年末①
すっかり寒くなった年末。城内勤務の職員も世間同様に、連休を取る時期になった。
ベルガ殿下とリュカ様はすでに休む日が決まっているらしく、彼らの補佐、護衛であるイリスもそれに合わせて連休を取ることになった。
この時期は家族と過ごすのが一般的だが、家族がいないイリスは完全に自由だ。何をしようかと、ぼんやりと考え始めた。
「イリス、連休はどこか行くの?」
「決まってないのです。今は旅行したいところもないですし」
連休まであと少しという日の仕事後、ヘルンさんがいつものように家に来た。夕食にビーフシチューを作り、一緒に食べた。
「シチューうまっ。故郷とか行かないの? あと昔の雇用主のところとか」
「うん、美味しくできましたね。故郷に思い入れとかないですよ。雇用主はあくまで雇用主であって、家族ではないので帰る場所でもないです」
「でもこんな機会でもないと、なかなか会いに行けないじゃん? 一緒に行こうよ!」
「クソじじいなので、行くと休まらないですよ」
「そう言いながらその人に貰ったピアスを大事にしてるあたり、ちゃんと懐いてるんでしょ! 会いに行こ!」
まさかのドルバさんだ。年末休みって、昔の雇用主に会いに行くものだろうか。行っても働かされる気しかしない。
だが、ヘルンさんは家族仲が良くないので、おそらく連休は家にいたくないのだろう。
それに、話していたら、そろそろあの人の顔を見たい気もしてきた。
「分かりました。行きましょうか」
「よっしゃ! 遠いよね? 馬車はうちで手配するから。あ、手土産は何がいいかな。酒は好きな人?」
「ありがとうございます。お酒は何でもよく飲んでましたね」
「じゃあ酒を持ってこっと」
ヘルンさんがうきうきしている。何となく、彼女とドルバさんは相性が良い気がするので、会わせても後悔はなさそうだ。
ドルバさんに、「そっちに人を連れて行きます」と手紙を送っておいた。すぐに来た返事には、『来るなら城下町限定の酒、ミースを持って来い』と書かれていた。
休み前の忙しさを駆け抜け、言われたお酒を探し、ようやく連休の準備が整った。
太陽が沈みかけた夕暮れ、ドルバさんのいる街、ヘテナに着いた。ヘテナまでは馬車で半日かかる上、途中の街で昼食を食べたりしていたので、午前中には家を出たのにこんな時間になってしまった。
商人の街であるここは、年末休暇の時期だと言うのに、雑多に並んだお店のほとんどが開いていて、人で賑わっている。
「イリス、ここで生活してたんだ。城下町よりごちゃっとしてて面白そうな街だね」
「道が入り組んでますし、変な所にお店があったりする街ですからね。あの布物屋は何故か花も売ってますし、皆好きに商売してます」
「あっち馬がいる! いや、この道の狭さで馬!? でも窮屈そうなのに、人に撫でられて喜んでもいるわ」
「あの子は街中の重い物を運んでくれる、この街のアイドル馬ですよ。人を押しのけたりもしない優しい子です」
ヘルンさんと酒瓶を持っての移動なので街を見て回る余裕はなく、真っ直ぐドルバさんのお店へと向かった。
「ふふ、イリスに案内してもらうって新鮮だね」
「いつも私が先を歩くことなんてないですからね……ヘテナも散々迷って覚えました」
方向音痴のイリスが人に案外できる場所は、ここ以外はない。もう職場の皆も慣れていて、どこであっても道は案内してくれるのが当たり前になっている。
人の合間を縫い、細い道を抜けて馴染みのドルバさんの店に着いた。店の扉を叩くと懐かしい声が聞こえて中に入った。
「よお。お前変わんねぇな」
「お久しぶりです。私はちょっとは成長したでしょう。ドルバさんこそ、何でそんなに変わらないのですか」
昔と変わらず、赤色のカーペットに、大量の本、オレンジ色のランプが迎えた。
ドルバさんは最後に見た時と本当に変わりない、白くなっている金髪とひげを綺麗に整えた姿で、骨ばった手を軽く上げて迎えてくれた。
「ヘルンさん、この人がドルバさんです」
「はじめましてー! 急にすみません。イリスの部署違いの上司のヘルンです。これ、お酒なんですけど良ければ」
「どうも、どうも。イリスが人を連れて来るなんて驚きましたよ。酒ありがとうございます」
ヘルンさんは明るく砕けた挨拶だ。貴族扱いなしで気楽に話したいのだろう。ドルバさんは鋭い人なのでヘルンさんが貴族なのはすぐ気付くだろうが、どっちにしろ気にしない人だ。
ドルバさんが奥の、プライベートで使う木のテーブルの方に誘導してくれた。
ここはドルバさんのお店兼家になっていて、仕事で使うのは手前側までで、奥のキッチンなどは家として分けられている。
扉などで隔たれているわけではないのに、不思議と仕事エリアと家エリアで雰囲気が異なる。
「お茶を淹れますか?」
「いや、もう酒でいいだろ。ヘルンさんも良いですか?」
「もちろんです!」
イリスはすでに店を出た身だが、二人にコップと自分用にお茶を用意した。ドルバさんも当たり前のようにヘルンさんと先に腰掛けていた。
「イリス、そこの菓子取れ。あとつまみ作れ」
「はい。あ、これミースです。探すの大変でした」
「幻の酒だからな」
「イリスが酒買うの本当に珍しいよね。酒屋の場所も分からず頑張ってましたよ」
「くくっ、そうでしょうね。俺のところにいた時はまだ未成年でしたが、こいつ酒は弱そうだなと思ってました」
幻の酒を買わされていたらしい。何か全然見つからないなとは思っていた。二人が話している中、キッチンで食材を漁ってごく簡単なつまみを作り始めた。
一応このメンバーの仲介役はイリスのはずだが、あの人たちにそんな気遣いは不要だろう。すでに楽しそうな声が聞こえているし。
肉炒めなどを少し濃いめの味付けで作り、パンとサラダと共にすでに乾杯している二人のところに運んだ。
「ありがと! イリスも座りな」
「お前、ベルガ殿下とリュカ殿下についてるんだってな。大物になると思ってたぜ。俺の見立ては正しかったわ」
「宰相やら侯爵令嬢やらとも仲良いですよ!」
「ほら、食事のマナー教えといて良かっただろ。感謝しろ。礼に働け。稼いで来い」
「たしかにありがたかったですけど、今日は私も休みなのですが!」
「二泊すんだろ? どれだけ稼げると思ってんだ」
やっぱり言われた。昨日までかなり走り回っていたのに、ここに来てまで働くのか。ヘルンさんはイリスたちのやり取りにケラケラと楽しそうにしている。
「早く酔って寝てください」
「これくらいで酔うわけねぇだろ」
顔色の変わらないドルバさんは、骨ばった手でコップの琥珀色の酒を揺らした。くっきりと浮き出ている喉仏が上下する姿は無駄に絵になる飲みっぷりだ。
ヘルンさんは顔は赤くなっているが、この人はここからが長い。
すでにちょっと面倒くさくなってきた。今すごくロトにいてほしい気分だ。癒やしがほしい。あとこの二人の相手をしてほしい。
「ロトを呼びたい……」
「お? お前の男か?」
「ちが……いや、ロトはオスですけど猫です」
「イリスの男は別ですよ!」
「ほう? お前、誰つかまえたんだ?」
「私も知りません。もうヘルンさん、適当なこと言わないでください」
心の声が口に出たら、酔っぱらいがすぐに絡んできた。ドルバさんがものすごくニヤニヤしてる。
ヘルンさんは「えー?」と納得いかなそうな声を上げているが、イリスに恋人とかがいないのは知っているのに。まったく、困った酔っぱらいたちだ。
「やれやれ、みたいな顔してるが、多分普通にお前がバカだぞ。このド天然ド阿呆が」
「すごい言われようですが、私間違ってないですよ」
「んっはは! イリスは面白いねぇ」
「今の何が……?」
もう訳が分からない。この二人は放っておこう。つまみというかイリスにとっては夕食だが、作った料理を食べながら部屋を見渡すと、本棚の中がいろいろ増えている気がする。
「本棚見ていいですか?」
「あぁ、いいぞ」
ドルバさんは出会った時には初老という年齢だったが、絶えず勉強するタイプの人だった。本人にとっては勉強というか習慣みたいなものなのだろう。今も本棚をよく見ると、新しい本がたくさん並んでいる。
「相変わらず医療系の難しい本ばっかりですねぇ」
「下の方にあるのは小説だぞ。まぁレイガル語だが」
「ドルバさんって本当に何カ国語できるんですか」
「イリスも世界旅行してたじゃん。外国語はできるでしょ?」
「予想外の所に行き過ぎて、知らない言語の国もたくさんありましたよ。そういうところは、ほぼジェスチャーで乗り切ってました」
「世界旅行? お前、クソ方向音痴の癖によく行ったな。いや、何かオーロラは見たがってたからフーレア国にでも行こうとして、迷った挙句そうなったのか」
「さすが、イリスの理解度が高いですね! この子はフーレア国だけが目的だったのに、結果的に一年以上迷い散らかして帰ってきましたよ!」
「この近くの森も、何度行かせても迷ってましたからね。世界レベルにしちゃあ一年ならマシな方でしょう」
旅行の話が酒のつまみにされているが、その通り過ぎてそこは頷くしかできない。ただ、ここで多少なりとも外国語に触れておいたのは良かった。
医療系の本も中を軽く見てみたが、やたらと繊細で美しい画風の脳みその図と共にラビース語の細かい字で何かが書かれている。外国語な上に専門的すぎて、読んでも分からない。リュカ様なら分かるのだろう。
レイガル語の小説と辞書を取り出して席に戻った。
「結局それを読むあたり、イリスも大概だよねぇ」
「ここはこういう本ばかりなので、辞書と友だちですよ」
「教養だ。ちなみにそれは中身も何言ってんのか分からねぇぞ」
「読む気が失せるのですが……」
「そういえば、イリスがあまり教えてくれなかったのですが、ドルバさんって医療系の人なんですか?」
「まぁ一応そうですね。白い仕事ではないので口外しないでいただきたいですが」
ドルバさんが闇医者であることは法に引っ掛かるので人に言えない。ヘルンさんのことは信頼しているが、本人の許可なしでは喋れなかった。
「なるほど……よし、ここでの話は部外秘にしましょ! ちなみに私は本業ではないですが、実は医師免許は持っているので、そっち方面もちょっとは話し相手になれると思いますよ!」
察したであろうヘルンさんは、一切態度を変えずにカラっと明るい。「はいはい、乾杯!」と、ドルバさんのコップにさらに酒を注ぐ。
明らかに毒気のない彼女に、ドルバさんも賢そうな顔をニヤリとさせて乾杯している。
思った通り、この二人は相性が良い。賑わう隣で本を開いた。
小説を読み耽り、顔を上げると二人は机に突っ伏して寝ていた。酒の入っていた瓶は空になっている。窓を見ると空はとっぷりと暗く、月の位置は高い。
この状況に気付かないほど本に集中していたこと自分で驚いた。頑張って読んだわりに、内容がいまいち分からないのがやるせないが。
寝息を立てる二人の肩にその辺にあったオレンジ色のブランケットを掛けた。ドルバさんの、というかこの街にある物は赤やオレンジといった暖色系の物が多いので、この部屋にもそういった色が溢れている。
空になった食器を片付け、シャワーを借りて、オレンジ色のランプを消し、使い込まれた黒いソファに寝転んだ。九年間やっていた動きに懐かしい気持ちになる。深く息をすると、あっという間に瞼が重くなった。
翌日、ドルバさんに起こされて朝食を作った。そういえばこの人は前日に酒を飲もうが寝る時間が遅くなろうが、起きる時間は変わらない。
「ヘルンさん、起きてください。朝食できましたよ。ほら、ヘルンさんの好きなポテトサラダですよ」
「うおぉ……ねみぃー」
「イリス、お前はヘルンの嫁か?」
ドルバさんにツッコまれたが、ヘルンさんを呼び捨てにする仲になっていたことの方が気になった。本を読み始めてから、本当に全然二人の会話を聞いていなかった。
「うぅ……イリスもドルバも、早起きだねぇ」
朝に弱いヘルンさんも目をしぱしぱさせながら起き、三人で朝食を食べた。今さらながら、一応侯爵令嬢であるヘルンさんの寝起きすぎる姿を男性に見せて良いものかと思う。
「イリス、今日はまず酒と食料の買い出しに行って来い。その後は森でコウモリの牙をとハクサンの実、ガトウマンガンを取って来い。んで食事作りと掃除もやれ」
「ふふ、この感じベルガと似てるねぇ。イリスはこういう人と相性良いよね」
「ハクサンの実とか時期じゃないので取るの結構大変なのですが……たしかに平気で無茶を言ってくるところはベルガ殿下と似てますよね」
二人はすっかり意気投合したらしく、朝から一緒に本棚を漁ったり、最新医療の話をものすごく喋り通したりしていた。
ハイレベルすぎて何言ってるのかまったく分からないが、頭脳派の二人がとても生き生きしている。
特にドルバさんがここまで専門的なことを話せる相手がいなかったのだろう、かなり饒舌だ。
もしリュカ様がここにいたら、もっと凄かっただろうなと思った。
イリスは食事を作ったり森に行ったり言われたことをしつつ、雪で遊んだりキツネを見たり久しぶりに街をぶらついたりと、何だかんだ勝手に楽しんでいた。
「イリス。夕食作る前に、俺の肩と背中のつぼ押せ」
「これ職場の人たちに人気で、皆にやってあげてます。教わっておいて良かったです」
「俺のおかげじゃねぇか。礼に働け」
「もう、お礼は今やってるつぼ押しで良いでしょう」
「んはは! ドルバといるとイリスはちょっと幼く見えるね。この二人のやり取りは見てて和むわぁ」
楽しそうなヘルンさんはソファでごろんとしていて、本当に寛いでいた。来て二日にして完全に馴染んでいる。
夜はまた二人が酒を飲み始めたので、側のソファで本を読む。本当に一日中よく飽きずに話すものだ。
この人たち打ち解けすぎていて、もしベルガ殿下がこの様子を見たら嫉妬してしまうのでは、とか考えてみたが想像できなかった。それよりもヘルンさんが楽しんでいるのを大事にする人だ。彼女は愛されてるなぁと思う。
明日には帰るし、小説を読み切りたいので、イリスは再び辞書を片手に本に集中した。
翌日の昼、ヘルンさんもドルバさんも二日酔いだったので出る準備に時間が掛かった。
「来る時はまたミース持ってこい。幻だけあってあれは美味かった」
「はいはい。ドルバさん一人暮らしなんですから、いろいろ気をつけてくださいね。お酒もほどほどに」
「隙だらけのお前には言われなくなさ過ぎるな」
ククッと笑うドルバさんはやはり老いが見えず、内心嬉しくなる。もし何か病気が見つかっても即座に自分で治してほしい。
「ヘルンも、お前と話すのは楽しかった。また酒持って来い」
「ありがとね! めっちゃ居心地良かったよ。絶対また来るわ!」
ヘルンさんとは爽やかな挨拶を聞き、ドルバさんの店を出た。
年末だというのに街はむしろ賑わいを増していて、人で歩きにくい。ヘルンさんと手を繋いで馬車まで歩いた。その道中も、立ち並ぶ店を見て彼女は楽しそうにしていた。
「私、ここ好きだわ。次来たら街ももっと見たいし、イリスの行ってた森とかも行きたいなぁ」
「ヘルンさん、この場所自体とも相性良さそうですよね。あそこの店のオレンジ色の絨毯とか、この街らしいデザインとかも好きそうです」
「あー、好きだね。くそー、こういう街が近くにあったらなぁ。もちろんドルバごと!」
ヘルンさんは良い居場所を見つけられたようだ。馬車に乗り込み、行きと同様とにかく寝た。帰りは二日酔いが残るヘルンさんもいるので万が一を考えて熟睡はしなかったが、無事に帰れて安心した。
「あ、明日も朝行くからね」
イリスの家に着き、馬車を降りる直前に言われた。咄嗟に「了解です」と言ってそのまま降りたが、明日何をするのかは知らない。




