手を取り合う ―その後の一日―
リュカ様の方での仕事を以前より一時間早く切り上げ、手を振って見送ってもらった。
いつも部屋の前にいるリュカ様の護衛騎士たち三人に、イリスも護衛になったので改めて挨拶しておいた。
「なるほど。肩書上という感じのようですが、護衛仲間でもあるということですね」
「はい、そうです」
「正直、我々よりイリスさんの方がお強いと思いますし、距離的にも殿下のお近くにいらっしゃるので、頼もしいです」
もしかしたら嫌な顔をされるかもと懸念していたが、騎士たちは好意的に受け入れてくれた。四人で手を重ね、「皆で頑張りましょうね! おー!」と小声で団結力を高めた。
ベルガ殿下の執務室に戻ると、殿下が何か言いたげな顔をしていた。
「……お前、本当に昇格しやすいな」
「前のは殿下がやったんじゃないですか」
「まぁそうだが」
他にも人がいるので小声で端的に話した。呆れたような、困ったような顔をする殿下に、少し笑ってみせた。
「ったく。まぁ後で陛下からも話は聞く」
「え、わっ!」
声の大きさを戻した殿下は、立ち上がって、イリスの頭を撫で始めた。髪を乱すように力強くわしゃわしゃと数往復させると、満足したのか座り直した。
「……ふふっ、なるほど。八つ当たりみたいな意味合いだとは思うのですが、悪くないですね。ダイさんの気持ちが少し分かりました」
「髪ぼさぼさだぞ」
「いや、殿下のせいですよ」
「お前は今日は通常業務だ。部隊の方は明日以降から参加させる」
「了解です」
髪を整えながら今日の仕事を聞き、扉に向かって振り向くと、部屋にいたネルさん、サンダさん、ラミーさんがこちらを見ていた。
「ずっと聞きたかったんですけど、二人はどんな仲なんですか? やっぱり何かだいぶ慣れている感じがありますよね!?」
「昔馴染みたいな……ね、殿下」
「そんな感じだ」
「子どもの頃に会ってたということですか? 王子と平民が……?」
「教会の見回りとかで……ね、殿下」
「あぁ。行ってたな」
「な、なるほど……」
三人とも微妙に納得しきってない様子だが、押し切るしかないので堂々と頷いておいた。これ以上の追及を免れるため、イリスは再び「行ってきます!」とさっさと部屋を出た。
夕方の仕事が終わり、夜までの休憩はどこに行こうかと考えながら歩いていたら、前方から、少し袖を余らせたローブを身に纏う細身の男性が、こちらを見て目を輝かせた。
「イリスさん! もしかして休憩ですか!?」
「ソクート様。はい、休憩です」
期待のこもった声で話し掛けてきたのは、グレイさんと食堂に行った時にイリスに恋の相談をしてきた、陛下の補佐である、ソクート様だった。
首元で結ばれた癖のある茶髪は、軽い足取りに合わせて犬の尻尾のように跳ねている。
相談された後、彼の意中の相手である騎士、ダンテ様に男性同士の恋の脈があるか確認したが、ナシではないという結論だった。
その後も休憩時間にソクート様に会うたびに、彼らを二人きりになれる状況を作ったりと何かと協力していた。
「復帰されて何よりです!」
「ありがとうございます」
「では、今からダンテ様にアプローチを仕掛けたいので、イリスさんも見守ってください!」
「あ、はい」
「こっちです!」
イリスがアプローチを見守る必要性は分からなかったが、彼のキラッキラの目に断れる気もせず、大人しくついて行った。
「ふふ。僕、あれから何度かダンテ様に話し掛けたりしてまして! 顔見知り程度の仲から、友だちにはなれたと思っています。今日はさらに一歩進めるため、スキンシップをしてみたいと、思っております!」
「そうでしたか。頑張ってください」
「はい! ククク……落としてみせますよ、ダンテ様……っ!」
この感じなら、もう放っておいても大丈夫そうな気がする。そもそも、大人数が集まっていたあの食堂で、男性同士の恋の相談をしてくる度胸がある。
だが、そんなイリスの思考を読んだように、ソクート様がこちらを振り向いた。
「それにほら、今イリスさんは城内ですごい噂されてますから、一人でふらふらしてたら、また囲まれちゃいますよ!」
「あ、なるほど。お気遣いでもあったのですね」
「噂に頓着しないイリスさんでも、直接あれこれと言われたら嫌でしょう? 僕を盾にしてください! そして僕の勇気を見守ってください!」
「ありがとうございます」
どれだけ噂されているのか知らないが、今朝の通勤でも相当に視線は感じたので、たしかに一人でいたら面倒なことになりそうだ。優しくマイペースな彼に甘えることにした。
ソクート様について行くと、騎士の訓練場に着いた。赤い制服や、黒い訓練着の騎士たちが多い中でイリスたちは浮いている。ちらちらと視線を浴びつつ、訓練場の扉が目の前に見える、太い柱の陰に二人で隠れた。
「ここで待機して、訓練後のダンテ様に話し掛けます! そろそろ出て来ると思いますので!」
「はい。……よくここで待ち伏せしているのですか?」
「ダンテ様に惚れてから、ほぼ毎日ここで彼を見てます!」
イリスの一歩前で柱にしがみつくソクート様は訓練場から目を離さない。ソワソワする彼の体に合わせて、結んだ茶髪が犬の尻尾のように跳ねている。恋をすると人はこうなるのか、と一つ学びになった。
すぐに訓練場の扉が開き、逞しい体の男性たちが出てきた。その中に、ダンテ様もいる。
「行ってきます!」
彼の姿に目を開いたソクート様は飛び出し、一直線にダンテ様に話し掛けに行った。ダンテ様もそんな彼に笑顔を向けていて、たしかに仲良くなっている様子だ。
談笑し始めた二人に、周りにいた騎士たちが「またか」と言うように苦笑いで散っていく。
そのまま見守っていると、何かに笑っていたソクート様が指を突きだして、ダンテ様の肩のあたりで彷徨わせ始めた。
あれほど積極的な人なのに、スキンシップには踏ん切りがつかないのか、触るでも引っ込めるでもなく、ただ指をうろうろとさせていて、ダンテ様も不思議そうな顔をしている。
何を見せられているのだろう。冷静にそんなことを考え出した時、ダンテ様がソクート様の頭を撫で始めた。彼の結んだ髪を乱さないように優しく触れている。
そして、顔を真っ赤にしたソクート様が倒れた。
多分、彼の予想と容量を大幅に超えたのだと思う。
救助に行くべきか迷っていると、そんな彼に驚いていたダンテ様が、ソクート様を抱き上げた。「しょうがないな」みたいな優しい顔で、おそらく医務室に向かって歩き始め、姿は見えなくなった。
やっぱり何を見させられたんだろうなと思う。でも、なかなか悪くない雰囲気な気がして、ソクート様のアピールは着実に効いているようだ。
「イリス?」
「あ、グレイさん」
「今日は部隊の方はまだ来ないと聞いていたのですが、どうしたのですか?」
聞き馴染みのある声に振り返ると、訓練着を着たグレイさんが、少し目を開いてこちらを見ていた。
状況を話すと、「あぁ、あの時の」と納得している。
「ふふっ、巻き込まれているのですね」
「はい。そして、その人はさっき倒れて、お相手の人に運ばれていったところです」
不思議そうに首を傾げられたが、「多分、今日の彼は良い夢が見れると思います」とだけ伝えた。
「でもちょうど良かったです。イリス、あの右側にある扉の先が、対樹部隊の集まる、小訓練場という所ですよ」
「あ、そうなのですか」
「普段は暗殺部隊など、比較的少人数の戦闘員が訓練しています。なので、対樹部隊はその訓練と被らないように、朝か夜に使うようにしています」
「たしかにその時間はグレイさんたち、いませんでしたね」
「はい。とはいっても、メンバーは所属が違うので、その日の勤務に合わせて、それぞれ行ける時に行く、という感じで全員揃うことはあまりないですね」
ふむふむと頷くイリスに、グレイさんはどこか満足気に微笑んでくれた。本当に教えるのが好きらしい。先輩としての意識の高さに、尊敬の気持ちを抱いた。
「イリス、まだ休憩ありますか?」
「はい。というかグレイさん待ちでした。この後、一緒に仕事なので」
「あ、そうでしたか。僕はこの後、少し休憩してから戻るように言われていました。夕食まだですよね? 一緒に食べに行きましょうか。この時間なら囲まれはしないと思いますので」
「はい!」
ようやくいつものグレイさんに戻ったな、と思いながら一緒に向かった食堂では、「肉を食べさせると約束しました」と、また食事を奢ってくれた。
「いつもありがとうございます」
「いえ、全然。たくさん食べてください」
正面に座るグレイさんは、優しく微笑んでくれている。本当に面倒見の良い先輩だ。
イリスが先輩に奢ってもらった分はいつか後輩に返そうと思っていたが、そろそろグレイさん本人に何か返すべきな気がする。とはいえ後輩に奢られるのも気まずいだろうし、物を贈るのも何か違うような。
そんなことを考えながら美味しくお肉を食べていると、入り口のあたりが賑やかになった。
「一気に人が増えましたね」
「どこかの部隊の騎士も訓練が終わったようですね。……ちなみに、療養室でイリスを運んでいたという騎士は、ここにいますか?」
にこにこしていたグレイさんが、このタイミングでいきなり警戒心を纏い出したので慌てて辺りを見回した。だが、あの時に運んでくれたポニーテールの騎士は見えない。
「いえ、いませんね。そもそも女性が見えませんし」
「え、女性?」
「はい。立つのもままならなかったので、女性の騎士にシャワー室内まで運んでいただいてました」
「……なる……ほど……そうか、女性……」
グレイさんが固まったと思ったら、深く息を吐いた。見るからに肩の力も抜けていて、警戒は解けたようだ。
「あ。私、女性とは言ってなかったかもですね。騎士といえば、まぁ男性を思い浮かべますよね」
「いや、つい男だと思い込んでいましたが、そうですよね。女性の可能性もありました。早とちりしてました……」
「すみません。心配してくれてたのですね」
「はい……無防備な姿を男に見せるのは、良くないので。女性で良かったです」
ふわっと柔らかい笑みを向けてくれた。随分と気に揉ませてしまっていたらしい。
その後の仕事で、お詫びでもないが戦闘はイリスが担当すると主張し、また一悶着した。
「王立病院の事務長親子には、以前から目をつけていたのです。二ーリア新院長の自宅での被害なら、まぁ、あの親子の嫌がらせでしょう」
「これは確実に父親の事務長も協力しているのでしょうから、まとめて捕らえられますね。というか、息子は護身に銃を持っているそうですから、やっぱり彼を捕らえるのは僕がやります」
「私にやらせてください。一週間で体が鈍ってしまいましたから、ちょうど良いのです。ほら、私は事務長とかには顔が割れてるので、見られたら何か面倒になりそうですし。囮はお任せしますね」
「うぅ。事務長自身は現場にはいなそうなのに……」
息子は無事に捕らえ、地下牢での聴取から父親も協力していた言質を取り、そちらも捕らえた。
「やっと病院関連は片付きました」
「イリスが復帰直後なのが嘘のように機敏に動くから早かったですね。本当に休んでましたか?」
「休んでましたよ。少し剣の素振りとかしていただけです」
「動いてるじゃないですか……!」
「えぇと、ちなみにグレイさんが三日間お休みしてた時は何されてましたか?」
「……剣の素振りとかですね」
「ふふ。一緒じゃないですか」
お互い様すぎて笑ってしまうイリスに、やはりグレイさんもつられて笑顔を見せてくれた。
◇◇◇
朝の訓練をした後、リュカ様の執務室の前に、二人の護衛仲間と共に立つ。
リュカ様は執務室に出勤されると、いつも無表情でこちらに挨拶をして、部屋に入っていく。その後は御使いを頼んできたりするが、基本的にはあまり呼ばれず、一日が終わる。
幼少から剣の腕を磨き、王子付きの護衛騎士なんて立派な役職を得ても、実際の一日はこんなものだ。
幸いなことに比較的平和な治世、かつあまり外にも出ないリュカ様の護衛は、単調な日々になってしまうので、緊張感を維持し続ける方が大変だったりする。
だが、これでも良い方で、ベルガ殿下の護衛騎士なんてその役割を果たせる機会はかなり少ない。
「補佐方が本当に強い。そして殿下ご自身もとんでもなくお強い。あの執務室はある意味、城内で最も安全な場所だと思う。俺らの仕事があるのは、滅多にない殿下の外出時や式典とかの時くらいだよ」
「で、でも、先輩も城内屈指の凄腕じゃないですか。王子付きの護衛という誇りを持ちましょう!」
「フォローありがとう。でも、お前も分かっているだろう? 俺、普段いらんくね……?」
先輩が遠い目をして、乾いた笑みを浮かべていた時は、もう同情しかできなかった。
ある時、部屋の前でぼんやりしていたら、たまにここに来るダイさんが、二人の補佐を連れてやって来た。
自分は、人の戦闘力を測れる。ダイさんがとても強いのはとうに知っていたが、初めて会うその二人からも強い戦闘力を感じた。
特に一人はかなり強い。茶髪の男の方かと思ったが、銀髪の女性の方で驚いた。
その後のリュカ様とのやり取りで、ベルガ殿下の補佐と知って納得はしたが、見た目と合ってなさすぎて思わずじっと見てしまった。
そして宰相様の補佐の方も、地味に並の騎士以上は強い。
二人は「基本ずっと一人だったリュカ様が?」と護衛仲間全員で疑うほどあっという間にリュカ様と仲良くなった。
三人、またはダイさんも入れた四人で昼食から帰ってくる時はいつも楽しそうにしていて、リュカ様の笑顔に見慣れないうちは、じろじろ見ないようにするのに気を張った。
また、リュカ様がイリスさんに触れる姿も見るようになった。
「リュカ様、今日の馬車でイリスさんをエスコートしてたけど、初対面でなければスキンシップもわりと平気になったのかな? それとも王族の教育の成果か?」
「いや、わざわざ自分から触るのはイリスさんだけだろ。ありゃ特別だよ」
「眩しいよな……お二人はお似合いだと思うけど、身分がなぁ」
この仕事は正直わりと暇ではあるが、ここに来る人は良い人たちばかりだ。彼らの関係を窺ったり、その感想を騎士仲間と小声で言い合ってみたり、何だかんだ楽しんでもいる。
そんな調子で平和に過ごしていたが、一週間前、イリスさんが怪物を討ち取って毒に倒れた。自分たちにとってもすっかり馴染みのある人になっていたので心配していたが、今日また元気な姿を見れて安心した。
そのイリスさんが、いつもなら自分たちに「お疲れ様でした」と微笑みながら一礼してベルガ殿下のところに戻るのに、今日はこちらに近づいて来た。
自分もリュカ様の護衛になったと、少し遠慮気味に伝えてくれた。
嫉妬などはまったくない。それだけ、もう自分たちもこの人のことを信頼していた。
「頼もしいです」と本心で伝えたら、彼女は安心したように微笑んだ。形だけでもこの人と仲間になれたことが、自分は素直に嬉しい。
「イリスさんも護衛かぁ。本当に頼もしいな」
「まぁ、もともとリュカ様に何かあれば普通に守っていたと思うけどね」
「あの人と仲間になったの、何だか昇格でもした気分だ」
分かる、と自分たちは頷いた。あの人の仲間として見合えるようになりたくて、訓練に一層熱が入った。




