第3章 ウェルド ・ 第6話 鬼道、死者をよみがえらせ操る ②
剣は焚火の番をしていたが、やがて疲れが出て居眠りしてしまった。
早朝、剣が起きた時、淡由岐も含め全員が寝ていた。
最後まで焚火の番をしたのは俺だが、さすがに明け方には寝てしまっていた。
「ほら、起きろ! 朝飯を炊くぞ。すぐ出発だ。昼には目的地に着く…」
剣が手をパンパンと叩き、皆を起こした。
一番長く熟睡した三野が寝惚けて、
「ダメだ…。剣、今日はシケってる…。船は出せない…」
と返答し、俺達は大爆笑した。
まだまだ暗い気分じゃなかった。
今日の嫌な用事さえ済んでしまえば、俺達は電光石火で折り返して、剣の兄・都支の見舞いに行く。兄の命が尽きる前に一目会いたい剣。
俺は冷たい沢の水で顔を洗い、気合いを入れ直した。
俺と三野で飯を炊く為の木の枝を集めた。
俺は欠伸を繰り返した。
「よく寝てたな、三野。俺は寝不足だよ」
「戦闘前によく寝るのは当たり前だよ。今日はお祓いじゃないからな!」
三野が怒って言い返してきた。
俺は別に嫌味を言ったつもりじゃなかった。
何となくキャンプに来たみたいで楽しくなった。俺はヒッツキムシの草を三野に投げる悪戯をした。
「子供か。多伎。俺が投げ返さなくても、お前はこの草だらけになるぞ」
三野は草を取り払いながら、俺を呪った。
そのうち、淡由岐がマーキングから戻ってきた。
「淡由岐ィ‼」
草むらから現れた淡由岐は体毛じゅう、ヒッツキムシの草だらけになっていた。
「アウォン!(多伎!)」
すごく嬉しそうな淡由岐が俺に飛びついてきた。三野の予言通りになった。
俺は千歳兄とキャンプに行った時のことを思い出した。
テントを張って寝て、翌朝は千歳兄が豆を挽いた珈琲を飲み、ハムエッグを載せた香ばしいトーストを食べた。
今、そんな感じで薄い味付けのスープと、具が少し入ったお粥を食べている。
熱々で美味いが、猫舌の俺はフウフウと息を吹きかけ、少し冷まして汁を啜る。
「多伎。頭にヒッツキムシの草が…」
久斯が俺の頭に手を伸ばし、サルの家族が毛づくろいするような格好になった。
三野がスープを吹き出しそうになり、剣も笑っていた。
「なぁ。火國生まれの…倭の國の王…火女ってやつのこと、教えてくれよ」
俺が剣に聞いたら、突然、和やかな空気が一変した。
気まずい沈黙が暫く続いた。
剣は眉をしかめ、
「多伎。その話、海狭児の前ではするなよ」
と、前置きした。
「なんで?」
俺は海狭児が火國のスパイだなんて知らなかった。スパイは志芸で、その事件はもう終わったと思っていた。
「何でも」
剣は理由を言わなかった。
咳払いして、本題を話し出した。
「それとだ、多伎。鬼術師の名は出すな。そいつについて話す時は異称の『鬼御子』と呼ぶこと。相手はどこに耳を持っているかわからない…。鬼御子は俺達、倭人の王だ。だが、その覇権をめぐる争いに八雲は関わってない。…俺達は事後承諾させられただけだ。筑紫と交易したかったからな」
剣はその相手に好意がないことを明確にした。
鬼術師でなければ、もっと好意的に組めたかも知れなないが。
死者をよみがえらせる術を使うのだから、俺も嫌いだ。きっとタタリ神みたいなババァだ。
剣は甕のお粥の最後を全部掬って、俺の鉢に注いだ。
「食べろ、多伎。お前が一番若い。…鬼御子は双子だった。お前も知っての通り、双子は昔、不吉とされた。双子の弟は小舟に乗せて海に流されたと伝わる。鬼御子自身も幼少期は故郷から遠い天の島に幽閉されて育った。鬼御子の生家は筑紫の山門海沿岸に在った。しかし、親族に裏切られて没落し…、久奴國や高来國の親族がその領地を奪って、支配するようになっていた…」
剣は木製の調理具のおたまを振って説明した。
「鬼御子は双子の弟を連れて島を自力で脱出し、生家に戻ってきた。自分を追放して領地を奪っていた親族に復讐し、領地を取り戻し…、一度はその親族の男の一人と結婚して、和解したんだが…子供に恵まれず、遂に離婚…」
鬼御子の人生は波乱万丈だった。
剣はどうしてそんなに詳しいのだろう?
鬼御子は子供に恵まれず離婚されたなんて、気の毒だな。若い頃は妖艶な美人だったらしいぞ。
剣は俺が頭を打って記憶が曖昧になったという話を信じ、細かく説明してくれた。
「鬼御子は離婚と共に同盟を清算され、また追放された…。鬼御子は奴國など北部筑紫勢力をまとめ、久奴國との戦に勝った。そして、再び久奴國と同盟を組み、今度は奴國・伊都國へ軍事侵攻した」
「ハァ⁉ どうしてそうなるの?」
俺はちょっと意味がわからなくなった。奴國、あっさり裏切られている。
敵だった親族と組んで、奴國を侵略?
俺は目を瞬かせて剣の説明を聞く。
「鬼御子は理屈も信念も無かったんだ。飽くなき権力欲と闘争心、それが鬼御子を支えた。倭のクニグニの全てを従わせることが、鬼御子の目標だ」
「えーーーっ……」
俺は理解したくなかった。
何だよ、そういう奴っているけど。
大統領とか、摂政・関白・太政大臣になることが目標みたいな奴ね。
それで政治的なビジョン、この国をこう良くしたい! という信念が欠けている奴ね。
幽閉されている間に思考が歪んじゃったのかな。
「…しかし、時間がかかり過ぎた。世の中は安定し、鬼御子の政治力は筑紫で留まり…、鬼御子も七十歳に近い…」
この世界の七十歳は、俺が居た世界の百歳の感覚だ。
こちらでは五十歳までに大半の人が死ぬ。
「多伎。それで鬼御子は甥を伊都國の大将軍に任命した。甥の名は爾岐と言う。その息子・若火子と奴國の嶋子の娘が政略婚したんだが、これも数年で離婚になった…」
腹が立ったのか、剣が灰におたまを突っ込んだ。
「嶋子が言ってた話だな。離婚したんだ…」
「そう。若火子を火の御子と呼んでもいいんだが、爾岐も鬼御子も居て話がややこしくなるから、俺達は若火子と呼んでいる。…この若火子の実家・久奴國と鬼御子が対立し、再び戦を始めた…。西のヤマトも一枚岩じゃない。二十近いクニの連合。しかも連合成立の過程から、鬼御子と久奴國は親族ながら敵同士だった。鬼御子が倭の國の王に共立された後も、ヤマトには内部分裂が何度も起きた…」
剣の話は意外な展開になって、俺は心臓がドクドクと鳴り始めた。
やばい話になってきた。
「多伎。考えてもみろ。出口を山に挟まれた山門海の航路は一つ。壱岐・對馬を経て鉄を買い入れ、異国と交易するには、山門海沿岸諸国がどこも同じ航路を取るしかない。鬼御子が倭の國の頂点に君臨し続ける為には、どんなに内輪で仲が悪かろうと、この海を単位に連合を組むしかないんだ!」
剣はズバッと言い切った。
なるほど。
それで血で血を洗うような凄惨な王位争奪戦をやった後、憎しみだらけの相手と連合を組んだ。
共通の目的を作ってヤマトを維持していく為に、奴國・伊都國を侵略した。
でも、所詮はしがらみだらけだったから、内部分裂が起きた。
久奴國が連合から独立した。
いや、独立を宣言したけど、同じ航路を取るしかない間柄だ。戦が続く。
鬼御子は山門海連合を維持する必要性を抱えている。
剣は俺の眸を見詰めて言った。
「火國も悪い奴等ばかりじゃない。気持ちのいい男達も居る。だから、八雲としては、どこかに組める勢力がないか、西のヤマトの諸勢力を注視している。俺達は八雲の大御身から遣わされたスパイだ…」
俺達がスパイ…。
俺は興奮して心が震えた。
激動の歴史のスポットライトが当たらない側、濃い影の中に俺達が居る…。




