お茶会③
とりあえず紅茶を一口飲んでみたが、無言の間が生まれた。ちらりとリュカ様を窺ったら、カップを持ったまま視線が下がっていた。
話題を提供するにも、このメンバーで何を話したら良いのか分からない。申し訳ないがここはテオ頼みかと思った時、隣で紅茶のカップを置いたアリーシアが「うん」と小さく頷いた。
「美味しい紅茶ですわね。お菓子によく合いそうです。いただいてもよろしくて?」
「もちろん、どうぞ」
「ありがとうございます。イリス、あなたの好きなチョコレートもありますわよ。いただいたら?」
「コンラッド、ナッツクッキーあるぞ。リュカ様はどれにしますか?」
アリーシアが自然な流れで話題を作ってくれ、テオもそのままリュカ様とコンラッド様を会話に入れた。イリスも勧められるまま、お菓子をいただいた。
飾り気のない四角いチョコレートを噛むと、中から甘酸っぱいベリーのソースがとろりと口に広がった。
「すごく美味しい」
ひとり言のつもりだったが、リュカ様が優しい笑みを向けてくれた。宰相様との事前の打ち合わせの時に、皆の好きなお菓子を伝え合っていた。イリスがチョコレートを好きなことも伝えていたので、しっかり用意してくれたのだろう。小声でお礼を言うと、小さく頷いてくれた。
皆も好きなお菓子を食べて美味しいと口に出していて、少し場の雰囲気が柔らかくなった。目の前のテオはキャラメルクッキーを食べている。
「ふふ。テオ、『美味しい!』って思い切り顔に書いてあるよ。キャラメルが好物なの、早く言ってくれれば良かったのに」
「イリスもですが、テオもわりと甘党ですよね」
「テオはキャラメルと、ココアも結構好きなんですよ。お気に入りの銘柄があって、それをよく飲んでるんです」
「あ、それ私も貰いました。アリーシア、この間家に来てくれた時に出したココアだよ。気に入ってたよね?」
「頂き物と言っていたココアね! 美味しいから飲ませたいと勧めてもらったのですが、本当に良いお味だったので、銘柄を教えてもらってうちでも購入しましたわ」
「アリーシア様にも気に入っていただけて良かったです。イリスが休みの時に会ってたのですか?」
「えぇ。イリスが外国からようやく帰ってきたと思ったら、一日と空けずに仕事を始めたものですから全然会えてなくて。休みの日には手紙を送るように言って、ようやく会えましたわ」
「……この茶会の手紙を書いている時に、イリスが『ついこの間も親友と言われた』と言ってました。その時のことなのですね」
「えぇ。その日はゆっくりしたいからと家に招いてくれたので、たくさんお喋りしましたわ! というかイリス、お茶会の手紙がクソすぎでしたわよ。わたくしでないとキレてますわ」
「ふふ、私個人宛にもクレームの手紙くれてたね。でも参加の返事ものすごく早かったって聞いてるよ」
「当然ですわ! 王族主催ですし参加はもちろんしますけど、今回は特にイリスがわたくしを信頼して紹介してくれたのですもの!」
「イリス、本当に『手紙がクソ』って言われてるんだな。あまり令嬢から聞かない単語なんだか? 仲良いのはもう伝わってるけど、それで良いのか?」
「イリスの手紙が簡素なのはいつものことなのです。会えばにこにこしてるので、悪気がないのは分かっていますわ。もう慣れました」
「ふふ、そうなのですね。テオは逆にすごい長文を書いてくるのですよ。この茶会の招待も、『お前だからこそ紹介できるんだ』みたいなことを長々と書いてくれてました」
「テオ、手紙を書くのに時間が掛かってるとは思っていましたが、そんな感じだったのですね」
「いや、だってコンラッドを招待する理由とかきちんと説明した方が……ちょっ、イリス! めっちゃ笑ってんじゃねぇぞ!」
怒涛の勢いで会話が進む。テオが手紙を書いている間、暇だったのでリュカ様と宰相様としりとりをしていたが、そんなことを書いていたのか。
「静かにすごく笑ってますね。イリスは結構テオがツボですよね」
「くっ、テオ様、やりますわね! でもわたくしの方がイリスとの付き合いは長いですし、イリスの親友はわたくしですから。それはきちんと知っておいてくださいませ!」
「そこは競ってないのですが! あの、分かりましたから、そんな全力で悔しそうな顔しないでください!」
「イリス、その髪留めはわたくしがあげたものよね? とてもよく似合っているわ」
「ありがとう。今日はアリーシアに会うからこれを使うって決めてたの」
アリーシアがにっこりと嬉しそうにしてくれた。イリスが成人する時の誕生日に彼女が贈ってくれた髪留めは大切にしていた。着けたら喜んでくれるかなと思っていたので、気づいてもらえて良かった。
「アリーシア様、そんな『どうだ!』みたいな顔をされても! お二人が親友なのは分かりましたから!」
「ふふ、アリーシア様とイリスさんは本当に仲が良いのですね。どこでお知り合いになったのですか?」
「ミセイラ高等学校ですわ。同じクラスでしたの」
「あぁ、なるほど。貴族と平民が平等に過ごせることで有名な学校ですね」
なるほど、と男性陣が頷いている。
貴族は貴族専用の学校、もしくは平民と同じ学校でもクラスは別という学校が多い。
その中で、ミセイラ高等学校は、創設者が平民出身の現貴族であり、「貴族と平民が完全に平等」を徹底した国内唯一の学校だった。
「最初はあまり話す機会もなかったのですが、うちの学校は貴族と平民が理解し合えるようにと、家庭科の授業がありまして。わたくしたちはお互いが苦手なことを支え合ううちに仲良くなりましたのよ」
「家庭科ですか……料理とかですか?」
耳慣れないであろう単語にリュカ様が反応した。普通は平民の学校でしかないし、そもそも男性は受けない授業だ。テオたちも物珍しそうにしている。
「えぇ。お料理と、お裁縫ですわ。わたくしはお料理が苦手でしたので、慣れているイリスが手伝ってくれまして。逆にイリスが苦手なお裁縫はわたくしが教えていたのです。大変でしたけれど、おかげで仲良くなれましたので、かえって良かったですわ」
目を瞑りながら楽しそうに話すアリーシアからは、キラキラと誇らしげなオーラが出ている。
たしかに仲良くなるきっかけだったし、イリスにとっても結果的には良かった。アリーシアと友だちになれたのは、人生の宝とも言える。
しかし、アリーシアは調理実習でイリスがどんなにつきっきりで見ていても、何故か毎回火柱を上げるので消火活動が必要だった。イリスは服を作る課題でミシンを壊したりしていた。
調理室の天井は完全に真っ黒に焦げ、高価なミシンは三台買い替えになった。先生は泣いていた。
生き生きとするアリーシアとは対称に、遠い目になるイリスを見た男性陣は、何かを察したように黙った。
イリスの手先の不器用さを知るリュカ様とテオが、「裁縫で何かやらかしたんだな」という顔を向けてきているのが、いたたまれなすぎる。
「えぇと、テオとコンラッド様は幼馴染と聞いていますが、いつからの付き合いなのですか?」
「僕が二歳の時には会ってます。家が近くて、兄たちも含めて家族ぐるみの付き合いなんです。剣も勉強も、よくテオに教えてもらったものです」
「まぁ。そんなに年も離れてないでしょうに、テオ様は優秀でいらっしゃるのね」
「えぇ。テオは三歳上なのですが、面倒見も良いので、うちの姉共々ずっとお世話になってますね。もう僕たちの兄みたいなものです」
「うん、良い感じに言ってくれてるけど、お前ら姉弟、昔から好き勝手に俺を連れ回すよな? うちに来たと思ったら、いきなり森に連れて行かれてぼんやりしたり、川で魚釣りされられたが?」
「森でのピクニックの時だね。あれは僕もよく覚えてるよ。何故かテオに虫がものすごく集まっちゃって、すごい形相で逃げまくってたのも良い思い出です」
「お前らは笑ってたが、めっちゃ怖かったんだぞ! 俺はあれから虫が苦手になったんだが!」
「テオの虫嫌いはそういう理由があったのですね」
コンラッド様がふわふわと髪を揺らして楽しそうにしている。ずっと柔和な雰囲気が満ちている彼は、わりとテオには容赦ないらしい。アリーシアは「そうでしたか」と同情するように相槌を打っている。
何故か虫に好かれるテオが森なんて行ったら、それは大変だっただろう。というか部隊に入った彼はこれからエシェカの森にも行くことになるのだが、大丈夫なのか。
「くっ、リュカ様とイリスの言いたいことは伝わってますが、そこは頑張りますから!」
「急にお二人が『こいつ大丈夫なのか』みたいな顔をされてますね。テオ、城でも虫から逃げ回ってますか?」
「えぇ。この間もテオに虫がくっついて動けなくなっていたので、イリスが取ってました」
「んふふ、テオがすごい顔してた時ですね」
「イリスが結構ウケてた時でもありますね。今も思い出し笑いしてますし」
「お前、初対面の時から始まり、中庭でも虫に追われてる俺見て笑ってたし、何かと俺で笑いすぎじゃね?」
「テオが変な顔しすぎなの!」
「意図して変顔してるわけじゃないんだが! アリーシア様、令嬢らしからぬ顔になってますって! イリスと親友なのは分かってますからっ! コンラッドも、アリーシア様に凄まれてる俺を見て爆笑してんなよ!」
「今日はテオのツッコミが忙しいですね。いつもの三倍くらい回ってます」
「もうリュカ様だけですよ、普通に接してくれるのは!」
「勢いで私までツッコまれてます?」
「んはは!」
「イリスがすごく楽しそうですね」
できるだけ静かに笑っているのだが、そろそろ脇腹が痛くなってきた。
リュカ様も、初対面の人がいるのにわりと自然体だ。テオの面白さと、アリーシアたちの社交性のおかげだ。まだアリーシアたちとの会話は少ないが、感触は悪くなさそうで良かった。
「皆様が普段もそのような感じで楽しんでらっしゃるのが伝わってきますわ。イリスがずっとにこにこしてます」
「テオのツッコミも絶好調ですし、リュカ殿下も楽しそうですし、本当に仲良いのでしょうね」
「くぅ、万が一イリスが辛そうにしていたら、わたくしの家で雇いたかったのですが、これは無理そうですわね」
「イリスは兄上と私で取り合いになっています。そちらにお譲りできる余地はありません」
「むしろ、わたくしが譲っているとも言えますのよ! せめてイリスを大事にしてくださいませ!」
「言われるまでもありません」
リュカ様はきっぱりそう言うと、優雅に紅茶を飲んだ。何だか照れくさい会話だ。リュカ様は本当に大事にしてくれるので、アリーシアには「大丈夫だよ」と微笑んだ。
彼女は嬉しいと悔しいが混じったような顔で、頬をほんのり赤くしている。
「リュカ殿下。ついでにテオのこともお願いします。結構寂しがりなので、輪という輪に入れてあげてください」
「コンラッド、お前は俺の保護者か?」
「えぇ、テオが寂しがりなのも分かってきています。先日もテオが手紙を書いている間に、私と宰相とイリスでしりとりをしていたら、そわそわしてましたし」
「テオ待ちで暇だったからやってたのに、そのテオが仲間に入りたそうにしていましたね。別にすごく盛り上がってたわけでもないのですが」
「いや、地名縛りしりとり、地味に白熱してたよな? ダイさんの恋バナの時といい、そこの三人も謎に楽しそうなんだよなぁ」
「リュカ様が無限に地名を出してくるから、宰相様と良い勝負だったんだよ。私はリュカ様の補助付きだったからほぼ二対一で、宰相様が本気出してたね」
「ほら楽しそう! ってか、そのメンバーならやっぱり俺も混じりたい!」
「ふふ、テオ様は本当に輪に入るのがお好きなのね。コンラッド様がものすごくいい笑顔ですわよ」
コンラッド様が静かに爆笑していた。アリーシアもそんな彼らにくすくすと素直に笑っている。
その後も、アリーシアが自領でやっているお店の話や、コンラッド様の学校生活、リュカ様とイリスで最近あったテオの話をしたりして穏やかに過ごした。
最初は人見知りしていたリュカ様も、話しているうちに緊張がほぐれたようで、後半は笑顔も見れた。二人からの呼び方も「殿下」ではなく「様」にしていたし、アリーシアとコンラッド様からの感触も良い感じだ。
まだ少し距離はあるが、おそらく会っていくうちに、もっと仲良くなれると思う。
自分で望んだことなのに、ほんの少し、そのことが寂しくも感じた。




