘くていい匂いがする、と思った。
志毘が心配してオロオロした。
「いいよ。奈目。休憩所まで運んでやらぁ…。志毘、行こう…」
俺は奈目をおんぶして運んでいく。
俺に淡由岐がついてくる。
「ねぇ、多伎。宇加って、あの美人のお姉さまだろ。…筑紫に嫁入りだと…寂しくなるな…」
奈目が背中で呟いた。
奈目は俺の背中で眠りについた。
夜明けの船着き場。
国際都市・奴津は船の見本市みたいに無数の船が停泊している。人影は疎ら。
冷えきった潮風に吹かれ、海狭児が膝を抱えて、杭に座っていた。
荒くれの海の男が二人、船影から寄ってきた。二人とも逞しい体格だ。防寒着のマントみたいなものを着ている。
まだ空が白み始めたところで、男達の顔は藍色の影に包まれている。
海狭児と男達が擦れ違った。
「八雲がどこかと同盟婚を画策。奴の身が介在する…」
擦れ違う瞬間、海狭児がボソッと囁いた。
いつもふざけてばかりいる海狭児の、やけに真面目で低い声。
「了解。次は三野方の水門で待つ…。相手を確認しておけ…」
男の一人が振り返り、目深に被ったフードを少し上げ、小声で命じた。
「わかった」
海狭児が街の方へ走り出した。




