第5章 シルト ・ 第1話 倭の國のテッペン ②
奴の身・嶋子が鏡一面を持って、宴に戻ってきた。
「剣、これを見たまえ」
「嶋子。これは?」
大型鏡に縁が無かった北海の覇者・八雲。
鏡は宝器だった。
でも、剣は破砕鏡の破片か、小型鏡しか見たことが無かった。
八雲の歴代の王墓には剣と玉類のみが副葬されてきた。
「剣…。魏は鏡を下賜して、倭の國を藩に取り込むつもりだ。同じことを鬼御子もやろうとしている…。与える鏡の大きさや…稀少の程度で、倭のクニグニの序列を作るらしい…」
俺にもその鏡が回ってきた。
ずっしりとして重い青銅鏡。磨かれて金ピカ。
「裏の図柄は、天(宇宙)を表す…」
嶋子が説明するが、八雲と筑紫では宗教観が違いすぎて伝わらない。
中国は中華思想、中国の皇帝を宇宙の中心に考える。
鬼御子もその思想を目指す。
嶋子は剣達にもわかりやすいように天を太陽と言い換え、その内行花文鏡を見せた。
「この鏡の図柄は…、天高き日の光が遍く降り注ぐ力を表しているんだよ…」
俺達は嶋子の説明に、うん、うん、と頷いた。
「剣。例えば、鬼御子は自分が気に入った者にだけ鏡を配り…、気に入らない者には配らない…というやり方で、倭のクニグニの格付けを行う…。下級ほど鏡が小さくなる…。それは名目上の序列でしかないが…、それによって従うものと従わぬものを目に見える形で階級分けし…、より強固に服属を誓わせようとしている…」
「個別に入手することは出来ないの?」
俺の疑問は、その場の皆の疑問。
嶋子が首を傾げた。
「さあな。…ま、ある程度は入手出来るだろう。…しかし、ステイタスの大型鏡は従来の交易では入手出来ない。また、一度に大量の鏡を手に入れることも難しくなるだろう…。序列に使われる鏡は…全て…、鬼御子、この倭の國の王を称する者を介して…下賜される……。鬼御子は倭製の大型鏡にも…規制を加える方針だ……」
病を患う嶋子は疲れが出てきたのか、言葉が途切れがちになった。
その表情も曇った。
何故なら、嶋子が治める奴國もこれまで倭の鏡を生産している。
それに彼等は古くから舶載鏡を歴代の王墓に副葬してきた。嶋子も内心、不満を抱えているだろう。
すると、剣が鬼御子を鋭く詰った。
「鬼御子が魏に遣わした船団の一部は、八雲も負担したのに…」
「マジか……」
俺達は歯噛みした。
鬼御子は魏から百面の鏡をもらった。
誰もがほしい宝器、その鏡を今後は鬼御子が独占して、地方勢力による個別の流通も規制すると言うから、面白くない話だ。
長い沈黙があった。
「多伎…」
久斯が首を振った。久斯は首を突っ込むなと言っている。
剣と嶋子の話はまだ続いた。
久斯と三野が退席すると言うので、俺も淡由岐を連れて立った。
俺は酔い覚ましに淡由岐の散歩に出て、御屋の庭を歩いて回った。
スマホでもあれば、SNS映えする写真が沢山撮れそうだった。
御屋から眺める奴津の夜景も美しかった。
街の灯り。真っ暗な西海の集落の夜と全然違う。
ただ、明日の朝には霜でも降りそうな寒さで、空気は冷たく澄んでいた。満月が大きく綺麗だった。
庭と言っても広いだけでベンチも無いし、植栽や枯山水の庭園があるわけじゃない。
俺と淡由岐は御屋の周囲の建物のウッドデッキに座り、何となく月を見上げていた。
そこで三野とばったり会った。
三野は護衛の久斯、荒木達を連れていた。
「多伎。ここは海の神を祀る神聖な御屋だ。狼にオシッコさせんなよ」
三野が注意してきたけど、狼語が話せない俺に言っても無駄だよ。
話し相手として三野じゃ不満だが、とにかく俺は誰かと話したい気分だった。
「…三野。東のヤマトと西のヤマトが対立しても、これまで筑紫と交易出来てたよな?」
「これまではな」
三野は少し興奮し、短剣を抜いて庭木の枝をスパッと切った。
「うわっ。神聖な御屋なんだろ…」
俺の方が焦った。
三野は純粋で自由闊達だ。
「三野、落ち着けよ!」
「落ち着いていられるか!」
三野は荒れて、ひとんちの庭木をスパスパ切った。
「多伎。呪い殺したり、死者をよみがえらせたり…、それが鬼道だ。こんなこと、おかしいだろ?」
俺の居た世界でも、呪詛や毒は禁忌だった。
『結氷』の三野の剣が冷えた夜気を吸い込む。
「畜生! もし、鬼術師が俺の前に出てきたら、俺が一番に殺す。政もクソもあるか。戦になろうが、この世の秩序が混沌とするぐらいなら、俺は死んで英雄になってやる…!」
三野が庭木を切りまくって粉々にした。
三野、格好いいぞ。
「来い、淡由岐!」
三野が狼の仔の淡由岐を呼んだ。撫でようとしたが、
「グォン、ガルルルル…(馬鹿、こっち来んな…)!」
淡由岐が牙を剥き、低く唸った。
三野は焦って跳び上がって、一跳びで五歩分後退した。
三野、少し格好悪い…。
「多伎。お前はずっと前から、剣の妹の宇加が好きなんだろ?」
悔し紛れ、三野が俺をからかった。
俺は多伎が宇加に片思いしていたことを知った。あの多伎にそんなイメージがなかったから驚いた。
「お? 別に。俺は女なら誰でもいいんだよ…」
俺はとぼけてみせた。
案の定、三野は誘いに乗ってきた。
「知ってるぞ! 多伎、いつも宇加をジッと見てたじゃねーか…。お前が強気なのは、鬼に対してだけだろ? 女は口説けねーのかよ!」
三野が意外なことを暴露した。
俺はここに居ない多伎にも聞かせたかった。あいつがそんな純愛って…マジ⁉
「ジッと見てるだけ…⁉」
俺は笑いが込み上げてきて、多伎の弱みを掴んだ気分になった。
「…そうだよ。多伎。見てて苛々するぞ」
「気のせいだよ」
俺は口笛を吹いた。




