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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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第44話 派手にドンパチするだけが戦争ではない

 例大会当日。会場には多くの貴族当主が(ひし)めき合っていた。王族の方々はまだこの場に姿を見せていないため、ほとんどの貴族はいくつかのグループを作って会話に花を咲かせている。その水面下では血みどろぐらいはまだ可愛げのある様相を見え隠れさせながら。

 その会場の壁際に、一人の少年ことシュトレオン・フォン・リクセンベール男爵はグラスを片手に訝しげな表情を垣間見せていた。その隣には、同じようにグラス片手に壁に凭れ掛かるエルフの男性の姿があった。その人物の名はグラハム・フォン・セルディオス辺境伯。昨年陞爵し、南西の雄としてその名を知られた人物。そして、シュトレオンの寄り親でもある。


「ふふ、シュトレオン男爵は初めてだけれど、どうかな? この場の雰囲気は」


「父上が4回のうち1回しか出ない気持ちがようやく理解できました。現に結構話しかけられましたし」


 2年前の魔神討伐、そして名の知られた盗賊団捕縛。それでいて外交面でも手腕を発揮し、先日のカイエル子爵家の相続問題も迅速に解決した事実は、王都の貴族にも知れ渡ることとなった。

 まだ7歳という年齢にして、初代国王の分家であるリクセンベール家の襲名を認められるほどの人物となれば、当然お近づきになろうと近寄ってくるものは少なからずいる。とはいえ、シュトレオン本人は男爵位なので話しかけてくる人間は少なくとも同等の男爵家以上。

 そもそも、例大会は男爵以上の階級でないと参加できないため、ここにいる参加者では最下層の部類である。意味合いにおいては、その規則に救われたとみていいのかもしれない。

 社交界において目上の者が目下の者に声をかけることは許されるが、その逆は基本的に許されない。分かりやすく言えば上下関係の厳格化といえばいいだろう。


「にしても、サラッと流していくあたりは流石だね。父親の影響かな?」


「そこはレオンハルトの知己にして神算鬼謀と謳われた辺境伯様の賜物にてございます。勿論、大陸中を歩いて外交手腕を揮った父上からの贈り物もあるやもしれません」


「そういうことにしておこうか。しかし……案の定、売り込みに来たね」


「不幸中の幸いとしては、父上にとって目敏い方々にお声を掛けられていないことぐらいでしょうか」


「確かに、その点だけを述べればまだ楽というほかないだろう」


 ざっと70ほどの貴族家から挨拶を受けた。今回出席している貴族の数は280ほどであり、その約4分の1になる。護衛としてこっそりアスカが潜んでおり、それらの家をチェックして貰っている。今後何らかの関わりがあるかもしれないので、覚えておいて損はないという判断からくるものだ。すると、シュトレオンのもとに比較的若い人物が挨拶に訪れる。


「これはリクセンベール卿、お初にお目にかかります。私はゼスト・フォン・ミッターマイヤーと申します。若輩ながら侯爵と軍務相に任ぜられました。お噂はかねがね」


「はじめましてミッターマイヤー侯爵。先日男爵位を賜ったシュトレオン・フォン・リクセンベールといいます。卿の東方や北方での武勇はアルジェント伯爵や私の信頼する騎士より聞かされております。模範とすべき騎士の一人であると言っておられました」


「これはこれは。私自身そこまで大層な人間ではありませんし、あの程度など武勇と呼べるものではありませんよ。グラハム卿もご無沙汰しております。先日は書面での挨拶になってしまいましたが、改めて辺境伯へ陞爵なされたこと、実におめでとうございます」


「こちらこそ、ゼスト卿の侯爵への陞爵と軍務相就任に際し慶賀に堪えません。ゼスト卿、こちらにいるシュトレオン男爵は現状私の寄り子となるから、卿とはある意味兄弟みたいなものだね」


 聞けば、父親と絶縁したゼストの身分保障を引き受けていたらしい。貴族として別名を名乗るとはいえ、横槍を入れてくる可能性も考えた王都第三騎士団長から相談を受け、二つ返事で引き受けたと説明してくれた。現状侯爵まで上がってしまったので、その保障も外れてしまったとグラハムは笑みをこぼした。


 貴族が他の貴族を助けるということ自体珍しいことではない。だが、大方は相手の弱みを見て打算的に手を差し伸べてくることのほうが遥かに多い。貴族同士の競争原理は下手な殺傷事にならない限りにおいて黙認されているのが現状である。この場合でいえば、グラハムのしたことはかなりの変わった行動ともいえる。

 だが、元々レオンハルトの知己という名声に釣られた有象無象を追い帰した実力者にしてみれば、変わり事が今更一つや二つ増えたところで失うものはないと解り切っていた。エルフという種族の特殊性を国王をはじめとした国の上層部が理解していたからこそ、グラハムも強気の姿勢を取ることができていたのだ。


「そうでありますか。……何か力になれることがあれば、遠慮せずに言ってほしい。弟や妹たちへ不自由ないよう将来の支度金まで準備してくれたことに礼を言わせてほしい。ありがとう、リクセンベール男爵」


「いえ、礼には及びません。私としては、侯爵と血の繋がった弟妹(きょうだい)なら不自由しないように気を配るべきであると判断したまでのことです。それに、騎士団の件では過分とも思える報酬を得てしまいましたので、被害を受けてしまったミッターマイヤー侯爵家への慰謝料ということでお願いいたします。もし、縁があるようでしたら使用人の募集もしておりますので。無論、面接試験は致しますが」


「重ね重ね感謝する。さて、他にも挨拶をせねばならないので、私はこれにて」


 そう言ってその場を離れるゼスト。それを見送ると、グラハムは珍しそうな表情でシュトレオンに言葉を投げかけた。あまり売り込みをしない人間が売り込みをしたということについてだろうと考えつつ、シュトレオンは口を開いた。


「しかし、先ほどは珍しいね。自ら使用人募集の売り込みをするだなんて。同情でもしたのかい?」


「そういうわけではありませんよ。もし向こうの影響下に残るならそう言い出すつもりはありませんでした。聞けば、使用人としての勉強をしているみたいなので、これを機に縁を取り持つというのも悪くはないかと思っただけです。将来を考えればノースリッジ公爵家の影響下に入ったミッターマイヤー侯爵家を無視する選択肢はありません」


「でも、それだけじゃないみたいだね?」


「外交官として、ですね。北方への通商を考えるなら北のラインは欲しいところなのです。コーレック領へと迂回してもいいのですが、それはそれで厄介の種が一つ増えますので」


 紛れもなくパルメイス辺境伯家の存在。その家を寄り親とした北東地域の一帯は北方貿易のネックとなっている。事実、それを分かりきったかのように掛けられている高い関税によってヴェラジール周辺の国々からの輸送コストが半端ないことになってしまっているのだ。


 その原因はあの一帯で作られている作物にある。それは紅茶の原料となる茶葉だ。元来茶葉の原料となっているチャノキは温暖・熱帯気候の植物で、セラミーエ領にも自生していたりする。

 だが、それだけで終わらないのがファンタジー世界たる所以。北東部は山岳に囲まれた盆地であり、一年を通して平均気温が18度と低く、夏の暑い季節を逃れるために王族やそれに準ずる在都貴族らが避暑地としての直轄地も存在する。その一帯に自生しているチャノキの亜種から採れる茶葉は特有の甘みがあり、それを加工して作られる紅茶の茶葉は北東部における一つの産業として成り立っているのだ。


 この世界の砂糖の価値は胡椒並に高い。というか、調味料・香辛料に属する一連のものが軒並み高い。何せ、ティースプーン約一杯分の砂糖で100ルーデルの世界だ。しかも、この世界でいう砂糖はザラメみたいなものか、輸入品として入ってくる黒糖の塊ぐらい。

 この前、1キログラムぐらい上白糖の入った壺をガストニア皇家宛に届けたところ、金貨1枚になった。スプーン一杯あたり日本円換算約2万円という金額を目の当たりにして、内心愕然とした。なので、天然の甘みの出る茶葉というものは重宝されているのだと改めて知った。それをふんだんに使っている菓子類など出したら、真っ先に高級品扱いなのは自明の理だろう。


 しかも、そのチャノキの亜種は山脈を挟んだ東側―――ヴェラジール共和国でも自生しており、盛んに栽培が行われている。ならば茶葉に限定して高い関税をかけるのが最善策と思うのだが、それでは他の産業を冷遇していると思われかねないため、一律で高い関税をかけたことが高コスト化の要因になってしまっている。管理する分には一元化ということ自体悪くはないが、逆に悪手とも言えてしまう。


 現状はヴェラジールからイスペイン・ガストニアのルートを経由した通商路になっているのだが、いかんせん時間がかかりすぎる。ノースリッジ公爵家が治めるコーレック領を中継するルートも考慮に入れているが、冬期の通商路維持の問題とパルメイス辺境伯からの横槍という問題を抱えることになる。

 かといって『転送箱』を下手に増やすわけにもいかない。確実に辺境伯家だけでなくグランディア帝国にまで知られる可能性が出てくる。現状イスペイン王国に進出したティルミス商会の支店を一応の限界とし、ヴェラジールからの輸入を行っている。


 これはパルメイス辺境伯家への牽制という意味合いも含まれていて、その気になれば高い関税の掛けられていない比較的安価なヴェラジール産の茶葉を王都に直輸入もできる。何せ、殆どの貴族は知らないが、今回の例大会で出されているものに使っている茶葉はそのヴェラジール産なのだ。そして、この後出されるアイスクリームにもそれを使った味のものを出すことになっている。

 

「辺境伯家さえ説得できればその一派も一気に靡きます。最短ルートでの通商路確保のためにもミッターマイヤー侯爵家と今から伝手を作っておくのは悪くないという判断です。そのために、イスペインやヴェラジールにも頑張っていただかねばなりませんが」


「で、一体何を輸入するつもりなのかな?」


「決まっていますよ。東から食糧の買い付けです」


 グランディア相手に金銭を渡すというデメリットは存在するが、それを差し引いてでも選択肢を狭める。時期を収穫期の一本に絞り、農家あるいは組合から一括購入する。食うには困らない程度までギリギリの状態に抑え、大規模な軍を動かせるだけの備蓄を一切させない。

 そして、ガストニアから東方貿易ということで嗜好品を売りつけ、その金銭分を回収する。あるいはヴェラジール方面からワインなどの代物を売りつけていく。商人に利益を上げさせ、こちらはほんの少しの利潤と東方の珍しい特産物の輸入さえできれば問題はない。

 大きく得をすれば目立ってしまうという理由もあるのだが、主眼はあくまでも二つの山脈に挟まれた国々の経済発展が目的である。別に個人資産を無駄に増やしたくないという我儘ではない、と述べておくことにする。

 大量の麦類については、北部や西部の沿岸で割と逼迫している貴族に売り渡したりする。将来に向けての備蓄という意味合いもある。それと、加えてもう一つの役割もある。


「保存の利く麦類を使った食べ物、といえばいいでしょう。それと、セラミーエ領から近々果物も売り出しますので、それに絡めたものの材料です」


「武器の戦いではなく金の戦いとは恐れ入る。しかも、商人や大陸中央部の国々に儲けさせることを前提にするとはね」


「二つの大国に挟まれた彼らが安定した経済基盤を得て強くなれば、王国が帝国と直接刃を交える可能性はかなり減ります。短期的に見れば僅かな得ですが、長期的に見れば貴重な人的資源を無駄に消費することはありません……どこかの貴族様は野心がお強いようですが」


「どこかの、ね……言わずもがなだから、深くは追及しないほうがよさそうと見た」


 それに、商人や農民などと伝手を作るということは彼らの目を耳を生かすということでもある。アスカという反則級の斥候はいるが、下手に怪しまれることなく溶け込める職種の一つは商人である。

 帝国西側にその目と耳を置けば、少なからず帝国が軍を西進させたときに農民らの目と耳に引っ掛かる。例え農民に箝口令を敷いても、物の動きに敏感な商人らは直ぐに軍事行動準備の動きを悟ってしまう。現状の造船技術においては時期さえ気を付けておけば、どうにでもなる。


 この間、屋敷建設の時に知ったことだがこの世界の付与魔法技術は最低クラスに属してしまっているのだ。それこそ、二つの効果を付与した魔道具というだけでも国宝級とされている有様。簡単に言えば、例えば二属性の魔法耐性を付与されているローブでも国宝の扱いを受けることに驚きを隠せなかった。

 今はこの低レベルの発展具合を逆に利用させてもらうこととした。流石に単独でできることに限界は生じてしまうからだ。

 そんなことを話していると、ニコル財務相が近づいて挨拶をしてきた。隣にはハリエット宰相もいて、笑顔を浮かべている。


「はじめまして、英雄リクセンベール卿。財務相をしているニコル・フォン・ウェスタージュ・レターといいます。あとは僭越ながら辺境侯でもあります。よろしくおねがいしますね、稀代の外交官殿」


「はじめまして。先日男爵に陞爵いたしましたシュトレオン・フォン・リクセンベールといいます。よろしくお願い致します、ウェスタージュ辺境侯。失礼ながら、私はまだ青二才の若僧にてございます。水の中へ堂々と足を踏み入れる勇気など持ち合わせておりませぬゆえ」


「これはこれは、迂闊に踏み込めば人食い鮫の如く食い千切られてしまいそうですね。今後とも良いお付き合いをしたいものです。なので、今後は名前でお呼びしてください。ノースリッジ公爵、よろしければ」


「では、お言葉に甘えて。リクセンベール男爵、先日は初めての謁見だというのに立派な立ち振る舞いを見せたことは非常に感激いたしました。惜しむらくは、その姿を息子らにも見せてやりたかったところです」


 社交界においては、初対面の場合名字に爵位を付けて挨拶が基本となる。呼び方については目上の人間が許せば、公式の場でも呼んでいいとお墨付きを与えたことになる。双方ともすでに顔見知りだが、表向き初対面であることに変わりないので、こういった挨拶になってしまう。ハリエット宰相の挨拶を聞き、シュトレオンは丁寧に言葉を返す。


「いえ、私は隣にいらっしゃるグラハム辺境伯の教わった通りこなしただけに過ぎませぬ。それに、義理の姉となられたコレット嬢よりノースリッジ公爵のご子息達のこともお聞きしております。将来有望な人格者であるとアルジェント子爵からも直接お聞きいたしました」


「そこまで高く買っていただけるとは……やはり、娘を送り出した私の慧眼もまだ健在のようだ。ニコル卿同様、私も名前で呼んで構わないよ。と、挨拶もせずに申し訳ありません、グラハム卿」


「構いませんよ、ハリエット公爵。シュトレオン男爵の噂は王都だけでなく王国でも持ち切りだと聞いております。隣国のガストニア皇国では彼を新たな英雄であると持て囃したそうでありますから。その彼にお近づきになりたい、とこぞって来る方々も多いようです。公爵と辺境侯もその口とお見受けしましたが? おっと、これは失礼しました」


「違いないですね、グラハム卿。それと気にしないでください。親しい者が言葉を交わすことに何の問題がありましょう。にしても、辺境伯のお眼鏡に適った麒麟児を見込み、ここまで育て上げるとは……正直、僕の息子として欲しいぐらいです。ハリエット卿もそうなのでは?」


「間違ってはいません。しかし、先程陛下と面会いたしましてな。私にとって損はしないと仰られたので、それをお聞きしてからになるでしょう。そうでなくとも、今後はリクセンベール家と親しいお付き合いになるでしょうから」


「屋敷のほうが完成次第、改めてご挨拶にお伺いします。建国より王国の剣として名を轟かせているノースリッジ公爵家とは今後とも良いお付き合いをしたく存じます」


 王都の屋敷はお隣同士なので、事情はどうあれノースリッジ家と関わりを持つ機会は増えてくる。それに、現状非公式だが次女のメルセリカと婚約を結んでいる。そのことは双方把握していることだし、それをこの例大会で発表すると国王自身が言っていたので、その含みを持たせた発言をハリエット宰相にも伝えているように聞こえた。


ひとまず復旧完了です。

改稿は気が付いたらぼちぼちやっていきます。

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