第45話 もはや退路など無かった(二重の意味で)
「それでは、失礼する。あまり長居すると面倒な輩が言いがかりをつけてきそうだからね」
「お心遣いに感謝します」
挨拶を終えるとハリエット宰相とニコル財務相はお辞儀をしてその場を離れていった。彼らは貴族の中でも最上位に位置するため、否応にも目立ってしまう。そのことを理解していたので、シュトレオンもお辞儀をして彼らを見送った。すると、入れ替わるように姿を見せたのはシュトレオンにとって兄であるジークフリードとヴェイグの二人であった。
「これは、ジークフリード子爵殿にヴェイグ卿。挨拶回りに余念がありませんね」
「まあね。こうやって対応されると、シュトレオンが非才の塊だと思えてしまう。グラハム辺境伯、お久しぶりです」
「いえ、ご健勝のようで何より。ヴェイグ卿も久しぶりです。噂のご令嬢と仲睦まじい、と聞いていますよ」
「私としては、あまり目立ちたくないのですがね。どうしても目立ってしまうようです」
兄弟の中で一番武人の風格を持っているのに加えて、直近の王族である第一王女と仲が良いのだから、当然貴族の間では何かと目立つ存在になる。武人なら他にもいるだろうという言葉も理解できなくはないが、ヴェイグ以上となると逆に指で数えられる程度になると思っている。
「父上は?」
「まだ挨拶回りだ。ほら、あちらにいる」
手で方向を指すのはマナー違反なので、視線でその方向を見やると……毅然とした表情のバルトフェルドに対し、薄気味悪いとも言ってしまいたくなるぐらいの笑顔を浮かべている貴族の男性がいた。その人物はというと、実はシュトレオンへ挨拶に来た一人だったのですぐに分かった。
「国土相のロゼッタス侯爵殿ですか。先ほど挨拶に来ていました。あそこまで平然としていられるのは正直凄いというか、なんと言うべきか……大方、南部の利権狙いなんでしょうけれど」
「セラミーエ領を始めとして、特需に近いぐらいの発展だからね。僕も父の跡を継ぐために領地の運営勉強はしているけれど、正直シュトレオンのアドバイスがなかったらオーバーワークになってたよ」
書類関連も大幅なテコ入れを行った。たとえば、税の報告書一つとってもそれぞれの貴族で書式が異なっているため、その計算で丸一日潰れたりする事がザラにあった。これでは、将来発展したときに必ず倒れる人が続出しかねない。
なので、転生前における簿記や特定の書式などを『世界書庫』にて取り寄せ、それを代官であるガエリオ男爵に教えた。あと、ガストニアを訪れた際に見つけた算盤を教えた。すると、以前と比べて作業量が大幅に短縮される形となり、各々の自由な時間も増やすことに成功した。
閑話休題。
「利権が欲しいのは貴族たる欲なんでしょうけれど、それだったら南東部で解決しなければいけない問題点はどうするのかという疑問も出てくるのですが」
アルジェント辺境侯家とオームフェルト侯爵の仲が悪いのにも関わらず、今まで軍事的衝突が起きていなかったのは南東部の開発状況がかなり芳しくないことが原因にある。何せ、王都近郊にある鉱山の町ミューゼルから東および南東部分はその大部分が森林地帯と化しているのだ。
その地帯には樹木系の魔物が多く生息しており、周りの樹木に合わせて擬態する特性を持っているため討伐がかなり難しい。
加えて南東部の森林地帯では浅めの領域でも珍しい薬草や素材が手に入るため、冒険者にとっていい稼ぎ場となっている。そのことから、一気に火属性の魔法で焼き払って開発しようとしたところで冒険者たちから強い反発が起きて、結果として開発自体頓挫してしまっているのが現状なのだ。
王国側もとい国王としては、南東部が開発できないのなら比較的開発している南西部経由の街道を作る方向で行きたいのだが、オームフェルト公爵はロゼッタス国土相を操って南東部へのゴリ押しを進めている。
その過程で無視できないのは棚上げ状態の南東部の森林地帯。それを東部側が許可を出す代わりに一切労力を使わない形にして南部の労力を使い、完成したところで公爵家の力を使って強奪する算段なのだろう。そこに至るまでも家の力をここぞとばかりに使う気だと思われる。
本当に貴族というのは面倒な生き物である。すると、ホールに音楽が鳴り響いて国王をはじめとした王族の方々が姿を見せる。そして、国王は近くにいた執事からグラスを受け取ると、挨拶を述べる。
「今宵はよくぞ集まってくれた。何かと慣れない者も見られるが、暑さゆえ致し方ないであろう。今後の発展を願い、盃を交わそうではないか。では、乾杯」
それに続いて、貴族らもグラスを掲げて『乾杯』と同時に声を揃えた。俺は成人になったとはいえ、酒は悪影響を及ぼすと考えているので葡萄のジュースではある。魔法が発達しているせいで医療分野がおざなりになっている部分は要改善だろう。
そして王族の人間が散らばり、貴族達はこぞって売り込もうと躍起になっている。その風景を見ている俺にジークフリードが話しかけてきた。
「行かないのかい?」
「王族よりも目立つ可能性があるのにですか? 絶対嫌ですよ。表情には出してないでしょうが、痛ましいと思えるほどですし……そんな苦労は進んで買いたくありません」
「いつになく辛辣な発言だな。解らなくはないが」
しばらくすると、ジークフリードとヴェイグはそれぞれ挨拶があるといってその場を後にした。これでやっと落ち着くのかと思ったところに、またもや挨拶に来る者がいた。見た感じ国王に似た顔つきと体格だが、服はほかの貴族より若干煌びやかといった印象を受ける。その人は豪胆な感じで言葉を発した。
「これは、剣の達人と名高いセルディオス辺境伯に魔神殺しの英雄リクセンベール男爵ですな。おっと失礼。わしはセルゲイ・フォン・マイル・ヘンケンブルクという。ついこないだまで公爵をしていた者ですので、爵位呼びは結構ですぞ」
「辺境伯でもありますグラハム・フォン・セルディオスです。ヘンケンブルク卿のご活躍はミランダの地でも聞き及んでおります」
「私はシュトレオン・フォン・リクセンベールといいます。よろしくお願いいたします、ヘンケンブルク卿」
貴族の当主を引退したりすると、貴族を示す「フォン」と家名の間に名前が増える。
たとえば貴族の当主を引退した場合、その妻も名誉貴族という形へと変化する。爵位を継承されなかった子どもは成人すると「フォン」の名前が外れる仕組みだ。とはいえ、引退した当主の実質的な力が完全になくなるというわけではないのだが。
男性の場合は「マイル」、女性の場合は「メール」というのを聞いたとき転生前での使われ方を思い出したのは内緒である。爵位は無いが、名誉職扱いなので引退した時の扱いをせねばならない。本人が許可すれば爵位ではなく「様」や「卿」という呼び方を公式の場でも使っていいあたりは、現役の当主より緩い規則である。
「いやはや、大したものでもないです。ただの隠居に成り下がったおっさんですからな」
「(おっさんって単語、この世界にもあるんだな……)ところで、そのご隠居様は何故にご出席を? ごゆっくりしたいと思われないのですか?」
「わしもそうしたかったんだが、招待状が来る以上断るわけにもいくまい。それに、倅をあまり表に出したくないのだよ」
ヘンケンブルク公爵家は在都貴族で、現在十家存在する公爵家のひとつ。そしてセルゲイは現国王であるバーナディオスの弟君にあたる。今年の夏前に家督を長男に譲ったとのことだが、彼の表情は「少し早まったかな」と自らの判断に悩んでいるような節が見受けられた。
「ヘンケンブルク卿のご子息ですか。何かお悩みでも抱えているようなご表情ですが」
「うむ、ここだけの話にしておいてほしい。あ奴は『分家で公爵なのだから王族と婚姻を結ぶべき』と普段から豪語しておったのだが……アリーシャ王女に一目惚れしてしまっての」
この前の神礼祭の話なのだが、その大典礼にその息子が出席していたとセルゲイは小声で説明する。そこでアリーシャ王女に惚れた彼が、その後王城へ毎日手紙や花束を贈っているとのことらしい。
この後発表する内容によってひと騒動あるのだな、と内心溜息を吐いた。こういう色恋沙汰って余計な騒動しか生まないと思ってしまう。当事者になるであろうこちら側としては『諦めてお引き取り下さい』と言いたい。
「それでしたら、今日の例大会はご出席されていないと?」
「いや、出席しておる。あそこでアリーシャ王女殿下に花束を渡しているのがうちの倅だ」
その当人は王妃の隣にいるアリーシャ王女に花束を渡し、彼女の手の甲に口づけをする。これは初対面の異性への愛情表現なので、咎める気は毛頭ない。なお、その公爵の年齢は20歳であることを追記しておく。俗にいう『そういう趣味』である可能性が高く、婚姻可能年齢でない相手にここまでとは正直鳥肌が立つ。
ちなみに、本来であれば結婚自体可能な頭身のラインなのだが、それをセルゲイが快く思っていない理由なのだが、彼は笑みを浮かべて俺のほうを見つつ、肩に手を置いた。
「兄はな、頑なな親馬鹿なのだよ。当時生まれたばかりのティファーヌ王女殿下との婚約すら断ったぐらいだ。なのに、この前お忍びで遊びに来た際『娘の婚姻に協力しろ』と言ってきおった。それで察したのだよ」
「それが私だと思われたのですか?」
「うむ。王族や貴族の女性が盗賊に攫われるということは風聞として宜しくない。『手付き』という可能性もある。ならば、その悪評を避けるために婚約を結ぶのは十分想像できる話だ。その相手が無傷で救った英雄なら文句はなかろう」
アリーシャの名前は出していなかったが、その協力を申し出たタイミングがアリーシャとメルセリカが王都に無事到着した後だった。そして、先日の謁見でシュトレオンが救出の功績を鑑みて陞爵したこと。これらのことから、国王が彼女達から話を聞いて公爵家とはいえ分家にあたるヘンケンブルク家に話をしにきた、という筋書きだろうとセルゲイは結論付けたらしい。
「心配せずとも、わしは隠居した身である故権力もないただのおっさんであり、隠居の気まぐれでお前さんの味方をするだけだ。何せ、レナリアの嫁ぎ先の息子だからな」
「あれ、レナリア母様から聞いた話と若干齟齬があるような……失礼いたしますが、ヘンケンブルク卿の風格からですと、何もできないようには見受けられません」
「間違ってはおらぬぞ。元々は別の公爵家の娘だったのだが、彼女が家出したところをわしが拾った。これは公然の事実だから隠すことでもないのだが……レナリアからしたら、忘れたいのだろうよ」
その公爵家は今も存在しているのだが、レナリアの家出と婚姻の時は荒れたらしい。オームフェルト公爵家と手を組んで『うちの娘なのだから、当然わが公爵家に話を通してもらわねば困る』と駄々をこねたそうだ。結局、国王の鶴の一声で黙ることになったが、火種が燻っていることに変わりないだろうなと感じている。
そうしてヘンケンブルク前公爵もといセルゲイと話したのだが、彼は趣味として冒険者稼業をしておりSランクの冒険者という事実を聞かされた。週末には山に登ってワイバーン狩りに勤しんでいるとのこと。言っておくが、ワイバーンの実力は4~5人のAランクパーティーでやっとの代物である。間違っても単独討伐できる相手ではないことを補足しておく。
「ほう、リクセンベール男爵も冒険者であるか。今度ワイバーン狩りにでも出かけないか?」
「実力は私が保証いたしますよ、ヘンケンブルク卿。彼は単独でSSS級クラスの魔物を討伐しておりますから」
「討てたのは偶々ですから」
「運の実力のうちよ」
流れで今度の週末、ワイバーン狩りに同行することとなった。『公爵位を譲りたかったのはそっちに勤しみたかったのですか?』と尋ねると、彼は笑って誤魔化した。これ、うちの父のパターンが成った場合に近いと率直に感じたのだった。
すると、一人の執事らしき人物が三人の許に来てお辞儀をする。先程国王にグラスを差し出していた人物だったことから、彼の信を受けている人物だと理解できた。
「リクセンベール男爵殿、セルディオス辺境伯殿、それにヘンケンブルク名誉公爵殿。お三方へこれより王城へのご案内をせよ、と陛下より仰せつかりました。申し訳ございませんが、ご移動をお願いできますでしょうか?」
例大会も終わりに差し掛かったところでの王城移動命令もとい勅令。拒否する理由もないため、三人は執事にグラスを渡し、他の貴族の視線に入らないようホールを後にした。そして馬車で王城に移動し、通されたのは応接室。そこには既にバルトフェルド、ジークフリード、ヴェイグの姿もあった。挨拶もしつつ、セルゲイが口を開いた。
「なるほど、兄は面倒事を避けるために差配をしたのだな。倅が呼ばれない理由も理解できた」
「ヘンケンブルク公爵?」
「セルゲイで構わぬよ、バルトフェルド卿。既に隠居したただの中年男性であるからな。それはともかく、あの後例の氷菓子が振る舞われて、ヴェイグ卿の陞爵と婚約、シュトレオン男爵の婚約が言い渡されるのであろうよ」
「……ご存じだったのですか?」
「はっはっは、これでも耳の良さだけは自慢だからな」
わずかな情報だけでここまで導けるというのは流石だろう。バルトフェルドやジークフリード、ヴェイグはその推測を聞いて呆然としている。俺やグラハム辺境伯は先程それを味わったので平然とできている。慣れって本当に怖い話だ。
そして30分後、国王とハリエット宰相、ニコル財務相が入ってきたので、六人は挨拶をするために立ち上がってお辞儀をする。そして国王の言葉で全員が着席する。国王からは先日話した婚約の件の発表とアイスクリームを振る舞ったことが伝えられた。その上で国王はシュトレオンに視線を向けつつ言葉を発する。
「シュトレオンよ、此度は感謝する。各商会会頭のブラッドとカイトには謝状を渡した。今後は王都第二騎士団が正式に王都内の護衛を引き受けるが、第一騎士団も加わる。報酬は以前と同様、ということでよろしいか?」
「それで構いません。といいますか、大丈夫なのですか?」
「彼らのやる気を削ぐ理由がありませんから。ヴェイグ君の陞爵は明日執り行うよ」
「本当に申し訳ありません。陛下だけでなくハリエット殿やニコル殿にもご迷惑をおかけします」
「これぐらい苦労でもありませんよ。苦労というのは、大した成果も上げていないのに誇張表現したり、碌に活躍していないのに成果を横取りする連中を相手にするぐらいです」
もはや猛毒同様の毒舌を放ったニコル財務相に周囲の人間は引き攣った笑みを浮かべていた。すると、セルゲイが国王に意味ありげな笑みを向けつつ口を開いた。
「にしても、公爵家相手でも降嫁をさせたがらなかった兄上が婚約を認めるとは。いったいどういう心境の変化なのです?」
「やはり気付いておったか……こやつらは我が国にとって多大な利益を与える存在になる、というかなっておる。特にシュトレオンはそれこそ飛ばし陞爵で公爵としても問題はないと思っておる位だ。とはいえ、ひと騒ぎは覚悟しておる。早まったの、セルゲイ」
「かもしれません。正直、うちの息子がシュトレオン君ぐらい聡明なら、何とか売り込んでやろうと思ってはいましたよ」
ひとしきり会話が終わった後、国王の頼みでアイスクリームを振る舞ったのだが、これがかなり盛況であった。そのことで話を進めると、乳牛らしき品種が北部で飼育されていて鶏に近い生き物が西部にいるとのこと。あとは砂糖の安定供給を南部だけでなく西部と北部でも進める形となった。
気が付いたら夜遅くとなったために王城へ泊まることとなったのだが、俺は父や兄とは別に案内された先はアリーシャ王女の部屋だった。中には寝間着姿のアリーシャとメルセリカがいた。でも、手を出す気はない。7歳相手に食指なんて一切働かないノーマルなので。
「あの、何故にずっと見てるの?」
「私たちのことは気にしないでいいよ」
「もう、男なのですからここは勢いよく脱いでください。レクトール兄様もよく脱ぎますわ」
「何やってるんですか第一王子!?」
結局、二人に貴族服を脱がされる羽目となった。アリーシャにズボンを下ろされた際、下着まで脱げてしまって二人相手に『お披露目』してしまった。記憶から消し去りたかった。その際の二人の表情は、顔を真っ赤にしつつもどこか興味ありげな表情だったことなんてなかったことにしたい。俺は成人してるけどまだ7歳です。
寝間着に着替えさせられた俺は、両脇に女の子が寝て、二人に腕をがっちり組まれるという逃げられない状態で一夜を過ごすことに。役得といえばそうなのかもしれないけれど、これでいいのかなと思わなくもなかった。




