お茶会①
昼食が終わって、リュカ様の執務室でのんびり休憩していたら、今日は宰相様が来た。
品良く微笑む彼は「座っても?」と、きちんとリュカ様に確認を取って、イリスとテオの間に腰掛けた。
今日は恋バナなどで振り回されている時とは違い、穏やかな雰囲気ながらも、仕事モードに見える。
「休憩中にすみません。あ、イリス、飲み物なら今は大丈夫だよ。ありがとう」
「構いませんが、どうしましたか?」
「ごほん。リュカ様、友人を増やしましょう」
「は?」
「約一年半後、リュカ様が十八歳になる日、成人パーティーがあるでしょう」
突然の友人の話に驚いていたリュカ様の顔は、その言葉に引き攣った。
イリスは成人パーティーと聞いて、ついこの間の、陛下に会った時のことを思い出した。
『この国では成人は各家で祝うのが一般的だが、王族が成人する場合は違う。城内の会場いっぱいに貴族を招待して、盛大な成人パーティーを開催するのが伝統なんだ』
『つまり、成人してこれから本格的に政治などにも関わっていくのでよろしく、という挨拶の場だ。成人パーティーは式典扱いだから、主役となるリュカは当然、参加必須だな』
陛下と宰相様からそう教えてもらった。リュカ様はパーティーとか好まなそうだなと思っていたが、案の定、積極的とはとても言えない様子だ。
「当日は、壇上で挨拶をした後に貴族たちとの挨拶、つまり社交があります。リュカ様はこれまで社交の場には出てこられませんでしたし、いきなり大勢の知らない者と話すのはお辛いかと思います」
「パーティーの段取りは知っていますが……」
「テオやダイが側にいたとしても、彼らとだけと喋り続けるわけにもいきません。少しでも話せる人の数を増やしましょう」
そこでリュカ様が眉間を寄せたのが分かり、今度はイリスが強張った。
「友人づくりの前に、イリスは? 私の護衛なので貴族でなくても会場に入れますよね」
「私はちょっと、会えない貴族が何人もいまして……」
「は……?」
「すみません。会場の外で守らせてください。危ない人は絶対に全員弾きますので」
「お前そんな、いやいやと首振って……本当に過去に何があったんだ……」
隣からリュカ様がものすごい目力を浴びせてきているのが分かるが、そちらを見れない。
ドルバさんの元での仕事で、侯爵などいろんな貴族と関わったが、恨みを買っている気がする人が何人もいる。相手はイリスのことなど忘れているとは思うが、会わないに越したことはない。
「イリスのことはよく分からないのですが、こう言ってますし、当日は外の警備とかにあたってもらうとして。会場内でリュカ様が話せる人、できれば他の貴族とのやり取りでもフォローを入れられる人物が側にいると心強いと思います」
「……」
目力は向けてこなくなったが、かなりの無表情で黙ってしまった。
リュカ様のためのことではあるが、人見知りの彼にとってはハードルが高いことなのだろう。というか、イリスだっていきなり友達をつくれと言われたら戸惑う。
「ごく少人数から、いきなり友人ではなく知り合いからで良いのです。知らない人に最初は腰が引けても、テオたちみたいに、話していくうちに仲良くなっていける人はいると思います」
リュカ様は明らかに乗り気ではないが、宰相様は穏やかに静かに話し続けている。
「そこで、テオ、イリス。二人の友人をリュカ様に紹介してくれないか。君たちの友人なら信頼できる人間だろう」
さり気なく宰相様が友人を増やす方向に話を持ってきた。ずっとリュカ様の様子を心配していたテオが、「そういうことなら」と遠慮がちに口を開いた。
「コンラッド・へライブ伯爵令息はどうでしょうか。俺の幼馴染なのですが、リュカ様と年齢も近いし、良い奴ですよ」
「へライブ家は悪い話も聞かないし、人当たりの良い人物も多い家だね。イリスはどうだい?」
「私と同い年で良ければ、アリーシア・ローズベリー侯爵令嬢はご紹介できると思います」
真っ先に浮かんだのは、いつもイリスと仲良くしてくれるあの子。社交的で、完璧令嬢と呼ばれる彼女が側にいれば頼もしいだろう。
「イリスなら貴族の友人もいそうだとは思っていたが、文句なしの名門貴族だね。アリーシア嬢とは私も話したことがあるが良い子だったよ。……リュカ様、二人もこう言ってくれてますし、どうでしょうか。茶会からはじめてみませんか」
人見知りの彼は、眉間にしわを寄せている。
そのまましばらく迷った末に、小さく頷いた。
実は今回の話は、イリスも関わっていた。
怪物と戦った時、リュカ様を泣かせたくない思ったら力が湧いて生き延びることができた。
だが、さすがに黒い実の怪物と対峙したら死ぬだろうし、やはりリュカ様を悲しませてしまう日は来る。
そうなった時、この人の側に誰かいてほしい。
余計なお世話なのかもしれないが、リュカ様が一人で寂しい思いをするのは、イリスが嫌だった。
陛下と話した際に、それは伝えてあった。
『なるほどな。……自分が死ぬことよりも、リュカの心配か』
小さくそう呟きながら顎を撫でた陛下は、そっと頷いた。
『あいつは君たちこそ受け入れているが、他の人間は未だになかなか受け入れようとしない。普通に言っても聞かないだろうな。宰相、成人パーティーの問題もあっただろう。それと合わせて対応しろ』
『承知しました』
宰相様はイリスの思いも含んで動いてくれている。
友人を増やすことはリュカ様にとっては本意ではないかもしれないが、どうか、彼にとって良い方向に行ってほしいなと思う。
「では、その二名に招待状は送っておきますね。それと、紹介者であるテオとイリスからの手紙も添えたい。それぞれ、この紙に何か書いてもらえるかい」
「……スーツから手紙が出てくるとは、準備が良いですね」
「こういうのは勢いも必要ですから」
頬杖をついて少しむすっとして見せるリュカ様を、宰相様は穏やかに受け止めている。いつも年齢以上に大人びているリュカ様だが、今は年相応に見えた。白紙の手紙を渡されたので、さっそくペンを取った。
「できました」
「イリス。私も愛想の良い文章なんて書けませんが、さすがにそれは簡素すぎませんか」
「ん? 書くの早すぎ……ちょっ、『来てね』の三文字だけなことあるかよ! めっちゃ余白あるんだけど!?」
「必要なことは宰相様の方で書くでしょうから、私からはこれで良いです」
「本当に友人なのか!?」
「ついこの間も『親友』って言ってくれたよ? まぁ、『あなたの手紙はクソすぎますわ!』とも言われてるけど」
「令嬢にそう言わせるってことは駄目なんじゃないか!? あ、そのまま宰相様に渡してるし!」
リュカ様をはじめ、男性陣が呆気にとられている。でも、彼女はイリスの手紙に完全に慣れているので何も問題ないと思う。
「え。ぐいぐいと持たされるのだが」
「アリーシアにはこれでお願いします!」
自信たっぷりに手紙を押し付けられた宰相様は不安が拭えない顔だが、「大丈夫です」としっかりと頷いておいた。
宰相様が帰った後、リュカ様がこちらに顔を背けてしまった。怒っているのかと思ったが、片手では机の上に置いていたイリスの手を握ってきたので、どちらかと言うと拗ねている気がする。
「リュカ様。友だちを増やすのは、嫌ですか?」
「二人の友人に不満とかではないのですが。私はあなたたち以外に、友人をつくるつもりはありませんでした。私のためなのは分かっていますし、感謝すべきことなのも理解はしているのですが……」
握る力が強まった。先ほどは黙っていたが、言いたいことは溜まっていたらしい。話に関わっていた身としては何だか申し訳ない気持ちだ。
「当日、イリスが近くにいないのも嫌です。パーティー自体、本当はやりたくないのに、ますますやる気が失せます」
「うっ、すみません。でも、私がいるとかえってご迷惑を掛けることになるかもしれません」
「嫌なら話さなくてもいいのですが……右目といい、会えない貴族がいることといい、何があったのですか?」
「うーん……二人には私の過去も話せますが、特に家族のことなどは明るい話ではないのです。気を遣わせてしまいます」
「イリスさえ良いのなら、私は聞きたいです」
こちらを向いたリュカ様は気遣わしげに、窺うように見てくる。たびたび過去のことを気にしつつも聞いてこなかったテオも同様だ。
話すことで優しい二人に複雑な思いをさせたくない。けれど、リュカ様の護衛であるイリスがパーティー当日に側にいれない理由は、きちんと説明しておくべきではある。二人は聞こうとしてくれている。イリスも、覚悟を決めた。
「……分かりました。右目についてですが、小さい頃は――」
今世の過去を要約して、できるだけ感情を乗せずに、ドルバさんの闇医者のことを伏せて、一通り話した。
聞き終わった二人は、悔しそうな顔だ。ずっと握っているリュカ様の手は、家族の話の時は強く握られ、今は力が抜けて解けそうだ。
「……なるほど。大変でしたね……」
「お前、何と言えば良いのか、すごい人生だな……」
「まぁ家族はあれですが、雇用主との生活は悪くなかったですよ。一応あれでも保護してくれていたのだと思いますし、おかげでここまで生きてます。思いがけず法律とかも覚えられましたし」
「そちらは、おそらくイリスの言うとおり、大変でも悪いばかりではなかったのでしょう。信頼関係があるのも伝わっています。ですが、家族と教会は……」
「人の家族を悪く言いたくないけど、右目の件はいくらなんでも無しだろ……」
実際、ドルバさんの方は大変だったが楽しくもあった。間違いなくイリスの人生に必要だったし、出会えて良かった人なのだ。
だが、家族についてはイリスとしてもフォローが難しく、曖昧に微笑むしかできない。
「……本当に、私があと何年も早く生まれていれば。イリスともっと早く出会えていれば、私が助けたかったです……」
「ありがとうございます。気持ちが嬉しいですよ。今は楽しいですし、案外大丈夫です。二人とも、あまり気にしないでくださいね。……換気でもしましょうか」
いくら淡々と話しても、二人には衝撃を与えてしまった。どんよりとしてしまった空気を入れ替えるために、窓を開けた。
一瞬にして、テオを目掛けて虫が入ってきた。
「うぉ!? ちょっ、虫、くっついてきた! イリス、取って!」
「あ、ごめん。テオって虫に好かれるよね」
「まっすぐ入って来たのに、わざわざ曲がってテオの方に行きましたね」
小指ほどの大きさの虫が、テオのお腹にひしっとくっついた。白目を剥きかねないテオは動くこともできず、ぶるぶると耐えている。
「んふっ、テオ、その顔すごく面白いね」
「俺の顔は良いから早く取って!」
必死の叫びに、面白すぎる顔に震える手でハンカチを取り出す。そのハンカチで虫を素早く摘んで外に逃がし、窓は閉めた。
「焦ったぜ……ありがとうな……」
「どういたしまして……ふふっ」
「まだ笑ってるし!」
虫のおかげで、ある意味で空気は入れ替わった。まだ心臓の音が早そうなテオにはグーサインを送っておき、リュカ様には微笑みを向けた。気持ちは伝わったようで、彼は眼鏡を押し上げて顔を引き締めた。
「イリス、話してくれてありがとうございます。さぁ、仕事に戻りましょうか」
『はい!』
翌日、再び宰相様が来た。招待した両名から「参加します」と返事が届き、茶会の場所などが決まっていく。小規模とはいえ公式的なお茶会なので、正装することなった。
「ドレスは持っていないのですが、制服でも良いですか?」
「城にある予備のドレスを貸すよ。髪や化粧なども含めてミモザに手伝いを頼もう」
「助かります。……宰相様、ありがとうございます」
「このくらいなんてことないよ」
宰相様は、とても温かい笑みを返してくれた。




