夢見るミックは選択する
ミックは自分の声が出るという現実が嬉しかったものの、キッドがずいぶんと難しい顔をしているものだから、この声は悪いものなんじゃないかと不安になってきた。
「お頭、顔が怖いですぜ」
「あ? 悪いな。お前の声がこうにも可愛らしいと、いらない心配ってのがでてくるんだよ」
「いらない心配」
「そうだ。だからお前はこの先もあんまり喋るな。というのは俺の方の理由で、お前がものを言いたい事を否定してはいけないんだがな」
キッドが苦笑いをする。確かに、喋るなというのはあまりにも意思疎通する事を無視しているものだから、キッドがそんなふうに言うのも道理だった。
お頭が心配する事が色々あるのだろうが、ミックの自由を頭ごなしに奪うつもりなどないのだろう。
船長はそういう男だ。それ故に数多の船員たちが投票で、ずっとキッドを船長にしているわけである。
そう、意外かもしれないが海賊船の船長は投票で決まるのがありふれた話なのだ。つまり簡単に船長の座を奪われるという話でもあり、船員たちは平等に票を持っているという事でもある。
「じゃあ、おれ、あんたに迷惑かけたいと思わないから、あんまり話さない事にする」
「お前なあ。そんなのだと生き延びられないぜ。この先」
「お頭が命を助けてくれたんだ。命の恩人に迷惑なんてかけたくない。それのどこがおかしいんだ」
ミックが素直にそう言うと、キッドはちょっと笑ってから、ミックのバンダナに覆われた頭をぐりぐりと撫でた。子供にするような仕草よりも、ずいぶんと荒っぽいのは、子供扱いではないからだろう。
「お前ってやつは、本当にかわいいな」
「かわいい顔はしてないだろう、この目だし、この傷跡だしさ」
「性質が可愛いんだよ。さあて、今日はあの宿に泊まる予定がぱあになっちまったからな、お前に話した通りの、上等の宿というものを体験させてやる」
上等だと何が違うんだ。ミックは宿の違いなんてわかりっこないと思っていたわけだが、船長が向かった先を見て、上等の意味が心底よくわかった。
まず建物の外観から違う。上等というのは素材からして上等だ。
あっけにとられるほどに質の良い建材を使った建物に加えて、受付の人間の作法から何から、ミックの知らない世界の物事のようにしか思えなかった。
そこに部屋を取ったキッドが、あっけにとられたまま手を引かれていたミックを見やって、にやり、といたずらに成功した顔になる。
「どうだ、上等だって言っただろう」
うん。ミックは正直に頷いた。それくらいに、何もかもが船の上等とすら違っていた。キッドが持つ個室は船で一番上等と聞いていたけれども、陸の上等なそれは、船の上を上回っていた。
船の設備の方は、船の階級によっても違うのだろうし、船に重たいものは無駄には載せられないのだから、キッドの船室がそこそこ程度の上等さだという桃理解できた。
「すごいだろう。布団もとびきりの仕立てだぜ。さあて、それじゃあちょっくら話そうぜ、ミック。お前、お前の中のよくわからないものが、なにか知っているか?」
「知らない。今日初めて知った。……お頭は知っていたの? 知っていて、怖いものじゃないって思ってたのか?」
「知っていたぜ、やたらに助言のうまい奴だってな。あれの言っている事には間違いってものがない。とんでもない助言者だな。だがもっとおっかない本性を、あれは持っていそうな気もするぜ」
「おれは船から追い出されない?」
「馬鹿かよ。まあ馬鹿でもしょうがない。だいたいお前、船を降りていく先なんてどこにもないだろうに、よく船から降ろされるって思ったな」
「おかしなものは船に乗せちまったらまずいだろう」
ミックの今までの経験から出た言葉にキッドが頷いた。
「確かに、いらない心配の種を抱えるのは得策ってもんじゃねえな。でもお前はそれを上回る値打ちってのを持っている。お前の狙撃の腕、嵐を感じ取る感覚、船の人間を思う気持ち、どれもとびきりだ。それになあ、ルークがブチギレちまうぜ。自分の経過観察の相手を船から下ろすんじゃないってな」
確かにルークはそう言いそうだった。彼はミックにあれこれと変わった魔道具を装着させているので、その経過観察ができなくなったという事になったら、怒り狂って医療用のハサミを振り回しそうだった。彼はそういう一面があるのである。
「後なにか、覚えている記憶ってのがあるかも、聞いた事がねえが、なんにも覚えてないのか?」
ミックはその言葉に体を固くした。今日思い出したような事はある。だが……口に出したいネタじゃないのだ。
暴力を受けた記憶を、何度も反芻するように思い出したくはない。
そんな仕草から、キッドは何かを読み取ったらしい。
ため息を付いてからこういった。
「お前の過去はなかなか面倒なものがあるってのはわかってたが、本人が思い出してもそんな顔になるくらいに悲惨なんだな」
「……ごめんなさい、話せない」
「話せるだけ折り合いがついたらでいいぜ。実をいうと、俺は船の人間の半数以上の過去の話を知らないで船に乗せてるからな」
「言わなくていいのか?」
「当たり前だろ、誰だってというか、海賊船に乗るようなのは、大体において一つや二つは、口にできないネタを抱えてるのが相場ってもんだからな」
一応聞いたまでだ、と言われたミックはほっとした。そして両手を見て、こういった。
「燃える記憶」
「あ?」
「誰かに大事な人を燃やされた。……それがあるのは、間違いがないんだ」
ミックの言葉に、キッドは静かにこう告げた。
「陸での話だな? って事はな。お前の大事な誰かは、海賊以上の大罪人として処刑されたって可能性がある」
「陸だとそうなるの」
「そうだ。火刑は相当に罪深い事をした人間が処される処刑方法だ。火刑 首切り、絞首刑、毒殺の順番に罪が軽くなる。火刑は一番罪深い」
「じゃあ、俺の大事な誰かはそうだったんだろうか」
「お前みたいなのが大事に思っていた相手が、そんな最悪の刑罰を受けるとも思えないんだがな」
知らなかった事を聞かされて、ミックは寝台の上で膝を抱えた。
自分の知らない自分の大事な誰か達。どうしてそんな目に合わされたのだろう。
それを思い出そうとして、きっかけを思い出そうとして、と頭の中身を探ろうとすると、ぎりぎりと強くいたんで、ミックは黙ってしまった。
思い出してはいけないと、何かが強く訴えかけてきている。それに従わなければ、正気を保てないようななにかがあるのだ。
「無理に思い出すのも意味がねえな。さて、さっさと寝るぞ」
「まだ夕方なのに」
「夕方に寝て夜中に騒ぐんだよ。夜中の方が馬鹿騒ぎでうるさくて眠れないのが、シャンティだからな」
そんなものなのか。キッドがいうのならそれがこの島での事として正しそうだ。
そう思ってミックは寝台に潜り込んだ。眠りたくはないけれど、目を閉じて体を休ませるのは大事な事だと、船の上で身にしみて理解していたのだから。
キッドが隣の寝台にごろりと寝転がる。そのまま簡単に寝息を立てるが、キッドが完全に寝入るのは滅多に無い。船長はいつでもすぐに起きられるように体を鍛えているのだ。
気配すら寝たようにしながら、キッドは意識を少し残しているのだろう。
そんな事を思いながら、ミックは寝返りを打った。声が出るようになったから、夢の中でも叫べるだろうか、とそんな事を思っていると、不意に、頭の中に何かがちらついた。
それは、きらきらとした首に下げる聖具だった。
きらきらとした輝きの聖具が、誰かの手にわたって、わたって、売り飛ばされて、誰かのもとに到着する。
「なんということだ。聖具の封印が解かれている」
知らない老年の女性のおののいた声が聞こえて、次に聞こえてきたのは焦ったような声だった。
「見つけ出すのだ。どこの国よりも早く!! 封印されしものを、神殿ではなく国に確保されてはならない!!」
「でもどうやって聖具の封印が解かれたというのでしょう」
若い女の気弱気な声が聞こえた。
「わからない。だが何者かの行いが、聖具の封印を緩め、内側から恐ろしいあの存在が封印を打ち破る事を可能にさせたのだ」
それ以上の声は聞きたくない。眠るにはあまりにうるさい。
ミックは耳をふさいだ。そうすると、声は遠くに遠くに言ってしまい、小さな火の粉の音が残る。
何かがなにか重たいものを引きずる調子で近づいてくる。
稲光の響きで、それがいう。
「それでも、お前は」
この先の言葉は聞こえないに違いない。ミックはそう思っていたのだが。
「生きたいか?」
それは選択を迫る圧倒的存在からの言葉だった。




