年下の王子
ベルガ殿下の執務室を出て、そろそろ昼休憩のため人が増えた廊下を歩く。三人の真ん中を歩くダイさんはのんきな顔をしているが、テオは見るからに緊張気味だ。
「ダイさん。俺、リュカ殿下のことあんまり知らないんですけど」
「よく言われるように人見知りだな。誰とも仲良くなろうとしないっつーか。執務室には必要な時は人を入れるけど、基本は一人だもん」
「そうなんですか……やっぱり俺らが行ってもすぐ追い返されますかね」
「まぁ俺がいるから大丈夫だろ!」
「何でそんなに自信あり気なんですか……!」
テオは「くっ!」と頭が痛いみたいな顔をしている。気持ちは分かる。先ほどの話を聞くに、行ってもリュカ殿下から友好的な反応は貰えないだろう。冷たくあしらわれる覚悟はしておこう、と小さく息を吐き出した。
先ほど思い出した医療の方はその後どうしているのか聞きたくなり、ダイさんの方を見た。
「あの、ダイ様?」
「ちょっ、距離が遠いって! 俺らそんな仲じゃないじゃんっ!」
ダイさんは様づけに拒絶を示した。貴族かもしれないのでそうしたが、「そういうのヤなんですけど!!」と唾を飛ばす勢いで言ってる。様をつけただけなのに、すごい被害者みたいな顔だ。テオの方に仰け反ってるので、彼はちょっと狭そうにした。
まぁこの人だし遠慮は良いかと思い、改めて「ダイさん」と呼んだ。
「リュカ殿下は医学を学ばれたそうですけど、そちらの活動はされているのですか?」
「陛下の手伝いで医療方面を主に担当してるぞ。身分もあるし、あの王子は人と触れるのが苦手らしいから現場は出ないだろ。俺が肩に手を回したらすげぇ嫌そうな顔してたもんな」
「スキンシップが苦手なのか、ダイさんが嫌だったのか判断しづらいのですが」
「でも俺とお茶してくれるもんね。リュカ様と城内で一番仲良いの俺じゃね?」
ダイさんの自信は揺らがなかった。むしろ話すごとに自信をつけて鼻歌でも歌いかねないくらい機嫌が良い。テオは「えぇ? 本当に?」と素直に疑っている。
まぁでも、そんな人見知りな王子がお茶をするということは、実際のところは仲は良いのかもしれない。敬称が「殿下」でなく「様」なのも、距離は近いと感じる。いまいち判断ができないが、とりあえずついていくしかない。
どんどん奥に進み、廊下は少し人通りが少なくなってきた。ベルガ殿下の執務室と反対の位置にある部屋の前でダイさんは足を止めた。その部屋の前には護衛らしき三名の騎士が立っていて、こちらを不思議そうに見ていた。
「行くぞ」
ダイさんは一歩前に出ると躊躇なく、ベルガ殿下の執務室と同じ茶色の扉をノックする。……というかノックの力がちょっと強い。結構ドンドンと鳴らしているが、繊細っぽい殿下にその力で大丈夫なのか。
「ちょっと、ダイさん……」
「リュカ様ー! 俺ー!」
声が大きすぎる。もうテオは手で顔を覆っているし、イリスももう逃げたい気持ちだった。
パワー系すぎる呼び出し方に落ち着かないまま待っていると、少しの間の後、扉が開いた。
「……うるさいですね」
出てきたのは銀縁の眼鏡を掛けて、眉をひそめた男の子だった。癖のない黒髪はベルガ殿下と同じだが、眼鏡の奥の瞳は深い緑色だ。服は上質ながらも普通に貴族男性の私服という感じで、一見すると王子とは分かりにくい。
身長こそイリスより低いが、涼しげな顔立ちと、隙のなさそうな雰囲気が、年齢より大人びて見える。
「遊びに来たよ!」
「遊ぶ場ではな……」
「ん?」
言いながらダイさんの周りを確認していたリュカ殿下が、イリスを見るなり動きが固まった。
急に、すごく目が合っている。人見知りすぎてダイさん以外の存在に驚いて固まってしまったのだろうか。それかイリスの顔に何か付いてるのか。
もしかしてまた前世の知り合い? でもこの顔にはまったく心当たりがない。
どうしたら良いか分からず、とりあえず目を逸らさずに見つめた。
『…………』
「え、何ですかこれ」
「リュカ様? おーい」
「……あ、すみません」
視界を遮るようにダイさんの大きな手を目の前で振られたリュカ殿下は、ようやく目を逸らした。その表情は変わらないが、何だったのだろうか。
「……そちらの方たちは?」
「あ、宰相様の補佐、テオ・セシルバーグと申します!」
「ベルガ殿下の補佐、イリス・シュパールと申します」
「こいつら俺のダチね! もう昼じゃん、皆で食堂行こうぜ」
「何故私も? 三人で行けば良いではないですか」
「だってリュカ様も食堂行くでしょ。皆で行けばいいじゃん。ほれ」
「ちょっと、私を部屋から出そうとしないでください」
「ダイさん! リュカ殿下が困ってますって!」
ダイさんがリュカ殿下の背中を押して外に出そうとするのをテオが止めている。だが体格差ですぐにイリスの目の前に押し出た殿下の顔は、かなり渋いものだった。
「よし行こう」
「あの、殿下。大丈夫ですか?」
「……」
黙ってしまった。連帯責任的な感じでもはや全員嫌われてないか。経験上、リュカ殿下のようなこもるタイプの人にはダイさんみたいな強引な人とは意外と相性が良い。だが二人の仲はまだ掴めないものの、ダイさんがいささか強引すぎて心配である。
とりあえずダイさんはいったん置いておいて、仕切り直したほうが良い気がする。
「リュカ殿下、お腹空いてませんか? 昼食をご一緒にできたらと思うのですが、いかがでしょうか」
「ぜひ、ご一緒したいです!」
イリスが殿下の顔を窺いながら話しかけると、横に立つテオも乗ってきてくれた。彼の必死な様子は何だか忠犬みたいだ。
手をぎゅっと握りしめた殿下が口を開く前に、城の鐘が鳴った。正午の知らせだ。
「ほら、鐘も鳴ったし食堂が混む前に行こうぜ」
「……良いでしょう」
リュカ殿下が渋々といった様子で歩き始めた。強情過ぎるという性格ではないようだ。殿下の一歩後ろにイリスたちもついて歩く。
廊下を歩いていた職員たちが、リュカ殿下に気づくと視線を向け、次いで後ろを歩くイリスたちにも視線を向ける。王子という立場は廊下を歩くだけでも見られるものなのだなと知った。
「リュカ様と食事すんの久しぶりじゃね? 俺がいなくてもちゃんと食べてんの?」
「食べてますので、気にしないでください」
「ってかまたベルガが俺の頭はたいたんだけど! ちょっと診てよ」
「多分またあなたが余計なことを言ったのでしょう。……ここで頭出してこないでください」
ダイさんは本当にリュカ殿下に頭を診てもらおうと、廊下のど真ん中で腰を曲げた。身長差のある二人だから腰をしっかり深めに曲げて脚も大きく開いていて、何故か両腕も伸ばした。
「何してるんだあれ」
「さぁ。頭撫でてほしいのかしら」
「リュカ殿下に……?」
そこかしこから訝しまれているのが分かる。城の廊下にいきなり変な人がいる感じになっているので、だいぶ目立っている。近くにいた騎士が「出番ですか?」みたいな顔を向けてにじり寄って来ている。
テオは「本当に診てもらうんですか!?」とダイさんを止めるべきか否かと手がわたわたしている。イリスはこの状況をどうしたら良いか分からない。とりあえずにじり寄ってきた騎士には、大丈夫ですから、と戻っていただいた。
ベルガ殿下は力は強いが加減は間違えない。こちらから見えているダイさんの顔は楽しそうだし、リュカ殿下に構ってほしいだけだと思う。とっとと歩いてほしい。だが、リュカ殿下は小さくため息をして、ダイさんに近づいた。
「……問題ありません」
「撫でてもいいよ!」
「嫌です」
殿下は細い手でダイの頭に触り、診た。真面目な人のようだ。殿下は手を離して少し距離を取ったが、ダイさんはそのまま半回転して何故かイリスの方に頭を向けてきた。伸ばされた腕がぶつかりそうになったので避けたが、テオは避けずにベシっと引っ掛かった状態にしている。
「じゃあイリス撫でてよー」
「え、嫌です」
「何やってんですか! もう行きましょうよ!」
テオがダイさんの肩を掴んで姿勢を戻させ、再び歩き出す。ダイさんは機嫌よく鼻歌を歌っている。「そう言えば」とテオがこちらを向いた。
「イリスはまだ入ったばっかりなんだろ? 食堂は行ったことあるのか?」
「ううん。利用は初めて」
「『利用は』?」
「食堂の料理をヘルンさんが買ってきてくれたことがあって、料理自体は食べたことあるの」
「え、お前、プルーシェル博士と仲良いの? ……あっ」
テオは前世関連を思い出したようで、急に口を噤んだ。城で働くとなったその日の夕食にヘルンさんが買ってきてくれた食堂の料理を思い出すが、どれも本当に美味しかった。
「あ、そうじゃん。お前はハリ、えー、ヘルンとあの、あれじゃん」
「はい、ヘルンさんとも知り合いです」
ダイさんは『お前はハリア国の奴だったからヘルンとも知り合いじゃん』みたいなことを言おうとして、リュカ殿下の前だからぼかしたのだろう。だいたい伝わったが誤魔化しが下手で、前を歩くリュカ殿下が訝しそうにこちらをちらりと振り返っていた。
「そうだよな。俺もヘルンとは飲みに行く仲なんだぜ」
「ダイさんとヘルンさん、ノリが合いそうですよね」
「合う合う。あいつすげぇ喋るし、いつも気が付いたら朝だもん。今度イリスも飲みに行こうぜ」
「私はお酒は飲めませんので」
「っかー、その辺は見た目通りだな! リュカ様は未成年だし、テオは付き合ってくれるか?」
「えー俺ですか」
ヘルンさんはお酒好きだしダイさんと楽しく飲んでるのは何か分かる。誘われたテオは面倒くさそうな返事はしつつ、ちょっと嬉しそうな顔をしていた。




