報告書3.偽りの魔王
偽物でも、紛い物でも、精一杯生きたんだから、
それでいいじゃないか。それで…。
「おーーい!こっちな!」
あの後少し歩き、後院が言った「家」についた。
「兄ちゃん、もう大丈夫なんか!?」
「あ、はい、もうだいぶ楽で…、う、」
「ほら、ちっちゃいけど、椅子あるから座ってくれや!」
そう言って、後院は奥の部屋から小さな木製の椅子を出した。座り心地は悪くない。
「ほれ、何か飲み物持ってくるから待っとれ。」
そういうと、後院は玄関の横にあった桶を片手にドタドタと出ていった。
「鈴木君ー、大丈夫ですかー?」
「はい…。」
「あんまり無理しないでくださいよー?」
気を紛らわすために周りをみてみる。かなり和室な部屋だ。真ん中に囲炉裏があって、床は畳で、キッチンは…、かまど!!?今どきガスコンロでもちょっと古いのに!?
「麻績さん、あれ…。」
「んー?あの蜘蛛の巣ですかー?綺麗な形ですよねー」
「いや、そうじゃなくて…、」
「ほい、戻ってきたでー!」
また外からドタドタと走ってくる音が聞こえた。
「水!…、つっても、近くの池で取ってきたやつやけど。煮沸するからもうちっと待ってくれや。」
そういうと、後院はキッチン、いやかまどに歪な形の鍋を置き、水を入れてかまどに薪を焚べ始めた。
「すみませんー、ありがとうごさいますー」
「そうやね、ここらじゃ水も貴重やし、盛大な歓迎と思ってくれや!」
「ありがとうごさいます…。」
気分はだいぶ良くなってきたが、何となくもやもやして落ち着けない。
「そうだ!改めて名乗るわ。後院虎吉!ここらじゃ珍しい名字と名前よ!はじめましてな!」
「私は麻績結希ですー、結ぶに希望の希で結希ですー」
「僕は、鈴木優人です。はじめまして。ちょっと元気がなくてすみません…。」
それを聞くと、後院さんはガハハと笑った。
「麻績君と鈴木君かい!ええ名前や!」
こんな笑いながら、火を手際よくつける人初めて見た。いや、そもそも人が火をつけるのをあまり見たことがないが…。
「そんで、気になってたんやけど、ふたりは何しにこんなへんぴな場所へ来たんや?」
「ここ周辺の土地調査の予定ー、ですー」
後院はふーんといった様子で頷いた。
「嘘やな。」
麻績さんがすぐに肩に手をかけた。危惧していた状状況だ。このままいけば戦いになるんじゃ…。
「おっとお二人さん。安心せい。俺はお二人の仕事が何か知ってるだけやで?」
「…なんでしょうー」
「異変調査やろ。」
更に顔が引き締まる。政府が異変というマイナスな存在は隠蔽しようとしていて、異変調査の事を知ってる人は多くないのだ。あえてその職業を当てるのは怪しいとしか言えない。
「まじかいな!そうか、異変調査屋がやっと来たんか。」
「…なんでわかったんですか?」
「この村で変な事が起きるようになってから、商人が村に広めたんや。窮地を救う英雄だってな。」
「…」
「ヒーローは遅れてやってくるっていうもんな。みんな待ってたんやで。あんたらを。」
武器に添えた手を降ろす。この人が別に自分たちの来訪を嬉しがってるわけでもないとわかったからだ。
「…ちっと遅かったみたいやけどな。」
後院さんは悲しそうに笑った。
「あ、お湯が沸いたな!取ってくるわ。座っててや。」
その言葉でやっと緊張が緩んだ。
「あぁ、びっくりした…。」
「ほんとうにー…、まさか異変調査屋が広まってる場所があるとはー…」
麻績さんに声をかけようとしたが、なにか考え事をしているようだったので、待つことにした。
(ふわぁ〜、おはよう。そろそろ夕方だね。)
こんぼんは、ねぼすけ。
(どうもありがとう。)
「ほい、ちょっと熱いから注意してな。」
待っていたら、先に後院がお湯を持ってきたようだ。
「麻績君も座りな。立ってたら疲れるやろ。」
「あー、わかりましたー、お言葉に甘えてー」
よっこらしょというふうに、麻績は体育座りをした。
「別に足崩しても気にしないで?」
「こっちのほうが落ち着くんですー、お気にならさずー」
「ガハハ、手厳しいな。」
こうしてみんなと囲炉裏を囲んでいると、不思議な気分になってくる。和室なんて身近になかったから、いい経験かもしれない。
「あのー、後院さん、さっきはすみませんでしたー…」
「いや、大丈夫や。驚かせたのはこっちやしな。」
でもちょっと怖かったでー、と後院小さく笑った。
「お二人さん、やっぱり強いんか?」
「そうですねー、私はそこそこ訓練を積んだのでー、ある程度の異変は難なく対応できますねー」
「僕は運動があんまり得意ではないんですけど、自分の武器に運動技術があまりいらなかったので何とかなってます。」
なるほどねといった感じだったが、後院の反応はうれしそうに見えた。
「異変の原因のめどはついてるんか?」
「いえ、それが全くー」
それを聞くと後院の顔が少し引きつった。きっと少し残念に思ったのだろう。村が丸ごと消えた異変の原因は、目立つものじゃないのか?というのは自分たちも思うところである。
しかし、後院の口から出た言葉は、驚くべきことだった。
「俺は異変の原因、知ってるで。」
「えっ!?」
「お湯が飲み終わったら案内するわ。」
異変を知ってる?どういうことだ?どうして?
それを聞くなり、麻績さんは顔がすぐキュッとなり、お湯を一気に飲み干して言った。
「早く案内して下さいー、異変はすぐ解決しないと面倒くさいことになるのでー」
「麻績君、お湯熱くないんか!?」
「異変を解決することに比べたら何でもないですー」
「もうちょっとゆっくりしたいねんけど…。」
「早くー!」
後院さん(と俺)は、分かった分かった、急ぐから、というふうで、お湯の熱さに耐えながらちみちみ飲み進めた。熱いのは昔から苦手だ。
(僕も飲みたいなぁ。)
ただのお湯だよ!面倒くさいから飲ませないぞ。
「ふ、ふぅ、飲み終わった。鈴木君も、コップ片付けるで?」
「…、はい、お願いします!」
すでに麻績さんは靴を履いて、待てないかというように外で足踏みしている。
「じゃあ行くで。そんな遠くないんやけど。」
そういうと、後院さんの「家」の裏手にいき、そこから森のなかの坂を上がっていくと、また開けたところに出た。が、今回は村ではなく、切り株と石が大量に転がっている、木の墓場のような場所だった。
その中央に、1本の剣が刺さっている。
後院さんはこれに近づいて行くと、
「これや。村が丸ごと消えた元凶。」
「何でしょうー、この剣?」
「まぁ、俗に言う『魔王の剣』や。」
ま、魔王。まさかそれは…、と、ここで気づいた。ファンタジーの雰囲気は一切ない。剣から、血と殺戮の匂いがしたからだ。切り株の、悲痛な叫びが聞こえたからだ。
「この剣はな、ちょうど10年前、洞窟に刺さってるのを俺が見つけたんや。」
後院さんがぽつりぽつり語り始めた。
「俺は木こりでな。その日も木を切りに行ったんやけど。いつもの仕事場の木が減ってきたから、別の場所を探しに行ってたんや。」
剣は輝き始めた三日月を反射し、怪しげな光を放っていた。
「そう言うのが現実にあるとは思わないやろ。だからその洞窟のなかで剣を見つけた時、あまりに興奮して、抜けるか試してみたいと思って握っちまったんや。」
後院は軽く身震いして、一拍開けたあと続けた。
「気づいたら、目の前で妹が倒れてたんや。道端のど真ん中で。背中を掻っ切られてな。」
その言葉を聞いて気づいた。背中を切られた死体。まさか、あの家の裏手にあった…!
「妹が言ってきたんや。『兄ちゃん、戻ってきて』ってな。ただ、意識が戻っても体の主導権は戻ってなかった。俺は剣を握ったままだった。」
後院さんは右手に視線を向けると、もうすべて諦めたように手を振って、こっちを向いた。
「妹の首を切ったんや。自分の手でな。頭がおかしくなるかと思った。周りには誰もいなかった。俺は慰めてもらいたくなったんや。」
今度は左手を振っている。空の月に向かって。
「その後に俺がしたことはな。その妹を抱えて、家にあった昔漬物入れに使ってた壺に入れた。」
後院さんはただ淡々と話している。さっきまでの話の抑揚も、テンポ感も、もうない。
「お前ら、村に来たときに死体をみたやろ。あれが俺の妹や。日の下にでるのが好きな娘だったんや。だからずっと妹のままでいてほしかったけど、心を決めて、日の下に出してあげたんや。」
はははと乾いた笑いが響いて響いて止まらない。
「俺はお前らをずっと待ってたんや。この剣からこう言われたんや。『お前が死ねば、日本中にお前と同じ、魔王の剣の所有者が現れる。そうすれば、魔王様が日本を従え、いつか世界を支配する助けになるだろう。』ってな。」
(ふーん、僕と同じ感じなのかな?)
鈴木は麻績をちらっと見た。自分の前に立つ先輩が、どんな表情かは分からない。でも、緊張した様子の背中が物語っていた。
「俺は鍵にさせられたんや。そのせいで家族を、友を殺したんや。俺が全面的に悪いのに、誰かを呪って誰かのせいにしたくて堪らないんや。」
「…何をするつもりですか!!」
「毎日毎日家族の声が聞こえた。村から離れないで!置いていかないで!」
そういうと、後院は剣を地面から抜いた。
「呪いの声に耐えながら、俺はお前らを待ち続けた。呪いを押し付けるためにな。これからお前らが戦うのは『不尽の魔王』!尽きることのない、地獄の軍勢が攻めてくる。日本に、世界にな。」
後院は、剣を大きく振りかぶった。
「…まずい!鈴木君!動いて!!」
「麻績君が妹の顔に似てなくて本当によかったとおもってる。妹より、ずーっと綺麗な顔だ。でも、可愛い顔じゃないんだよな。」
麻績の足が止まった。
ただひたすらに、後院の首筋に、月が反射する。
「でも、鈴木君は駄目だ。馬鹿で正直で素直で優しい。昔の、何も知らなかった自分にそっくりだ。
家族がいるのが当たり前で、友と遊び呆けて、近所のおばちゃんに可愛がられてた、昔の俺にな。」
ザンッ!!
後院の体から力が抜けた。ドサッと音がなる。
「なんで…、なんで!なんで!!」
麻績の声が夜の森に響いた。
「私が、あなたの、妹に似ているだと…!」
「麻績さん…?」
鈴木が声をかけると、麻績我に返ったのか、ハッとしてこっちを振り向いた。
「すみません、取り乱しました…」
「大丈夫ですか…?」
「はい、ですが、今はその事はどうでもいいです」
麻績は悔しそうに唇をギュッとした。
「日本に、攻めてきますよ…、大きな異変が!」
そうだ。そのとおりだ。
またしても何もできなかった自分を責めたくなる。
俺たちは間に合わなかった。
間に合わなかったんだ。
めちゃめちゃ長くなっちゃった。
補足
後院の、「麻績が自分の妹に似ていなくてよかった」の一連のセリフに対して、麻績が「私がお前の妹に似ているだと」と返したことについてです。
これ、麻績が聞き間違えたんじゃなくて、
後院が顔に言及したことで「麻績の性格とか雰囲気がめちゃめちゃ妹に似ている」と言っていたと瞬時に理解し、そこから
「(性格が)妹に似ているだと…!」
と言ったってわけです。
予告
《不尽の魔王編》
次回から始まります。




