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八咫烏 ―YATAGARASU― ~邪神と巫が入れ替わる~  作者: 柴犬ジョニー


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第3章 ウェルド ・ 第7話 呪詛祓、知られたくない顔 ①

 あれは俺達『カラス』が四人揃っていた最後の戦いだ。

 弥の古くからの友好国・奴國から依頼を受け、鬼道でよみがえった死者を葬った。

 俺達は大きな代償を払うことになる…。

 奴津(ナノツ)から街道を下り、霧の中で鬼の大群と遭遇した。

 手当たり次第、愛刀『(ニエ)』の餌食にした。

 多くの鬼を前にして気持ちが高ぶり、黒い血を浴びて斬りまくった。

 鬼は熱い水蒸気を発して蕩け、骨もろとも四散した。

 『粛殺(シュクサツ)』の剣は元退魔師の鬼達と渡り合い、殲滅した。鬼は精気を失い、枯草のように萎びていった。

 『熄滅(ソクメツ)』の久斯は矢が尽きて大刀を振った。女子供、老人の鬼も例外なく焼き尽くした。

 『結氷(ケッピョウ)』の三野は鬼の集団を斬り伏せ、粉々に打ち砕いた。鬼は全身の血を噴き出し、霧を赤く染めて散った。

 淡由岐はバチバチと青白い電気を暗がりで放った。

 この世界の人間や動物は高い霊的能力を持つ。淡由岐は危機に瀕し、新たな能力を覚醒させた。近付く鬼に雷撃を加え、撃退した。

 元々、死者は犬を嫌う。淡由岐は退魔の才がありそうだ。

 俺達は圧勝した。百以上の鬼を小一時間ほどで滅ぼした。



 俺は剣を援護したり、逆に助けられたりした。俺達四人の息はぴったりと合い、どんな強い鬼も倒した。

 俺達は荒い息で肩を上下させ、その場に座り込み、汗だくだった。

 霧が晴れていったが、またすぐ濃くなってきた。

「…なんで?」

 俺は汗を拭いながら、周囲を見回した。

 霧が結界のように俺達をこの屍村に閉じ込めていく。

「たぶん、鬼御子が遠くから様子を見ている…。俺達が呪いを撥ね返すと、鬼御子にもダメージがある…」

 剣が答えた。

 気付けば、剣が脇腹に怪我を負っていた。

「剣…!」

「大丈夫」

 俺の心配を遮り、剣が先を行った。

 その時は分断されるなんて、思いもしなかった。俺達は別々の戦いに誘い込まれた。



 久斯は霧の中に見覚えがある景色を見出した。

「そんな馬鹿な…」

 久斯はその景色に心を搔き乱された。

 戦火で焼け落ちた残骸が風雨で荒れ果て、蕭然(しょうぜん)としている。

 屋根が半壊して骨組みも露わな竪穴住居の一つ、その中で八歳くらいの少年が女の鬼二匹に襲われ、喰われそうになっていた。

 最初、久斯は助けようと大刀を構えたが、凍りつくように動きが停止した。

 その八歳の少年が何故か、今から十七年前の久斯にそっくりだった。

 久斯を襲ったのは、死んだはずの母と姉。

 久斯は辛い過去を思い出さずにいられなかった…。

 久斯が五歳の時、故郷がヤマトの侵攻を受けた。

 母と姉はその時に死んでしまった。母はまだ二十八歳で、姉が十一歳だった。

 久斯は故郷を滅ぼされ、奴國(ナのくに)に逃れた。死んだ母と姉の葬儀は出来なかった。

 着の身着のまま逃げ、走り続けて、奴國に居た父親とその親戚に保護された。

 久斯が八歳の時、父に連れられ、今はなき故郷の近くまで行った。

 戦はまだ続いていた。久斯は生き別れた幼馴染を探し回り、一人で行ってはならないと言われたのに故郷の焼け跡をうろついたのだった。

 想像していたような、野晒しの白骨の戦場跡ではなかった。

 集落は面影もないほど壊れていたが、故郷の山や川は変わりない。母と姉が思い出されて恋しかった。

 日が傾いたと思うとすぐ暗くなって、霧が出てきた。

 久斯は鬼を避ける為、まだ屋根が半分残っていた一軒の竪穴住居に入った。

 その住居に仄かな明かりが浮かんでいた。久斯は仄白き明かりに誘われた。

 だが、彼が見たものは。

 三年ぶりに再会した母と姉が暗がりで霊光を発し、ぼんやりと光る姿。

 異様な酸っぱい匂い。

 母と姉の髪は乱れ、島田髷もくちゃくちゃ。着物は汚れて破れてズタボロ。躰には(ウジ)が湧いていた…。

「母さん……姉さん……⁉」

 久斯は息を飲む。

 何かが変だ。母の無表情の眸には狂気があり、姉は獣のようにぐるるる…と唸るだけだった。

 母は久斯を見ても驚かず、両手を広げて迎えた。

「…坊や。大きくなったのね…」

 久斯は本能で後ずさった。

 母と姉は三年前に死んだ。この三年、母と姉のことを思い出さない日は無かった。

 それがこの廃墟に居るはずがない。

「どうしたの。坊や。母さんに匂いを嗅がせて。…坊やの甘い、美味しそうな息の匂いを…」

 久斯は故郷を襲ったのが鬼御子の配下の軍だったことや、その後、鬼が多量に発生したことを聞いていた。

 彼は利発な子供だった。

「…母さん…、離れて……」

 久斯は後ろ向きに一歩ずつ、出口の方へ歩いた。

 母が屍の鬼となって、涎を垂らしながら迫ってくる…。

「何を言ってるの…。抱き締めてあげる。坊や。寂しかったでしょう…」

 母が自分の名(本名)を呼ばない。

 坊やなんて言い方はされたこともない。

 それ以上に久斯は、母と姉が兵士に殺されて動かなくなるところを目撃したのだから。

「母さん……嫌だ……。来ないで…」

 まさかの出来事。

 久斯はあと少しで出口なのに、両膝がガクガク震えて歩けなくなった。

 母は抱き締めると言いながら、何故か、農具の(また)(ぐわ)を握り締めて近寄ってきた。

 喰いたい。喰いたい。子供だ。うまそうだ。

 異様に瞳孔が開いている。母の表情から鬼の心理が見える。

 もう既に人間の精気の味を知っている鬼だ。母は生前の記憶を失くしていた。

 母も姉も、別の世の魑魅魍魎の類になってしまった。

 久斯の視界の端、床に(なた)が落ちていた。血がこびりつき、錆びていた。

 ゆっくりと、久斯の右手が鉈の方に引き寄せられる。

 でも、目の前にいるのは最愛の母だ。

 自分は母に対して、そんなことが出来るのか⁉

 生前の母は優しく美しかった。気品があって、誰からも愛されて…。

 今は肌が荒れ、皺が寄り、皮膚の下でブツブツと何か虫が這いずり回る。表情は完全に狂い、異常に笑っている。

 飢えを満たす為に目の前の子供を喰う。そのことが堪らなく嬉しいのだ。

 鉈を、久斯より先に姉が拾った。

「ぐるるる…」

 姉が口から涎をポトリ、落とした。

「姉さん……」

 切ない。忘れられない。久斯の思い出。



 久斯は久斯國の身の一族の子だった。剣術も子供の頃から習っていた。

 奴國で保護されてから、彼は戦士を目指した。か弱い人々を守ることが出来ず、家族を目の前で殺された久斯のトラウマからきた、恐怖の克服方法だった。

 だが、少年時代の久斯は鬼を見ると逃げ回るような気の弱い子供でしかなく、この時も怖くて泣き出しそうだった。

 久斯は死を覚悟した。母と姉に生きながら喰われる。

 ところが、突然、姉が母を棒で叩いた。

 母が痛みに(また)(ぐわ)を放し、床に蹲った。

「痛い! 何をするの!」

「ぐるるる……」

 姉は母を棒でバシバシと叩いた。人間の言葉を忘れてしまったのに、弟の顔は憶えていた…。

 姉が逃げろと、久斯に目配せした。

 姉の目に涙が光っていた…。

 久斯は後ろを振り返らず、走り出した。



 久斯はあれからずっと思ってきた。鬼であることの苦痛を早く終わらせてやりたい。

 母と姉はどこかで朽ちただろうか。

 今も鬼であることに苦しみながら、誰か人間を襲っているのだろうか。

 或いは退魔師に滅ぼされたか。滅ぼされたなら、もういい。

 もし、まだ孤独にどこか夜の片隅を彷徨っているのなら、今度は自分が手にかけて(はふ)る。



 久斯の前に、あの時の母と姉と自分が居た。

 瞬きすると、思い出の中の八歳の自分と母が消え、十一歳の姉だけが残った。

 姉はあれから歳を取っていなかったが、腐敗が進んでいた。ところどころ、骨が剥き出しだった。眼窩が黒く影になり、表情はわからなかった。

 優しかった姉が血みどろの殺人鬼になった。

 ボロく破れた着物で、泥だらけの手足で、髪は長くボサボサに広がる。

 姉が無言でそこに立っていた。姉の中に狂気だけが在った…。

 母が磨滅してこの世から消滅し、姉だけが取り残されたことを、久斯は何となく察した。

 姉は何人もの人間を歯牙にかけてきた。

「ぐるるる…」

 姉は人間の言葉を話せないが、久斯は姉の思いを感じ取った。

(終わりにしたい…。お願い…)

 姉は心とは裏腹に、錆びだらけの鉈を振り上げた。

「姉さん、わかってるよ…」

 久斯も泣きながら大刀を構えた。

(一緒に死んで…)

 姉が思念で呟いた。




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