第3章 ウェルド ・ 第6話 鬼道、死者をよみがえらせ操る ①
明日には最終目的地に着く。
剣は護衛達を奴津の真具呂達のところへ返すことにした。
奥津と蓼は最後までついて行くと粘ったが、
「退魔の仕事だから、お前達では役に立たない。むしろ、足手まといだ」
剣は冷たく断った。
奥津と蓼は涙ぐんだ。途中から別行動になることは事前に知らされていた。
奴國の退魔師が悉く敗れた相手だ。剣は犠牲を出したくない。奥津も蓼もそれはわかっている。
髭面の男達が見た目と似合わないくらい、本気で泣き出す。
「剣さま…。俺達は別に死んだって構わないし…。ここで別れたら、心配しすぎて死んでしまいます…」
滑稽なのだが愛おしくもあり、剣はもらい泣きを堪えた。
「お前達に心配されるほど、俺達は弱かねぇ。これが最後の別れってわけじゃないぞ。酒でも飲んで、奴津で待ってろ…」
剣と俺が奥津と蓼、八木達を抱き、三野が荒木達を抱いて慰め、朝焼けに照らされた街道で別れた。
俺達『カラス』の四人は何も喋らず、無言で街道を歩き続けた。街道と言っても、交易で出来た砂利道だ。
その日は野宿。夜を過ごす場所はすぐ決まった。倒木の周囲は木立が疎らで、近くに水の清らかな沢があった。
俺達は魔を祓う結界として焚火をした。
今回の旅で野宿は三度目。俺達は各地で歓待を受け、とても恵まれてきたから。
俺はこの世界が嫌いじゃなかった。旅行気分なら楽しいところだ。食べ物も美味しい。
翼があるせいで重力が低いみたいな感覚も面白い。躰が弾むし、飛ぶように速く走れる。実際に飛べた。
俺は落葉の匂いを嗅いで横になった。落葉がフワフワのベッドで、鬱蒼とした木々の枝が空を覆い、屋根のよう。
月と満点の星が照明で、俺達は足を投げ出し、落葉と雑草のベッドに身を伸ばす。
森の奥は真っ暗だが、奴津の方は都市の灯火がチカチカと星のように瞬いている。
三野が先に眠った。
よくこの状況で眠れるな、三野!
俺は全然寝付けなかった。
剣と久斯が焚火の番をして、俺も隣で炎を見詰めていた。
「どうした? 多伎。眠れないか?」
剣が木の枝をくべながら静かに話す。
火の粉がパチパチと爆ぜる。俺は寝転んだ状態で淡由岐の背中を撫でている。
火を見ていると人の心は語り出すと言うが、それは本当だ。
「剣…、気付いてたと思うけど…、俺、頭を打ったみたいで…。そこから少し変なんだよ…。べ、別人みたいに…こう、記憶も…曖昧になって…」
俺はなるべくおかしくないように辻褄を合わせようとした。
でも、剣はフッと吹き出した。
「皆、言ってるよ。多伎が腑抜けになってしまったって」
「ひどいな。腑抜け? …俺、そんなに変わった?」
俺は少し悔しい。腑抜けはないだろ?
剣と久斯が顔を見合わせ、微笑んだ。
「多伎。本当に別人だよ。前は鬼を狩ることしか、自分の存在意義を見出せない奴だった。お前は変わった。まるで誰か別人に躰を乗っ取られたみたいに…」
剣は率直な感想を述べた。
やばい。
久斯には俺が本物の多伎じゃないとばれているが、剣には隠してきた。
その場を久斯がすかさずフォローした。
「多伎。私は正直、君のことを好きじゃなかった…。最近の君の方が、人間味があって面白いよ」
久斯は多伎じゃない俺を肯定して、その言葉が俺の心にガツンと来た。
しかし、久斯は頭を振った。
「でも、多伎。そんな優しい君じゃ生き残れないよ。早く元の多伎を取り戻せ。私は一度、帰る場所すら失った。君も失いたくないだろ? 明日は地獄だよ」
久斯が俺の首飾りの翡翠の勾玉を、人差し指でグッと押した。
「久斯…、それって…」
俺は久斯の故郷のことを聞こうとした。今は滅びたという久斯國。
その時だ。久斯の心を覗き見ようとしたわけでもないのに、俺の脳裏に景色が広がった。
久斯の愁いの眼差しの先に一瞬、残酷な景色が浮かんで、俺は無意識にシンクロした。
煙が立ち込める焼野原と、逃げ遅れた人々の死骸…。
久斯がパッと俺の眸を掌で覆った。
「視るな、多伎。心を病むぞ」
久斯は俺がシンクロしたことを感じて視線を遮った。
剣が小さい弟を叱りつけるように言った。
「寝ろ、多伎。明日はお前、『鬼の首斬り人』の出番だ。期待してる。しっかり寝て、疲れを取っておけ…」
そうだ。俺は雲の身と約束した。俺が剣を守るんだ。
俺は目を閉じて無理やり寝た。
二時間後くらいか、俺は目覚めた。
焚火の番を交替しようと見回したら、剣も久斯も寝てしまい、火が消えかけるところだった。危ない、火が消えたら鬼が出るかも知れない。
俺が木の枝をくべて手で扇いだり、フーフー息を吹き込んだりしていた時。
「やめろ…」
久斯の声がした。
久斯が寝言を言うなんて意外すぎて、俺は笑いながら、
「大丈夫か? 久斯、うなされてんのか?」
彼の額の汗を俺の袖先で拭いた。
久斯は故郷の近くに戻ってきたことで辛い体験を思い出しているのだろう。
淡由岐が久斯の顔をペロペロ舐めた。でも、彼は目覚めなかった。
久斯は苦しそうに顔をしかめ、
「…やめろ…離れろって……母さん……姉さ…」
と、唸った。
やっぱり、昔のことを夢に見ているみたいだ。
久斯の家族のことは何も聞いてない。
迷ったが、悪夢だったら起こした方がいいと思った。俺は久斯の腕をそっと揺さぶった。
「久斯。…起きろ。大丈夫か…」
急に、俺の手と久斯の腕の間に電流が走った。
二時間前、久斯にシンクロした時のように、突然、俺の中に久斯の夢の映像が流れ込んできた。
俺は泣いていた。
俺に流れる巫の血が、時々こういう不思議なことを引き起こす。
久斯が目覚め、寝ぼけ眼を擦りながら、
「多伎? どうした?」
片手で俺の頬に優しく触れた。
「久斯…。久斯國はどうして滅びたんだ? 奴國は領土を多く失い…、焼かれたって……。それって、久斯國のことなのか?」
俺は溢れる涙を隠そうとしたが、久斯から丸見えだった。
勘が鋭い久斯には何を隠そうとしても知られてしまうのに。
「…そうだ。久斯國は奴國に属した。山門海連合との対立で戦場になったクニの一つ。私の故郷は…奴等が侵攻した際に滅びた……。私の故郷を滅ぼしたのは、鬼御子だ…」
久斯は言葉に万斛の恨みを滲ませた。
数秒間、久斯から黒い瘴気が噴き出すように感じた。
しかしすぐ、久斯はその負の感情を抑え込んで柔和な笑顔に戻った。
「多伎。やっぱり、故郷が近くなると夢に見てしまうものだね…」
久斯は俺が夢を覗いたことを責めなかった。
「どうして君が泣く必要がある?」
俺がしゃくり上げて泣くもんで、久斯の方が戸惑っていた。




