お茶会②
あっという間にお茶会の当日になった。柱の間から見える空はよく晴れていて、まさにお茶会日和だなと思う。
「あ、ここ控室……連れてきてくれていたのですね。ありがとうございます」
「あまり来ない場所でしょう。テオは場所は大丈夫ですか?」
「男の控室は反対側ですよね。朝、持ってきたスーツとか置きに行きましたし、場所は把握してます!」
「大丈夫そうですね。では、また後で私の執務室の前で」
『はい!』
イリスは城のドレスを借りるためミモザ様と控室で待ち合わせをしていた。
いつもより早めに昼食を済ませた後、リュカ様たちがさり気なく食堂から部屋の前まで連れてきてくれたので、場所に迷うまでもなかった。
午後からのお茶会に向けて、それぞれ身支度のため、いったん解散した。
控室に入ると、ミモザ様がふんわりとした笑みで迎えてくれた。事前に一緒に選んでいたドレスもしっかり用意してくれている。
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ。私が早く来てしまっただけですわ」
「私のメイドというわけでもないのに、引き受けてくださってありがとうございます」
「むしろ、こんな役得はありませんわ! 私、今日を楽しみにしてたのです。イリス様を着飾れる日が来るなんて。宰相室のメイドで良かった……あの時、イリス様が声を掛けてくれたのが私で、本当に良かったです……」
うっとりと両手を組むミモザ様は、ほんのり頬を紅潮させていて、本当に楽しみにしてくれていたのが分かる。
子爵令嬢でもある彼女にこのような手伝いをさせるのは申し訳ないが、そう言ってもらえて心強く感じた。
「さぁ、まずは着替えましょう!」
先週行ったドレス部屋には、城の予備として置いてあるドレスが何十着も並べられていた。その中でイリスが選んだのは、明るい青色の可憐な印象のドレスだった。
見つけた時に、イリスとミモザ様のどちらも「これだ!」となった一着だ。
ミモザ様の手を借りて袖を通すと、柔らかい生地のドレスがしっとりと肌に馴染んだ。首元は鎖骨が見えるように開いていて、袖はベルのように広がっている。
スカート部分はふんわりと広がっているものの、ドレスに慣れないイリスでも歩きやすい程度の膨らみだ。
「あぁ、試着の時も言いましたが、本当によくお似合いになりますわ。青色が銀髪と白い肌に合いますし、形もイリス様の女性らしい体つきを綺麗に引き立ててますわ」
「褒めすぎですよ」
「照れ屋も可愛らしいです! さぁ、次は髪型ですね。サイドを編み込んだハーフアップがお似合いになると思うのですが、いかがでしょう?」
「それでお願いします。あ、髪留めはこれを使えますか?」
「もちろんです。事前に仰っていた、本日来られるご友人からの贈り物ですね。こちらもこの格好に合いますわ」
着ていた制服のポケットから、私物の髪留めとアクセサリーを取り出した。化粧道具の置かれている鏡の前に座って、持ってきたそれらも並べた。
にこにこと楽しそうなミモザ様が、櫛で髪を梳かし、手際良く結んでいく。鏡越しに見える手つきに見惚れているうちにドレスに合う髪型を作り終え、金色の装飾が凝った美しい髪留めを使って仕上げてくれた。
「メイドさんって本当にすごいですよね……いや、ミモザ様がすごいのか……?」
「そんな真顔で褒めていただけるとは……ごほんっ、次はお化粧ですね! イリス様は濃すぎないお化粧がお似合いになると思うので、そのようにさせていただきますね!」
髪同様にてきぱきと、しかし丁寧な手つきで化粧をしてくれるミモザ様をじっと見ていたら、気まずそうに頬を赤くされてしまった。
「そんなに見られると、手元が狂ってしまいそうですわ」
「すみません。真剣な様子がかっこいいなと思って」
「かっこいいは初めて言われましたわ……んんっ、発色の柔らかい赤色の口紅をアクセントに仕上げてみましたわ」
「良い感じだと思います。腕が良いのですね」
「もうっ、素材が良いのです! 最後はアクセサリーですね!」
照れ屋なのはミモザ様も一緒だ。照れ隠しのように促されたので、用意していた銀色の華奢なピアスとネックレスを身に着けた。いつもの赤いピアスは、制服のポケットに深々としまった。
「いつもの格好も大変素敵ですが、今も最高にお綺麗です。さぁ、全身を確認いたしましょう!」
うきうきしているミモザ様が可愛い。彼女に導かれて全身鏡に立ったが、そこに映る自分は、なかなか悪くないのではないかと思った。
「可愛いです、綺麗です、美しいです! 本当に素敵です!」
「綺麗にしてくれたのはミモザ様ですよ。ありがとうございます」
ミモザ様は鼻息荒く褒めてくれる。彼女はずっと、瞳をよく見なくても本心で言ってくれているのが伝わるので、こちらとしてはむず痒い。
制服はミモザ様に預け、「また後で!」と挨拶してリュカ様の執務室へ向かう。
お茶会は城の屋上が会場だが、イリスもテオも行ったことがない場所だ。リュカ様が連れて行ってくれるため、部屋の前で待ち合わせをしている。
ミモザ様の手際が良くて、支度は予定より早めに終わっているが、待たせたら悪い。そして、できるだけ人通りの少ない道を選んだが、それでもすれ違う人からかなり視線が集まっているのも気になり、早足で歩いた。
執務室の前に着くと、テオが待っていた。
ミルクティーのような淡い茶色のスーツに、瞳と同じ明るいオレンジ色のタイを合わせている。髪も少し撫でつけたようで、綺麗に整えられている。
テオの貴族らしい格好は初めて見たが、さすがにしっかり着こなしていた。
「お待たせ、テオ。似合ってるね」
「おー。お前もすごいな。本物の令嬢みたいだ」
「ミモザ様のおかげだね。それと宰相様も」
いつも部屋の前にいる護衛騎士たちは、今はリュカ様についているので、ここにはいない。
テオの奥に立って視線を遮ってもらい、二人で並んでリュカ様を待った。
「この三人で待ち合わせと言ったらここだけど、さすがに目立つな。視線がすごいぜ」
「普段、この場所に着飾った人いないもんね。今日は少し踵のある靴なんだけど、ここに来るまでの間も見られすぎてたから早歩きしてきたよ。体幹鍛えてて良かった」
「その格好でその発言は頭が混乱するんだが」
のんびり二人で待っていると、横からリュカ様が護衛騎士たちを連れて、やや早足で向かって来た。
「すみません、お待たせしま、した……」
リュカ様は濃い茶色のスーツに、やはり瞳の色と同じ深緑のタイを着けていた。さらっとした黒髪は普段通りの自然な状態だ。
今回のお茶会は、王族主催ではあるが小規模で気楽にという話でアリーシアたちにも伝えてある。
なのでリュカ様もあまり派手な格好はしていない。それでも綺麗な顔立ちがよく映えていて、いつもより気品も感じる。
イリスがリュカ様をまじまじと観察していると、リュカ様もこちらをじっと見ていた。
『………………』
「え、何これ」
無言のイリスたちに、テオが困惑している。何だか目を逸らすタイミングを失ってしまった。
この場所で見つめ合っていると、初対面の時を思い出す。もうあれから数ヶ月が経つとは早いものだ。そんなことを考えている間も、リュカ様は瞬きをしてるのか分からないほど、ものすごく凝視してくる。
『………………』
「あの、リュカ様? イリス?」
「あ……すみません。茶会でしたね。こっちです」
一分ほどはそうしていただろうか。リュカ様が何度か瞬きをしてイリスから視線を外した。くるりと背を向けて歩き出したので、イリスたちもついて行く。
何故か護衛仲間たちが、三人揃ってとてもいい笑顔でグーサインを向けてきたので、とりあえずイリスも返しておいた。
イリスだけでも相当視線を浴びたが、皆で揃うと、もう廊下にいる人が全員こちらを見てきた。何事だと思われているに違いない。さすがに隣のテオも居心地が悪そうにしている。
途中、ラミーさんとマリッサさんもいたので手を振ったら、二人ともグーサインで返してきた。彼らのは多分、「その格好良いね」的な意味だろう。見知った顔を見て、少し緊張がほぐれた。
そのまま歩いていると、赤い絨毯が敷かれた謁見室に来た時の域に入り、周囲は静かになってきた。イリスたちも特に話すでもなく、連れて行ってもらうがまま歩いていたら、階段に突き当たった。
リュカ様は一段上ると、イリスの方を振り向き、無言で手を差し出してきた。
ドレスを着ているためエスコートしてくれるのだと思い当たり、そっと手を乗せる。
「ありがとうございます」
どことなく優しい顔をしたリュカ様は小さく頷いて、イリスと一段一段、ゆっくりと階段を上っていく。テオはその様子を優しく見守っていた。
階段を上りきると、一面に瑞々しい芝生と花が植えられていた。屋根がないため、青空も、太陽の暖かさも、いつもより近く感じる。
中央には白いテーブルがあり、大皿いっぱいのお菓子や、金縁に花柄のついたティーカップなどが準備されていた。周りは待機している使用人と、色とりどりの鮮やかな花に囲まれている。予想以上に美しい空間に、思わず呆けてしまう。
「まるで楽園ですね」
「王妃が茶会によく使っている場所です。階段は少し大変ですが、見栄えがしてご婦人方にも大層人気のようですよ。それに、地上よりも虫が少ないです」
「すっごく良い場所ですね!」
切実に頷くテオに、リュカ様は苦笑しつつ「そう言ってもらえて良かったです」と返した。
リュカ様が執事に椅子を引かれ、ホストの席についた。すかさず側に立っていたメイドが、リュカ様に近い椅子を引いた。「どうぞ!」と自信を宿した笑みを向けてもらったので、そちらに腰を掛けた。向かい側にはテオが座った。
あまりに流れるような動作に、席次に悩む暇すらなかった。
「さすがですね……」
「お前、見た目はこの場所に馴染みすぎてるけど、こういうのは普通にびっくりするんだな」
「一応こういうのも令嬢の友だちの家で何度か経験してるけど、久しぶりだからね。お茶会のマナーとかも忘れてたから復習してきたよ」
「お前のそういう真面目なところ、良いと思うぜ」
テオがグーサインを向けてくれた。彼とのやり取りは普段の雰囲気で安心する。今日はリュカ様がずっと静かだなと思って顔を向けると、目が合った。そして逸らされた。
「え……関係が初対面の頃に戻っている……?」
「違います。そんなことはあり得ません。……んんっ、イリス、その格好よく似合いますね。とても良いと思います」
「あ、ありがとうございます。リュカ様もとっても似合ってますよ。……褒めようとしてくれていたのですね」
「ずっとそう思っていたのですが、言うタイミングが分からなかったのです……」
「ふふ。このやり取り、照れますね」
リュカ様が話している間もずっと顔を背けているが、その様子にイリスもそわそわと無駄に足が動きそうだ。
思ったより初対面の人に会うことには緊張していないようで、そこは良かったなと思う。
そろそろ約束の時間というタイミングで、入り口から声が聞こえてきた。
「ローズベリー侯爵令嬢と、へライブ伯爵令息がご到着されました」
金髪の令嬢と、茶髪の令息が、メイドや従者を連れて入って来た。令嬢はイリスを見て、ピンク色の混じった赤色の瞳を細めて、にこっと笑った。
二人は、貴族らしく品良く席についた。
「ようこそ。お二人とも、来ていただいてありがとうございます」
主催であるリュカ様が無表情ながら、きちんと声を掛けた。視線こそやや下向きだが、普段よりは人見知りが強くは出ていない。
「お招きいただきありがとうございます。わたくしは、ローズベリー侯爵の娘、アリーシアと申します。今日を楽しみにしておりましたわ」
綺麗な笑みを浮かべたアリーシアは、動くたびに金髪が輝いている。柔らかなミント色のドレスは、フリルのついたハイネックに、袖はふっくらと膨らんだデザインで、恵まれた胸元を強調せず、上品ながら彼女の華やかさを引き立てていた。
「お招きいただき大変光栄です。僕はへライブ伯爵の次男、コンラッドと申します」
コンラッド様は、ふわっとした淡い茶髪に、レンガ色のスーツを身に纏っている。子犬のような愛嬌のある笑顔とやや小柄な体型も相まって、全身から柔和な雰囲気が出ている。
イリスとテオも、それぞれアリーシアたちに挨拶を済ませ、一段落したタイミングでメイドたちが紅茶を用意してくれた。
いよいよお茶会が始まった。




