第3章 ウェルド ・ 第3話 スパイ… ②
夜中、三野が真具呂を浜辺に呼び出した。
倭のクニグニの景色は俺が居た世界と違う。
平野が狭い。狭い扇状地に川の支流が何本も並ぶ。だから洪水が多い。
いち早く栄えた沿岸部のクニは大概、水門に適した広い入り海を持っていた。
堆積平野が狭い分、山が高く険しかった。陸地は起伏だらけだった。
この石城國は自然のままの景勝地だ。白波寄せる岬や岩礁、浜から見る景色が美しい。
その風景画のように抒情的な砂浜を、三野といかつい大男の真具呂が二人で歩いていく。
「…なぁ。久斯はスパイなんかじゃない。お前も知っているだろ? 真具呂…」
三野は三野方の身の甥。真具呂はその三野方の身に従う立場。
真具呂も三野にだけは頭を下げる。
「……若さま。確かに俺が…久斯と多伎を罠に嵌めてやりました…」
真具呂が白状した。
真具呂は松の大木に凭れ、腕組みをして三野を見下ろした。
「若さま。あの二人はもう死刑です。諦めるしかありませんな…」
「真具呂。なんで久斯の悪い噂を流した? 久斯が居辛くなるようにか?」
三野は納得出来なかった。彼は一本気な男だ。
真具呂はちょっと鼻で笑った。結構な酒量を飲んだ後だった。
夜空に向け、月にかかった雲を吹くように真具呂が溜息をついた。
「久斯なんて興味ありませんや。ああいう格好付けた二枚目は嫌いですがね。…志芸は俺が言ったとホラを吹いてるようだが、噂を流したのは志芸ですよ。ライバルを蹴落としたかっただけ。…あいつはその程度の輩ですよ」
真具呂はとぼけた口調だった。
三野は疑うことをやめなかった。
「じゃ、久斯を返せ。多伎も」
三野の吊り上がった眼を見て、真具呂は吹き出した。
「……もういいじゃねーですか。若さまも多伎を鬱陶しそうにしてたし、あんな不吉な禍の申し子、いらねーでしょ? いつか、あいつに憑りついた悪霊で船が沈みますよ」
三野はちょっと同意した。
「確かに…多伎は鬱陶しい」
しかし、三野は顔を上げ、真具呂を睨んだ。
「真具呂。それでも、多伎と久斯は『カラス』だ。俺の命を預ける仲間だ」
二人は2メートルほどの距離を置いて、互いに睨み合った。
真具呂は逞しい両腕を大袈裟に開き、
「若さま。俺を斬って下さっていいんですよ。俺はしがない船乗りだ。若さまの進む航路で俺が邪魔なら、そうして下さい。息子の志毘や、若い比良や波知や海狭児が、こう度々トラブルを起こすのは俺の力不足でしょう…」
三野を煽った。
三野は自分の剣に手を掛けない。
「真具呂。漕手はいくらでも替えがきくが、舵取りはそうもいかない。漕手の育成も確かに大事だ。俺達はいつも真具呂に助けられている。…お前は優秀な船乗りだ。一流の船乗りだ…」
三野が褒め称え、真具呂は意外そうに目を見開いた。
猛獣のように危険な男・真具呂が、細っこい貴公子の口振りに飲まれた。
真具呂の目が潤んだ。
「……お言葉、光栄です…。若さま」
真具呂は手を二つ叩いてお辞儀し、その場から立ち去ろうとした。
その頃、俺は縄を解かれ、石城の身の兵士に案内されて、御屋とは別の掘立柱建物に入った。
灯りも何もない、真暗な部屋。そこに久斯が幽閉されていた。
俺は目を白黒させ、もう何が何やらわからない。ただ久斯の無事が嬉しくて、駆け寄ろうとした。
「久斯―!」
久斯が片手で制した。
「すまん。多伎。私は……実はスパイだった」
久斯が自分で認めた。
すらりと鞘鳴りを聞かせ、大刀を抜いた。
駆け寄ってハグしようとした俺は、抜身の刀を見て立ち止まった。
「久…斯…⁉ どうして?」
俺の悪夢は続いていた。
「大刀を抜くんだ、西海の身」
石城の身の兵士が俺の大刀を返却し、俺と久斯は中庭に引き出された。
石城の身が俺達の戦いを見る為にその御屋の扉が全開だった。俺と久斯が篝火の前で向き合って立たされた。
「西海の身。久斯を討ったら、あなたが共犯でないと認める。八雲が我等を裏切っていないと信じる…」
石城の身の兵士の言葉が俺を追い詰めた。
「はァ⁉ 久斯は俺の友達だ…! そんなこと…」
俺は即答で断ろうとした。
急いで、久斯が俺の言葉を遮った。
「多伎、私は多伎と前から戦ってみたかった。どっちが強いか…試したかった。ちょうどいい機会じゃないか。…言っておくが、私は君を友達だなんて思ったことはない。都合がいいから、親しく演じてみせただけだ」
久斯は俺を絶望のどん底に突き落とすようなことを言った。
俺は震えた。感情が高ぶって涙が出そうになった。
なんでそんなこと言うの? 石城の身の前で何か俺達の友情を隠さなきゃいけない理由でもある?
俺にはわからない。とにかく悲しくて、やり切れない。
俺はカミを呼んだ。
弥栄流退魔道、召喚法。『…百百多良利多良利良…多良利阿我利良良利百…』を繰り返す。
俺達の頭上で、いつの間にか雲間から星が出てきた。
天の川が見える。
三野は立ち去ろうとする真具呂を呼び停めた。
「真具呂。息子の志毘を庇っているつもりなら、あいつは関係ないぞ。志毘はお前が志芸に田嶋を襲わせたと思い込んでいた。たぶん、志毘は何も知らないんだ…」
真具呂は目を瞬かせ、振り向いた。
表情もなく淡々と自白する。
「…いや、志毘の言う通りです、若さま。俺が志芸に田嶋を襲わせました。田嶋は口煩くて面倒な奴だった。だから、ここで置いていこうと思いましてね…」
真具呂はあくまで自分が主犯だと認める。
だが、三野はその自白を聞き入れないのだった。
腑に落ちない点があった。
三野は顎に手を当てて再度考え込み、冷静に判断した。
「…それはないだろ、真具呂。志芸は左利き。田嶋を襲った賊は右利きだ。志毘は右利きだが、その賊の顔には刀傷の痕なんてなかったらしいぞ」
そうなのだ。志毘も志芸も田嶋を襲った犯人じゃない。
真具呂が可愛がっている漕手、比良と波知も左利きで、犯人じゃない。
「……⁉」
真具呂は明らかに慌てた。この男のポーカーフェイスが崩れた。
「…じゃ、誰が…?」
真具呂は本音をポロッと漏らした。




