内側ミックは忠告する
ミックは上機嫌で歩き回るキッドの腕にしがみついていた。よく知らない人間達からすればキッドに甘えている下っ端という風にしか、きっと見えないだろう。
それくらいは彼女とて理解が出来る。だって自分の見た目はあまりにも、島の女性達と違うのだ。ぱっと見ただけで服装なども大違い。スカートをはいていない時点で、性別を間違われるだろう。
更に髪の毛をそり上げてその上からバンダナを被っているし、顔半分を覆うのは無骨な眼帯、体つきも丸みなど欠片も感じられないとなれば……粋がっている男の子、と言うのがきっと他人の評価なのだ。それは、船の男達が皆言う言葉をまとめた形だ。
「お前は本当に目つきも悪いし、顔もかわいくないし、細っこくって、海の男としても人気なんか出やしないだろうし、女と間違われるなんて天地がひっくり返ってもありえねえよなあ。こんな女の子がいるわけないじゃないか!」
これがキッドの船の船員達の総評だ。それをミックは問題のある事にならないから否定しない。否定するわけもない。女の子だと知られたら、船から降ろされる可能性が跳ね上がる。
そうしたらキッドに何も恩返しが出来ないままだし、マスケードという人間の二世と評されてしまった今、船から下りたら他の船の人間が、ミックが望もうとも望まざろうとも、自分の船に乗せて……最悪の場合、キッドを撃ち殺せと言うに違いないのだ。船での白兵戦で大事なのは、船長と狙撃手を確実に狙う事でもある。船長を狙えば投降させられるし、狙撃手を狙えば飛び道具を使う戦力を大幅に削れる。どちらも早いうちに始末したい相手と言えるだろう。
それゆえミックは男の子と言われる事を利用するし、キッドがそれを利用して鼻歌を歌っているのも嫌だと思わない。キッドはこちらの分からない事で色々な判断をするけれども、危害を加える判断はしてこなかったのだから、ミックはこれからもずっとキッドを信じるまでなのだ。懐いた子犬の考え方と言えば、そうかもしれないけれども。
「ミック、どうだ。なんか面白く見える物はあるか?」
いっぱい。ミックは肯定の意味を込めて口笛を一回鳴らした。キッドは大体、言いたい事を理解してくれる。それが、言葉の出てこないミックにはうれしいしありがたい。
「あっはっは、そりゃ良かったぜ。まあ陸の物なんて何でもお前にゃ珍しかろうな。お前はここのところ一回も、船から降りられなかったんだしな」
それは厳正なくじ引きの結果なので、それをネタにされても困る。あのくじ引きはとても厳格な決まりだし、それを無視しておのおのが好き勝手に船から下りたら、次ぎに船に戻る時に支障を来す事くらい、こちらとてもう学習した。
ミックはあまり頭の良い性格では無いが、多少は学習をするのだ。それでいい。
こつこつ学習した先に、喋る事が追加されたらもっといいのだが。
そんな事をちょっと考えながらも、キッドの腕にしがみついてあたりを一つの目玉で見ていった時だ。ミックは気になる建物を見つけた。
そこのてっぺんには、ミックにとって意味のある形をした飾りが付けられていたのだ。
「どうした? これは神殿だぞ。……ああ、お前もこれと同じ形の聖具を、首から最初はさげていたな。お前もこの神殿にいる神様を信じていたのかもしれないな」
「……」
そうなのだ。その建物、神殿の上に掲げられている飾りは、自分が一番はじめにキッドに見つけてもらった時に首から提げていた、いつ渡されたのかも思い出せない飾りと同じものだったのだ。建物の上に飾る物と、首からぶら下げる物ではやや形に違いがあるが、ほとんど同じと言って良い。
ミックは建物の中が気になった。あの建物の中はどんな風になっているのだろう。シャンティでもありふれた神様が祀られているのだろうか。
その神様に祈ったら、自分の記憶は取り戻されるのだろうか。記憶はもう未練が無いけれど、喋れるようになるだろうか。
見上げたまま動きたくないという意思を見せた狙撃手を見やり、キッドは言う。
「俺達はあんまりこういう建物の神様は信じないけどな、入りたいならいいぜ。ルークなんか信じたい神様のための祭壇を、医務室に取り付けちまったくらいだしな」
キッドは他人の宗教に関しては、寛容らしい。それが船の運航に支障を来さないならば。
でもそもそも、海賊船の人間は人間のるつぼと言って良いくらい色々な事情の人間が集まるのだから、宗教的な物も混ざるのだろう。
それにいちいち目くじらを立てる方が面倒、それがキッドと神様を信じる事に関しての折り合いなのかもしれない。
キッドがそのまま神殿の方に歩き出す。ミックは並んで歩いて行き……立ち止まった。
「なんだ、おめでたい事してるな。結婚式じゃねえか。そりゃあお前も、物珍しくて立ち止まるな、これはめでたい」
そう。
神殿の入り口のあたりまで近付くと、仲睦まじげな男女が二組、知り合いとかそう言った人々にお祝いされていたのだ。
二組とも真っ白な衣装を身に纏っていて、幸せいっぱいという表情をしていて、感極まっているらしい親戚だろう壮年の男女が泣いていて、とても平和な光景なのである。
ミックは結婚式なんて見た事がなかったしこれからも無縁だと思っていた。
だって自分のような女をそう言った意味で欲しがる人間などいやしない。それくらい、自分の見た目が女性としては悲惨だと言うのくらいは、常識の一部が記憶喪失の結果欠如していてもわかるのだ。
ただ、とてもとても幸せそうで。
あんな幸せな未来という物がある彼等を、うらやましいとどこかで思って。そして。
頭の中に何かが迫ってきて、ミックの視界がぐちゃりとねじ曲がった。
「!」
結婚式を人の動きの邪魔にならないところで見ようとする人間は多い。それは結婚式の祝福のおこぼれに預かろうという人間がそこそこ多いからだ。
結婚式で特に重要視されるのは、契約の神である。あらゆる契約を統べる神なので、海賊が何かをするために契約する時だって、重視する神様だ。
結婚というものはその契約の神にとって、祝福の優先度合いが高い儀式で……とキッドが説明してくれているのは、聞こえているのに。
視界がねじ曲がって、見えないはずの物が見えてくる。
二組の男女が微笑んでいる場所で、見えたのは。
女性が引きずられていくという光景だ。男性はその場にいない。だが後から駆けつけた男性が膝から崩れて泣き伏すのが見えた。
もう片方の男女の方は、……あれは偽物を掴まされたのだ。宝石かなにか。抜群の価値の物だと思って購入した物が、二束三文で、破産する。
……見えてしまったと思った後だ。ミックの体は自分の思うように動けず、てくてくとその男女に近付いていったのだ。
そして。
「結婚をおめでとう。そちらのお二方、気をつけろ。奥方は誰かに執着されている」
祝福を受けて微笑んでいた男女が凍り付いた表情を取った。
ミックの体はそれを無視してもう片方に向き直る。
「そちらも結婚おめでとう。お二方、その宝石は偽物だ」
男女が意味が分からないという顔で戸惑った風になる。だが……男女の家族の血の気が引いた。
ミックの体は、自分が何をしているのか分からないままのミックの心を置き去りに、そのまま同じ歩調でキッドの元に戻っていった。
そしてキッドを見上げたのだ。
キッドが難しい顔をして見下ろしてくる。
「お前、目立って良いのか?」
キッドはこの声で喋る何者かを認識していたのか。……こんな、意味不明な化け物みたいな事をする何者かが居ても、船に乗せてくれていたのか。
ミックは驚いた。そんな不利益になるかもしれない事が有るのに、船にいさせ続けてくれていたのだから驚くだろう。
ミックの内心とは違って、その声は言う。
「見えただけだ」
女性の声とも男性の声ともわからない、どちらにも聞こえそうなその声が言う。そしてキッドの腕にひっつき、こう言った。
「気をつけろ。大陸の船が近付いている」
そこで、ミックははっとする。自分の体が自分の動きに合わせられているのだ。手のひらを開閉させようと思うと、思うとおりに動いて、それに安堵の息が漏れた。
「……大陸の船か」
キッドは思案した声になる。大陸の船とは何だろうと思うが、その符丁で思い当たる事がいくつかあるのだろう。
だがその前に、キッドが視線を向けている方に視線を合わせると、結婚式でおめでたいはずの人達が、何か深刻な話をしている顔で、話し合っていた。
「まだ建物の中に入りたいか、ミック」
「うん」
「……!」
「あ、え……え? 声が……」
驚くしかない事だった。ミックは目を見開いて喉をさすった。声が出ている。あれだけうんともすんとも言わなかった声が、音の連なりが、喉から出ているのだから、驚く以外にどうしろというのだ。
「声が出てる! キャプテンキッド。お頭! 声だ!」
「わかったわかった。聞こえてるぜ。しっかしまあ、ずいぶんかわいい声してんだなお前」
「え?」
「自覚もねえのか。まあそうだろうよな。さて行くぞ、神殿の中で神様でも拝むんだろ」
「拝む神様いないけど、入ったら何か思い出せるかもしれないから」
「思い出したくない事かもしれないぜ」
「それならさっさと忘れる」
「前向きだな、さすがうちの船の下っ端だ」
そう言いつつ、キッドと並んで、ミックは神殿の入り口をくぐろうとしたわけだが……入れなかったのだ。
それは神殿の中にいた神官だろう女性が、蒼白な顔で走ってきて、二人の前に手を広げて行く手を阻んだからである。
「なんだ?」
「何かあったの」
「……大変に申し訳ありませんが、この先に入ってはなりませぬ」
「俺たちゃ神官様に危害を加えた事は一回だってないぜ。なあミック」
「神官様が溺れているのを助けた事はあるけど」
「そうだとしても……ここで祀っている聖盾があなた方を入れてはならぬと。これ以上はとても口から言えません。しかし、聖盾がそう訴えるのならば、我々はそれに従うのです」
「シャンティに神器の一つがあるってのはマジだったか。聖盾っていやあ、黄金の時代に神々が魔神を滅ぼす時に使ったって謂われがあったな」
「それはお頭がいつも話す星のお話の中の事じゃん」
「あれは伝説だけどな、実際に残っているお宝もあれこれあるんだぜ」
「へえ。どっちが正しいのかな」
キッドとミックのやりとりはのんびりしているが、神官はもう倒れそうである。
神官を困らせたいわけではない二人なので、じゃあ仕方が無い、と踵を返し、教会の敷地の外に出て行ったのだった。




