第3章 ウェルド ・ 第5話 二つのヤマト ②
俺は奴津を好奇心一杯に眺め回した。
久斯は筑紫出身だから、こっちの情勢に詳しい。
「多伎。筑紫はねぇ、複雑なところだよ。八雲ほど単一の文化でまとまっていない。クニごとに文化の違いも大きいし、移民も多いし、外来文化の影響も大きくて、細かくバラバラ。歴史ある大国と言えば、奴國と伊都國。その他は、川が注ぐ海ごとに文化圏が分かれている」
なるほど。
で、歩きながらまた久斯に尋ねる。
「倭の國には百以上のクニがあったんだろ? それが淘汰されて三十のクニになった?」
俺は魏志倭人伝に書かれていることを思い出した。
俺の後ろでは三野と護衛達が冗談を言い合い、剣は側近の蓼・奥津と喋っている。
久斯は市を案内しながら、
「倭に属するクニは数えきれないが、この五十年で、百以上のクニが地域ごとに三十ほどの連合となって、夫々対抗するようになった。交易が盛んになるほど揉め事も増えて、生き残る為には仲良くもない隣国や遠隔地と手を結ぶようになったんだよ…。これは列島各地で起こっている…」
わかりやすく説明しようとしたが、俺の苦手な話だ。
こういう連合誕生の背景に同盟婚があるのだろう。
経済、軍事、血縁関係で結び付きを強め、地域ごとに優位性を保とうとした。
久斯はこのテレビもネットニュースもない世界で情勢をちゃんと把握し、
「…その中で、筑紫は直接、異国と向き合ってきた。連合を組んで異国と対抗しなければ、より大きな経済圏、勢力圏に飲まれてしまう。筑紫はいつもその緊張感を持っている…。多伎、わかるかい?」
俺の顔を覗き込む。
俺の両脇を異国人が異国語を話しながら通り過ぎる。確かに異国人が多い。
「ああ、わかるよ」
俺は大体を理解した。
「多伎。倭のクニグニの頂点には一人の女が居る。もうかなりの老齢だ。八雲も表面上はこの老女を倭の國の王と仰ぐ。従わなければ、鉄の仕入れに不都合が起きるからね。鉄は奪い合いだ。北海では八雲が優位だが、倭全体では八雲の得る鉄の量が卓抜しているとは言えない」
さすが、久斯は物知りだ。
俺はワクワクした。何だか本当に邪馬台国の話を聞いているみたいだ。
久斯は淡々と語った。
それは二つのヤマトの話になった。
「西と東に二つのヤマトという首長連合が出来た。まぁ、珍しい地名じゃないからね。この二大連合がかつてない対立をしている。八雲はこの両方に属す。西のヤマトの盟主は、筑紫の山門海連合。火國連合でも通じる。倭の國の王が住む処だ」
「ヤマト! ヤマトなのか!」
俺は思わず手を叩いた。
邪馬台国よりはヤマトの方が倭の國って感じがする。
久斯が話す間、俺は頭の中で、この世界の倭の國の地図と俺の知る日本地図を重ねようとした。
だが、それは微妙に重ならない。
沢山並ぶ露天商の簡素な店に立ち止まり、莚の上に並べられている土器を見た。東のヤマトから来た甕が、奴津の市でも売られていた。
甕は煮炊きに使う調理具。ただの炊飯器だから宗教と関係ない。お米が美味しく炊ければ、ブランドはどこだっていい。
久斯が店の前に屈み、胴部が丸みを帯びて丸底の、東のヤマト連合の甕を手に取った。筑紫の在来の甕はそれに比べて長くて大きめ。
東のヤマトの甕は直火用。この頃、奴國でもそれっぽいやつを作るようになった。
久斯が手にした東の甕の胎土はグレーがかった褐色で、角閃石を多く含む。俺は知らなかったが、この甕は吉備の影響を受け、河内の生駒西麓の土で作られていた。
「多伎。これは東のヤマトの甕だ。ヤマト川流域がその連合の本拠だ」
久斯が手持ちの物と物々交換で甕を買った。
明日は野宿の予定だそうで、甕はちょうど必要だった。
「東のヤマト連合は、北海の諸國、倭吉、潮諸國、筑紫の一部、東海、ヤマト川流域とその周辺勢力による広域首長連合だ。最近は更に東のクニも参加する兆しにある…。東のヤマト連合には世襲の盟主がおらず、各国が代表を送り合議する方式で、倭吉や八雲の大御身が連合を拡大する方向へ呼びかけている。その目的は、西のヤマトや異国に対し、交易に強い経済圏を造ろうとしている…」
そういうこと。
雲の身が話していたのはこのことだったんだ。
雲の身のオヤジ殿・八雲の大御身がなす事業。今までにない開かれたクニ造り、と言っていた。
「一方、西のヤマトは倭の王の世襲を見据える。彼等は古い伊都王家の血を引く。二百年以上昔、筑紫の大半を支配した伝説の王の血筋だ。血塗られた相続争いの末、一人の女が倭の國の王として認められるに至った…。その名は火女。異称を鬼御子と言い、鬼道を使う」
「鬼術師⁉」
俺は思わず叫んだ。
「ああ。死者をよみがえらせる術を使う…」
久斯の表情が曇り、残念そうに黙った。
俺は誰か通行人と正面からぶつかった。
「鬼術師⁉ なんで死者をよみがえらせる⁉」
俺は久斯との話に夢中になり過ぎ、前方不注意だった。
興奮気味に頭をポリポリ掻いていた俺の肘が、前方から来た男の肩に食い込んだ。
相手も同じで、会話に夢中で俺に気付かなかった。
大柄な男が肩を押さえてよろめき、
「この野郎、どこ見てんだ? おい!」
俺は五人のガラの悪い男達に囲まれた。
俺は身長が175センチくらいあって、小柄な人が多いこの世界では真具呂と久斯の次に背が高いけど、喧嘩が強そうには見えない。
本物の多伎のあの殺気立つ凶悪な目つきとか、触れるとやばそうなピリピリ感が俺にはない。
俺はおっとりして、見るからにネギを背負った鴨だった。
「いい大刀を持ってるじゃねーか…。お前、裕福そうだな…」
そのガラの悪い男達が絡んできた。俺を上から下まで舐め回すように見る。
「お詫びの印にそれ、置いてけよ…。着物も帯も悪かねーな…」
自分達も不注意だったくせに。髭面の逞しい男が言った。
腹は出ているが、実戦的に鍛えられた体躯。どこかで雇われている戦士のような男達。
俺は着物の襟を掴まれた。大刀を奪われそうになって、ぱっと手を払った。
「止めといた方がいいんじゃねーかな。俺、弱くねぇから」
俺は絡んできた集団から一歩引き、自分の間合いを取った。
人は見かけに寄らないんだぞ。
男達は腹を揺すって大笑いした。
全員髭面なのだが、髪型、着物は少しずつ違う。その中でも髭に顔半分覆われている男が、
「どこのお坊ちゃんか知らねぇが、調子に乗ってたら、死、ぬ、ぞ?」
短剣を抜いて、鋭い刃をちらつかせてきた。
「熊みてぇな髭面だな。鼻毛と髭の境が見えねーんだよ。鼻毛野郎…」
俺は小さな声で独り言を漏らしただけ。
でも、相手に聞こえて、挑発行為になってしまった。
「何ぃ⁉」
髭面の男達が俺の顔のすぐ側で酒臭い息を吐き、気色ばんだ。
「ふざけてんのか、てめぇ‼ 今、何て言った⁉」
一番大きい男の酒臭い唾が俺の顔に飛んで、気分が悪くなった。
「鼻毛を顔中に伸ばしてんじゃねぇ、って言ったんだよ…」
俺が言い返した時、久斯が背後から俺を呼んだ。
「多伎。面倒なことに関わり合うな…!」
遅いって。もう俺の血液がカッカと沸えたぎった。
相手が俺に斬りかかった。
これは喧嘩じゃない。刃物を使い、本気で斬りかかってきた。
俺はそいつの手首を取って逆関節に捻り、大刀の柄頭で顎を打った。
仲間が横からハイキックを仕掛けてきたが、俺の視野は広い。動く前から見切っている。
俺は相手の躰を巻き込んで投げた。
投げ技は龍髭館でさんざんやった。その通りにやった。
相手が立ち上がろうとした時、肘鉄を脳天に打ち込んだ。
男は両膝を着いて正面にバタンと倒れた。これは反則技だけど、まぁいいや。
柄頭で打たれた男が、血と折れた前歯を吐き出した。
他の三人の男達が怯んだ。
その頃には俺達の周りに野次馬が集まってきた。
「多伎!」
剣が人混みを掻き分け、俺と久斯を探し出した。
「はぐれんじゃねぇ。…あれはどこかのスパイだ。奴津には一杯居る。関わるな!」
俺は剣の厳重注意を受けた。




