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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
第四章

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応援の形

 たっぷり寝て体が軽い朝、ヘルンさんとリュカ様の執務室に行った。


先に会ったベルガ殿下に、すっかりいつも通りのちょっかいを出す彼女を待っていたため、すでにテオも座っている。二人はもはや、突然のヘルンさんの存在に驚いてはいない。


「今日は本当に顔を見に来ただけです!」

「え、何でリュカ様にそんな良い笑顔でグーサインを向けながら、俺の肩をバッシバシ叩くのですか……!?」

「リュカ様にこうしたいんだけど、スキンシップは苦手らしいからさ。テオ、また今度飲みに行こうね。用はこれだけなので、それじゃまた!」


ヘルンさんが白衣の裾を翻してあっさりと帰ったので、二人はぽかんとしている。休暇明けで早く研究に戻りたいのだろうが、残されたこの状態をどう収拾つければ良いのか分からない。


「何だったのですかね」

「肩を叩く手がだいぶ強かったのですが……すげぇ機嫌良かったですね」

「朝からイリスと来たということは、昨日の休暇でも会っていたのですよね? 何か話したのですか?」

「いろいろ話はしましたが、あのサインの意味は私も分かりません」


おそらく昨日の独占欲とかの話によるものだと思うが、それを言うのは照れくさいので、説明はしなかった。


「……まったく目が合いませんね。私にとって嬉しい話な気がするので聞きたいのですが……まぁ良いでしょう」


リュカ様がそう言いつつも、こちらに視線を向け続けているのを感じる。

というかヘルンさんは「朗報ですよ!」みたいな雰囲気を出していたが、イリスがリュカ様に独占欲を持っているというのは、別に喜ばしい話ではない。

それに、男性は独占欲とか束縛的なことは嫌がるものだと何かの本で読んだし、やはり言うべきではない。


「静かに頷いてますね。こいつの頭の中が気になります」

「何に納得したのですか。変な方向に確信を持ったりしてそうですし、やはり先ほどのサインの意味が気になります。ちょっと、私から顔を背けないでください」

「俺の方を向いたのでこっちからはよく見えますけど、何かほっぺた膨らませてますね。怒っているわけじゃなさそうだし……これは照れなのか?」

「テオ。お願いがあるんだけど、取り急ぎ変顔してくれる?」

「何で!? どういう考えでそれを頼んできたんだよ! 茶会でもう散々俺で笑っただろうが!」

「んふ、ありがとう。その顔も面白いね」

「感謝されても、変顔したつもりじゃないんだが! あとリュカ様がめちゃくちゃ微妙そうな顔してるぞ」


良い感じに気が紛れたので反対側のリュカ様に向き直ると、面白くなさそうな無表情に、目も少し細められていて、明らかに不満を伝えてきている。


「私から顔を背けないでと言ったのに。いろいろ見逃したのですが」

「すみません……?」


見逃しても問題ないことだったと思うが、ふくれさせてしまったので、今度は顔を背けずじっと目を合わせた。


『…………』

「何で二人はたびたび見つめ合うのですか? これは何が起きてます? 俺はどうしたら良いのですか」

「テオ、寂しくなったら言ってね。ちゃんと参加させるから」

「これにそんな思いはないし、三人で見つめ合うのは無理だろ! そうじゃなくて単純に疑問というか……まぁそれで二人だけで心を通わせてる感じなら、ちょっと……」

「いや、私は何も考えてないけど」

「じゃあ本当に何してんの? え、リュカ様は今は何を考えてらっしゃるのですか?」

「イリスが嫌がるので先ほどの話は無理には聞き出しませんが、本当は聞きたいし、いつでも話してほしいということを切に訴えています」

「分かりました。話したくなったら、言いますね」

「その距離だし普通に言えば良いのに、ずっと見つめ合ったままなのは何故なのですか……!」


まったく大した話ではないのに、無駄に大ごとみたいになってしまって、ますます言いにくい。

何だかんだでテオが若干寂しそうな声を出し始めたので、目を離して彼の方に向いた。


「寂しかったわけじゃねぇぞ! というかお前……んんっ、何でもない」

「あれはお互いの特技みたいなものだよ。テオも素直だから目だけでも伝わるけど、他の人とはあまりできないよ」

「今のでよく分かったな。たしかに俺との時もしっかり読んでくれてたなぁ」

「私には伝わっていないのですが、何の話ですか?」

「あー、いや。イリスがベルガ殿下と目で会話していたことがあったなと思い出しまして」

「私とは出来ていないのに? どちらかと言うと兄上の方が分かりにくいと思うのですが。イリス、練習しますよ。テオは少し待ってていただけますか」

「テオ、見守っててね」

「俺は良いのですが、リュカ様そこに対抗心あるのですね……」


体ごとリュカ様の方に向き、練習なので表情には出さないように顔を引き締めた。


 再び見つめ合って何か伝えて来ていないか探るが、やはりベルガ殿下のようには汲み取れない。

こちらからは「先ほどのサインのことはもう忘れてください」と伝えてみたが、特に反応はない。


そして深緑色の瞳を見ていると、裏庭の葉っぱの色を思い出す。裏庭と言えばロト。ロトは大変に可愛い。


「……ロトのことを考えてますね。目がすごく甘くなりました」

「正解です! よく伝わりましたね」

「いや、今のは分かりやすかったというか……目で会話ってこういうことで良いのでしょうか……まぁテオも待たせていますし、今日のところは仕事を始めましょうか」


 リュカ様が首を傾げながらも、作業机の端に寄せられていた紙類を広げだしたので、イリスたちも手伝いながら仕事モードに入った。


机からはみ出す大きな地図には国内の地名が細かく書かれており、数箇所には丸が付けられている。


最近は王立病院での怪物の解析が進み、黒体病の予防薬の試作も始めているが、マリゼンバナなど、いくつかの薬に使いたい材料が、充分な量を確保できていなかった。

植物研究所や本などの情報を元に、マリゼンバナがありそうな場所にあたりを付けていた。


「時期を問わず咲くらしいのに、珍しい花なだけあって情報が少ないですね。ヘルン様たちもエシェカの森でしか見たことないって言っていましたし」

「毒を噴射する花なので数が少ないのは良いことなのですが、こういう時は困りますね。イリスが洞窟で見たように、暗い場所で咲いたりするので見つかりにくいのもあるのでしょう」

「涼しい所で咲きやすいくらいしか特徴がはっきりしていないので、場所が絞りにくいですね。これからの時期に見つけやすそうなのは良かったですが」


改めて地図を見て、三人して眉を寄せた。

植物研究所の方で種から育ててもらっているが、時間がかかる上、あの花は開花率も低いとヘルンさんやチャーミーさんたちが言っていた。


「一度咲けば枯れにくい花らしいですし、私が行ったあの洞窟にはまだ咲いてるかもしれませんけど……」

「そうなのですが、エシェカの森は危ないので極力人を向かわせたくないのです。しかも、あの森に誰か行かせるなら兄上たちにも話した上で対樹部隊の人に頼むことになるでしょうし、結果的にイリスやテオが行くことになりそうです」


皆の安全を考えているリュカ様だが、特にイリスたちを守ろうとしてくれているのは、対樹部隊に入った後も変わらない。

この件に関わっていて、部隊のメンバーであるイリスたちが行くのが妥当ではあるし、ベルガ殿下ならそう判断するだろう。


ここで「大丈夫です、行きます」と言ってもリュカ様は嫌がるだろうし、心配を無下にするようで言い出しづらい。反応に困ってテオの方を見ると、やはり顎を掻いている。


「まずはエシェカの森以外であたりを付けたところから探しましょう。それと、もし部隊の誰かがあの森に行くことがあったら、その時に洞窟も見に行ってもらいましょうか」



 リュカ様の冷静な判断のもと、ベルガ殿下とダイさんに話をつけた。あたりを付けた場所のメモと、万が一に備えた解毒薬を作って、森以外の場所に人を向かわせたりと動きを進めた。


「マリゼンバナのできるだけ安全な採り方も伝達しましたし、こちらでは他の不足している材料も含めて、もう少しあたりを探しておきましょう」


一番重要な材料であるマリゼンバナ探しは先に動きつつ、効率を考えて他の材料の場所も調べ、城から近い場所は後日イリスとテオで向かうことになった。


 他の材料のことが書かれた本を借りにテオと図書室へ向かった。


「リュカ様、お前の怪物との戦い以降、部隊の話やら茶会やらで最近は結構バタバタしてたし、昨日やっと休めたんだろうな。今日は一層元気だぜ」

「どんどん動くよね。今日は護衛騎士たちへの御使いも多いから、そっちの皆も忙しくしてるね。何だか楽しそうだったけど」

「忙しい方が楽しいっていうのは俺も分かるな。リュカ様もそのタイプな気がするけど、そのうち成人パーティーの準備も始まるから、より大変になるんだろうなぁ」

「そっちは乗り気じゃないみたいだけどね。まだ先だけど、当日の会場内ではテオ、頑張ってね」

「おう。出来るだけのことはやるぜ」


やる気に満ちているテオとグータッチを交わし、まずは目の前の仕事に全力で取り組んだ。



 ベルガ殿下の方に戻ると、「地下牢に行ってあのガキと話して来い」と言われ、暗く長い階段を壁沿いのオレンジ色のランプを頼りに降りた。


すっかり見慣れた、肩のあたりで髪を切り揃えた聴取係は、今日も黒い帽子を摘んで挨拶してくれた。


「昨日は地下街の人たちが一気に来たので、聴取は大変だったでしょう」

「はい、事前に聞いていたので聴取係の皆で待機してあたりましたが、さすがに多かったですね。牢屋もいっぱいになりましたし、かなり賑やかです」

「六十人以上ですからね……いつもはすごく静かな場所なのに、今日はここまで声が聞こえていますね」

「これでも地下一階と二階で分けたのですが、まぁ知り合いの顔は見える状態なので、ずっと喋っていますね。他の人たちからはクレームが入っています」

「……前方に人でギッチギチの牢屋がありますが、あれが灰色区画の人たちですか?」

「はい。空き部屋はたくさんありますが、一人ずつ入れていたら後から来た人が入れなくなるかもしれませんし。聴取も終わったので、ちょっと詰めさせていただきました」


牢屋は基本的に一人用に作られているのに、彼らは一部屋に数人ずつ詰められていた。隣の人とほぼぶつかった状態で話しているが、酸素は足りているのだろうか。


というか、牢屋がいっぱいってこういう意味だったのか。髪を揺らして横を歩く聴取係は何ということない顔をしている。クレームの件も気にしていないようだし、拷問も担当できる彼はなかなか容赦ない。


その彼らの横を通り過ぎる時、その部屋の監視係が鉄格子の正面に移動し、隣で並んでいた聴取係は半歩前に出た。

角を曲がり、彼らが見えなくなった所で、隣の彼はまたしっかり横に並んだ。


「……私が絡まれないように、視線を遮ってくださったのですね。ありがとうございます」

「顔はフードで見えにくかったと思いますが、その制服は覚えられていますからね」


穏やかに微笑んでくれるこの人は優しさも持っている。この飴と鞭を上手く使える人だからこそ、あの少年も懐いたのだとよく分かる。



 奥の少年がいる部屋の前に着いた。彼はこちらを認識するなり、年相応の溌剌とした笑顔を浮かべた。


「イリス、本当にあいつら殺さなかったんだな! やるじゃん」

「約束したからね。おかげで大勢が来た聴取係と監視係の人たちは大変そうだけどね」

「良いじゃん、こいつはもはや仕事が趣味だろ? 昨日は皆は休みだったみたいだけど、こいつらガンガン働いてたぜ」

「後日、代わりの休みはいただきますよ。まぁ仕事が趣味なのは否定しないので、君の様子を見に来てしまうかもしれませんが」

「毎日会ってんのに、俺のこと好きすぎじゃね? こっちはお前のその顔は見飽きたんだけど。やたら顔が良いからって微笑んでおけば良いと思うなよ」

「顔を褒めてくれてありがとうございます。こんなに幼い子の扱いには慣れていないもので、こういう表情になってしまうのです」

「言うほど幼くねーよ、俺はもう十三歳だぞ! お前がおっさんなだけだろ!」


椅子で船を漕ぎながらニヤニヤとからかう少年に、にっこりと余裕の微笑みを向ける若い聴取係の彼には強者感が滲んでいる。幼くないと、この彼にそんな発言は出来ないと思う。


「そんで? あいつらの情報をちゃんと教えたから、俺はここから解放されて、仕事を貰えるんだろ?」

「うん。本当に暗殺部隊で良いの? 厳しい先輩について行かないといけないし、人の命を背負うし、失敗した時には自分が死ぬような仕事だよ?」

「良いんだよ。俺は暗くてヒヤヒヤする仕事が合ってんの! 身軽だし、ナイフの扱いも地理の把握も得意だし、多分向いてるだろ」

「聴取係とも迷っていたみたいだけど、冷静に自分のことを考えたんだね」

「別に迷ってねーし! 変なこと言ってんなよ、早くベルガ殿下に許可貰って来い!」

「動揺してますね。君は嘘をつくのは得意なのに、図星を当てられるとすぐ表に出るのは変わらないですね」

「うるせー! ほんっとうに違うから! あー、もうやる気失せた。やっぱ仕事しない」

「その場合はまだ拘束することになりますが、そんなに僕たちと一緒にいたいのですか? 可愛いところありますね」

「おっさんうぜぇ! 表情一つ変えずに余裕ぶりやがって。イリス、こいつ何とかしろ!」

「ふふ。私はお望み通りベルガ殿下のところに行ってくるから、頑張ってね」


 長く地下牢にいるというのに生きの良い少年のことは聴取係の彼に任せ、再び監視係たちに視線を避けて貰い、地上に戻った。


体力づくりに良いあの階段は、何度昇り降りしても息が乱れる。何とか息を整え、ベルガ殿下のもとへと戻った。


「暗殺部隊な。お前が『本質的には悪人ではない』と言うなら大丈夫だろうが、万が一あいつが悪事や裏切りを働いても、あそこならすぐ処分できるな」

「法に触れた罰も兼ねて、暗殺部隊で一番厳しい上司につけて見習いから育てるのでしょう? しっかりした人のもとで倫理観などを身につければ、活躍する存在になると思います」

「未だにお前らにすら本名を割らない奴は信頼しにくいんだがな。地下街の情報は確かだったから良いが、お前がいない環境で嘘の得意なあいつを放つのはリスクあるぞ」

「本名はこちらを警戒して言わないというより、あの子の大事なものとしてしまい込んでいる気がします。嘘とかについては『私に君を殺させないで』とは言ってありますし、彼なら大丈夫でしょう」

「圧をかけてもお前は優しくするから舐められてそうだが、クソガキには効果ありそうではあるか」

「ふふ。イリスから離れた後のことが心配なら、暗殺部隊の私の兄に、定期的にその少年の様子を聞きましょうか」


話が聞こえていたらしいマリッサさんが、自分の席から楽しそうに声を掛けてきた。彼女と同じ暗めの茶髪をした人のことは、イリスたちも知っていた。


「ベルガ殿下とイリスの後押しで送り出すわけですし、裏切れないでしょうけど。話を聞くに、いずれは諜報員にもなれそうな子ですし、育てがいはありそうですね」

「聞くほど生意気なガキだが、嘘も身軽さも使い方次第だからな。暗殺部隊内でもそいつの手綱を握れる奴ができれば良いが」

「思い切り扱いて来つつ、優しさもある人がこの子と相性良さそうです。マリッサさんのお兄さんはわりとそのタイプですよね」

「イリスも対樹部隊の方で兄に会っていたのね。まぁ変な人だけど面倒見は悪くないし、それなりに上手くやるんじゃないかしら。兄もその厳しい上司についてるから、少年の身近な先輩になるわけだし」

「あいつくらいうるせぇ奴なら、このガキともやってはいけるか。嫌でも構いに行くだろうからな」


呆れ顔の殿下だが、少年の解放と、暗殺部隊に預けることを許可してくれた。



 翌朝、早めの時間に、少年の見送りのため地下牢に行った。


「ぜぇ……少年、元気でね。しっかりやるんだよ」

「イリスは体力ねえなぁ。まぁ、たまには俺の顔を見に来いよ。聴取係もな!」

「ふふ、寂しそうですね。君が上司に扱かれてるところを見られたいのなら、行っても良いですけど」

「全っ然寂しくねーし、やっぱり来んな!」


補佐や聴取係は、普段は暗殺部隊の人とはあまり会う機会がない。この二人のやり取りも見納めかと思うとイリスの方が少し寂しいが、聴取係の目は笑っている気がした。


 暗殺部隊からの迎えが来たので少年を引き渡し、大きく手を振っていた彼が見えなくなった。


「明日にでもあの子を見に行くのですか?」

「イリスさんも僕に慣れましたね。少し暗殺部隊の訓練場を通り過ぎるだけですよ」


早すぎる再会を企てる彼は、良い笑顔を向けてくれた。


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