第5章 シルト ・ 第4話 見ず知らずの男 ③
「俺は不死身だ…。何度も死後の世界から帰ってきた…」
三可見は死の軍団の気配に気付き、俺に松明を渡した。
「死後の世界から帰ってきた⁉ 俺みたいに?」
俺はその不思議な話に引き込まれた。
ゲームのよみがえりスキルを連想したけど、それとは全く別物だった。
「多伎。『よみがえりの道』というものがある…」
三可見は焚火の炎を見詰め、怖い表情になった。
森は静かだが、時折、夜行性動物の気配がする。獣の吠え声も聞こえた。
霧が深くなっていく。
こういう霧の夜は鬼が出る。
俺は鬼を引き寄せやすい霊波を持っている。巫の家の血を引くから。
森の奥の気配に耳を澄ませつつ、俺が問う。
「それ、聞いたことがある。三可見も知ってるの? 甕棺のじいさんが言ってたな…」
「その大腿骨の持ち主だな…」
三可見が察した。
俺は帯にまだ大腿骨を差している。
「俺、甕棺のじいさんに、生者の世界に戻る道を聞いたんだよ。じいさんは『よみがえりの道』の地図の代わりに、この大腿骨をくれたんだよ」
俺は大まかに事情を話した。
甕棺の時代は古い。筑紫の墓制は木棺・石棺へ変わりつつある。
三可見は首を振った。
「多伎、『よみがえりの道』に地図なんてない。すっと戻ることもあれば、何年もかかることもある。俺はその『よみがえりの道』を上手く使って、何度か、死後の世界から戻ってきた……」
三可見が俺に奇妙な話を始めた。
こいつの頭がおかしいのか、俺がおかしくなったのか、不思議な感覚に戸惑った。
三可見は白湯を飲んで咳を堪え、ブツブツと言った。
「俺は殺された。火に包まれて焼け焦げて…灰になって、死後の世界に行った。俺の躰はそこで復活し、『よみがえりの道』を通って海辺に流れ着いた。…ほら、多伎。俺の躰には火傷の痕が残っていない……」
三可見が両腕を広げ、逞しい筋肉を見せつけた。
腹が多少ふっくらしている。
格闘技選手の腹が極端に痩せて引き締まっているのは、体重別の試合で減量があるからだ。
実際の戦士は体幹がどっしりしている方が好ましい。ちょうど、このくらいだ。
三可見に火傷痕は無い。風邪をこじらせた以外では俺の怪我よりマシな状態だった。
「多伎…。君に助けられて感謝している。俺にはその大腿骨以上のお礼の品も無い…」
三可見は俺が腰に差す大腿骨を羨ましそうに眺めた。
「三可見、俺は別に見返りを期待したわけじゃない。それに、俺はあんたに心配されるほど弱かねぇ…」
大腿骨が何だって言うんだ。
一応もらったけど、気持ち悪いだけだぞ。
俺は丸腰。海のタタリ神のせいで大刀『沸』が折れ、土中の小人に短剣を折られた。
三可見も丸腰だ。俺達には刀剣一本、矢の一本すら無い。
「三可見は退魔師か?」
「勿論」
三可見は自分の胸を叩いて見せた。
「多伎。君は最短の道を行け。俺は迂回路に降りる。君とはここでお別れだ」
三可見が咳込みながら、二手に分かれることを提案した。
そんなの、後味悪すぎるって。
死の軍団が枯れ野の草を踏みしめ、近寄ってきた。
戦場に散り、弔われることもなく…野晒しの白骨となり、怨念だけがこの世に残った。
やがて人を襲って血肉を得たが、その血は黒く、ヒトとしての知性、理性に欠けていた。ただ無念を晴らす為に人を襲い、精気を吸う。
そんな屍の鬼が四方から迫った。
こいつらは元・兵士の鬼だ。集団だが、組織化されているわけじゃない。連携も無く、個別に襲いかかってくる。
廃屋の外へ、先に三可見が飛び出した。
「多伎、行けぇ! 今のうちに!」
三可見が二体の鬼の頭を掴み、ぶつけ合わせて頭蓋骨を割った。
怪力だけど、無茶をする。
三可見が咳を堪えて、元・兵士の鬼とぶつかり合う。
鬼達は木製甲を着け、短剣や矛を持っている。その剣を三可見が奪い、霊気を込めて鬼を木端微塵にする。
俺は『風滝』で鬼を吹っ飛ばす。
俺も鬼の剣を奪って戦う。
調子がよくなったとは言えないが、『風滝』で俺の前に道が開ける。
左手に松明を持ち、真っ暗の峠越えの道を目指しながら、三可見を振り返る。
「三可見! こっちに来い。囲みの薄いところを突破する!」
三可見は怪力任せの戦い方で勇猛果敢に戦う。俺と反対方向へ走って行く。
三可見が鬼を自分に引き付けようとしている。
この半腐りの鬼達は鬼術師によって、三可見の命を狙うように操られている。
「三可見!」
「多伎、来るな!」
鬼の集団が三可見の躰をよじ登って群がる。
三可見が大勢の鬼を引き連れて崖から飛んだ。
「マジか⁉」
俺は思わず全力で駆け戻って、崖の上から飛んだ。
月明かりが照らす、空中の鬼の群れと中年男。
俺が黒い翼を烏のように広げ、風に乗って夜空を舞う。
俺は巨大な磐に叩き付けられる直前の三可見を捕まえ、崖下に運ぶ。
重っ! 三可見は筋肉が厚い分、体重がある。
崖下で何かが蠢く。仲間の上に落ち、頭が潰れなかった鬼は死んでないのだろう。
三可見が鬼を道連れにして、俺を助けようとしたことは理解出来た。
俺に恩返ししようとしたのか?
「三可見!」
俺が三可見の頬を叩いた。
三可見が動かない。瀕死の重傷だ。
また死後の世界に行って戻ってくるって? 冗談だよな。
「三可見、そこで寝てろ。俺が全部片付けてくる!」
俺は安全そうな大木の根元に傷だらけの三可見を寝かせた。
その後の俺の戦いぶりは怒涛。
三可見の方へ行かせまいと、単独で鬼の群れを叩く。
黒い返り血を浴びて戦って、爪を鬼の眼に食い込ませて…言葉に出来ないほど凄惨で泥臭い戦い。
俺は傷付きながら羽ばたいて、自らも出血して血塗れになって、『風瀧』連発で霊力を使い果たした。
蟻が死んだ虫にたかるように。鬼が俺に群がり、俺の腿や腹に足爪掛けてよじ登り、他の鬼を跨いで登って、俺の首や顔に噛みついてきた。
一度に来る数が多くて、どうにもならない。
俺は重傷を負った。脚も折れて変な方向に曲がっているし、顔面齧られ、精気を吸われ、萎びた老人みたいになった。
霧が晴れてきた。
「多伎……」
三可見が目を覚まし、力尽きて倒れた俺を見つけ、這い寄ってきた。
俺は鬼を全て片付けたが、致命傷を負っていた。
「多伎、俺はこんなに腹が立ったことが無い。まず、君は……何故、俺のことを覚えていない?」
三可見は俺が初対面だと思って取った行動を怒っていた。
「多伎。君は俺に自己紹介してきた…。俺がどれほど戸惑ったと思う?」
そうだ、三可見と多伎は知り合いだった。
多伎と中身が入れ替わった俺が、三可見を知らなかっただけなんだ。
「そして君は、この見ず知らずの男、俺の為に死にかけている…。君の友人でもないとわざわざ言ったのに、君はなんで俺の為にここまでした⁉ 君は三野方へ行けば良かったんだよ! 君は一体、何者なんだ⁉」
三可見は怒って俺を揺さぶった。
俺はまだ息があった。
「三可…見……?」
俺は意識朦朧とした状態で、老人の嗄れ声で呟き、ブッと血を吐いた。
「多伎…ッ‼」
三可見に激情が湧き上がって、俺を血走った眼で睨んだ。
「多伎…。そこに『よみがえりの道』が見えた…。その木の虚の中だ…」
三可見は顔を熊の爪で抉られたみたいに肉が削げ、鬼の歯型がついていた。
血がドロドロ流れ出ていた。
「その木の虚に…入るぞ…。共に『よみがえりの道』へ行く…」
傷だらけの三可見の喉がヒウヒウ鳴った。
相生の木だ。
二本の異なる木が自然に寄り添うように成長し、絡まり一体化して幹を伸ばし、枝を広げ、天を突く大木になった。
樹齢数百年はあるだろう。三人で手を繋いでも、胴回りを一周出来ないだろう。
根は無数の蛇のようにうねり、枝葉は屋根のようで、この季節でも葉が散らず、森の中でヌシのように聳え立っていた。
俺が知る相生の木は貴布禰神社・下鴨神社でも御神木だった。
この大木の虚が人間一人座って入れそうな穴になっていた。
三可見が俺を虚に押し込んだ。俺の躰が光り、透明になり始めた。
続いて三可見も虚に入り込み、透明になっていき、この世から消えた。




