第3章 ウェルド ・ 第2話 真具呂と志毘 ①
『滄溟の鳥』の乗組員は船が二艘に分かれていても、海の上で心は一つだ。
二艘で旅をしている理由は、最悪の場合に一艘沈んでも、もう一艘が仲間を助けられるからだと言う。
だから、船の名は一つだ。
そんな俺達が陸に上がると、スパッと二つに派閥が割れる。弥系と三野方系に。
剣と三野は仲がいい。剣にリーダーシップがあり、三野は甘えるようなところがある。特に衝突もない。
むしろ、三野方系を率いる黒幕は三野じゃなくて……操舵士の真具呂だ。
三野の従者の田嶋は四十歳。老執事みたいな性格で、行儀作法にうるさいだけ。真具呂が三野方系を仕切ることに頓着しなかった。
偶然、俺と真具呂の二人きりで朝飯を食うことになった。
俺が寝坊した間に皆が朝から出掛けてしまった。そんなことがあると思っていなかった俺は置いてけぼりにあった。
あと数日で筑紫に着く。それまでは強行スケジュールだと思っていた。
ここの国境付近で面白い市が立つそうだ。それで、中休みがあるとかで。
つまり、三野方まで半分の距離に来ていた。
俺も市に行ってみたい。真具呂と留守番なんて嫌だ。
俺達の朝飯は、屋根があって壁がない大型竪穴建物に用意されていた。集会所のようなところだ。葉で包んだ飯と、菜と汁ものがあった。
俺は朝飯を食べながら、俺を置いていった剣や久斯を恨めしく思った。
「真具呂も行くんだろ? 皆、市に行ったよ。買い物しに…」
何となく話しかけていた。
真具呂は『滄溟の鳥』で一番愛想の悪い男。
「……俺は行かないね。必要な買い出しは比良に頼んである」
二呼吸くらい間を置き、仏頂面の真具呂がドスのきいた声で答えた。
彼は飯を食い終え、土器の鉢をドンと置いた。
真具呂、日焼けしすぎて黒光りしている。白目と歯だけが目立つ。三白眼で睨む迫力が凄くて、俺も一瞬でタジタジになる。
しかも、刺青が入った鯨面だ。
倭人離れした、まるで格闘家のような体格。盛り上がった僧帽筋と上腕筋も舵取りだけで付いた筋肉。プロテインなんてないから、無駄なく絞られている。
操舵士は漕手で最もパワーと持久力が必要なポジション。
このマッチョさも理解出来る。
「船乗りってさ、オフシーズンがあるんだろ? 冬なんて海が荒れて、もう無理だろ。年中船を出せるわけじゃねぇ。真具呂、オフは何やってんの?」
俺は余計なことを聞いたみたいだった。
真具呂の表情が険しくなった。
「マ…真具呂?」
いきなり、真具呂が莚から立った。
「故郷に帰って、若い奴等をぶん殴るだけさ」
それは真具呂が船大工の見習達の指導をしているという意味だった。
だが、俺は勘違いした。
「えええ? それは…ダメじゃねぇか?」
俺はよく知らずに否定してしまった。
真具呂は足元にペッと唾を吐いた。
集会所から出ていく真具呂。
まだ互いに打ち解けることが出来ないと感じた。
俺は淡由岐と市に行くことにした。
一本道だから迷うことはないと地元の人に聞いた。
今回も俺達は三野方系や弥系の移民が住む集落でご厄介になっている。海辺の集落の景色はどこもそれほど変わらない。
俺は久しぶりに口笛を吹きつつ、田舎道をゆく。
祭の屋台みたいなものはあるのかな。期待して、小銭代わりのお米を袋に入れて持ってきた。物々交換で食べ歩きをやってみたい。
でも、途中で事態が変わった。
道の前方から取り乱した様子の人々が大勢走ってきた。
大きな包みを背負っていたり、棒や斧を持っていたり。大人が子供達を抱えて、大慌てで走ってくる。
「戦だ! 敵襲だァ! 逃げろォー‼」
俺を見て大声で叫ぶ。
家族連れの若い女や小さな子供達が泣いていた。
水門の集落の方向で黒煙が上がり始め、ワーワーと騒ぐ声が届いた。
西の国が市で賑わう国境のマチを襲撃してきたと言う。
戦と言えば、略奪と放火と人身売買がつきものだ。
人々が必死で戦火を逃れようと逃げてきた。俺の両脇を避難する人々が走り抜けていく。
狭い田舎道がこの世界で見たこともないくらい混雑して、人で溢れ返った。
家財道具を搔き集めて背負っている農民や漁労民がいた。
この世界には荷車とか馬車、牛車も無い。牛馬がいないからだが、車輪や滑車自体も無い。
俺が度肝を抜かれたのは『滄溟の鳥』の乗組員だ。
彼等は二艘の船を上下逆さにして、肩に担いで走ってきた。相当な重さがあるはずなのに。
確かに、帆とマストが無いから逆さにすれば担ぐことが出来る。
だからと言って、船底を空に向け、剣も三野も身分に関係なく漕手達と担ぐ。神輿のように担ぎ、掛け声を合わせていた。
一番小柄な漕手、ツインテールの奈目も一人前に担ぐ。
「多伎! 早くお前も担げ! 修理したばかりの船を焼かれてたまるか!」
剣が俺に呼びかけた。
俺もすぐ従った。
大勢で担げば、重さも感じなかった。興奮していたのかも知れない。
避難中の人々が列を開け、船を担ぐ俺達を通してくれた。
その人々の暗かった顔が和み、おかしな光景に笑いが起きた。
「船が陸を進んでるぞ…」
「上下逆さまだ…」
泣いていた子供も笑った。
俺達は真剣だ。
「剣、どこまで⁉」
「次の水門まで!」
それって何キロ先だよ?
俺達はゼェゼェハァハァと息を切らしながら、隣の浜辺まで運ぶことになった。
淡由岐は俺の側をぴったり合わせてついて来る。
肌寒い季節なのに俺達は汗を滴らせた。
もうダメかも、肩の骨が折れる…と感じた時、俺達と別行動だった真具呂と志毘親子が追いついた。
俺の肩に船が食い込む横から、真具呂の逞しい馬脚みたいな腕が伸びてきた。
真具呂が加わると、俄然、船が軽くなった。
やはり、この男は頼もしい。仲間に安心感を与える。そう思った。




