第3章 ウェルド ・ 第2話 真具呂と志毘 ④
久斯が死刑なんておかしい。
俺は自分が泊まっている宿に飛んで帰り、剣に泣きついた。
「剣! 久斯が田嶋を刺すわけがない。俺は犯人の目を見たんだ。久斯じゃなかった!」
剣は俺をジロッと睨んだ。
薄暗い竪穴住居。
その換気口から落ちてくる筋状の明かりで、剣が一人で長剣の手入れをしていた。
この時、宿のどこにも久斯は居なかった。
「証拠を探して来い、多伎。俺達は『カラス』、一心同体だ。責めは四人全員で受ける」
剣は本気だ。
剣が俺の言うことを少しは信じてくれたみたいで、俺は嬉しかった。
「わかった!」
俺はすぐに外へ飛び出した。
証拠集めか。さあ、どうしようか。
俺は淡由岐を連れ出した。
「淡由岐。久斯が無実だって言う証拠を探すぞ!」
淡由岐を昨夜の賊が消えた辺りに連れていった。
この二軒の竪穴住居を囲む雑木林の、低木や枯れ草が茂る辺り。
「匂いを嗅いで、後を追うんだ!」
淡由岐は狼だから人間の言うことを余り聞かない。でも、頭は賢い。
俺は淡由岐を警察犬みたいに学習させようとした。
淡由岐は木の根が立ち上がってうねるところや、土が湿って苔の生えたところでクンクンと匂いを嗅ぎ、片足を半分上げてオシッコした。
ダメだ。やっぱり淡由岐は気ままな狼。
自分のテリトリーを主張してマーキングするだけ。
その頃、三野の宿では、三野の護衛と三野方系出身の船乗り達が真具呂を囲んで話し合っていた。
議論は白熱の様相だった。
「久斯を本当に死刑にするべきか? 追放でも充分じゃないか?」
三野の護衛のうち、荒木と津久、岡達は久斯の追放に賛成した。
護衛の中で志芸だけが違う意見を言った。
「田嶋が死ぬところだったんだ。死刑が妥当だろ。追放なんておかしい。…だよな、真具呂?」
志芸が真具呂の判断を仰いだ。
真具呂は何も言わない。
真具呂が何か言わない限り、船乗りの比良、波知達も何も言わなかった。
「どうでもいいよ、志芸。久斯なんか…」
不良少年あがり船乗りの海狭児が欠伸した。
真具呂の息子の志毘が志芸に突っ込み返した。
「志芸よ。三野さまが剣さまに委ねたんだぞ。俺らがどーのこーの言ってもしょうがねぇや」
志毘は刀傷痕だらけの顔面を志芸に近寄せた。
「な?」
志毘は相手が突っかかってくるのを待つ。
志毘の喧嘩上手を知っているから、武官の志芸は面倒臭くなった。
喧嘩と武術はまるきり違うから、やり合うのは面倒臭い。
三野は二日酔いで、建物の裏手に回って吐いてきた。
そのうち、俺と淡由岐の側まで来て、
「おい、多伎。やるんだろ? 田嶋の仇、俺も討ちに行くぞ」
と、熱く燃えているんだが、この二日酔いのフラフラした男、全く役に立たなさそう。
俺は三野と気が合わないから、余り組みたくない。
「寝てろ。この二日酔いが!」
普段いじられてきた分、今日の俺は冷たい。
「おい。俺達は『カラス』。久斯の味方は俺と多伎の二人だけだ」
三野がもっともなことを言った。
『カラス』、多伎と剣、三野、久斯。この四人で義兄弟のような関係だった。
剣は立場上、公正でないといけない。
今、久斯の味方は確かに俺と三野だけだ。
「三野は久斯を信用してねーんだろ。志芸が言ってたぞ!」
俺は三野を疑った。
「多伎、何言ってんだ。俺は久斯を護衛の中で一番信用してるし、久斯を親友だと思ってる。志芸は幼馴染で悪友だな。あいつはいつも調子乗りの困った奴で……」
三野が話すことは志芸が話したことと食い違った。
「三野、『久斯の黒歴史』は…?」
俺は気になっていたことを聞いた。
三野が顔をしかめた。
「あ⁉ 知るか、そんなもん。久斯が人殺しなんてすると思うか、多伎?」
三野の一言で俺の心もすっきり晴れた。
俺は長い溜息を吐き出した。三野の言葉でこんなにすっきりと気持ちに整理がついてしまうなんて思いもしなかった。
三野は俺の肩に腕を掛けてきて、俺の目を正面から見た。
「おい。その狼も連れて行くのか?」
俺の後ろで淡由岐が尻尾を振っていた。
俺と三野が初めてコンビを組み、田嶋を刺した男を追う。
「何でもいい。情報を寄越せ。多伎」
三野に言われ、俺も昨夜のことを振り返る。
そうだな。あの男は俺と同じくらいの身長・体格で、右利きだった。
「右利きか…」
三野が頷いた。
俺は『滄溟の鳥』の乗組員を思い浮かべた。左利きを容疑者から除外出来る。
久斯は右利き。
志芸は左利き。
真具呂は体格が大きすぎて論外。
志毘は俺と体格が同じくらいで右利き。
でも、あの顔の刀傷痕は覆面程度じゃ隠しきれないから、志毘じゃない。
俺は心の中でずっと名を挙げていって、指折りした。
「多伎。『滄溟の鳥』の仲間を疑ってるんだな?」
今更だが、三野が俺の考えていることに気付いた。
歩きながら話すうち、俺と三野と淡由岐で浜辺に出た。
今朝も空はどんよりと曇っていた。
田嶋のあの怪我では連れて行けない。田嶋をこの集落に残すしかない。
打ち寄せる波が白く飛沫を上げて騒がしく、沖の方まで荒れていた。
波打ち際を志毘が裸足で歩いてきた。
「三野さま。もういいじゃねーですかぁ。久斯が犯人つーことで。早く船出しましょうやァ…」
志毘はいつも喧嘩口調。
俺達に追いついてきて、ボソッと一言。
「多伎よ。俺、犯人を知ってるぜ。本当は久斯じゃねぇよ」
髷を雑に結った上からターバンを巻き、その頭をボリボリ掻く志毘。
「オヤジが志芸にやらせたんだろな。田嶋と久斯が邪魔だったんだろ…」
志毘が言った。
父親を告発する志毘。
志毘が話し出す。
「オヤジは俺が生まれた時から海に居て、殆ど帰って来なかった。妻も子も顧みねぇ、自分の親もほったらかし。生きてんのか、死んでんのか、それもわからねーくらい音沙汰なしで。たまに何年か振りに帰ってきたら、ぐうたら大酒飲んで暴れるだけで、最低の父親だったよ…」
志毘は憎そうに真具呂のことを語った。
「俺の母親は苦労ばかりして死んだ。俺は妹の嫁入り支度の為に、海峡を越える命懸けの船乗りになった。…それでも一生、絶対にオヤジの船にだけは乗るもんかと思ってて…」
志毘はそこで軽く自嘲した。
「多伎よ。人生って皮肉なもんだよな。俺は人を殺しかけてお尋ね者になって、自分をヤツコに売るしかなくなって…。それで巡り合わせたのがこの船だ」
俺と三野は沈黙して志毘の身の上を聞いていた。
とても冷たい波が俺達の足を洗い、浜まで上っては降り、砂混じりで足の間を抜けていった。
「多伎。三野さま。オヤジはこの船が気に入っている。クソ真面目な久斯とお堅い田嶋が邪魔だった。それだけだよ…」
志毘は舌打ちして俯いた。
「俺はこの二年、オヤジと舵以外のことで喋ったことはねぇ。あのオヤジは本当にクソ野郎だよ。息子の俺をヤツコで買いやがった。息子どころか、下僕としてこき使うだけよ。親らしいことをしてくれたことは今まで一度もねぇ!」
志毘の涙が鼻を伝って、波に落ちた。
志毘の打ち明け話は海水みたいにしょっぱかった…。




