第3章 ウェルド ・ 第4話 三野方、空模様 ②
俺達は三野方の身のご厚意で、特別な宿舎を御屋の周辺に用意してもらっていた。
それで船の荷分けをする剣達を残し、俺達は先に宿舎へぞろぞろと向かった。
その方向に三野方出身の奈目も混じっていた。
水門から暫く山手に向かって歩き、山麓に三野方の身の御屋があった。周囲に人口が集中し、多くの建物が整然と並んでいた。
俺達は剣達の到着を待って、集会所で寛ぐことになった。
三野方の出身者はもう散り散りに帰宅し、残っているのは奈目だけだ。
「多伎。ボク、こっちだから。じゃ、またね」
奈目は俺達に挨拶をして、さっさと林の中の小道を上っていく。御屋の裏手は小高い丘陵で、墓域があって、そこから国境となる山が連なる。
奈目は季節外れの半袖の貫頭衣に帯を締め、袴パンツ。肩から斜めにカバンを掛けて。
奈目の後ろ姿が夕暮れの薄暗がりに消えていく。
「え…、そっちにも集落あるの?」
俺は鈍感だから、全然気付かなかったわけで。
御屋より上にある集落なんて、身の一族の家に決まっているのに。
三野方の一族は海の女神を祀る。彼等は海人族だ。海運業で栄えている。
八雲との親しい付き合いは多伎の祖父の時代から。多伎の父と母は同盟婚だった。
現在の首長は、多伎の母方の叔父に当たる三野方の大身。
前回の旅の往路でもお世話になっているから、そんなに久しぶりでもないのだが、今回もご馳走を並べて歓迎してくれた。
八雲は三野方の最も重要な取引先、商売仲間でもある。
八雲は時に三野方と一緒に對馬や韓、楽浪まで船団を出す。三野方の取り扱う商品は多岐に渡る。
三野方の大身は田嶋の怪我を知り、とても心配していた。気さくな人物で、后と若い息子も同席し、とりとめもなく話した。
俺達は八雲に居るように寛いで会話も盛り上がり、海の美食を味わった。
海の群青色の帳で囲われた御屋、その中庭には珍しい植物が生え、八雲とは違う地方の情緒が感じられた。
三野方の大身は俺のことを堅苦しい敬称抜きに、多伎と親しみを込めて呼んだ。
「多伎。そろそろ、私は先代の西海の身との約束を果たさなくてはならない。これは亡き姉の願いでもある…」
三野方の大身は俺と自分の娘との結婚を進めたがった。
多伎の母親は若くして死んだみたいだから、大身も強くその姉の願いにこだわる。
「…そうですねぇ…。ははっ…」
俺は何とか笑って誤魔化したかった。
婚約者は多伎と同じ十五歳だと言う。
俺が居た世界なら、中三か高一くらいだろ。十五歳で結婚なんて犯罪だろうが。
そんな若さで、国益の為に遠い八雲へ嫁がなきゃいけないなんて可哀想すぎる。
平均寿命が五十歳と言う、寿命の短いこの世界では、十五歳が結婚適齢期。
特に女の子は過酷な環境だ。一夫多妻制。結婚相手を自分で選べない。遠くに嫁いだら滅多に家族と会えなくなる。
三野方の大身も寂しいはずだが。
大身は俺を、将来の義理の息子として歓迎していた。同盟強化を喜んでいた。
剣も三野も、この同盟婚に大賛成のようだ。
三野方の宿舎で、剣と三野と俺が一つの竪穴建物に案内された。
護衛達はその周囲、漕手はまた別の竪穴建物に案内された。
宿の数と広さに余裕があり、今回は雑魚寝じゃなかった。
この宿舎は多伎の竪穴住居のように日用品や農具が置かれていたりしない。掃除も行き届き、さっぱりとして広く、綺麗な調度品と水差しと土器のコップがあった。八雲とは土器の様式が違った。
俺は初めて剣と三野と枕を並べ、兄弟のように寝た。
ベッドのように一段高くなった床に厚めの織物が敷かれていた。この世界に布団はないから、着物を被って寝る。
淡由岐は赤ん坊の時から人間に囲まれてきたせいか、『滄溟の鳥』の乗組員に吠えることは少なかった。剣と久斯には懐いたが、三野にはガルルルル…と唸り声を上げた。
灯りが消えた後、俺は剣と奥さんの馴れそめってやつを聞いてみた。
「剣はどういう経緯で今の奥さんと結婚したの?」
「多伎。なんでそんなことを聞くんだよ」
剣は嫌がらなかった。
換気口から射し込む月光の下、俺達は修学旅行に来た学生みたいに並んで寝転んで、恋愛の話なんかした。
「俺がまだ八ヌ弥の郷に居た頃、同じ郷の女を気に入って、一緒に暮らし始めた…」
剣は政略婚じゃなかった。
なんと、地元の女と恋愛結婚だった!
「おい、剣。自分は恋愛結婚なのに、俺や宇加や佐香に政略婚を強要するのかよ⁉」
俺は思わず怒りを覚えた。
「兄さんが二回も政略婚しているから、次男の俺は気楽なものさ」
剣は悪びれず、俺をからかうように言う。
剣は兄の政略婚が盛大に執り行われる隙を突き、三年つきあった地元の女性と結婚を発表し、直後に子が産まれた。
今、剣の子は長男が三歳、長女が二歳、可愛い盛りだ。凄いほったらかしだけど。
奥さんは今のところ一人で、この先も剣の政略婚の予定はない。
「それ、狡くねぇ?」
俺は何だか納得行かなかった。
次は三野の話だ。
三野は現在独身だが、一度、同盟婚の話が持ち上がった。今から四年前、十六歳の時のことだ。
三野はそれを呑気に淡々と話す。
「俺の同盟婚の相手を、うちのオヤジ殿(八雲の大御身)が気に入って、妃に召した……。俺は花嫁をオヤジ殿に取られたけど、正直ホッとしている…」
凄い話だった。三野の相手も十五、六歳だろうから、彼の父親とはかなりの年齢差のはず。
父親が息子の縁談を横取りするという極めて特殊な例だった。
「三野…。それ、酷くねぇか?」
俺は思わず同情した。
「オヤジ殿は代わりに、いつか最高の美女を譲ると言っているけど、俺は自分の嫁を自分で探したい。普通の平民の女の子を第一夫人にするつもり」
三野の言うことに俺は共感した。
そう、それだ。親が決めるんじゃなくて、自由に誰かを好きになることが恋愛で、それが幸せなんじゃないかって思う。
滅多にないことだが、俺と三野の考えが一致した。
「三野は全然偉ぶってないよな。八雲の大御身の息子なのに」
俺が初めて三野を褒めた。
三野は暗がりで俺の眸を見た。
「だって、そうだろ。多伎。俺には完璧過ぎる兄が二人居て、その名も鷹と雲と言う。俺が相続する分は八雲に無いんだ。しっかり人の話を聞いて、ちゃんとした常識人にならないと、将来、俺の相手をする人はいない。今だって、俺にお世辞を言って擦り寄ってくる人は余り居ないからね」
三野はよく考えていた。
「だから、剣についていって見聞を広め、自分が何をなすべきか、じっくり考える。俺もオヤジ殿の優秀な息子の一人だと、周りに認められたいんだ」
三野の言葉は図らずも俺の心を打った。
剣も三野の言葉に頷いていた。
俺は多伎の振りをしつつ、本物の多伎じゃないと逃げているばかり。この世界で何をなすとか、考えたこともなかった。
いや、以前の世界でも考えてなかった。
その夜、俺はなかなか眠れなかった。
翌日、俺は剣と三野が船の手配をするのを見学して、水門を見て回ったり、マチ歩きをしたり、初めて自分からこの世界をよく知ろうとした。
久斯が付き合ってくれた。
彼は俺が本当の多伎じゃないことを知っている。
「久斯。俺は正直言って、多伎の婚約者と結婚することが怖い…。…それに、どっちかって言うと…宇加と結婚したいかも……」
俺の本音も出た。
どうせなら、俺は憧れの桃井虹に瓜二つの宇加と結婚したかった。
「宇加さまと佐香さまは北海一の美人姉妹として有名で、諸国の身から結婚の申し込みが殺到しているみたいだよ」
久斯が言ったことは、刀のように俺の恋心を斬った。
「マジか…」
「剣は多伎がずっと宇加さま一筋なのを知っている。多伎が宇加さまの政略婚に反対することも想定内だと言っていた」
俺が宇加に一目惚れする以前から、多伎も宇加が好きだった。かなり一途に好きだったんだ。
そう言えば、多伎は俺を異世界に落とす時、
「黎明の願いを叶えてやる。異世界で冒険して、面白く楽しく生きろ。面倒な就活もない。女も選び放題だ。その代わり、私はお前の世界と八島黎明の名をもらう」
と、言った。
その言葉の意味を考えたら、…もう戻れないってこと?
それは困る!
「多伎…いや、ヤシマ。もし君が多伎だったら、どう生きると思う? いずれ交替して元の世界に戻るとしても……ビクビクしないで、今を思うように生きたら?」
久斯は俺が落ち着くように、無理のないことを言ってくれる。
その日の夕飯で、俺は酒を自分から進んで飲んだ。
夜、俺は淡由岐を連れ、酔った勢いで御屋の奥の集落を訪ねた。
たぶん、そこに多伎の婚約者の家があるはずだ。
俺は集落の外側の草むらをコソコソと早足で歩いた。
しかし、周囲には高い板塀があり、身の一族の住まいには容易に近付けなかった。
俺の背中には翼があるのに、この時はそんなことも忘れていた。
俺は小一時間ほど、ボーッと集落の崖下に突っ立っていた。
偶然、通りかかった奈目が俺を見つけた。
「多伎…? 何してんの?」
奈目は不審者を見るように俺を咎めた。俺も驚いた。
「奈目? お前こそ、何してんの?」
「…ボクはちょっと用事が…。多伎、こんな時間に…何でこんなとこに居るの?」
俺達は初めて二人きりで話す。
船の上で普段話しかける時みたいに、何気ない感じで。
俺は崖の上の明かりを見据え、奈目の質問に答えた。
「奈目。たぶん、あの辺りに俺の婚約者が住んでるんだ。…結婚はまだ考えられないけど、どんな子なのか、ちょっと顔を見たくなって……」
「へぇ…、そうなんだ……」
奈目は複雑な表情をした。




