来訪者
夏休み終わっちゃうよ
「ふぁ〜…」
洞窟をそのまま装飾したような、ゴツゴツした壁の廊下に、少女のような声のあくびが響いた。
「ねむい。」
声の主は、エピシミア。大口を開けているのに、手で一切隠そうともしない。なぜなら、目以外の全身を、大きな布で隠しているからだ。もっとも、隠れてなかろうとあくびに手は使わないだろうが。
「スキアー。居る?」
そう呼びかけたかと思うと、エピシミアのすぐ横に、すっと一つ、細い影が立ち上がった。
その影はだんだん濃くなり、しばらくしてローブのような輪郭をあらわにした。
「来たか。おはようごいます。」
変な挨拶だがスキアーは特に気にする様子もない。顔の位置に一つだけ浮かぶ、白い丸を歪ませて、嬉しそうな形を作った。
「だんだん顔芸も上手くなってる。」
エピシミアはぶっきらぼうに言葉を返した。
これが、彼らの間の挨拶だ。
「今日が調査屋の所、行く日。そうだよね?」
スキアーは右手をさっと挙げた。
「分かった。どこに行くの?西の方?」
今度は、左手が挙がった。
「東?」
次は右手だ。
「関東?」
お次は左手。
「うーん。」
そんな事を繰り返し、行き先が仙台だと分かるまで、かなり時間がかかった。
「めんどくさいな。ま、いいけど。」
このことに関して、エピシミアは文句は言うものの、特に否定はしない。スキアーはまた丸を歪ませた。
「そうだ。美味しそうなご飯。調べた?」
笑った形のまま、スキアーは自信の有りそうに右手をあげた。
「お金はあるの?」
手は挙がったままだ。
それを見て、エピシミアは少し目つきを緩めた。
「じゃ。行こう。」
エピシミアは、そう、声をかけた。
エピシミアたちがそんな事をしているのとほぼ同じ時、鈴木たちはちょうど、本部に足を運んでいた。
麻績の様態確認やら、村の出来事についてやら、いろいろ聞かれているようだ。
「はい、そうです。彼は確実に、《不尽の魔王》と言っていました。」
特に鈴木は、今まともに話せる方、とみなされたせいで、本部の人からとてつもなく詰められていた。
「確実に、ですね?」
「はい。」
「わかりました。…この件は1度、本部にて綿密に検討しようかと思います。結論の出るまで、あまり外へ広めないよう、お願いします。」
そう言って、本部の人は紙になぐり書きをした後、足速に去っていった。取り残された鈴木は、唖然とするばかりである。
「なんなんだろう、《不尽の魔王》って。」
(わからないならほら、調べてみたらいいじゃん。ここ、文献とかいろいろありそうよ?)
いや、たぶん、本部の人が使うだろうからしばらくお預けだと思う。
(ま、確かにそうだね。…きっと長くなるだろうけど。)
いろいろ疑問に思いつつ、鈴木は部屋の扉を開け、廊下を歩き出した。麻績の所へ合流するためだ。
様々な部屋がある。中には話し声が聞こえてくるものもあった。廊下を何となく歩くだけでも、結構面白い。
「こんにちハ。」
そう声をかけられて、正面を見ると、おじさんが居た。池田みたいな人だろうと、何となく感じた。
「こんにちは。」
妙に気になったのはその人のバックで、かなりのっぺりしていてシワが多い。不思議なデザインだ。
「そのバック、いいデザインですね。」
「あ、ありがとウございます。最近買い換えたンですよ。」
何となく声をかけると、淡白な返事が返ってきた。
「おい。スキアー。早速バレそうだったけど。」
エピシミアは面倒くさそうにそう言った。
今はスキアーの能力を使い、異変屋っぽく潜入しているところだ。エピシミアは、バックぽくカモフラージュした後、スキアーの背中にしがみついている。
「大丈夫か?」
スキアーは小さく右手を挙げた。
「自信。なさそう。」
エピシミアは疲れたのもあり、不満そうに呟いた。
「まぁいいや。マップは完成する?」
そう聞くと、珍しくスキアーから返答がなかった。
少しイラッとつつ待っていると、しばらくして何枚か紙を手渡してきた。
中々の出来の地図だ。大きなホールからつまらない部屋の一つ一つまでしっかりと書き込まれている。
「この赤丸は?トラップ候補だっけ。」
右手だ。
「この青丸は何?」
そう聞くと、スキアーは手を後ろに出してきた。素直に手渡すと、ペンのカチッとした音と、何かを書き込む音が聞こえた。
紙には、「将軍候補ガ居ル所デス」と書いてあった。
「分かった。」
そう言ってエピシミアはマップを返した。が、その後、またスキアーは何か書き込んだ。
今度は裏側だ。「コノ後、ドウシマショウ」と書いてあった。
「…スキアーって。なんでシミアと喋ろうとしないの。」
また何となくイラッとして、普段はあまり聞かない事を聞いてみた。それを聞くと、スキアーはすぐ、答えを紙に書いた。
「貴方ト一緒ニ居ルダケデ、私ハ幸セナノデス」
「そ。」
エピシミアはまた、ぶすっとした声で返事をした。
「じゃあ、ご飯。食べに行きたい。」
それを聞いたスキアーは、待ってましたとばかりに手を叩いた。すると、足元の影が思い切り大きくなり、2人をのみ込んだかと思うと、気づいたときにはちょっとした町食堂の前に移動していた。
「ここか。」
エピシミアは小走りに入っていった。スキアーもそれに続く。もちろん、服装は替えているので問題ない。はたから見ると、観光にきた親子のように見える。
「いらっしゃいませぇい!2名様ですねぇい!?」
美味しそうな匂いとクセの強い店員に迎えられつつ、2人はテーブルについた。エピシミアは早速メニューを見漁っている。
「元気か、二人とも?」
どれにするかと悩んでいると突然、新たに声が聞こえてきた。
「魔王様。何しに来たの。」
「そりゃもちろん、エピシミアに会いによ〜ん!」
スキアーは怪訝そうな顔をした。
「いや、スキアーさん、冗談ですから。」
スキアーは顔はそのまま頷いた。推測するに、冗談なのは分かっているが、にしてもおかしい、といった感じだ。
「スキアーに呼ばれたから来たのだよ。それに、本部に用事もあるのでね。」
「そ。」
魔王がいつもの調子だとわかると、エピシミアはまたメニューにのめり込んだ。何とも言えない雰囲気が漂ったので、スキアーは魔王にもメニューを渡した。
「ありがとう…。」
「よし。決まった。」
そうして食事を済ませ、外に出ると魔王はさて、と手を叩いた。
「スキアー、軽く本部を案内してくれまいか。今の内に移動できる場所を増やしておきたい。」
スキアーはそれを聞くと、右手を挙げつつまた思いっきり影を作り、魔王もろとも巻き込んだ。
かと思うと1秒後、2人は戻ってきた。魔王はだいぶ目が回っている。
「なんともまぁ、乱雑な案内だことよ。…ちょ、本当に目が痛いのだが…。」
どうやらこの一瞬で、スキアーが移動できる範囲で本部を全て巡ったらしい。
「と、ともかく、これでワレは好きなように本部を移動できるわけだ。ありがとう、スキアー。」
スキアーは浅く頷いた。
「それで、二人ともよ。何か有意義な情報はあったか?」
それを聞くと、スキアーがすっと右手を挙げ、裏紙にささっと書いて魔王に手渡した。
「異変調査屋ハ魔王様ノ件二ツイテ話シ合ウソウデス」とあった。
「そうか。ならばそれを報告する際に異変調査屋の所へ奇襲すればよいわけだ。」
これは良い事を聞いた、と魔王は喜んだ。
「できれば、もうしばらく潜入してやつらの動向を見張ってほしい。できるか、スキアー?」
今度はしっかりと右手が挙がった。それを見て、魔王は満足そうに頷いた。
「よし、それでは…」
と、ここで魔王は、エピシミアを放置しすぎたことに気づいた。見ると、すっかり不貞腐れたようで、頬を赤く膨らましてそっぽを向いていた。
「ちょっと。シミアはどうすればいいの。何にも分からなかった。」
「すまん、すまん。エピシミアもスキアーと一緒に、しばらく潜入していてほしいのだ。できるか?」
「食べ物のお金は。」
「もちろん払います。」
「じゃあいいよ。」
エピシミアは食事の事で釣れば簡単に機嫌を直す。魔王は何となく苦笑いした。
「では、今度こそ。」
コホン、と咳払いする。
「それでは、よろしく頼むぞ。」
「はい。」
スキアーも、その返事に続いて手を挙げた。
魔王軍の面々の時だけ明らかに筆がのる。
なんでかなあ(すっとぼけ)
と考えて、気づいたのは、
異変調査屋たちは、「自分のなかで勝手に動く」のに対して、魔王軍たちはまだ、「自分で動かせる」から書きやすいのかなぁ、と思いました。
おまけ
スキアーが持っていたのは古い小判で、お金を払うのに使えませんでした。が、魔王は意外とマメなので、すでに物を売って現代のお金を手に入れていたようで、事なきを得ました。
「スキアー。そのお金、使えるの。」
スキアーは苦い顔をした。通貨が変わっている可能性を考えていなかったらしい。
「あぁ、昔の小判を持ってきたのか。安心しろ、新しい金ならワレは持っているから問題ないぞ。」
「あれ。魔王様、珍しくやるじゃん。」
「なんだ珍しくって。」
スキアーはほっとしたのか、嬉しそうな顔をした。
魔王も、それを見て思わず笑った。




