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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
幕間

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年末②

 翌朝、朝食の片付けなどが終わったタイミングで、ヘルンさんが迎えに来た。


玄関を開けて早々に「おはよ! じゃ、行くよ」と、どこに行くのかも知らないまま馬車に乗せられた。今日のヘルンさんはセーター、上着、ズボンと、どれも暖かく動きやすそうな格好だった。


「どこに行くのですか?」

「宰相の家!」

「え」


完全に予想外のところを挙げられた。宰相様との関係は良いと思うが、プライベートで会ったことはない。宰相様だって休日くらいは家族とゆっくり休みたいだろう。


「いきなり行ったらご迷惑なのでは……」

「大丈夫、侯爵家同士で昔から付き合いあるし! ちなみに宰相の家はうちから近いから、すぐ着くよ」



 楽しそうな彼女の言葉通り、大して時間は掛からずに馬車は止まった。

 

侯爵家とだけあって豪邸の前に降り立つと、門番がすぐに近づいて来た。


「これはプルーシェル様。侯爵様にご用でしょうか?」

「はい。イリス・シュパールと一緒に来たと侯爵様に伝えていただければ分かります」

「かしこまりました。お伝えしてきます」


門番は屋敷に向かった。ヘルンさんは堂々としているが、イリスは嫌な顔されるのではないかと落ち着かない。



 すぐに門番と共に宰相様が玄関から出て来た。宰相様はクリーム色のカーディガンに灰色のズボンという格好で、髪も普段ほど整えておらず、プライベート感が強い。


近づいてきた彼は「やれやれ」みたいな顔ではあるが、迷惑そうではなかったことに緊張が解けた。


「やぁ。まったく、急だな」

「遊びに来たよ!」

「宰相様、申し訳ありません」

「構わないよ。とりあえず中に入ってお茶でもどうぞ」


 穏やかに微笑む宰相様に連れられて屋敷の中に入ると、急な来訪にも関わらず使用人たちも温かく迎えてくれた。アリーシアの家でも感じていることだが、主人の性格が屋敷全体に強く影響するようだ。



 通された客室は、青地に花柄が描かれた壁紙に、銀色の鏡や白いティーセットが飾られていて可愛いらしかった。


すぐにメイドが紅茶とお菓子を用意してくれた。朝食から時間が経ってないので量こそ軽めだが、いただいてみたマカロンは絶品だった。


「昼食は食べていくのかい?」

「いや、大丈夫。昼食はイリスにサンドイッチでも作ってもらって、午後からダイとグレイと合流して、ごく低い山に登って来るから」

「そうか、仲良くて何よりだよ。隣でイリスが驚いた顔をしているけど」

「言ってなかったからね! イリス、よろしくね!」

「了解です」

「今聞いたばかりなのに、受け入れるのが早いね。この反応を見ていると、向こうもダイがグレイに同じようなことしてるのが想像できるよ」


グレイさんは連休中にダイさんに会うとは言っていたが山の話は出てこなかったので、おそらく宰相様の予想通りなのだろう。お互い振り回されますね、と心の中で話し掛けた。


「……反応に限らず、イリスとグレイってどこか似ているよな」

「お、宰相もそう思ってたんだ? 性格とか見た目の雰囲気とかもだけど、もっと言葉にしづらいところが近いよね。こう、ある種の運命的な存在みたいな」

「あぁ、そんな感じだね。イリスの方がずっとマイペースだったり、いろいろ違いはあるんだけど、何かの同類のように見えるんだよね」


二人が頷き合いながら見てくるが、それは自分でも分かる気がしている。


グレイさんを見ていると、ふとした時に昔の自分が味わった感覚を思い出す時がある。

違う人生を歩んで来たはずなのに、何故か既視感があるような、まったく同じものを持っているような、不思議な感じがある。

そして、彼に何かを残さないといけない気がしてくる。


三人して顎に手を当てて考え込んでいたら、向かい側に座る宰相様の後ろに立つメイドが、ちらりと部屋の端に視線を向けた。そちらには、チェスが置かれていた。


「……あぁ、チェスかい? 客人が来た時にたまにやるんだ」

「私ともやったよね! 宰相が負けてすごい顔してたわ」

「君が賢いのは知っているが、やはり負けるのは悔しいんだよ」

「もう一回やる? 今度は勝てるかもよ?」

「良いだろう。受けて立つよ」


先ほどのメイドが、無意識であったであろう自身の視線のことに気付いてこっそり恥じらっていたが、宰相様の言葉にいそいそとチェス盤を持って来た。


駒を並べる宰相様とヘルンさんはやる気満々だ。イリスはチェスはまったく知らないので、両者の応援だけする。


「お二人とも、頑張って!」

「ありがとう。すまないね、イリスも寛いでてくれ」

「私が勝つの見てて良いよ!」


勝負が始まった。

宰相様は真剣で冷静な顔つきで、ヘルンさんは口元に笑みを浮かべているが目が本気だ。迷いなく手を動かしている二人の頭の中はどうなっているのか。


黙って見守るが、案の定どういう状況なのかよく分からない。だが、後ろに立って勝負を見ている使用人たちが見入っている様子から、いい勝負なのだろう。



 そのまま盤を見ていると、視線を感じた。その元を辿った先には、女の子がドアからこちらを覗いていた。ドレスを着ているので令嬢のようだ。


ぱちりと目が合い、女の子は慌ててドアに隠れたが、またひょっこりと覗いてくる。よく見るとその後ろには男の子もいる。


子どもに気づいたメイドが小声でその子たちをドアから離そうとしているが、小さな手はドアを掴んだままだ。


勝負に真剣な宰相様たちに声を掛けるのもためらわれ、後ろに控えていたメイドに目で合図を向け、そっと席を離れた。



 ドアに近づくと、八歳くらいのピンク色の可愛らしいドレスを着た女の子と、五歳くらいの白いセーターに緑色のズボンを履いた男の子がいた。二人とも宰相様と同じ、緑がかった金髪をしていて、子どもらしい純粋そのものの瞳でこちらを見ている。


「あの、お客様?」

「はい。イリス・シュパールと申します。宰相様には仕事でいつもお世話になっております」


勝負の邪魔にならないように小さめの声で挨拶をすると、二人は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに笑顔を向けてくれた。


「わたくしは、セシリア・バーズと申します」

「ぼくは弟のアランです」


きちんと挨拶をしたこの子たちは、宰相様の子どもらしい。側にいたメイドが困ったように眉を下げていた。


「イリス様。お嬢様たちを止められず、申し訳ありません」

「いえ、お二人はお父様と遊びたかったのでしょう。せっかくの休日にお邪魔をしてしまったのはこちらです」

「イリスはチェスしないの? わたくしたちと遊んでくれる?」

「え? はい、それはもちろん」

「お庭に行きましょう! 見せたいお花があるの!」


目を輝かせたセシリア嬢がイリスの手を繋いで歩き出した。隣にはアラン様も、とことことついてきている。


この子たちは父親の手が空かないから暇なイリスと遊びたくなったのだろうか。

後ろについていきてるメイドたちが微笑ましそうな雰囲気を出しているのが、背中越しにも伝わって来た。


セシリア嬢は手をぎゅっと繋いでくるが、決して引っ張ることはしない。アラン様も「段差気をつけてください」などと声を掛けてくれる。まだこんなに小さいのに、宰相様の家の教育が良い。



 二人について行った庭には、白や黄色、紫といった淡い色のハーブの花がたくさん咲いていた。風は強くないのに、ラベンダーの香りが濃く漂ってきた。


派手ではないのに美しい光景に思わず黙って見惚れていると、子どもたちは自慢気に笑っていた。


「これはカモミール。お茶に入れると美味しいの。こっちのタイムはお料理に使うのよ」

「良い香りです。セシリア嬢はハーブにお詳しいのですね」

「家の皆が教えてくれるの! わたくしもこの家にあるハーブなら全部覚えたわ!」


花を指差して一生懸命に説明してくれるセシリア嬢が可愛い。彼女の横にしゃがむイリスを挟むようにして、同じくしゃがみこんだアラン様は黙っているが、にこにこしていて、こちらも可愛い。


「ふふ! わたくし、もう分かっちゃった。イリスは優しい人だわ。ね、アラン」

「うん。それに、可愛い」

「ありがとうございます。お二人もとっても可愛くて、お優しくて、素敵です」


思ったまま素直に返すと、彼女たちのもともと血色の良い丸い頬がさらにピンク色に染まっていて、ますます可愛い。ロトといる時のように、とても癒される。


「あっちにお花畑もあるの! 行きましょ!」


セシリア嬢が再び手を繋いで来たので、イリスも立ち上がり、アラン様も一緒に花畑へと歩き出す。

子どもの手は小さくて柔らかくて体温が高くて、慣れないなぁと思いながら、その頭を見てついていく。



◇◇◇



「はい、私の勝ち!」

「くっそ!」


 また負けた。途中までいい勝負していたのに、終盤で一気に詰められた。何手先を読んでいたのだ。この研究者の頭はどうなっている?


「……あれ、イリスは?」

「イリス様は、セシリア様とアラン様と庭へ行かれました」

「え? あいつら来ていたのか」


子どもたちはメイドに任せていた。しかしあの子たちは好奇心旺盛だから、客人が気になったのだろう。


セシリアが先立って動き、アランがついていく姿は容易に想像できる。妻はまだ赤子の方についているし、メイドたちも優しいのであのやんちゃたちを止められなかったようだ。


まぁイリスなら子どもの相手も問題なさそうだ。

様子を見に行こうと考えつつ、先に紅茶で喉を潤し、疲れた頭に菓子をつまんで糖分を補給をした。


「宰相との勝負はやっぱりひりつくねぇ。甘い物が染みるわ」

「まったくだ。私はこれでも昔からチェスは結構得意だったのだが、君には負け越しだ」

「はっは! 私、昨日までかなり頭使ってたんだよね。今はすごく冴えてるんだぜ」

「休み中も研究をしていたのか?」

「ううん。イリスの知り合いにどちゃくそ頭の良い人がいてね。その人と喋ってたら活性化されたんだよ」

「君がそう言うなら相当な人なんだろうけど、イリスにそんな知り合いがいるのか」

「昔の雇用主だって。詳しくは話せないけどさぁ。私が本業じゃないことにしたって、あれはすごいわ。くくっ、連れて行ってもらって良かったわ」


ヘルンは一人ですごく楽しそうだ。賢そうな目を細めてニヤリとしているが、この表情は初めて見た。

その人が何者か知らないが、頭脳ならリュカ様が最強だと思うのだが。しかし、詳しく言えないと言われては深入りはできない。


「私はイリスと子どもたちの様子を見てくるよ。ヘルンも行くだろう?」

「おう!」


侯爵令嬢らしくない元気すぎる返事をして立ち上がるヘルンは、休み前よりますます生き生きとしている。


連休のたびに、家族のいない者や、いても不仲だったりする者のことを密かに案じている。

ヘルンたちのことも気に掛かっていたが、休み中もこうして楽しそうにしている姿に、内心安堵した。



 メイドから庭にいると言われたが、すでに花畑の方に向かったらしく、そちらに足を進めた。


「こっちはあんまり来ないけど、そう言えば宰相の家はハーブが多いんだったね」

「ハーブは香りも良いし、食にも使えるからね。妻もあの子たちも気に入ってるよ」


このハーブは先代の残した物だが、自分もすっかり気に入っていた。庭師が綺麗に管理してくれているので見た目も良い。他家とは趣の異なるやや地味な庭だが、むしろ我が家の自慢だ。



 花畑に行くと、端の方で子どもたちに囲まれるイリスの背中が見えた。こちらに気づいていないセシリアが、しゃがんだイリスの頭に花冠を乗せている。その反対側ではアランがぴったりとイリスに寄り添い、遠目からでも仲の良さが窺えた。


「さすがイリス。もう子どもたちを手懐けたね」

「心配はしてなかったが、随分楽しそうだ」


近づくと皆のはしゃぐ声と楽しそうな顔が見えてきた。

風によそがれたイリスの銀髪は太陽の光でいつもより淡く、白っぽい色に染まっている。


「セシリア、アラン、イリス」

「お父様! チェス終わったの?」


呼び掛けにぱっと笑顔を向けたセシリアが、ドレスを持ち上げもせず自分のところへ来た。懐っこく脚に抱きついてくるのは、令嬢としてはまだまだだが、可愛いものだ。


アランはイリスの横に座ったまま、にこにこしていてかなり機嫌が良い。イリスは白い花冠を乗せて微笑んでいて、儚げな印象だった。


「ねぇ、見て。わたくしが作った花冠! サイネリアとローブマリーで頑張ったのよ!」

「とっても上手に出来ているよ」

「セシリア嬢は手先が器用ですねぇ」


イリスの頭に乗せられた花冠は、贔屓目抜きにしてもよく出来ている。子どもの小さな手でよく作れたものだ。


「あの、ヘルン様にも作りますね!」

「ありがとう!」


我々に褒められたセシリアが、ヘルンにも花冠を作りに行った。背中を丸めて、懸命に状態の良い花を選んでいる。


それにしてもアランが動かない。ずっとイリスの横にくっついたままだ。この子は無口だが素直で甘えん坊なところもあるから、優しい彼女にすっかり懐いたということか。


チェスの一勝負の間に何があったか分からないが、それも不思議なことではない。だが、嫌な予感がしている。


「アラン? ほら、お父様のところにおいで」

「お父様。ぼく、将来イリスと結婚します」

「ぶふぉ!」

「え、え?」


言わんこっちゃなかった。もうこの息子はイリスに惚れていた。イリスは自分とアランに視線を彷徨わせ、ヘルンは腹に手を当てて爆笑している。


まずい。早々に諦めさせないといけない。でないと、ものすごく面倒なことになる。


「イリス! モテるねぇ!」

「プロポーズは初めてしてもらいましたね」

「はじめて? じゃあぼくが婚約者だね」

「待ってくれ、アラン! 婚約は私が認めない!」

「お父様ったら! いいじゃない、イリスは良い人よ!」

「結婚します。イリス、ぼくが成人したらすぐに籍を入れよう」

「アラン、頼むから諦めてくれ。いろいろ無理だ!」


アランがイリスの腕を掴んでこちらを睨んだ。可愛いこどもたちに不満そうにされて、つらい。この状況だと私が悪役だ。


イリスやメイドたちは「可愛いなぁ」みたいな感じで和み始めたし、ヘルンは「あっはは! やっぱ連れてきて良かった!」とまだ爆笑していた。こいつには腹立つ。いや、それより胃が痛い。


「イリス。良いよね?」

「えぇと、大人になったら……?」

「本当に待ってくれ! イリス、口約束は怖いんだぞ! 少しは私の胃を思いやってくれ!」

「お父様、邪魔!」

「アラン……っ!」

「ひー! これ絶対リュカ様に話そ!」

「ぜっったいにやめてくれ!」



 結局、セシリアがヘルンにも花冠を作り、二人が帰るまで息子との攻防は続いた。

帰ってからも息子は納得してないし、話を聞いた妻にも「身分よりも性格や気持ちの方が大事よ? 年上なのも甘えん坊のあの子には良いと思うわ」と諭された。


自分と妻が恋愛結婚だったからよりそう思うのだろうが、もはや問題はそこではない。彼女への想いが半端でない男がごく身近にいるのだ。家庭内を治めるのに本当に骨が折れた。



 仕事が始まり、宰相モードに切り替えて出勤した。しわのないスーツを着て姿勢を伸ばし、陛下たちに挨拶したり部下たちの休暇中の話を聞いたりして、休み中に溜まった仕事を片付けた。



 補佐たちが帰宅した頃、執務室にリュカ様が入って来た。


「宰相。あなたの息子がイリスにプロポーズしたと聞きました。婚約はしてないそうですが何故そんな状況になったのですか? 変な手は回してないでしょうね? 令息は本当にしっかりと諦めましたか? その時のイリスの様子は? イリスは『大丈夫ですよ』と言っていましたが、彼女は自分のことだとぼんやりしてるところがあるので、あなたに話を伺いたいです」


仕事に集中していて、息子の婚約の話は完全に忘れていた。


五歳の子ども相手でも一切油断しないリュカ様が、凄まじいオーラと眼力で詰めてきて、また胃が悲鳴を上げた。


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