おやすみ
電話をかけた鈴木を待っていたのは、宿屋の女将さんの快い歓迎だった。
最近は客もめっきり来なくなって、そろそろ宿屋を畳もうなんて話していた矢先の電話だったらしく、主人の方も張り切ってくれるとのことだ。
鈴木も断る理由はなく、即決で向かうことになった。
「ここでしょうか。着きましたね。」
「やっと休めますね…!」
その宿屋は暗さもあいまってやや不気味な雰囲気もしたが、しかし全体は古き良き日本家屋といった風貌で、いまさら気が引けるようなものではない。
女将さんに聞いたとおりに車を庭に停めると、ちょうどよく宿屋から人が出てきた。
「ようこそお越しくださいました。」
「先ほど電話をした鈴木です。すみません、こんな夜遅くに。」
「いえいえ。こんな古ぼけた家に足を止めてくださるいうのですから、これほどの感謝はありませんよ。」
そういうと女将さんは愛嬌のある顔でニッコリと笑う。
ここならきっと、疲れもよく取れるだろう、と鈴木は思った。
「人数は大人3人でしたよね。」
「はい。もう一人は車にいます。」
「部屋は全員同じですか?」
「あー…、」
鈴木と池田は顔を見合わせた。2人なら問題ないが、麻績と同じ部屋で寝る気には流石にならない。
「ちょっと確認してきます。」
麻績は起きているだろうか?車でまだ寝ているなら起こすのは野暮かもしれないが…。
「麻績さーん…。」
「すー…、すぴー…」
「寝てるかぁ…。」
確認は取れなさそうだが、しかしそうなら分けるほうが賢明だろう。
「鈴木君、麻績君は起きてましたかね?」
「まだ寝てました。かなり疲れたみたいで…。」
「そうですか。まぁ、男女で分けるで良いでしょう。」
「そうですね。」
「分かりました。二部屋ご用意します。」
そういうと、女将さんは少し待つように伝えた後、宿屋の中に戻っていった。
そういえば電話の時に部屋の数を伝え忘れたなぁと少々反省していたが、その後すぐに女将さんが戻ってきた。もう準備ができたのか、もしかしたらいつも綺麗に整えてあるのかもしれない、と鈴木は感じた。
なので、とりあえず麻績を起こしに行くことにした。
「麻績さーん。」
「すー…、…うーん?」
「おはようございます。宿屋に着きました。部屋に移動するのですが、起きられますか?」
「あー…、はいぃー…、分かりましたぁー…」
麻績はかなり眠そうな様子で、辛そうに目を擦っている。無理やり起こしてしまったのは少し申し訳ない。
「さあ、行きましょう。」
「ま、待ってくださいー…、あの、手を握って引っ張っていってくれませんかねー…?」
「え?」
麻績は半泣きの顔で、眠そうに手を差し出してきた。鈴木は一瞬ためらったものの、流石に拒否をする気にはならず、手を受け取ることにした。
「…まずは車から出ましょう。」
「うーん…」
麻績はのそのそと移動し始めた。手を握ったままでいると、どうにもその時間が何倍にも長くなっているような気がした。
「ほら、ちゃんとついてきてください。」
「はーい…」
麻績の足取りを見つつ、時々引っ張りつつ、なるべくゆっくり向かう。宿の入り口に近づくにつれ池田さんと女将さんが楽しそうに笑っているように見えたが、気にしない…気にしない…。
「麻績さんも連れてきましたよ。」
「こんばんわぁー…、」
「ふふふ、これで全員ですね。」
「それでは、お部屋を案内いたします。」
その言葉と共に、宿の窓が開いた。ぼんやりと明かりのある玄関で、靴棚の上にはふわっとした白い花が添えられていた。
「靴箱はそちらで、隣にスリッパも入っていますので是非ご利用ください。」
「分かりました。ありがとうございます。」
宿屋の中は暖かい木の匂いがした。
「部屋はこちらの2つをお使いください。また、お手洗いは食堂の出口と2階にございます。」
そういうと、女将さんは奥の方に手を向けた。
「食堂と銭湯はあちら側にあります。食事はあと三十分ほどで用意が終わりますので、もうしばらくお待ちください。」
一通り説明し終えたのか、女将さんは礼をしたあと、食堂のほうへと向かっていった。きっと用意の手伝いだろう。改めて、急に押しかけて申し訳なくなった。
「それじゃあ、しばらく部屋に入って休みましょうか。あと三十分ほどだそうで。」
「そうですね。」
靴を脱ぎつつ話す。麻績が手を離してくれなかったせいで、説明を受けている間、中々動きづらかったのだ。
「ほら、麻績さんも部屋に行きますよ。靴脱いでください。」
「うー…」
そういうと麻績も靴を脱ぎだした。片手だと絶対に面倒くさいと思うんだけど…。
「麻績さん、そろそろ手を離して…、」
麻績は今にも泣きそうな顔になった。
「分かりました、分かりましたから。ちゃんと脱いでくださいね。」
池田はますます笑顔になってこちらを見守っていた。その事に苦笑しながらも鈴木は、自分が今の麻績の相手をするのを、さほど苦にしていないのを疑問に思ってもいた。
「脱げました?じゃあ、ほら、スリッパ履いて、部屋に向かいましょう。」
麻績は今にも倒れそうな動きでふらふらと歩いている。心配してはいるのだが、どうにも居心地は悪い。
「ここですよ。」
ガチャリと扉を開ける。電気をつけると、温かみのある畳に、質の良さそうな木の机があり、光を受けて小さく反射していた。
「もう寝ます〜…」
やっと部屋に着いたとばかりに、麻績は部屋の隅によるとそのままの勢いでうつぶせに寝っ転がった。もちろん、手は握ったままだ。
「ほら、じゃあ、そろそろ手を離してください。」
「え〜…」
麻績はうつぶせのまま首を回してきて、嫌そうな顔でこちらを見てきた。しかし、ここで引いてはもう離してくれなさそうだったので、鈴木はもう一押し声をかけた。
「僕にもしなくちゃいけないことがありますから。安心してください、別においていったりしませんよ。」
「ん〜…」
不貞腐れた顔はしたままだが、麻績はやっと手を離してくれた。痺れた手を振りつつ、鈴木は扉へと向かった。
「電気消していきますか?」
「…別に大丈夫です〜!」
不貞腐れた、子供っぽい声が聞こえてきた。もちろん、あの事も頭によぎったのは言うまでもない。
麻績は一体どうしたのだろうか。
少しの心配を抱えながら、鈴木は後ろ手に部屋の扉を閉めた。
自分のこの小説の向き合い方なのかなんなのか、
書いていて無駄話が多くなるなーと思う時があります。
なんの意味もないのに書きたくなるような描写が多いってことですね。
ま、登場人物が真剣な時と緩い時とで対比が分かれてるんで良いでしょう。
無駄話から膨らむものだってありますからね。




