第3章 ウェルド ・ 第8話 八千矛の祓 ①
俺は多伎の戦い方を思い出した。
子供の時、俺は母方の田舎で不思議な体験をした。
俺は多伎となり、巨大なバケモノと戦った。
あの時、多伎は邪霊の集合体の尻尾を切断し、飛び上がって頭部を斬り落とした。
俺は今、目の前にいるこのバケモノとの戦い方を知っている…。
俺達は邪龍の霊圧を受けて徐々に屈んでいく。押し潰されていく感じ。
俺は歯を食い縛った。
気合で押し返し、大刀を杖にして、ガクガク震えながら立ち上がった。
「鬼御子ォ…」
俺は邪龍の向うに鬼御子を感じていた。
遠距離あろうが、操っているのは鬼御子だ。鬼道で死者をよみがえらせ操った。
邪龍の長い首がうねる。獲物である俺に向け、顎が外れそうなほど大きく口を開く。
邪龍が下顎を揺らし、俺を掬い上げて食おうとしている。
長い舌が見え、涎がボトボトと垂れた。刀のように長い牙が上下二本ずつと、口の奥の歯までくっきりと見え、俺を丸飲みしようと迫ってきた。
長い首は肉の量が足りず、頸椎を覆いきれていない。骨がズラズラッ…と覗く。
これをドラゴンと呼ぶには歪すぎる。
「鬼御子。…お前は今まで会ったどんな人間より罪深い。何の為に領土が欲しい? 権力を使って何がしたい? ……本当に醜い。外見じゃなくて…心が…だ」
俺は怒り心頭だった。
死ぬとかどうでもいい。恐怖とか痛みとか、関係なくなってきた。
俺は素環頭大刀『沸』を杖にして、一歩一歩進んだ。
邪龍のこの霊圧は弥のミオヤ以下、邪神・多伎以下だ。俺は弥のミオヤと多伎の聲を聞いただけで気絶したことがある。
でも、この邪龍の雄叫びを聞いた後でも、こうして立っていられる。
俺は黒い瘴気を吸い込み、頭がクラクラした。
決意を込め、長い息を吐き出した。
「…戦うぞ、鬼御子。俺は受けて立つ…。今、この世界で…俺は鬼の首斬り人、多伎なんだ…!」
俺は黒い翼を翼長一杯まで広げ、バサバサと羽音を鳴らして舞い上がった。
黒雲垂れ込めた低い空。
俺はその黒雲をかすめるように飛ぶ。
上空から見下ろして、そいつの全長と全形がわかった。本当に巨大な怪物だった。
四肢の皮膚は細かくひび割れて厚く、爬虫類か恐竜のようだ。僅かに残った腐肉は、濃く焦げたような色合い。勝手に剥がれ落ちていく。
俺を見上げて長い八本の首が立ち上がり、ウネウネとくねった。
海底の岩場から立ち上がるウツボ達を連想した。
肩や胸にランダムに付いた人面がムンクの『叫び』のような表情で何か喚いている。ギャアギャアと煩い。
たぶん、肩や胸の人面を斬っても意味がない。
あの長い首を全部落とすしかないだろう。
俺は黒い翼で風を切り、敵の背後を伺う。
複数の長い首が俺の動きを追って捻じれた。こいつには死角が全然無い。
面倒臭ぇ。俺は急降下して、邪龍の頭の一つを空中で斬り落とした。
黒い血飛沫が飛ぶ。
邪龍が甲高く嘶く。
その瞬間、別の首が伸びてきて俺の脇腹をバクッと咬んだ。
そいつが俺を咥えて振り回し、俺は飛ばされ、斜面になった藪に墜落した。
俺の翼から黒い羽根が散る。
藪を削るように落下して傷だらけになった。
噛み裂かれた脇腹から鮮やかに赤い血がダラダラと流れ出た。
案外、漫画やゲームみたいに血の噴水がブシャー! とか出ないものだ。俺は冷静に出血する自分の躰を眺めた。
血がドクドクと湧き出していたが、俺はすぐに起き上がった。
痛みの感覚が麻痺していた。
俺の中の多伎がざわざわ言っている。こいつを殺したくてウズウズしているぞ。
「何だ。あと、たった七つじゃねーか…」
俺はゾクゾクしながら邪龍の頭の数を数えた。
俺の声も表情も多伎そっくりになっていく。俺の全身から、邪龍と同様の黒い瘴気が噴き出していく。
喋った後で、いきなりガボッと血を吐いた。
「多伎ィー‼」
俺の背後で剣が叫んだ。
俺は声に出して笑った。
「剣。見てろよ。…こいつは俺がコロス……」
口元の血を拭って、また翼を広げて飛んだ。
俺の目の下に邪神の隈取りみたいな影が出来た。
多伎の翼は体内に溜まった邪霊の怨念から出来ている。自在にその形状や大きさを変えることが出来る。
ただ、この翼を使う度、俺の魂が邪神へ近付く。
「ヒ…ヒャハハハハハ……」
多伎みたいな高笑いが俺の口から洩れる。
俺が飛翔して、裂けた脇腹から血が滴った。
辺りに血の匂いが広がり、嗅覚が鋭い邪龍が飢えて狂った叫びを上げた。
七つの首が俺を奪い合って、激しく身をくねらせる。
俺は巫だから、邪龍にとって最高に美味い餌だ。邪龍は俺の精気を求め、涎を垂らしまくった。
一番高く鎌首をもたげていた邪龍の頭の上に飛び乗った。
その首を斬り落とそうと、愛刀『沸』を振り上げ…。
突如、俺は垂直に1メートル跳び上がった。
俺が居た場所目がけて、別の長い首が食らいついた。
首同士で咬み合う形になった。俺は空中で大笑いした。
「ヒャハハ……。…馬鹿め。自滅しろ…」
俺は一番外側の首をスパンと刈り落とした。
水蒸気が立つ。太い首が沸き立ちながら草むらへ落ちていく。
俺の大刀『沸』に焼かれ、蕩けていく肉塊。
剣達が驚いて俺を仰ぎ見ている。
「多伎ィ! 行けぇぇ!」
三野が叫んだ。
俺は別の首の攻撃を故意に擦り抜けた。
追ってきた首と別の首がリボンのように絡まった。
俺は邪龍の頭から頭に飛び移り、こいつらの雑な攻撃をからかった。
首同士は連携出来ないようだ。互いにぶつかったり食い合ったりする。
邪龍は次第に苛立ち、隣の首に咬みついた。奴等は共食いのように咬み合った。
黒い血が飛ぶ。
俺の赤い血が飛ぶ。
俺が邪龍の背中に飛び乗って、長い首の一つを根元から斬った。
『風瀧』! 大刀にありったけの念を込めた。爆風が起きた。
「ギヒヒィ…!」
邪龍の頭部が鳴きながら蕩けていった。肩まで深く抉れ、大きな穴が開いた。
ところが、邪龍の肩の肉がモコモコと隆起し始め、新たな首を再生した。
今度は角が三本ある、前より太い首が伸びてきた。それがまた二股に裂け、もう一つ首が生え始めた…。
「プラナリアかよ」
俺は邪龍の首を刈ることに夢中になった。
『沸』を打ち込み、捻り込み、飛び回って首を斬り落としていった。もう再生する暇も与えてやるもんか。
俺の表情は邪神・多伎そのものだった。
「あと三つ…」
俺が勝ちを意識した時、邪龍が長い尾を振り回して、剣達を跳ね飛ばした。
「剣!」
恐竜のようなその背中から俺も振り落とされ、左肩から咬まれた。
「剣! 久斯! 三野―!」
俺は自分の怪我より剣達のことが気になって、咬まれながら仲間を呼んだ。
剣達は尾の攻撃で転がされただけで無事だった。
淡由岐がそれと反対方向の崖の下で、邪龍に追い込まれていた。




