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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
第一章

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熱、決意

 ベルガ殿下のその言葉で、顔色を失った人、泣き出す寸前の人、愕然とした人。職員たちはいろんな反応を示した。横に立つグレイさんは「えっ」と小さく声を漏らしていた。


イリスは入ったばかりで、その三人を知らない。正直その人たちにはまだ情を持っていなかったので、冷静に受け止めるしかできない。だが皆の反応を見るに、その人たちは同じ補佐仲間で、慕われるような人たちだったのだろう。


残念なことだなと思うと同時に、昨日リュカ殿下から聞いた黒体病のことだと考える。

大昔の病気だと思っていた、黒体病。それが身近で起きた。


殿下はもう一度息を吐くと、しっかりと目線を上げた。


「ここ数カ月で二人、黒体病の症状で死人が出ていた。植物研究所の方でもすでに動いていたが、リュカの方でも動き出している」

「リュカ様、人足りてんの? この件ではまだ手伝いつけてないでしょ?」

「誰かつけるだろ。俺らは俺らの仕事をするだけだ。まず、あいつらの残した仕事を分担するぞ」


ベルガ殿下は眉間にしわこそ寄せているが、冷静に切り替えている。そうするしかないのだ。今、出来ることをやるしかない。もう何度もそうやってきた。


ダイさんは「ふうん」と言うなり、イリスを見てきた。


「イリスつけてあげれば?」

「は?」

「え?」


三人の仕事を引き受けることに意識が向いていて、ダイさんの言葉が一瞬理解できなかった。

リュカ殿下の手伝い……昨日たしかにこの件の話は聞いたが、そんなことできるのか?


「おい。こっちはこっちの仕事があるんだ。人は分けるべきだ。ただでさえ三人分より忙しくなる」

「そうだけどさ。あのリュカ様が、イリスとテオには自分からこの話してたんだよ。つけた方が良いと思うんだよなぁ」

「はぁ?」


何だかふわっとしてる。ダイさんも言っておきながら「うーん」と悩ましげにひげを掻いている。直感で言っているのだろうか。

ベルガ殿下は眉間のしわを深めた。周りの人たちは「えぇ?」と不思議そうにイリスたちの顔を見ている。泣き出しかけていた人も、きょとんとしている。


昨日の大量の本を思い出した。リュカ殿下を手伝いたい気持ちは、ある。でもベルガ殿下の言うとおり、イリスはこちらで仕事すべきだろう。そもそも特に医療に詳しいとかでもないので、行ってもあまり役に立てる気がしない。


「馬鹿言ってねぇで、仕事を振り分けるぞ」


ベルガ殿下はさっさと皆に仕事を振り始めた。ダイさんもそれ以上は言わなかった。

イリスもさっそく振り分けられた仕事をこなし、慌ただしく一日が過ぎた。



 翌朝、出勤してすぐベルガ殿下から書類を渡された。紙の束の一番上にジオルドさんの名前と、報告書という文字がちらりと見えた。


「イリス、これリュカのところに届けてこい」

「了解です」


思ったより早く、またリュカ殿下のところに行くことになった。


 寄り道するでもなく、まっすぐリュカ殿下のところに向かっていると、前方に見知った明るい茶髪の男性が見えた。ローブの裾をひらつかせながら、こちらに背を向けて歩いている。彼に声を掛けるべく、歩く速度を上げた。


「テオ!」

「ん? おぉ、イリス」


後ろから呼び掛けると、テオは振り返って足を止めてくれた。彼も書類を持っていた。


「どこ行くの?」

「リュカ殿下のところ。お前も?」

「うん」


行き先が一緒だったので、テオに追いつくと並んで歩いた。


「そっちで例の話の、出たらしいな」

「そうなの。私はまだ知らなかった人なんだけどね。皆落ち込みながら、その人たちの分も仕事回してる」

「あー、だよなぁ。亡くなった三人は結構長い人たちだったんだろ。名前は俺も聞いてたぞ」


その人たちは個々でも実力者だが、三人揃った時の連携が一番の強みだったらしい。宰相様にあがる報告書には、よく三人の名前が連なって書かれていたとテオが教えてくれた。そんな人たちがいなくなったのは惜しいことだなと思う。



 リュカ殿下の執務室に着き、テオがノックすると「どうぞ」と殿下の落ち着いた声がした。

二人で中に入ると、リュカ殿下が奥の机で本に囲まれて座っていた。本から顔を上げてこちらをまじまじと見ている。他に人はおらず、一人で過ごしていたらしい。


書類を渡すべく部屋の奥に向かうが、殿下の顔色が青白い気がした。

この間見た時と大きな違いはない。だが、ほんの少し、言い難い違和感がある。


「宰相様から書類を預かってきました」

「ベルガ殿下からもです」

「分かりました」


書類は渡せた。しかし、やっぱり顔色が気になって動けない。

座っている殿下の顔をよく見るべく少し腰を曲げるが、もともと肌の色は白めの人だし、窓からの光だのみの部屋は少し暗く、何とも判別しにくい。


「ちょっ、イリス、お前何でそんなリュカ殿下に近づくの? 何、どうした!?」

「うーん……」

「いや離れろって! ちょっと近すぎだって!」

「んー……リュカ殿下、体調悪いですか?」

「え?」


曲げていた腰は戻すも、やはり殿下から目が離れない。イリスの突然の質問に、リュカ殿下とテオは、きょとんとした声を上げた。


「今日、熱は測りました?」

「え? いえ……」

「ここって体温計はありますか? 一度、測ってみていただきたいです」


リュカ殿下はほぼ顔には出てないが、多分、熱がある気がする。近づいたとき、間近というほどの距離でもないのに殿下の周りだけ温度が高かった。


「……分かりました。測ってきます」


リュカ殿下は立ち上がって隣室に入っていった。ようやく殿下から目を離れた。熱なんてないです、と拒否されるかもとも思ったが、意外と素直だ。


「え? リュカ殿下、熱ありそうなの?」

「そんな気がする」

「お前これ違ったら、何だったんだってなるぞ」

「まぁ測っておくに越したことないでしょ」

「そうだけども!」


隣に立つテオはイリスのことを心配してくれてた。これで体調に問題なかったら、ただイリスが急に騒いだ無礼に奴になり、リュカ殿下の信頼はいくらか損ねるだろう。

でも、リュカ殿下が普通に元気ならそれで良い。体調不良を見逃す方がまずい。


机の上に広げられた本は、黒体病のページが開かれている。やはり熱心に取り組まれているのだ。

まだ心配してくれるテオに「まぁまぁ」と宥めつつ、殿下を待った。



 少しの後、隣室のドアが開いた。出てきたリュカ殿下の顔は下を向き、足取りがふらふらしている。テオと同時に走り寄った。


「大丈夫ですか?」

「……熱、ありました……」

「え、え、わわっ!」

「うぉっと!?」


体温計を渡すなり、殿下がぐらりと倒れ込んできた。咄嗟に受け止めたが、力の抜けた体重を支えきれない。殿下の安定しない体に腕を回りつつ出来るだけゆっくりとしゃがみこんだ。触れている腕や肩が熱い。


「自覚すると倒れるタイプか!」

「殿下、医務室に行きましょう。テオ、おぶれる?」

「おう!」


すぐにテオが横にしゃがみ、「どうぞ!」と腕を伸ばした。手を離すとそのまま倒れ込みそうな殿下を何とか移動させる。殿下はされるがままだが、やや虚ろになっている目を机にやった。


「……黒体病の方を取り組まないと。あそこの書類に目を通すだけでも」

「言ってる場合ですか! すぐ運びますから今は寝てくださいっ!」


肩にかかる殿下の腕を引っ張りおぶる姿勢を整えながらテオが言う。イリスは殿下の体をテオにすべて預けると、先ほど渡された体温計を見た。高熱だ。


「殿下、今は休みましょう」

「でも私がやらないと」


リュカ殿下はテオの服をぎゅっと掴み、目を机から離さない。……あぁ、もう!


「手伝う! 私も手伝います! だから今は休みますよ! テオ!」

「俺も手伝いますからっ! 持ち上げますよ!」


テオはぐっと立ち上がった。「よいしょ!」と殿下の体を揺らし、体勢を安定させている。

イリスは体温計を机に置き、窓が閉まっていることを確認した。目の端に、先日来た時と違う箇所を見つけて思わずそちらに視線を動かした。だが今はそれどころでないと意識を戻した。


「え……?」

「リュカ殿下、部屋は閉めた方が良いですよね? 鍵はどこにありますか?」


鍵の場所を聞くために振り向くと、殿下は目を大きく開けていた。何がそんなにびっくりさせたのだろう。


「殿下?」

「鍵、は……私の、上着のポケットです」

「失礼しますね」


おぶられている殿下のポケットを探ると、じゃらりと音を鳴らした物に触れた。それを取り出して、先行して扉に向かい、二人が出やすいように扉を開けて押さえた。


おぶられた殿下が部屋から出ると、部屋の前にいた騎士たちが「大丈夫ですか!?」などと声をあげているのを聞きながら執務室の鍵を閉めて、殿下のポケットに戻した。


「こちらで運びますよ」

「いえ、もうこのまま俺が運んだ方が良いと思います」


テオはそう騎士に返して歩き出した。もし殿下がぐらついたりしたら危ないので、イリスはいつでも支えられるよう、殿下の横につくように歩いた。


リュカ殿下はもう目を閉じて完全にぐったりとテオに体重を預けている。

歩く振動で眼鏡がずれている。小声で「失礼します」と声を掛け、歩きながら銀色のそれだけ回収した。


医務室と言ったは良いが、その場所をイリスは知らないためテオについていく。人の多い廊下を歩くと、通りがかる人ほぼ全員が驚きや好奇心をこちらに向けている。


この状態で視線を浴びてしまっているのが殿下に申し訳ない気持ちだ。出来るだけ見ないでほしい。制服のローブを掛けて顔を隠そうか、とも思うがそれはやり過ぎだろうか。

自然と歩く足が早くなりかけては自分に「落ち着こう」と言い聞かせた。



「もう着きますからね」


前方に白い扉が見えた。

再び二人のために扉を開けておこうと、数歩前に出た。扉の上方には「医務室」と簡素なプレートがついている。扉をノックして開け、二人を通した。


「失礼します」

「おや? おやおや、リュカ殿下。どうなさいましたか」

「殿下は熱があります」

「なるほど、こちらにどうぞ」


 出迎えたのは丸眼鏡を掛け、白衣を着て長い茶髪を緩く結んでいる中性的な人だった。部屋の真ん中で机に向かっていたが、こちらに気付くなりすぐに立ち上がって、ベッドに殿下を案内した。


テオが部屋の奥のベッドに殿下を連れて、それにその医師がぴったりと付き添っていく。イリスは入り口の近くでその様子を見届け、そっと視線を外した。


もう医師がついているのだし、あまり無防備な姿は見られたくないだろう。

ベッドに背を向けるように体の向きを変えて、ふぅ、と一呼吸した。


後ろでシャッとカーテンの閉まる音がしたので、殿下は無事にベッドに降ろされたと察せる。


そのすぐ後にイリスの隣に来たテオに「お疲れ様」と声を掛ける。


「殿下を診たら、一応俺らにもさっきまでの様子とか聞きたいってさ。ちょっと待とう」

「分かった」


テオは首を左右に倒したり腕を回したりして息を吐いた。彼もようやく少しは緊張が取れたようだ。


「それにしても、よく気付いたよな」

「リュカ殿下の顔を見た時、何か違和感があったの。確信はなかったんだけど」

「すげぇな、お前」


本当に感心したという顔で見てきたので、たまたまだけどね、と微笑んで返した。


この間リュカ殿下に会っておいて良かった。さすがに初対面では、いつもの様子と比較もできないので気付けなかったと思う。



 しばらくして、先ほどの医師が「二人からもちょっと話しを聞かせてね」と声を掛けてきた。近くで見てようやく骨格からその人が男性だと分かった。入り口から左手にあるソファ席に座り、見たままを話した。


「なるほどね、微妙な青白さと周囲の温度ね」

「はい、そうです」

「ご自分でも気付いてなかったようだし、君らがいて良かったね。もし一人だったら倒れてしばらく誰も気づかなかったかもしれない」


そうなのだ。今日はたまたまイリスたちが部屋に行ったけど、普段は一人なのだ。

仕事では部屋に人を入れるらしいが、それも最低限なのだろう。もしまた同じことがあったらと考えると、視線が落ちていく。


「ありがとう。殿下の執事に連絡はしたから二人は戻って大丈夫だよ」

「よろしくお願いします。あとこれ、リュカ殿下の眼鏡を預かっていたので、すみませんが返しておいていただけますか?」

「はいはい了解です」


ずっと手に持っていた殿下の眼鏡をその医師に預けて医務室を出た。



 廊下に出てすぐ、話したいことがありテオの顔を見上げると、彼もイリスの顔を見てきた。多分、考えていることは同じだ。


「さっきリュカ殿下に『手伝う』って言っちゃった。ベルガ殿下の方もあるのにね」

「あぁ、俺も宰相様の方がある。そっちも暇ではないんだが、でも……」

「うん」


リュカ殿下を手伝いたいのだ。あの人を、一人にしたくない。


顔を合わせて頷く。テオのオレンジ色の瞳には決意が宿っていた。


「あー、ベルガ殿下をどう説得しよう」

「俺も……宰相様は何て言うかなぁ。優しい人だから許可してくれそうだけど」

「こっちは三人分の仕事も皆で対応しているところだし、説得の難易度高いよ」

「あ、そうじゃん。イリスが駄目って言われたら……うぅん、俺からも頑張って頼み込んでみるか」


困ったように笑うテオと、今のイリスはきっと同じ顔をしている。

ゆっくりとお互いの執務室に戻りつつ、作戦を考え合った。


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