第3章 ウェルド ・ 第4話 三野方、空模様 ①
田嶋の世話を現地の三野方系移民にお願いし、俺達は後ろ髪を引かれる思いで石城國から離れた。
田嶋とは帰路で合流する。早く良くなってほしい。
今回、剣がスパイを炙り出す為に奥津や蓼と仕組んだことは、俺も一杯食わされた。
結果として皆が前よりいいムードでまとまったので、そのことはもう蒸し返さない。
剣はスパイについて何か情報を掴んだみたいだったが、俺には一言も話がなかった。
スパイが海狭児だった件について俺が知るのは、もっと後になる。
夕刻、筑紫の三野方に上陸した。
筑紫の手前くらいから、これまでと雰囲気が変わってきた。髪型や着物、方言が違う。
俺達は三野方で押さえていた荷・鉄原料を受け取り、送り先の手配をして船を振り分け、商いを済ませる予定。
八雲の船の何艘かは遠い北陸・古志國まで向かう。三野方は商いの中継地だ。
緑濃い山が海に後一歩まで迫っている。自然の地形を利用した水門にひしめく船が壮観だ。船着き場は海の男達で溢れた。
夕焼けの空が曇っている。明日はまたシケそうだ。
船着き場で剣が俺を振り返った。
「どうする? 多伎。婚約者に会っていくか?」
俺がまだ会ったことのない多伎の婚約者は、三野方の身の娘らしい。
「イヤだ! 俺はまだ結婚なんてしねーよ!」
俺は立ち止まり、きっぱりと断った。
「なんでだよ。多伎。お前の婚約者、割と悪くないぞ。結構可愛い…」
三野が俺に絡む。
三野は多伎の婚約者の顔を知っているので、俺を冷やかしてたくて仕方ないみたいだ。
俺はこいつを評価しかけていたことを後悔する。
久斯は俺の天邪鬼ぶりを笑いながら、
「多伎、向こうはお前を待ってるよ。その子が花婿に逃げられたなんて笑われないうちに、そろそろ迎えに行ってやれよ…」
俺をそれとなく説得する。
久斯が言うのはもっともだが、その子は俺と多伎が入れ替わったことを知らない。
結婚は一生の問題だ。一生その人を愛せると思えなければ、結婚したくない。
なりゆきで結婚してまた多伎と入れ替わることになったら、俺もその子も傷付く。
「多伎…。その、お前、わかってる? 夫婦の営み…子供の作り方とか…」
剣が珍しく顔を赤くして、すごく恥ずかしそうに小声で聞いてきた。
おいおい、何言ってんだよ。こんな時間から下ネタか?
いや、これが違うんだな。この世界ではエロ情報が無さすぎて、こうして父親なり兄貴なりが教えるしかないのだった。
「お、俺は一応、女の子とつきあったことあるよ。大丈夫だよ。変な心配すんなって…」
俺も照れながら言い返した。
清香一人しかつきあったことないけど。
「え、お前、そんな相手居た? …それならいいや」
剣は兄貴代わりの気負いが空回りしたが、安心した様子だった。
「多伎。早く子供を作らないと、また新みたいなのが出てこないとも限らないからな…」
新は俺に子供がいないから、俺が死んだら西海の身を継ぐと勝手に宣言した。
そんなこともあったね…。
剣と三野は受け取った荷物の振り分けに追われ、俺は暇になった。
『滄溟の鳥』の船乗り達は散り散りに分かれていった。
志毘が真具呂に声を掛けた。
「帰ろうぜ。オヤジ…」
真具呂は夕陽が海に溶け込むのを眩しそうに眺めた。
「ああ…。久しぶりに帰るとするか」
あの真具呂が穏やかな笑顔だった。
俺は真具呂親子が今夜も俺達と宿で雑魚寝すると思っていた。
「久斯。あいつら、帰るって、どこへ?」
「…三野方は真具呂の地元だ。剣の仕事の兼ね合いもあって、いつもここで三泊する。その間、三野方出身者は実家に帰るのさ」
俺達は嬉しそうに帰っていく比良と波知や、真具呂親子を見送った。
海狭児が船を繋留する杭に座って佇んでいる。
その前を真具呂と志毘が通った。
「海狭児。行くとこあるのか? うちに来るか?」
真具呂が誘った。
「真具呂、数年ぶりの親子水入らずなんだろ。遠慮するわ。俺は女達が待ってんの。どの女にしようか、ちょっと迷ってただけ」
海狭児が見栄を張った。
彼は荒くれの船乗り仲間と連れ立って、マチへ消えていった。
真具呂は久しぶりに会う娘に謝る言葉を考えていた。長年迷惑をかけ、ほったらかしにしてきた娘と、この休暇中に会う。
志毘が真具呂の背中を叩いた。
「そんなこと考えなくったって、何とかならぁ。飲もうぜ、オヤジ」
今夜は真具呂の夢が叶いそうだ。
俺達は剣と三野を船着き場に残して、三野方のマチに続く坂道を歩いていく。
ツインテールの漕手の少年・奈目もついて来た。
「奈目。どうしたんだよ。お前も三野方出身者か? 家に帰るんじゃないの?」
「ボクの家はこっちなんだよ。多伎…」
奈目が拗ねたように答えた。
その様子が可愛い女の子に見えなくもない。ツインテールなんて俺の居た世界では女の子の髪型だったから。
俺達の旅には女っ気が無い。全く無い。
たまに華奢な奈目が女の子に見えることがあるくらい、俺達の旅は野郎だらけなのだ。
俺は先日のちょっと面白かった出来事を思い出す。
それを早く久斯に話したかったが、今夜の宿の方向と奈目の実家の方向が同じで、なかなか口に出せない。
何故なら、それは奈目の話だから。
奈目が普段よく喋る相手は、真具呂と志毘、三野だ。特に志毘はまるで弟を可愛がる兄のように奈目を可愛がっている。
そこに志毘と仲が悪い海狭児がちょっかいを出した。その現場を見てしまった。
石城國から三野方に至る、その途中の宿の裏で。
ちょうど黄昏時。俺は夕飯前に淡由岐と散歩に出かけた。
宿の裏手に海狭児と奈目が居合わせ、それも何だか妖しい雰囲気が漂っていた。
二人は何か喋っていた。俺の位置からは話し声まで聞き取れない。
俺の目にはどう見ても、海狭児が奈目を口説いているように見えた。
これって……、俺は勘違いした。二人が何を喋っているのか、勝手に想像した。
「おい、奈目。聞いてくれよ」
「やめろよ、キモイんだよ。海狭児、しつこいぞ…」
奈目の方は嫌がっている。
海狭児は奈目の背を大木に押し付けた。そして、右手で奈目の頭の少しばかり上の幹をドン! と叩き、奈目を追い込んだ。
「奈目。ずっと気になってたんだ。お前、女の子みたいに可愛いし…。俺の恋人になる気ある?」
「ないね!」
奈目は海狭児を突き飛ばした。
そこへ志毘が通りかかった。志毘が海狭児の頬に右ストレートを撃ち込んだ。
俺は茂みの影に居た。隠れていたわけじゃないが、二人は俺に気付いていなかった。
本当の事件はこうだ。
海狭児は奈目の秘密に気付いて脅していた。
海狭児が宿の裏に奈目を呼び出し、
「おい、奈目って、女の子なんだろ? なんで隠してんの?」
「なわけない。ウザイんだよ。海狭児、しつこいぞ…」
本当の会話では、海狭児と奈目は言い争っていた。
海狭児は奈目を追い込み、ドン! と木を叩いて脅した。
「奈目。女じゃないつーなら、胸を見せてみろよ」
目を細めて笑う。
「違うって言ってるだろ。海狭児は変態か?」
奈目が怪力で海狭児を突き飛ばし、そこへ志毘が乱入した。




