第4章 レガリア ・ 第3話 宜陽殿の戦い ③
その頃、弥郡の弥栄邸では。
奥座敷の上座に弥栄流退魔道の弥栄宗家。その脇に黎明の曾祖母・トヨ。次期宗家の千津雄。
下座に座布団無しで、黎明の従兄の千歳と叔父の五百里が背筋を伸ばして正座する。
障子も襖も締め切って、秘密の話し合いを始めたところだった。
どうせ、何を話し合ったってムダなんだが。
最初に、情報を集めていた陰陽寮退魔課の五百里が報告した。
「宗家。あれは…やはり邪悪な魔物でした。黎明の両親には危害を加えていませんが…、何か目的を果たそうと言う時には、私達、弥栄流退魔道の門弟であっても容赦なく殺す…。そんな残忍極まりない魔物だったんです」
それが現時点での五百里の俺に対する評価だった。
先日、俺は次期宗家の千津雄の側近を返り討ちにした。
あれは正当防衛だと思うんだけどね。
五百里は宗家である父に認知してもらえず、母方の実家で育った。だから五百里にとって、叔母の百舌は実の姉のように大切な存在だった。
五百里は眼鏡の下、俺に憎悪をたぎらせていた。
次に千津雄が発言した。
「あの邪神は、弥のミオヤとは無関係でしょう。黎明は幼少時からあの邪神に憑りつかれとった。黎明の話は信憑性ゼロ。弥のミオヤと直接会話しただの…。厚かましいにもほどがある。修行不足の黎明はコロッと騙されて、邪神を弥のミオヤの身内だと思っていた。邪神は邪神。滅ぼさなければなりません!」
千津雄は熱弁を振るった。
俺は嘘なんか言ってない。黎明を騙したことなんかないぞ。
一人青くなっているのは、千歳。
弥栄宗家から鬼裂國津名の太刀を託されたが、未だ佩刀していない。
千歳は、黎明に憑りついた魔が人を殺すようなら、自分の手で討つと約束した。
その事態が早くも起きた。
千歳はこういう事態を避ける為に、五百里に様子を見てもらっていたのに。
皮肉にも、五百里の叔母が殺されて事態が急展開した。
「そ…宗家…」
千歳はしどろもどろ。
弥栄宗家は腕組みし、胡坐をかいていた。
「…ああ。このような事態を招き、私は宗家として責任を取らねばならん。黎明に憑いたものが邪神であることは最初からわかっていた。弥栄流の総力を結集して滅ぼそう…。それしかあるまい」
弥栄宗家は唸り、目を伏せた。
トヨは急須でお茶を淹れながら、
「…それで、宗家。その邪神の目的が何か、わかってはりますの?」
落ち着いた声でその場の空気を変えた。
俺はトヨに一目置いている。
この老婆はなかなかやる。斎院の大御巫・壱子と同じレベルだ。
トヨばぁ。弥栄宗家の母で元・御巫。トヨは弥栄氏の重鎮だ。
弥栄宗家は無言。
代わりに五百里が説明した。
「トヨさま。邪神は内裏にこだわっているように見受けられます。最初の事件が朱雀門の鬼・火災騒ぎから、龍変化して邪龍と戦い、京に多くの雷を落としました。次の事件が、斎院・七の宮で大御巫と争って、朝堂院・応天門爆破事件と関わっています…」
いや、朝堂院・応天門爆破事件は某貴族の自作自演だった。
俺は爆破なんかしていない。
トヨは全員に熱いお茶を勧め、欅のテーブルにお茶菓子とお茶を置いた。
「五百里。お気の毒さまやったなぁ。…辛いやろけど、事実は事実として視るしかないな。五百里。その二つの事件、弥坂百舌は関わってへん。弥坂百舌は…千津雄の無謀のせいで死んだんや。…堪忍な」
トヨが白いハンカチで涙を拭いた。
「………」
五百里は何も言葉が浮かばない。
五百里は異母兄の千津雄に侮蔑されたり、故意に無視されたりしてきたので。
百舌を使い捨ての駒のように使われて、千津雄に思うことはあったが、どこにも吐き出し口が無かった。
千津雄がチッと舌打ちした。
「おばあさま、その言い方は…。百舌は神宝まで持ち出して戦いながら、自らの不手際で死んだんです。他の二人の退魔師も単なる力不足です」
千津雄は部下に命令だけ下し、命を懸けさせておいて責任は取らない。
千歳がトヨに尋ねた。
「トヨばぁさまはあの邪神の狙いをご存知なのですか?」
千歳も黎明も子供の時から、トヨが何でも知っていると思い込んできた。
弥栄宗家が重い口を開いた。
「千歳。邪神の狙いが何だろうと、これは弥栄流退魔道始まって以来の恥だ。我が一門から邪神に憑かれる者が出てしまった…。早急に片付けねばならん。千津雄が私の指示を待たずして先走ったことも、あながち間違いとは言い切れん」
弥栄宗家は千津雄を庇った。
しかし、千津雄の息子・千歳は疑問を抱いた。
「そうでしょうか、宗家。父は黎明ごと、邪神を滅ぼそうとしました。まず邪神を祓い、次に怨念で猛り狂う邪神を…鎮魂すべきでは……」
後半、父親に睨まれて尻すぼみになった。
弥栄宗家は熱いお茶を啜った。
「千歳。お前は若い。事態はもっと切迫しておるのだ。私だって、黎明が可愛くて仕方ない。殺したくはない…。しかし、我が一門から邪神が出たと世間に知られる前に葬らねばならん。邪神に憑かれる巫など、巫失格だ。危険すぎて、最早置いておけない。黎明は優秀な巫の才能を持っていた。これがどういうことか、お前もわかっているだろう…?」
黎明の天性の才能がアダとなり、最強の『生ける邪神』が誕生した。
トヨが弥栄宗家を睨んだ。
「宗家。千歳の言う通りですやろ。まず、黎明を助けたらなあかん。体裁なんか言うてられません。それから、あの邪神をどうするか。あれの目的は間違いなく、タタリや。必要なのは壽詞(寿ぎの祝詞)。戦って、どないしはりますの。 邪神に勝てるわけないですやろ」
トヨは淡々と話す。
トヨ、さすがだな。ちゃんとわかっているのはお前だけ。
弥栄宗家が渋い顔で唸った。
「母さんは隠居の身だろうが…。私達に任せなさい」
すると、千津雄がニタリと笑う。
「そうですよ、おばあさま…」
「宗家。宗家も黎明が可愛いんやろ。ほな、なんで…」
トヨが溜息を漏らす。
五百里は両手を畳に付け、トヨと弥栄宗家に深くお辞儀をして、意見を言った。
「恐れながら、トヨさま。祟り神は水害や疫病、落雷を起こすもので、弥のミオヤの身内を名乗っておきながら弥栄流の門弟を殺すなど、通常は考えられない行為です」
トヨは五百里を横目で見た。
「五百里。あんたは霊眼がいいのに、何か見落としたんと違うか。よう考えよし」
「はい…、トヨさま…」
五百里は畏まって、座敷の出口に下がった。
「おい、分家。お前が意見を言うなんて、百年早いわ!」
千津雄が唾を飛ばし、異母弟・五百里を罵った。
「宗家、トヨさま。失礼します」
千歳と五百里は丁寧にお辞儀し、座敷を退室した。
長い廊下で、千歳と五百里が顔を見合わせた。
千歳は長い息を吐き出した。
「五百里さん、どうだった? トヨばぁ、もう全部わかってるみたいだったな」
千歳も裏では、子供の時と同じようにトヨばぁと呼んでいる。
「……ああ、僕は寿命が縮みましたよ」
久し振りに弥栄宗家の奥座敷に呼ばれた五百里。緊張が解けて表情も緩んだ。
宗家の前でも、銀の鼻ピアスは欠かさない。
五百里は喪服の下に汗をかいていた。
「ねぇ、千歳さん。僕は何を見落としているんだろう…?」
五百里が俯いた。




