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八咫烏 ―YATAGARASU― ~邪神と巫が入れ替わる~  作者: 柴犬ジョニー


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第4章 レガリア ・ 第2話 脱出 ②

「ざけんじゃねぇー! 俺にくっつくなって!」

 俺は桃井虹をエレベーターの出口で蹴っていた。

 桃井虹が俺の足にしがみついて、膝を擦ってエレベーターから出た。

 俺は桃井虹を置いといて、朝堂院エントランスへ疾走した。

「待って、オジサン‼ 一緒に出口で説明して。今朝、エレベーターで一緒だったでしょ…。私が来客用カードを失くしただけで、朝はちゃんと持ってたって、証言してよー!」

 桃井虹は意外と足が速い。

 俺を追いかけてきて、ガバッと抱き着いてきた。

 やめろ! 俺の実体は線の細い黎明の躰だ。抱き着くと違和感があるはずだ。

 案の定、桃井虹は目をパチクリと瞬かせた…。

「オジサン、思ったより細いね…。八島…士朗さん!」

 父のIDカードを見られた。

「うっせぇ!」

 俺は桃井虹を振り払った。

 ユウタとダイキが見たらどんなに羨ましがるだろう。

 今、それどころじゃないけど。

 俺と桃井虹が騒ぎながらエントランスに着く頃、エントランスもそれ以上に騒然としていた。

 俺達は唖然とした。

 ゲートが大混乱している。勤務終わりの時間でもないのに、役人で大渋滞だ。

 何故か、ゲートの手前に衛門府の衛士達が溢れ返っている。あの靫負(ゆげい)晴彬(はるあきら)もいた。

 何か事件があったようだ。

 その時、館内放送が流れた。

『…こちらは検非違使です。緊急事態が発生しました。朝堂院に居る全ての方は、速やかに屋外へ避難して下さい…』

 俺は知らなかったが、テロリストが爆破予告をしていた。

 間もなくゲートが封鎖される。爆弾はまだ発見されていない。



 館内放送を聞いて、八階の斎院の職員や、大御巫の壱子、市姫も階段で避難を始めた。

 俺は苛々しながらゲート前の長蛇の列に並んでいた。

 俺は爆弾なんか怖くない。

 俺の腕に恋人みたいにしがみついた桃井虹が、

「聞いた? 衛門府が言ってたよ、爆破予告があったって! 爆弾怖いよー‼」

 と、泣き喚いている。

 桃井虹のマネージャーやテレビ局のスタッフは見当たらない。俺達と別のエレベーターで降り、先に逃げたと思う。

 桃井虹は来客用カード無しで無理やりゲートを通ろうとして、レッドのライトが点灯。衛士に止められた。

 俺は無視してゲートを通過した。

 俺の背後で、

「八島さーん!」

 桃井虹が俺を呼んでいる。迷惑すぎるぞ!

「すみません。お知り合いですか?」

 よりによって、衛士の靫負晴彬が俺に尋ねてきた。

 靫負晴彬は先日、翔鸞楼の上で相まみえた邪神が俺とは気付かず、今日は丁寧な口の聞き方だった。

「知らねーよ!」

 俺は怒った口調になっていた。

「うわっ。あの子、桃井虹ですよ! 僕、ファンなんです。握手してもらおー!」

 靫負晴彬は勤務中なのに浮かれて桃井虹の方へ駆け出した。

 桃井虹の周囲に人だかりが出来ていた。

「あ、蝮部(たじひべ)さん。これ、何があったの?」

 俺は応天門を出たところで、斎院の父の同僚、蝮部を見かけた。

 応天門前は検非違使が大勢いて、黄色い規制線が張られていた。辺りは野次馬の群れで大変な混雑になっている。

 仕事嫌いの蝮部も野次馬の一部に同化していた。

「八島さん。今朝十時頃、爆破予告があったんだって。あのエレベーターの急停止、それだったんだよ。…でも、危険物は見つからなかったようだし、ただの悪戯だったんじゃないかな。…もし本当に爆発するなら、明日から当分、仕事休みになるかも……」

「そう。それならいいや。お疲れ様!」

 俺はテロとやらに興味が無い。

 蝮部と別れ、やっと帰りの地下鉄のエスカレーターに乗った。

 降りエスカレーターに乗った直後、鼓膜を破るような轟音が起きた。



 俺の背後で大爆発があった。

 俺も自分の足がエスカレーターから浮くかと思った。

 前に乗っていた母子の子供の方が衝撃で飛びそうになって、咄嗟にその子の躰を支えていた。

「…ありがとうございます!」

 驚いて泣き出した幼児を母親が抱き締めた。

 その母親もエスカレーターの途中で腰が抜けて動けない。

 エスカレーターは衝撃で停止した。階段を降りていた人達がその場に蹲り、地下通路の降り口を振り返った。建物の破片と粉塵が、俺と周辺の人達の上に落ちてきた。

「爆発したぞ! 逃げろ!」

 大路を野次馬がパニックになって逃げていく。

 俺は思わずエスカレーターを逆走して地上に出た。

 朝堂院の正面玄関と応天門の一部が吹き飛び、濛々と煙を吐いていた。眼の前は粉塵で真っ白だった。

 次第に雨が強くなって、粉塵を泥に変えていく。

 気付いたら俺は人混みを掻き分け、野次馬と逆に朝堂院を目指していた。



 その日、俺は父に扮して朝堂院に潜入し、帰るところだった。

 爆破予告があったらしいが、危険物は見つからなかったし、単なる悪戯かと思われた。

 検非違使と衛門府が何か必死で叫んでいた。

 煙と粉塵が押し寄せ、天井材がバラバラ落ちてきて、人の呻き声が聞こえた。

 エントランスにはまだ避難途中の人間が沢山居たはずだ。

 俺は葛藤する。この混乱に乗じ、逃げればいい。

 何人死のうが、俺のせいじゃない。

 それにあの程度の爆発なら、朝堂院の一階エントランスが一部吹き飛んだだけだ。直撃に遭った人以外は軽傷で済むだろう。

 しかし、俺は逃げなかった。朝堂院の正面玄関の瓦礫だらけの階段を昇っていった。

 逃げる人とぶつかりながら袖で口を覆って、真っ白に粉塵が舞う中に入った。

 …あの泣き虫の女はどうなった?

 むしろ、俺は桃井虹の死に顔を確認する為に、瓦礫だらけのエントランスに入った。

 視界の悪い中で、柔らかいもの…人間…を踏み越えて、まだ生きている人を探した。

「このまま、まっすぐ進め。出口はすぐだ!」

 埃で顔が白くなった人を抱き起こし、背中を叩いた。

 黒煙が迫ってきた。火災が起きていた。

 衛士達の怒号が聞こえた。人が将棋倒しになったと、無線で叫んでいた。

 崩壊したのは局所的で、建物の躯体はほぼ残っていた。

 俺は崩れた壁の下敷きになっている桃井虹を見つけた。

「クソ面倒臭ぇー!」

 ムカついたけど、夢見が悪くなるのも嫌だ。

 俺は父のスーツを埃塗れにしながら、桃井虹を引き擦り出した。

 霊力をちょっとばかり込めて、引っ掛かっている部分を破壊。後は簡単に引っ張り出せた。

 桃井虹は埃で真っ白で、気持ちよく眠るような顔で気絶していた。骨折や大きな外傷はなかった。

「生きてんじゃねーか!」

 俺は桃井虹をポイッと投げ出したくなった。



 五百里は俺を追いかけ、八階からエレベーターに乗った。

 叔母・弥坂百舌の仇を討ちたくて、他のことは忘れそうになっていた。

 エレベーターが降下する間に落ち着いてきて、黎明を殺したくないと言った千歳の顔や、息子を信じている黎明の両親の顔を思い出した。

 自分の使命は黎明の魂を取り戻すことで、邪神ごと黎明の肉体を破壊してしまうことじゃない。それをしてしまったら、黎明の魂は永久に帰る場所を失ってしまう。

「冷静にならなければ…」

 五百里は震えを抑えようとした。

 黎明は五百里にとっても大切な甥だ。

 五百里は右手を刀の柄にかけ、一寸鞘を引いた状態でエレベーターから降りた。

 そこで避難指示の館内放送を聞いた。

 まさか、爆破予告があったとは思わない。

 衛門府や検非違使は陰陽寮退魔課と完全に別組織で、連携が全く無い。

 五百里は俺のせいで朝堂院全体に避難指示が出たと思い込んだ。

 彼は混雑したゲート前を見回し、俺が呑気に長蛇の列に並んでいるとは想像もしないで、他の出口を見回りに行った。

 俺の気配を探したが、微塵も感じ取れなかった。

「クソ。邪神め。七の宮に何の目的があって…」

 きっと七の宮を破壊する為に訪れ、大御巫・壱子がそれを阻止したのだろう、と推察した。

 大外れだ。冷静さを欠き、普段の彼の分析力、観察力を発揮出来なかった。

 五百里は爆発に巻き込まれなかった。

 市姫と御巫達は別の出口から朝堂院を出た。

 五百里は爆発後、エントランスに急いで引き返した。

「多伎…、どこだ⁉」

 五百里が眼鏡を投げ捨て、目を閉じた。

 濛々と煙。逃げ遅れた人々の念が渦巻く。

 彼の霊眼はとても優れている。粉塵が遮る視界をクリアに、俺の微かな気配を拾う。

「……⁉」

 五百里はおかしな光景を目撃した。

 俺が瓦礫の中から小娘を救い上げ、両腕に抱えて立ち上がるところ。

 そして、俺が煙の中で息を停め、瓦礫を踏み越えてその()を外へ運び出していく。




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