食堂
第一食堂に着くと、広い空間に木の長机と椅子がずらりと並べられていた。すでに人で賑わっているのにまだかなり空席はあるので、座席数は相当ありそうだ。
「イリス、注文の仕方を教えてやる」
テオがそう言って食堂の使い方を教えてくれ、リュカ殿下とダイさんもこちらを待っててくれた。
料理を注文して、奥側の、まだ人の少ない席の壁側にリュカ殿下とダイさんが並んで座り、その向かいにテオとイリスも腰を掛けた。
「あの、今さらなんですけど、リュカ殿下って食堂利用されるのですね。俺はよくここ来ますけど見かけませんでした」
「……大体は執務室で食べてますが、陛下が『職員の顔を見るのも大事』と言うので、食堂も利用するようにしています」
「決まった曜日に来るんだよな! でもリュカ様は変な時間に来るからあんま見ないかもな」
「あ、仕事とかの都合で昼食が遅くなったりするのですね」
「はい」
「今日はもともと食堂の曜日だもんな。ほら、俺らまさに職員じゃん。一緒に食べるのも良いだろ!」
緊張気味のテオに、彼と正面に座るリュカ殿下は目を合わさずに答えた。ダイさんが殿下が今日は食堂に行く日だと知っていたなら、先ほどの強引さも少しは理解できる。
「お待たせしましたー!」
白い調理服を着た二人の男性が料理を運んできてくれた。二人はテーブルにそれぞれ料理を置くと、「ごゆっくりどうぞ!」と爽やかな笑顔を残していった。
目の前のキッシュと、鶏肉とポテトのスープの良い香りが湯気とともに広がる。
各々カトラリーを手に取り、さっそく食べ始めた。イリスはスープから飲んでみたが、玉ねぎベースに鶏肉の旨味が出ていて、ローズマリーが爽やかさを出していた。この間の夕食でも思ったが、ここの料理、すごく美味しい。
「おー、イリス、美味そうに食うなぁ。にっこにこじゃねぇか」
「顔に出てましたか。いやだって美味しいんですよ」
「……後ろの食堂の職員がガッツポーズしてますよ」
「え?」
殿下に言われて振り向くと、先ほどの男性たちが本当にガッツポーズをしていた。「やった!」という笑顔つきだ。後ろの机を拭いていたらしいが気づかなかった。何だか恥ずかしくなり、小さく一礼して顔を戻した。
「良いじゃねぇか。こっちも食欲増すわ」
「ですね。イリス見てると俺も余計腹減りました」
ダイさんとテオはイリスの顔に楽しそうにしながら自分の食事に向かった。この人たちこそ美味しそうに食べる。人がもりもり食べているのを見るのは気分が良いものだった。
それにしても、リュカ殿下と何を話したらいいか分からない。ダイさんが喋っているとやかましさはあるが、いざ彼が黙ると困るのはこちらだ。
リュカ殿下との挨拶的な場なので何か話すべきかとは思うが、あいにく興味をひけそうな話題を持ち合わせていない。
まぁ無理して話さずとも、普通に一緒に食事するだけでも良いのかもしれない。
「リュカ様、もっとちゃんと食べなー?」
「食べてます」
黙々と綺麗に食事を進める殿下の横で、がっつりとした肉を食べるダイさん。見た目もだが、性格とかも全体的に真逆だ。そんな彼らを見ていて、一つ質問を思いついた。
「リュカ殿下とダイさんってお茶する仲なんですよね? どんなこと話すのですか?」
「いい質問だね! 俺の恋バナとかだぜ。数多の女の子との恋について話してるから、リュカ様はこう見えて女に詳しい」
「そうなんですか」
「いや待ってください、誤解が過ぎます。何故か私の執務室に来るあなたが勝手に茶を淹れて、勝手に自分の話を喋り通しているだけです」
「それは想像できますね」
今日会ったばかりだが、ダイさんがリュカ殿下に一方的に話し掛けているのは目に浮かぶ。テオも横で「想像に容易っ」と呟いている。
多分、リュカ殿下は何だかんだで話を聞いてあげているのだろう。これがベルガ殿下なら恋バナとかは普通に聞き流す。そんなことを考えていると、リュカ殿下から強めの視線を感じた。
「……誤解は解けましたか」
「え? はい」
「なら良いです」
殿下はそれだけ言うとまた食事に戻った。誤解をしっかり払拭したかったらしい。真面目な人みたいだし、女に詳しいと思われるのはまぁ嫌か。そう納得して、自分も食事に戻った。
「……というかダイさん、数多の女性って、それだけフラれてるってことじゃ」
「テオぉぉ! 言うなよぉ、思い出したら泣いちゃうじゃん!」
「あ、すみません」
「いやもう責任持って話を聞いてよ! バーの店員のリザちゃんが笑顔が可愛いんだけど俺が――」
本当にちょっと泣き出したダイさんが話し始め、リュカ殿下が「まただ……」と額に手を当てた。いつもこんな調子らしい。テオは言ってしまった手前、引き気味の顔だがちゃんと聞いている。イリスはまったく興味がないので食事に集中することにした。キッシュ美味しい。
「―――で、つまり死んだ」
「大変でしたね」
長かったダイさんの話が終わった。何かが死んだらしいが、最後しか聞いてなかったので話が分からない。聞いていたテオは呆れ半分、同情半分という器用な顔をしている。
「ねぇ! というかリュカ様とイリスは話聞いてくれてた!?」
「あ、全然聞いてませんでした」
「私もまったく」
「もー! ってかリュカ様はともかくイリスも俺の扱い覚えるの早くね? さっき会ったばっかりだよね?」
「テオが聞いていたので良いかなと」
「俺に丸投げしやがって……!」
全然怒ってないだろうに恨めし気な顔をして見せるテオに笑っていると、リュカ殿下が不思議そうな顔をしていた。
「さっき会ったばかりなのですか? 呼び方とかいろいろと遠慮のない感じがあったのでそう見えませんでした」
「すぐに意気投合したんだよ! な、イリス!」
「あ、はい」
「そういうものですか」
「ったく、リュカ様もイリスも俺の扱いがクールすぎるわ。でも冷たくされるのも嫌いじゃないんだぜ」
「反応に困るのですが」
殿下の疑問はダイさんの発言でいい感じにうやむやになった。さすがにもう少し丁寧に接しておけば良かったなと思ったが、ダイさんなので別に良いかとも思う。というかこういう反応しかできない。
殿下にウインクをあしらわれたダイさんが、またこちらに顔を向けた。
「そういやイリスって何でこの時期に入ったの? バラバラと入ってくる奴はいるけど、それにしても中途半端な時期じゃね?」
「春に一斉に入りますもんね。今は春だけどそのピークは過ぎてるし、たしかに変な時期だなとは俺も思ってました」
「えぇと、旅行をしてたのですが、帰国してすぐにここで働くことになったから、ですかね」
「へぇ、旅行ね。良いじゃん。どこ行ってたんだ?」
「目的地はフーレア国だったのですが……結局いろいろ行き過ぎて自分でもあまり把握してないんですよね」
全員に「何だそれ?」という顔をされたが上手い説明ができず、方向音痴過ぎて世界旅行に至ったという経緯をすべて話した。
「ぶははは! 見かけによらずポンコツじゃねぇか! ひーっ、ただ真面目に行って帰ろうとしてそうなんのかよ!」
「んははははっ! 一年以上っ、ははっ」
「良いんです、もう笑ってください……」
ダイさんは膝を叩いてバカ笑いし、テオもお腹を曲げて笑っている。リュカ殿下はぽかんとしていた。こんなに方向音痴な奴は見たことがないのだろう。いたたまれない気持ちでいっぱいだった。
「んははっ、俺、お前は結構完璧な奴だと思ってたよ」
「完璧な人間なんていないから! 誰でも弱点も失敗もあるものだから!」
「ふふ、そうだな!」
そんなわけないでしょ! といつ気持ちで言い返すと、テオはぱっと弾ける笑顔だ。目に涙を浮かべているけど。隊長時代の頑張りからそう思われたのかもしれないがとんだ誤解だと思っていると、リュカ殿下は何か少し考えてる様子だった。
「完璧な人間はいない、ですか……」
「殿下?」
「いえ。……食堂の場所は覚えられましたか?」
「来るとき頑張って覚えたので、多分?」
「んふっ」
「お? リュカ様も笑ってんじゃん! やるな、イリス!」
リュカ殿下が、手で口元を押さえながら肩を揺らしている。ここで笑われると思っていなかったし、笑う姿も想像できていなかったので、咄嗟に反応ができなかった。
でも、三人の笑った顔を見ているとイリスも楽しい気持ちになり、一緒になって笑った。




