第3章 ウェルド ・ 第2話 真具呂と志毘 ③
事件の発端は、三野が酔っ払って潰れたこと。
三野は余り酒に強くなくて、さっさと夕飯を切り上げることが多い。
その夜は石城の身が三野方と親しい国主ということで、最後まで酒宴に残り、大いに盛り上がった。
酒宴が終わり、三野が立てなくて、執事系従者の田嶋が三野の片腕を担いだ。
田嶋はよろけて立ち上がれなかった。
久斯はとうに退席し、その場に居なかった。剣も結構酔い、心地良さげに千鳥足だった。
それで俺が反対側から三野のもう片腕を担いだ。
「多伎さま、有難うございます」
田嶋が堅苦しく礼を言い、何度も頭を下げた。
「いいって。さぁ、行こう」
俺達は酒臭い三野を担いで御屋を出た。三野の護衛の志芸と荒木が外に控えており、急いで寄って来た。
「多伎さま、代わります」
志芸が俺と代ろうとしたが、その時、三野がお子ちゃまみたいに暴れた。
「るせぇ。志芸も荒木もどっか行け。田嶋も邪魔だばぁ…。俺は石城の身と飲んでぶるんだぁ…」
後半、呂律が回っていなかった。
三野はすぐ寝てしまいそうだった。
「いいよ。俺が送る」
俺は志芸達を下がらせ、田嶋と二人で三野の宿に向かった。剣には奥津と蓼、護衛達が付いているから大丈夫だ。
「大変だね、田嶋も…」
俺はしみじみと言った。
三野は俺にだけ嫌味を言うが、仲間思いで男気があって皆から好かれている。
田嶋は幼少からのお守り役。
「多伎さま。そんなことはないですよ。三野さまは普段はお酒に溺れず、清廉潔白なご気性で、この先は立派な御身になられると思います」
田嶋は王子を甘やかす教育係そのものと言うか、俺もほのぼのとしてしまう。
本当にいい人だな、と思う。
宿の一段高い床に三野を寝かせ、豪快ないびきの志毘を跨いで、雑魚寝の漕手達を避けて玄関から出た。
そうしたら、田嶋が俺を送ってくれた。なんて義理堅い男。
忘れていたけど、一応、俺も小首長だった。俺に護衛がないから、田嶋が送ってくれた。
俺が剣達と泊まる竪穴住居は、三野達の宿の向かいに建つ。
その距離、僅か5メートル。送るとか言うほどの距離じゃないが、集落は真っ暗で、鬼が出そうな霧が出ていた。
「もうすぐ三野方だね。田嶋も三野方生まれなんでしょ?」
その夜、俺は初めて田嶋と色々喋った。
「そうですよ。多伎さまのお母さまの故郷でもありますよ。多伎さまの婚約者もお待ちです」
「ゲ! そうだったね⁉」
忘れていた。
多伎には親が決めた婚約者が居た。まさか、三野方の女とは。
俺は元の世界で二十歳。こっちの世界で十五歳。この若さで結婚なんてとても考えられなかった。
「田嶋。俺は…まだ自分が家庭を持って、子供の親になるということが想像出来なくて…。俺がもし、その人を好きになれなかったら…どうしようって…自信がない……」
俺は田嶋に悩みを打ち明けた。
俺の不安はそれだけじゃない。
多伎の婚約者と俺が夫婦になるなんて、多伎が不愉快に思うだろう? 俺だって、多伎が俺の彼女と寝たら嫌だ。
田嶋は若い俺を微笑ましく思い、
「大丈夫ですよ。縁があって結婚するのですから、運命的なものです。必ずお互いが魅かれ合いますよ。…それに多伎さまが婚約破棄したら、三野方と弥の同盟に差しつかえるじゃありませんか…」
と、俺を諭した。
え! 多伎の婚約者って、三野方の身の娘か⁉
婚約破棄は不可能なのか? 先延ばしも?
俺はショック二倍で頭の中が真っ白になった。彼女の清香に申し訳ないし、裏切ることになるだろ、コレ。
この時、俺は清香のことを一番に考えたし、一目惚れした剣の妹・宇加のことも頭を過った。
「田嶋。あのさ、もし、俺が…」
俺が田嶋を振り返った時、淡由岐が一声鳴いた。
「ぐふっ!」
田嶋が息を詰まらせて、つんのめった。
俺は咄嗟に田嶋の腕を引っ張って斜めに下がった。
短剣の刃が空を切った。
「…!」
何者かが田嶋を暗闇から刺した。
そいつは暗闇で待ち伏せしていた。
狙いは田嶋だったのか、俺だったのか。
そいつは俺と剣と久斯と三野の四人組『カラス』のように、黒い着物を着ていた。暗闇に潜み、田嶋を背後から刺した。
俺は田嶋の前に立ち、そいつの右腕を取って背負い投げした。
そいつは俺と同じくらいの身長だ。鍛え上げた躰をしている。俺の脳裏に『滄溟の鳥』の乗組員の体格が思い浮かぶ。
そいつは一声も出さず、俺を見て逃げた。
淡由岐が追いかけようとしたが、霧が気になって淡由岐を呼び戻した。
そいつと一瞬合った目は、どこかで見覚えがあった。黒い布で顔を隠していたから、誰かまではわからなかった。
「誰か…、来てくれ! 田嶋が刺された‼」
俺が叫んで、剣が宿から飛び出してきた。
田嶋は一命を取り留めた。でも、高熱を出した。
宿の莚の上で寝息も小さく休んでいると、死んでしまったみたいに見える。
三野の護衛の荒木が田嶋の汗を拭き、額に冷たい水で絞った布を掛けた。
襲ってきた男は『滄溟の鳥』の乗組員のような気がした。そして何故か、久斯以外は全員アリバイがあった。
久斯はいつも黒く染めた丈の長い着物を着ている。それだけで、
「あれは久斯だ!」
志芸が強気で言い張った。
久斯のわけないだろう! 俺は腹が立つ。
久斯は目立つ外見をしている。長身、端正で中性的、俺達にはない気品がある。
きっと生まれも育ちもいいに違いない。教養もある。
志芸は田嶋が俺を送る間、玄関前に立って事件を目撃したと言う。
でも、昨夜は霧が出ていた。犯人は覆面で顔半分を隠していた。それを遠目から久斯と断言するのはおかしくないか。
俺は犯人の目を見た。たぶん、久斯だったらすぐわかったと思う。
俺の頭はクラクラとした。腹が立ちすぎて血が沸騰し、こめかみでブツンと血管が切れそうだ。
三野は二日酔いで起き、田嶋が刺されたことを知った。
「田嶋、大丈夫か!」
三野が田嶋の枕元に屈み込んだ。
田嶋は喘ぎながら、
「三野さまがご無事でようございました。…私は軽症です。ご心配に及びません。…ですから、私をこの集落に置いていって…先にお進み下さい…。…三野さまとここまで来ることが出来て、私は幸せです…」
まるで最後の時が来たみたいに話す。
三野は突然、激昂した。
「多伎! なんで賊を取り逃がしたんだよ!」
いきなり俺の胸ぐらを掴んで揺さぶった。
俺は三野の手を払った。
「お前を送って、事件に巻き込まれたんだぞ。俺が居なきゃ、田嶋は殺されてた…!」
それにしても変だった。
夜盗の類じゃなかった。
「とにかく、田嶋を襲ったのは久斯じゃない!」
俺は久斯を庇った。
既に久斯は剣に呼び出され、もう一つの宿で二人だけで話している。
俺達は三野側の宿に集まり、ぎゅうぎゅうに詰め寄って座り、殴り合いの喧嘩が始まる一歩手前。
大男の真具呂は一番奥に腰を下ろし、無言で短い顎髭を撫でていた。
早速、真具呂の息子の志毘が俺に喧嘩を売ってきた。
「多伎よ。久斯じゃなきゃ誰なんだよ。久斯は過去が真っ黒なんだからな。一番の容疑者になるのは当たり前だろうが…」
そこで三野が間に入った。
「まぁ、待てよ。久斯に田嶋を刺す動機がないだろ…」
さすが、三野も『カラス』。久斯を庇った。
大体、久斯と田嶋が揉めていたという話はなかった。
田嶋は誰の恨みも買うような人物じゃなかった。ただの人の好いオジサン。
三野は剣に判断を任せると言った。
三野は剣を本当に尊敬している。三野のいいところは、自分が八雲のプリンスだぞと威張ってないところかも知れない。
だけど、俺は我慢出来なかった。
俺が連れてきたヤツコの新も、短剣で背中から一突きされて死んだ。
あの時も犯人が『滄溟の鳥』の乗組員で、皆でその犯人を庇い、俺から隠した。
今夜の襲撃も、短剣で背中から一突きだ。何だかよく似ている。
俺は仲間を疑いたくない。こんなことは凄く嫌だ。
この世界には司法も警察もない。証拠なんて関係なく、裁くのはその地域の首長。
目撃証言だけで死刑も有り得る。冤罪もきっと多いだろう。
殺人なら死刑か、財産没収して奴婢にされる。一族郎党が罪を問われることもある。
久斯は死刑か、ヤツコ(使用人)にされる可能性がある。
これを黙って見ていられるか?
久斯の無実を証明するのはかなり困難だぞ。
久斯はとてもいい奴だ。優しいし、口は堅いし、人の悪口は言わないし、二十年も一人の女を思い続ける純粋な男だ。
あいつは絶対、仲間殺しなんかしない。
志毘は俺に挑むように問いかけた。
「多伎よ。久斯を庇うってことは…お前も共犯かよ?」
「なんで俺が…!」
俺はハッと思い出した。
多伎は信用が無い。西海の郷でも怖がられ、同じ集落の農民が俺の顔を見ただけで怯えて逃げたほどだった。
ツムジにも言われたことがあった。多伎より俺の方が信用あるんだよ、って。
「久斯はどうなるんだ?」
俺は震えた。
「恐らく、死刑かと」
剣の側近の奥津が平然と答えた。




