第5章 シルト ・ 第1話 倭の國のテッペン ①
倭の國では二つのヤマトが対立を深めていた。
八雲は両方のヤマトの連合に属し、尚且つ、東のヤマト・広域首長連合の上位勢力だった。
倭の國の王は西のヤマト・山門海連合を束ねる火女。火國出身で、異称を鬼御子と言い、死者をよみがえらせる鬼道を使う。
俺達『カラス』は同盟国・奴國の依頼を受け、鬼御子が操る鬼の集団を滅ぼした。
そして、鬼が二度と侵入出来なくなるよう、『八千矛の祓』を行った。
今から帰路に就く。
俺達は一刻も早く北海航路を東に戻り、危篤の弥の御身に会いたい。
鬼との戦いで剣が重傷を負い、三野も負傷した。
俺が剣を背負い、『滄溟の鳥』の操舵士・真具呂と志毘親子、ツインテールの漕手・奈目と、奴津の西5キロにある八雲系移民の住む集落まで歩いた。
そこに二年間の長旅を共にした仲間が待っていた。
「剣さま…! 多伎さま…!」
「三野さまぁ! 久斯ィ!」
剣の側近の蓼と奥津が泣きながら剣と俺に飛びついた。他の護衛の八木や宇夜、阿佐、荒木達や『滄溟の鳥』の比良、波知と乗組員全員が声を上げて走ってきた。
「馬鹿だな。俺達が死ぬとでも思ってたのか?」
いや、実際、死にかけたけどな。
俺達は男同士で抱き合って泣いたり、笑ったりした。
「信じて待ってたっす。俺達、クソいい仲間っすねェ…」
スパイの海狭児が嘘か本当かわからないことを言った。
何が何だかわからないくらい沢山の感情が湧き上がってきた。とにかく、生きてて良かったと思った。
俺達は凱旋し、全員で奴國の統治者・嶋子を訪ねた。
今度は公式の歓待だ。嶋子がわざわざ、門まで俺達を出迎えた。
奴の内海を一望する丘陵に御屋があり、眺めが最高だった。
その日はよく晴れて雲一つなく、紺碧の空と水平線が繋がって、海の底に居るみたいだ。
王都に続く道路に明るい黄色や青や赤、紫の幡が翻る。
美しく華やかな御屋へ、今度は奴國の美女達がご馳走を運ぶ。
洗練されて艶めかしい女達。
「やっぱり、竜宮城はこうでなきゃな…」
心の中で思う。
嶋子は俺達の無事を喜んだ。
被害がこれで食い止められることを感謝して、俺達に最大限のもてなしをした。船乗り達も全員招待して大判振る舞いしてくれた。
嶋子は病に侵されて痩せ細っているが、由緒正しい名家の当主として威厳が漂っている。
この前の陰鬱な老人とは違い、今日は表情も明るい。
彼は口髭がよく似合う。白髪を一つの髷に結い、目尻に青黒い刺青(鯨面)して、絹の着物をまとっている。
俺達と淡由岐の前に、新鮮な魚介類やとびきりのご馳走が並んだ。サザエ、アワビ、刺身もある。
俺は一口頬張って、
「うまっ…!」
目を閉じ、幸せを噛みしめた。
奴國の美女達が極上の酒をどんどん運んできた。
垢抜けてセクシーな博多系美女が微笑み、俺は締まりのない笑顔でお酌を受ける。
「ど、どうも…」
徐々に酔って浮かれ始め、剣や久斯や三野の顰蹙を買う。
俺の婚約者・奈目は遠く離れた席で焼餅を焼き、苛々していた。隣の志毘に不満をぶちまけた。
「なんで多伎はあんなに鼻の下伸ばして、デレデレなの?」
「前はああじゃなくて、女に冷たかったよなァ…」
志毘も不思議そうだった。
そんなこと、知らね。俺は束の間のパラダイスを堪能する。
「最高だ…」
俺が舞い上がっている一方で、剣の心は晴れなかった。
剣は嶋子の隣に座り、情勢を検討していた。
「嶋子。弥は鬼御子と揉めるつもりはない。筑紫と今まで通りの交易がしたい」
剣の声がピリピリして尖っている。
若い剣の率直さに、親以上に歳が違う相手、嶋子が納得して頷く。
「ああ…。剣、それが正しい。私も鬼御子に勇猛さで敗けはしない。…でも、化け物が相手では……仕方ないさ。一歩譲って下がる、それが付き合い方だ。残念ではあるが…」
俺にはよくわからない政治の話だ。
嶋子は政略婚を勧めた。
「剣。縁を結び、穏やかにヤマトの連合に参加し続けることだ。私も末の娘を差し出した。君に聞かれていたことの返事になるが、火國連合の諸勢力の中には、信頼に足る若者も大勢いるし、彼等はあの老女…鬼御子…亡き後には…ヤマトを上手く支えていくだろう。具体的に八雲と縁組みしたいと考える勢力もあった。私が上手く仲介出来る」
そうだ。
剣は八雲の大御身の指示で、八雲と組める勢力を西のヤマト内部に探していた。
八雲は西のヤマトに対抗することを望まない。
筑紫と揉めると、鉄の入手が難しくなるからだ。
八雲は北海諸国の玉製品や玉原石の売買・海運にも関係していて、筑紫は重要な交易相手だった。
「この前、火國に寄った時、幾つかの勢力に接触した。手応えは悪くなかった」
剣が思いを語り出す。
火國のスパイ・海狭児に遠くから唇の動きを読まれないよう、酒坏で口元を隠しながら喋る剣。
「嶋子。今回のことで、八雲・奴國と西のヤマトの対立が深まる懸念がある。…そこで、私の妹が二人、年頃だ。八雲の大御身、弥の御身とも話し、政略婚を決めたいと思う。私の希望は、火國の最有力の勢力の誰かと組むことだ」
剣はグッと酒を飲み干した。
嶋子も飲む振りをしつつ、話し続けた。
「…剣。ヤマトの内部では諸勢力が対立している。北海諸国を血縁でまとめた八雲のような情勢ではない…。気を付けることだ…」
俺は剣の隣でヒソヒソ話に耳を立てていて、急に焦り出した。
もしかして、剣の妹達、宇加と佐香の政略婚の話か?
嶋子がちょっと席を外した隙に、思わず横から剣の袖を引っ張った。
俺達は宴に来る前に、祝の白い着物から新しい黒い着物に着替えて盛装している。
「…何だ? 多伎」
剣が怖い顔をして、こっちを向いた。
「…剣! 宇加と佐香の結婚相手って、火國なのか⁉ ちょっと遠すぎじゃねぇ⁉」
そんな遠くへ嫁がれたら、もう会えなくなる。
家族がバラバラになってしまう。こんなに交通が不便な世界なのに。
以前、宇加が俺の世界のアイドル・桃井虹にそっくりで、俺は一目惚れした。
胸がキュッと締まるような切なさを感じた。
「それがどうした。弥の国益の為に嫁ぐ。それが宇加と佐香の運命だ」
剣が平然と突っぱねた。
俺は酔った勢いで言った。
「…俺、宇加が好きなんだ。俺と宇加が結婚したらダメ⁉」
後から思うと顔から火を噴きそうだ。
俺、よく言えたな。
でも、その時は切羽詰まって、そこで言わないと永久に宇加を火國に取られてしまうと思った。
剣は軽く笑って流した。
「…多伎、何言ってんだ…。お前と宇加が結婚して、弥にどんなメリットがある? 里帰りが近い、ってか? そんなんじゃダメに決まってるだろ…」
クソ!
俺は真剣だったんだけど、話にならなかった。
宇加は弥の王朝のお姫さまで。北海一の美人と評判で、各国から同盟婚の申し込みが殺到していた。
「それに、お前には婚約者が居るだろうが。三野方の大身に何て言い訳するつもりだ。弥の御身の妹と三野方の大身の娘、どっちを正妻にするって⁉」
剣も本当は多伎の気持ちをよく知っていた。
剣は俺の背中をポンポンと叩き、
「多伎。お前には最高の花嫁を三野方から迎える。他に気に入った女が居たら、何人でも側女にすればいい。…わかったな?」
俺を宥めようとした。
宇加は確か、好きな男がいたはずだ。
「宇加はね、恋してるのよ」
佐香が言っていた。
それに、宇加は同盟婚を強制する兄・剣に聞かれないよう、
「絶対、好きな人と結婚してみせるんだから…」
と、こっそり呟いていた。
「剣…、宇加が可哀想だよ。あいつ、好きな男が居るんだろ。それはどうする?」
兄として、妹の望む相手に嫁がせる気は無いのかな?
剣は酒坏を握り潰しそうなほど力んで、震え出すほどで、
「…あんな変態に、俺の大事な妹を嫁がせてたまるかぁ…!」
宇加の恋愛結婚を完全否定した。
剣の酒坏から酒が零れた。
剣は宇加の好きな男が誰か、知っているようだ(そいつ、変態なのか?)。
俺の好きな宇加、必ず幸せになってほしい。
宇加は遠い火國の男と結婚させられるのだろうか。




