女が集えば
一眠りして、すっかり日が高くなった昼。祝日で一斉休暇日である今日、アリーシアの経営するカフェに来た。
「よく晴れているから」と、人の賑わう店内ではなく、まだ人のまばらな白いテラス席に案内してもらった。
黄色い日除け傘の隙間からは青空が覗き、横の大通りでは休日を楽しむ人々が歩いている。
涼しい風にあたりながら、にこやかに笑うアリーシアと向かい合って座った。
今日の彼女は紫色の、上品ながら街でも動きやすそうなワンピースを着ている。ローズベリー家の特徴である、ピンク色の混じった赤い瞳とよく合っていた。
「やっとわたくしの店にイリスを連れて来れましたわ。店は卒業後すぐにできていたのに、イリスに会えなすぎて、二号店ができる方が早かったもの」
「アリーシアが学生時代からやりたがっていたお店だもんね。私もやっと来れて嬉しい。店内が広いのに人でいっぱいだったし、すごい人気だね」
「えぇ。うちの家族は商売が得意な人が多いので、お父様たちにも協力いただいたおかげもあって毎日賑わってますわ。まぁわたくし自身も、経営の勉強は頑張りましたもの!」
「学業と両立して頑張ってたね。アリーシアはセンスも良いし、領の人たちにも慕われてるし、上手くいくと思ってたよ」
「ふふ、学生時代もそう言ってくれていたわね。実現できて良かったわ」
嬉しそうに笑うその顔に、イリスも自然と頬が緩む。彼女の夢が叶って本当に良かった。
白いエプロンをつけた店員が、紫色の美しいパフェを運んで来た。つるんとしたブドウをたっぷり乗せたトップに、クリームやスポンジなどが綺麗な層になっている。
「これがうちの人気メニュー、季節の果物パフェですわ! 今の時期はうちの領で採れたブドウを贅沢に使いましてよ。さぁ、どうぞ」
「ブドウがキラキラしてるね。……わ、美味しい! 大粒だし、甘みも強いね」
「そうでしょう? 今年もブドウが豊作でしたの。うちの領は年中果物が豊富に採れるけれど、他所に売るだけではなく、自領でもっと活用したかったのよ」
「カフェ以外に香水とかにも果物を活用しているって言ってたね。アリーシアらしいお洒落な発想だね」
「そちらはまだまだ試作段階だけれどね。香り物は結構難しいけれど、いつか女の子たちに使ってもらいたいわ」
自分のパフェを掬いながら新たな夢を語る彼女は輝いている。
学生時代から、美人なアリーシアは男性から人気だったが、その性格とセンスの良さから同じくらい女性人気も高かった。当時から女性の憧れであった彼女は、今はますます皆を引っ張る存在らしい。
「アリーシアは昔からやりたいことがはっきりしているし、着実に叶えるから本当にすごいよね。やりたいことが何もなかった私からしたら眩しいよ」
「でもイリスだって結果的にすごい役職についたじゃない。それも結構楽しんでいるのでしょう? 昨日のお茶会でよく伝わりましたわ」
「ふふ、皆良い人たちだからね。アリーシアに紹介できて良かった。来てくれてありがとうね」
「親友ですし、当然ですわ! それに、王族と知り合いになれるのは、貴族としてありがたいのよ。リュカ様に何か求めている訳ではないけれど、貴重な機会をくれてありがとう」
ふわりと親しみのこもった笑みを浮かべてくれた。しっかり者で優しい彼女にだからこそリュカ様を紹介できたし、逆も然りだ。信頼できる人同士を繋げられた達成感は大きい。
「それにしても、イリスがあの視線に気付いてないのが本当に不思議ですわ。あんなに分かりやすいのに、あなたってば鈍いままなのね」
「視線? 屋上に行くまでの間ならすごく視線は浴びたけど、お茶会内の話だよね。何か特別なことあった?」
「まったくこの子は。わたくしは一応、婚約者のいない侯爵令嬢として、万が一があるかもと緊張していたのに、早々にそれは余計な考えだったと気付いたわ。でも本人がこれだと、あの方も大変ね」
「うん? 何の話をしているの?」
「イリスが城内でもモテてるってことよ。学生時代はわたくしが避けていましたけれど、今はおそらく、あの方が身分で牽制できているのね。分かりやすすぎて城内の方々は気付いているでしょうし」
「城内でもと言うか、学生時代も別に私はモテてなかったよ。食事に誘ってきたりする男性は皆、遊びたいだけのナンパであって、モテとも違うんだよね?」
「くっ、そう言えばわたくしが心配と独占欲の故にそう教えてましたわね! そうなのですが、それだけでもないと言いますか……!」
アリーシアが額に手を当てて葛藤し始めたので、パフェを食べ進めた。ブドウは時間が経ってもスポンジなどに染みないので、作ったままの味を楽しめる。
「下の方まで美味しい。これを考えた人は天才だね」
「わたくしがこんなに苦悩していると言うのに、マイペースね! でも楽しんでいただけて良かったわ!」
「んふふ。アリーシアのその顔、面白くて好きだよ」
「喜ぶべきか怒るべき分かりませんわ! 昨日のテオ様の気持ちが分かる気がします! ……うーん、さすがにあの方の恨みは買いたくないわね……イリス、好意を伝えてくる男性の中には、きちんと本気の方もいるわ。それは覚えておいてね」
「うん、分かった」
とても真剣な顔で言われ、こちらも目を見て頷き返したが、今ひとつ信頼はしてもらえず、しばらくモテる彼女との恋愛談義が続いた。
◇◇◇
日が暮れてきた、夕食にはまだ少し早い時間にイリスの家に着いた。出迎えた彼女はヘルンの用件は分かっているようで、「まずはお茶にしましょうか」と微笑んだ。
用意してくれた温かい紅茶を飲み、ソファの向かい側で同じくカップから口を離した彼女を見据える。
「急に手を繋げって、心の準備してないから驚くって!」
「ふふっ、すみません。良い機会だなって思いまして」
朝からずっと言いたかったことを伝えると、軽やかな笑顔を見せてくれた。ようやく口に出せたヘルンは、力が抜けてソファの背もたれに体を埋めた。この家は深く息ができる。
今朝、城下町でダイと朝まで飲んだくれていたら、仕事明けのベルガとイリスに会った。
イリスが酔ったヘルンに、ベルガと手を繋ぐ提案をしてきて、らしくもなく固まってしまったのは、今思い返しても顔を隠したい。何てことないはずなのに、滅多にないことすぎて動揺してしまった。
イリスはいつ気付いたのか、前世の頃からごくたまに、こういう気を利かせてくる。三人でいても、機を見てはヘルンたちを二人にしてくれていた。
ヘルンもベルガもそういったことは一切主張しなかったはずなのに、この子は本当に観察力と直感が鋭い。野生の勘で気付いたダイと良い勝負だ。
「私たちはスキンシップとか、そういう素直なことは滅多にしないんだよ。二人でいても軽口ばっかりだもん」
「お二人ともさっぱりしてますけど、ずっと想い合ってはいますよね。今世ではベルガ殿下と結婚されるのですか?」
「いんや。それはないかな。未だに婚約すらしてないし」
「何に躓いてるのですか?」
「私が、この先も研究を続けたいからだね。王族と結婚したら公務に追われて、さすがに今みたいには研究はできないじゃん?」
「あぁー……それは、そうかもですね……」
「対樹部隊に入ったからどうなるか分からないけど、まだ王位継承権はベルガが一位だしさ。王子妃ならまだしも、王妃なら尚更だよね」
これには、あらゆる問題を解決してきたイリスも眉を寄せている。
今のヘルンの一番の関心は研究だ。貴族の窮屈な生活に疲れて何となく始めたことだったが、すっかりはまってしまった。怪物の件を含め、まだまだやりたいことがあるし、こんな自分に王族の器もないと思う。
「うぅ、お似合いなのに! せっかく身分とかも合ってるし、ヘルンさんなら賢妃になれそうなのに、そればかりは……」
「いい加減、私も貴族としてせめて誰かと婚約くらいはするべきなんだけどねぇ。好きなのはベルガだから困るよね」
「……硬直状態ですね。陛下たちやヘルンさんのご家族はご存知なのですか?」
「どちらも知ってはいるよ。でもうちの家族は私に干渉して来ないし、陛下たちはできるだけ恋愛結婚をさせようとしてくれてるんだよ。というかベルガの部隊入りで、今はその辺うやむや状態と言うのが正しいかな」
「死ぬ覚悟の人に、下手に婚約者はつけられないということですね。相手の人生もありますし」
「そうそう。まぁ、いつまでも曖昧な関係ではいられないし、うちの親がしびれ切らして、私を適当な人と婚約させてくるのが先かなぁ」
これでも、お互いのために理性的に動こうと、何度かお見合いの釣り書を見てみたり、ベルガにはっきりと断りを入れようとしたりした。
だがその度にあいつの顔が浮かんでしまって駄目だった。研究が最優先なのに、ベルガが好きな気持ちも消えない。自分がすごくわがままな人間なのだと気付かされ、何度もため息をついた。
「歳ばっかり重ねちゃって本当に駄目だねぇ。もともと私はベルガより年上なのに。私の歳なら、もう令嬢じゃなくて、夫人になるべきなんだけどね」
「ヘルンさんもまだお若いですけど……もし万が一、他にお相手が決まってしまったら、どうするのですか?」
「潔く諦めるよ。それでもベルガには信頼できる人と結婚して欲しいとは思うけどね。そうなったらイリス、ベルガと結婚する?」
「まさか。いろいろ無理ですし、まったくそんな関係ではないのはよく知ってるでしょう」
「ふふ、まぁね。そこの二人は、信頼の厚い上司と部下であり、兄妹みたいなものだもんね。まぁお互いの理解度はすごいし、素を受け入れ合っているし、結婚しても何だかんだ上手くいくんだろうけど」
「兄妹……まぁ遠慮はない仲ですが、殿下はあくまで私のことを都合の良い部下だとしか思っていないような」
「いやー、ベルガにとっては本当に家族枠なんだと思うけどなぁ。昔、馬車でベルガの肩で寝てたり、迷子防止で手を繋いでたりしてたじゃん? あいつの性格的に、ただの部下ならそれはしないでしょ」
「あぁ……ありましたね。というか私も手は繋いでもらってましたね。初めて行く街だったので、はぐれたら面倒だからと。そして珍しい物に興味を示して一人でどこか行っていたヘルンさんは、戻って来るなり爆笑してましたね」
「だって、並ぶと隙のないオーラが出まくる二人のあの絵面、めっちゃ可愛いし面白かったよ!」
前世で、仕事の合間に三人で街歩きをしたことがあった。いろんな店が立ち並ぶ大通りで、見慣れない物に視線を寄越すイリスと、無表情で彼女に合わせながら手を引くベルガを見た時は、腹がよじれるかと思った。あの厳しかった軍人時代で、一番笑った出来事だったかもしれない。
思い出し笑いをしていると、ふと、遠い目をしていたイリスがこちらを窺ってきた。
「そうだ。今世でも、ベルガ殿下の訓練着のおさがりをいただきました」
「うん? あぁ、男避けね。イリスはちょっと仰向けで息切れしてるだけで男にのしかかられたりして大変だったもんね。ベルガの服は着ておいた方が良いね」
「さっきの手を繋いだ件といい、お二人ともそういうの気にしないですよね。もちろん他意はないことですが、今世では殿下と年齢も近いですし、少しも嫌な気持ちにならないのですか?」
「他の女なら微妙だけど、妹分のイリスだもん。昔も今も素直に微笑ましいと思っているよ。あと人に優しくしてあげてるベルガが面白い。本当に家族には甘い奴だよねぇ」
「ベルガ殿下は必要なフォローはしてくれる人ですが、優しさが表に出づらいですからね。まぁ、そう言ってもらえるなら良かったです」
「ふふ、というかイリスも嫉妬とか独占欲とか分かるんだねぇ」
「多分、私はその辺は強い方だと思いますよ」
紅茶を飲みながらあっさりと放たれた言葉に、ヘルンの動きは固まった。この子がいつ、そんな感情を味わっていたのか。
「え、恋?」
「いえ……友情ですね」
伏し目がちに、少し迷うような彼女は珍しい。最近何かあったかと記憶を手繰ると、昨日、イリスたちが着飾ったことが話題になっていたのを思い出した。
「もしかしてリュカ様? 昨日お茶会をやってたんだよね? 何かあった?」
「すごく生き生きしてますね。まぁ、リュカ様です。友だちを増やしてほしいと思ったのですが、いざ他の人と仲良くなられるのは、少し寂しくも感じました」
「おぉ!? イリスがリュカ様に独占欲を抱いてる!」
「嬉しそうですね? 研究の時みたいに目が爛々としてますよ」
不思議そうに首を傾げられたが、こちらは予想外すぎて興奮せずにいられない。友情であれ、誰に対してもあまり深入りしないこの子が独占欲なんて覚えるなんて。
「え、リュカ様に話して良い? 絶対喜ぶと思うんだけど」
「それはちょっと恥ずかしいです。というかリュカ様の側にいる人を増やすのは私から陛下に相談したことですし、リュカ様も察していると思います。話しても困らせてしまいますよ」
「え、何。もう全部聞かせて!」
仕事の報告でもするかのように淡々と語るイリスの話は、リュカ様の周囲の人間ばかり死ぬことになる彼に寂しい思いをさせたくないという、あまりにも彼女らしい考えだった。この子は親しい人間には、どこまでも思いやりがある。
「なるほどね。リュカ様が察してるっていうのは?」
「宰相様がさり気なく、成人パーティーは私がリュカ様の側にいない前提で話していたのです。事前に私とパーティーの話をしていたのは分かるでしょう」
「宰相、そういうとこあるよね! リュカ様を動かすために、あえて仄めかしたんだろうなぁ」
たしかにリュカ様なら、イリスの心配と、それを陛下たちに相談していたことには気付いていそうだ。その上で、死ぬ準備をする彼女の思いを汲むリュカ様は複雑なことだっただろう。
「くー、十六歳なのに難儀な子だよ。こうなるとは思ってなかったからなぁ」
「周りが前世組の戦える人間が多いのも一因ですし、今度は人生一度目の、長く付き合えそうな人と仲良くなってほしいとも思っています」
「あー、そうね。戦いに出ない友だちがいた方が安心か。リュカ様の周りって大人が多いし、年齢が近い人と仲良くなるのも良いよね」
「リュカ様と一番年齢の近い私でも三歳年上ですからね。私だと中身も実年齢以上に大人なところはあると思いますし、もっと距離の近い友だちができると良いですね」
「リュカ様が大人びているから問題はなさそうだけど、年相応の友だちと付き合うのもアリだね。お茶会で紹介した子たちとはどうだったの?」
「まだ友だちとまではいかない感じですが、あまり人見知りを出さずに話していましたよ。テオが皆を笑わせてくれたのもあって雰囲気が良かったですし、会ううちに仲良くなっていけると思います」
「テオはいてくれるだけで助かるタイプだよね。リュカ様も、昨日は王族主催だから頑張ったのかねぇ」
小さい頃から人見知りだったリュカ様は、医大学への留学後、さらに人を寄せ付けなくなったと聞く。
簡単に友だちをつくる人ではないが、最近のイリスたちとの交流で人見知りも少し和らいだのだろうか。単純に年齢と共にその辺りも成長もしているのかもしれない。いずれにしろ、人間関係の面は良い方向に進んでいるようだ。
目の前で、イリスが品良くカップを置いた。彼女は黙っていれば、ドレスなど着なくても良家の令嬢に見える。
「イリスって、王妃とか王子妃になりたいと思わないの?」
「え。いや……思いませんし、普通に無理ですけど、急にどうしました?」
「イリスは役職を与えればその通りになれる人だから、無理でもないと思うんだけどなぁ。あー、イリスが貴族だったら良かったのにね!」
いきなりの話に、とても不思議そうにしているのは予想通りだ。これを機に、少しでもリュカ様との結婚を意識してくれれば良い。
自分で「黒い実の怪物と戦ったら死ぬと思え」と言ったのに、つい、この優しい子たちの未来を願ってしまうのだ。




