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八咫烏 ―YATAGARASU― ~邪神と巫が入れ替わる~  作者: 柴犬ジョニー


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第3章 ウェルド ・ 第3話 スパイ… ①

 宿へ戻ったら、俺が久斯を外部へ逃がしたことになっていた。

 なんでそうなるんだろう? 久斯がどこに居るのか、俺の方が知りたい。

 剣は沈黙を守った。

 一方、『滄溟(ウナハラ)(トリ)』の乗組員は想像に想像を重ね、半分妄想で事件を捉えていた。

 俺は真具呂の様子を伺った。

 真具呂も俺をじっと見ていた。あの死神のような三白眼で。



 俺達は重傷を負った田嶋の回復を祈り、マジナイをやることになった。

 田嶋の為に出来ることは、傷口にナメクジだかムカデだか、気味悪い虫のエキスが入った悪臭の軟膏を塗り、苦い草を煮詰めた漢方薬モドキを飲ませること。

 本格的な医療と呼べるようなものは一切無い。

 この世界で怪我をしたら、失血死よりむしろ、大半は感染症で死ぬ。その死に方は痛くて辛い。麻酔も鎮痛剤も無いのだ。

 俺達は粘土でヒトガタを作り、土器のように野焼きして、それで田嶋の躰を撫でた。

 田嶋の中の悪いもの、悪霊や疫病神などをヒトガタに移し取って、二つに折って砕いた。

 それを集落に埋めた。いわゆる厄祓い。

 これは病や難産に効くとされているけど、余りにも迷信じみていて、俺は余計に田嶋が心配になった。

 田嶋の熱はなかなか下がらなかった。これで田嶋を残して旅を進めたら、戻ってくる頃には田嶋が死んでいそう。

 三野もその辺は覚悟していた。とても辛そうだ。



 俺が淡由岐を連れて集落を歩いていると、鉄鍛冶の工房に奥津(オキツ)(タデ)の姿があった。

 工房は壁がない集会所みたいな竪穴建物だ。狭い工房で四人の鍛冶師が作業していた。

 鉄鍛冶と言っても、鍛造じゃない工房が殆どだから、トンテンカンとか叩いているわけじゃない。鋳型に溶けた鉄を流し込む。

 それを奥津と蓼が眺めていた。

 鉄鍛冶は倭のクニグニの中でも先進地帯だけ。八雲もその中に一応入っている。

「おお。面白そう。俺も混ぜろよ…」

 俺も見物に加わる。

 溶けた鉄が赤く美しい。夕陽のよう。

 鍛冶師は頭にターバンを巻いている。裸ではなくて、着物に袴パンツ。汗びっしょりだ。

「多伎さま。鍛冶はそりゃ面白い。石を溶かすことで形が変わるんですから!」

 蓼は古代人らしい発想だ。

 鉄はカネと言う。その原料は韓から仕入れる。

「昔は石包丁で稲の穂摘みをしていました。八雲は鉄鎌を自分達で生産出来るようになった。農作業に革命が起きたんです。今は鉄鎌で稲の根元をザクッと刈る。干した藁で(むしろ)を作って、草鞋(わらじ)も作る」

 奥津が説明した。

 俺の世界の農作業、機械で刈り入れて機械で乾燥させて自動で精米して…を見たら、びっくりするだろうな。

 倭の國の鉄器生産の大半は工具と農具だ。武器は余り沢山作らない。

 鍛冶師は誇らしげだ。彼等のお陰で農業が楽になり、収穫も増えた。

 奥津は(やじり)の話をした。

「昔は石で(やじり)を作っていました。今は(アカガネ)(マガネ)です。形も変わった。殺傷力も上がった。これは石の鏃ですが…」

 俺に黒い(せき)(ぞく)を一つ握らせた。

 古代の刃物に使われた石と言えば、サヌカイト。俺はサヌカイトかと思ったんだけど、それはもっと深く黒いガラス質の鉱物で、オブシディアン(黒曜石)だった。

 とても綺麗だったが、黒曜石も古代のナイフに使われただけあって鋭く、尖った先で皮膚もスパッと切れそうだった。

「魔除けのオキの石で作った鏃です。多伎さまが欲しがっていたもの。オキから取り寄せて加工中です。もう暫くお待ち下さい。一つ、サンプルをお渡ししますね…」

 俺は三角式の石鏃を一つ受け取った。

 弥栄流退魔道でも黒曜石は退魔の術具の一つだ。

 多伎が自分の黒い矢を『雷神(ナルカミ)』と呼び、その邪霊粉砕の威力を『雷電霹靂(カムトキ)』と呼んでいることを俺は知らない。



 ここに来てまた事件が起きた。

 突然、俺達の宿泊先に石城國の軍が押し寄せて来て、俺を捕えた。

「人違いじゃねぇの? なんで俺?」

 石城の身の弟が使者として俺達の宿に来て、久斯が石城國の重臣を殺したと述べた。

 その共犯ということで俺も捕まった。

 フル武装の兵士(イクサ)達に囲まれ、俺の両腕に縄が掛けられた。

「冗談じゃねぇよ! なんで俺が…」

 剣は青褪めて答えた。

「まさか、多伎…。お前までスパイだったなんて…」

 おい、これは夢だよな。

 悪夢なら今すぐ起こしてほしい。

 俺は淡由岐を振り返った。淡由岐はツインテールの奈目に骨付き鳥肉をもらってガジガジ噛んでいた。

「淡由岐ィ!」

 石城の使者が言うには、先日の乱戦で俺達が斬った石城軍にその重臣が居たらしい。

 俺は誰かを殺めたと思うが、生き抜く為に襲ってきた相手だけを斬った。

 久斯もそうだ。あれは正当防衛になるんじゃないの?

 大体、八雲と友好関係の石城が俺達の滞在先に夜襲をかけてきて巻き込まれたのに、俺達が責められるのはおかしいだろう。

 でも、ここじゃ理屈は通用しない。

「剣。俺は殺されそうになって、誰かわからないけど、仕方なく斬った。殺そうとして斬り込んでいったわけじゃない!」

 俺は必死に訴えた。

 剣は頷いた。

「多伎。それが戦だ。俺達は虐殺なんてしていない。たまたま、お前が斬った相手が悪かった。それとも、何か。石城の重臣と知っていて、久斯と(はか)って斬ったのか?」

 無表情に酷いことを言う。

 これは理不尽だ。

 俺は泣きたくなった。たぶん、死刑になる。首を落とされる。

 使者の話では、久斯がスパイだった。

 久斯は奴國系の久斯國の出身で、久斯國が滅んだ後は奴國軍に所属する戦士だった。

 そこでトラブルがあって三野方に逃げ、三野の護衛として雇われたが、実は奴國との関係が切れていなかったと言う。

 久斯はどこに行ったのだろう。俺に何も言わずに。

「久斯のやつ。逃げたのか?」

 『滄溟の鳥』の乗組員の誰かが言った。

 俺は久斯の共犯と見做され、石城軍に連行されることになった。皆が見ている前で荒っぽく引き立てられる。

 剣は使者の言うことを全部信じた。

 俺は剣に裏切られた。俺と久斯のことを信用してくれなかった。『カラス』の友情より、政治を優先した。

 剣、嘘だと言ってくれ!



 俺が連行された後は、大騒ぎになって揉めたらしい。

 奥津は平然としていたが、蓼はさすがに怒った。

「多伎さまがスパイのわけないだろうが! 久斯はともかく…」

 剣の若手の護衛の阿佐、八木、宇夜達も憤った。

「多伎さまは無実だ! 怪しいのは久斯だけじゃないか!」

「多伎さまは何も悪くないじゃないか。俺達は夜襲を仕掛けられて迎え撃っただけだ」

 評判悪い久斯を庇う者はない。

 三野は荒れ、自分の剣で竪穴住居の太い掘立柱を切りつけた。

 久斯の同僚の志芸は何だか嬉しそうだった。

 海狭児(ミサゴ)は欠伸をした。

「面倒臭ぇー。久斯なんていらねぇし。そんなのどうでもいい。早く船を出そう…」

 すると、志毘が海狭児に絡み、

「お前が身代わりになったらどうだ? お前の方がいらねーんだよ!」

 海狭児と志毘が殴り合いになった。

 真具呂は上機嫌で奥に座り、一人で酒を飲み始めた。

 隅の方でヒソヒソと、

「最近の多伎さまって、以前みたいな無茶な鬼狩りをしなくなったよなぁ。割と穏やかだったのに…」

「最近、妙に話しかけてくるようになった…。前ほど怖くなくなったよ」

「怖い人だけど、悪い人じゃないよ」

 漕手(カコ)の一部が俺を庇った。

 久斯の同僚の荒木は田嶋の枕元に座り込んで、

「やめてくれ。もう何も聞きたくない…」

 耳を塞いだ。



 俺は呆然自失だった。

 異世界へ来て、ずっと兄貴分の剣に守られてきた。

 この世界も少しずつ面白くなってきた。出会いが沢山あった。船の旅は新鮮で、刺激が一杯だった。

 でも、もう俺の短い人生が終わる。殺人の共犯で死刑。

 俺は縄を掛けて歩かされ、石城の身の前へ引き出された。

 夜中、御屋(ミヤ)の前庭に篝火が燃えていた。御屋の奥で椅子に座った石城の身が、側近を従え、俺を見下ろしていた。

 彼は切れ長の目の男前だ。年は三十歳手前くらい。

 宴会で少し話したが、ざっくばらんな人柄で印象も良かったのに。

「多伎…。いや、西海の身…」

 石城の身が俺を敬称で呼んだ。

「話がある」

 石城の身が兵士に命じ、俺の縄を解かせた。




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