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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
幕間

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イリスの過去③

 ぎりぎりまでドルバさんの元で働いていたので、ミセイラ高等学校には入学式の前夜に着いた。馬車からすでに真っ暗の外に出ると、教師が寮まで案内してくれた。


翌日の入学式で、白いシャツに黒のワンピース、黒のジャケット、胸元に赤いリボンという制服を身に着け、他の生徒の後をついて校舎へと向かった。


寮から歩いてすぐに、黒い鉄製の柵の向こうに、アイビーの蔦が這う白い校舎が見えた。

大きな校舎に大勢の新入生が向かっていて、広いはずの道は少し歩きにくかった。


国内唯一の「貴族も平民も完全に平等」の学校には、同じ制服でも、明らかに貴族令嬢という気品溢れる佇まいの女子生徒もいれば、顔に切り傷をつけた山で走っていそうな活発な男子生徒も混在していた。


入学式の後、クラス表と地図を元に自分のクラスに向かった。

学校に通うのも初めてで、同年齢の大勢の人間と過ごすのも前世の軍人時代以来だったので、少し緊張していた。

だが入ってみると、拍子抜けするほど問題なく学校生活を送れた。


 学校ではほとんど一人で過ごしていた。毎日、時間割の通りに授業を受け、昼休憩の時間には中庭に行って、昼寝をしたり本を読んで過ごした。


親がいないので、全ての費用を自分でまかなう必要がある。ドルバさんの元で貯めたお金はあるが、出来るだけ稼いでおいた方が良いだろうと、学校近くのカフェでアルバイトを始めた。


落ち着いたそのカフェの店主は穏やかな好々爺で、アルバイト中でも暇な時は勉強してて良いと言ってくれた。時給は高くはなかったが、とても居心地が良い場所を見つけられた。


積極的に友だちを作ることはなく、クラスメイトから話しかけられた時は無難に対応する。誰から好かれるでもなく、嫌われることもなく、淡々と過ごした。



 二年生になり、女子生徒は家庭科の授業が始まった。料理と裁縫を半年ずつ行うものだった。


初めての調理実習の課題はロールキャベツ。先生から配られたレシピを確認し、迷いなく手を動かして、クラスで一番早く作り終えた。


「うん、よく出来てます。合格です。授業が終わるまで、あそこで食べてて良いですよ」


先生が指し示したのは、調理場の奥の一角だった。料理人がまかないを食べるときに使うような、無骨な銀色のテーブルが置かれていた。


作ったロールキャベツは、普段は摂らない昼食として、まだ料理中のクラスメイトたちをぼんやりと眺めながら、黙々と食べていた。



「きゃーーー!!!」


 突然、悲鳴が上がった。何事かと視線を向けると、クラスメイトのアリーシア・ローズベリー侯爵令嬢が、鍋から盛大に火柱をあげていた。


アリーシア嬢は呆然と火柱を見つめ、周りにいたクラスメイトは避難していた。顔を青くした先生は水を用意して駆けつけていた。


イリスも消火活動に加わるべきかと腰を上げたが、幸い、先生が半ば発狂しながらじゃぶじゃぶと水を掛けまくったことで、すぐに鎮火した。

天井は焦げたが、全員無事だ。


アリーシア嬢はハッと気を戻すと、先生やクラスメイトに謝罪し、その場は落ち着いた。イリスも胸を撫で下ろした。

「完璧令嬢」と言われる、美しく、真面目で、何でもこなす、皆の憧れであるアリーシア嬢の初めての騒ぎだった。



 翌週の調理実習では、ハンバーグを作った。これもクラスで一番に作り終え、合格を出した先生の許可を得て、奥のテーブルでのんびり食べていた。


「きゃーーー!!!」


悲鳴が聞こえ、目を向けるとアリーシア嬢がフライパンから火柱を上げていた。クラスメイトが逃げ、先生が発狂しながら水を掛けまくっていた。


先週も見た光景に、夢かと思った。

皆無事だったが、天井は一層黒くなっていた。



 さらに翌週、課題のクッキーを作り、やはり一番乗りで合格をもらった。

ただ違ったのは、先生から思いがけないお願いをされたことだ。


「イリスさん、悪いのだけど、今日はアリーシア嬢の手伝いをしてもらえないかしら」


二週連続で火柱を上げた生徒についていたいが、先生は他の生徒も見なければならないので、イリスがアリーシア嬢を見てやってくれということだった。


先生の方からアリーシア嬢にもそのことを伝え、彼女は「よろしくお願いしますわ」と素直にイリスの手伝いを受けた。


彼女はレシピ通りグラム単位まできっちりと測ってあった材料をイリスと確認しながら混ぜ、時間ぴったりにオーブンの予熱をしていた。


レシピ通りに取り組む彼女に言うことはなかった。雑談を持ち掛けることもなく、静かに見守った。


クッキーを綺麗に成形し、オーブンに入れた。ここまでの過程もオーブンの温度も問題ない。

あとは焼き加減に注意するだけ。


その時、目の前のオーブンから火柱が上がった。


「きゃーーー!!!」


隣にいたクラスメイトが悲鳴を上げた。

すぐに発狂した先生が三度目の消火活動を行い、鎮火した。天井の焦げは面積を広げた。


さすがに今回はアリーシア嬢は先生と別室で話すことになり、状況を見ていたイリスも同席した。


「つまり、過程は何も問題なかったのですね?」

「はい。ごく普通に作業されていました」


オーブンの故障かもということでその場は解散となった。

クッキーを持ち帰れなかったアリーシア嬢に、自分の作った物を半分わけると、彼女はやや驚いた顔をしていた。

よく知らない平民の手作りは嫌だったかと引っ込めかけたが、彼女はお礼を言ってそれを受け取った。



 翌週も翌々週も、もはや消火用の水を事前に用意してイリスが真剣にサポートしても、アリーシア嬢はやはり原因不明の火柱を上げ、調理場の天井はドス黒いとしか言えないほど色を深めた。天井の修理費は彼女の家が出すらしいが、先生は「そういうことじゃない」みたいな顔をしていた。



 半年後、料理の授業は終了し、裁縫の授業が始まった。料理とは違い、数週間かけて一つの作品を作る。

最初の課題はミシンを使ってワンピースを作ること。


イリスは手先がとても不器用だ。前世の頃から裁縫関連は下手すぎて、あの豹変した母でさえ、針仕事だけはイリスにやらせなかった。


 初めてミシンを使った時、それは速攻で壊した。

修理不可レベルで壊したので先生は渋い顔をしていたが、別のミシンを貸してくれた。


次の授業でそのミシンも壊し、先生は涙目だった。


「ミシンってすごく高いんですよ……っ!」

「すみません……」


涙目のまま先生がどこかに行ったと思ったら、アリーシア嬢を連れてきた。


「アリーシア嬢は非常に早く作り進められていますので、今日はイリスさんを見てあげてください」

「分かりましたわ」

「すみません。よろしくお願いします」


料理の授業とは逆転し、今度はアリーシア嬢がイリスについてくれた。


「手に力が入り過ぎていますわ。もっと針に手を近づけて、布は流れるように動かすのです」

「これ以上近づけたら指を縫います」

「あ、ちょっと、裏面が大変なことになってますわ。え、何か一瞬で糸がとんでもないことに……」


突然、「ミシ……ギュイイイイイイイイイイン! バコン!!」 と異常な音がした。この音は、すでに二回聞いていた。


「……ミシン壊れました」

「えぇ!?」


同じくすでに二回この音を聞いていた先生が速やかに駆けつけた。煙をたてるミシンの惨状を把握し、膝に手をついて、思い切り項垂れた。


「何で、あなたたちは……っ! すごく真面目に取り組んでくれているのに! 他の教科は優秀なのに、家庭科だけはこうも……っ!」

『すみません……』


家庭科における問題児であるイリスとアリーシア嬢は、もう謝るしかできなかった。

イリスは罰として卒業まで先生の手伝いをすることになった。


「予算の問題があります。これ以上ミシンを壊されるわけにはいきません……!」という先生の判断で、ミシンでワンピースを作るクラスメイトをよそに、イリスだけ手でハンカチに刺繍を始めた。

だがそれも下手くそ過ぎたので、またアリーシア嬢についてもらった。


「横着してはいけませんわ。一針一針、丁寧に」

「アウトラインがすでにガタついているので、丁寧にやってもこうなるのですが……」

「ちょっと、何でそんなところから針が出るのです? 絶対に違うでしょう! あ、戻すのも下手……っ」



 一ヶ月アリーシア嬢についてもらって出来上がったのは、誰が見ても「多分、花……かな?」というものだった。


「わたくしがついていながら、この有様……っ」

「むしろ私にしてはよく出来たと思います。満足です」

「志が低くってよ! これではわたくしの誇りが許しませんわ! 先生、次もイリスにはわたくしがつきます!」



 裁縫の授業の次の課題は、マフラーを編むことだった。編み物は貴族も平民もできる人が少ない中、アリーシア嬢はさっさと要領を得て作り上げていた。自分の課題をものすごい速さで終わらせると、すぐさまイリスの隣についた。


「まだ作り編みの段階ですの……?」

「編み図を見ても何が何だかで……。そして指がつって動きません」

「もうっ、本当に不器用ね!」



 家庭科の集大成で出来上がったのは、とんでもなく歪んだ「何か横長なコースター……かな?」というものだった。慣れるまでに時間がかかったので、マフラーにしてはあまりに短すぎるし、編み目も大変ぽこぽことしていた。


「私に編み物が出来るなんて!」

「出来てるとは言えませんのよ……!」

「アリーシア嬢、ありがとうございます!」

「これでお礼を言われましても!」


自己肯定感を上げるイリスをよそにアリーシア嬢は心底悔しそうに、令嬢らしからぬ歯ぎしりをしていた。



 一年間取り組んだ家庭科の実習が終了し、二年生も終わりに差し掛かったある日。


アリーシア嬢が、婚約破棄された。

婚約者の男が、別の女性に心変わりしたらしい。


その噂は学校中で広がり、ほとんど誰とも喋らないイリスでさえ廊下を歩くだけで何度も耳に入ってくるほど、その話題で持ち切りだった。


教室で人に囲まれるアリーシア嬢は、背筋を伸ばして、堂々としていた。


「もう終わった話ですもの。仕方ありませんわ」

「お相手の浮気ですもの! アリーシア様は何も悪くありません!」

「こんな素敵な方を手放すなんて、なんて見る目がない方なのでしょう! 本当にあり得ませんわ!」

「むしろあんな方とお別れできて良かったと思いますわ! 家柄や能力面が良くても、性格に問題ありますもの!」


鼻息荒く慰める女子生徒たちから聞こえてきた元婚約者の名前は、一年生の時に同じクラスだった男子生徒だった。

次の婚約者に自分はどうか、とさっそく彼女にアプローチしている人もいた。


イリスは家庭科以外ではほとんどアリーシア嬢と喋ることもない、ただのクラスメイトだ。彼女に婚約者がいたことも知らなかった。何も言えることはなく、その日もいつも通り過ごした。



 放課後、ミシンを破壊した罰で家庭科の先生の仕事を手伝っていた。

窓からオレンジ色の夕日の射し込む時間になって、ようやく手伝いが終わり、教室に鞄を取りに入った。

そこにはアリーシア嬢と、彼女とよく一緒に行動しているごく親しそうな二人の女子生徒が残っていた。


アリーシア嬢は泣いていた。

その彼女を、友人二人が心配そうな顔で慰めていた。


ずっと平気そうにしていたが、やはり傷ついていた。

向こうもイリスの入室にすぐに気付き、気まずいタイミングで入ってしまったと後悔した。


「……」

『……』


とにかく早く去ろうと、自分のロッカーから教科書やノートを鞄に詰めた。その間、向こうも無言でイリスの様子を見ていた。


アリーシア嬢の小さく鼻をすする音が、どうしても耳に残った。


「……どうぞ」

「え?」

「要らなければ処分してください。では失礼します」


今日の家庭科の先生の手伝いは、マカロンの試作を作ることだった。授業でマカロンを作るのは来年度が初めてらしく、必要な物や注意点、段取りをまとめていた。


出来上がったそれは紙袋に入れて持ち帰っていた。寮部屋で食べようと思っていたが、泣いている彼女へのせめてもの気持ちであげた。


突然机に置かれた紙袋に、アリーシア嬢もその友人たちもきょとんとしていた。

人生二度目でもこの辺は不器用なままで、まったく気の利いた言葉が出てこない自分を呪いつつ、さっさと教室を出た。


押し付けがましかっただろうか、などと考えながら校舎を出ると、アリーシア嬢の元婚約者の男が友人たちとヘラヘラと笑いながらサッカーをしているのが横目に見えた。その様子に久しぶりに腹が立ち、自分が思っていたより彼女に情をかけていたことに気付いた。


しかし、やはりただのクラスメイト。今後も必要以上に話しかけるつもりはなかった。


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