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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
第三章

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36/53

手を取り合う

 怪物を倒してから一週間後、イリスは体力が戻り、仕事に復帰した。通勤中やたら視線を感じたので、足早にベルガ殿下の執務室に行くと、入室した直後にダイさんが駆け寄ってきた。


「イリス、会いたかったぜ! 本当、その見た目でよくやるよな! 俺も見舞いに行こうとしたのにベルガたちに止められてさぁ、俺だって療養室では騒がないのに。他の奴だけずるくね? しつこく言ってたらベルガがめっちゃ俺に仕事回してきてクソ忙しかったし。ってか何かちょっと髪型変わった? 可愛いね!」

「ふふっ、ありがとうございます」


ダイさんが怒涛の勢いで喋りかけてくる。この人は療養室に来てもすごく喋っていたと思う。でも、肩を叩いて楽しそうに話すこの人には、やはり元気を貰える。


他の皆も声を掛けてくれて、イリスは本当に仲間に恵まれていると感じた。


「イリス。陛下から任命がある。宰相と謁見室へ行け」

「了解です」


リュカ様のところを外されるのは、もう受け入れるしかない。本当はまだ寂しいけど、きっと時間が解決してくれる。



 宰相室に行くと、すぐにミモザ様とライラス様が近づいて来た。


「お二人も、お見舞いありがとうございました。ジャムクッキーもハーブティーも、とても美味しかったです」

「私も医務室まで行きたかったのですが、皆様も行かれているのにご迷惑かと思って、テオ様に預けさせていただきましたわ」

「いやー、本当にすごいですよねぇ。城内、イリスさんの話題で持ちきりですよ。まぁでも、とにかく復帰されて良かったです!」


優しい笑顔と、ぱっと明るい笑顔を向けてくれる二人と話し、最終的に三人でハイタッチをして宰相様の前に行った。


宰相様からも体調を気遣う言葉をいただき、穏やかな笑みを浮かべた宰相様は「では行こうか」と椅子から立ち上がった。


「しかし、一人で紫の実の怪物を倒すとは。君が強いのは知っていたが、予想以上だよ」

「かなりギリギリでしたけどね」

「でも君は勝った。その体のどこにそんな力があるのか、私は不思議でならないよ」


前を歩く宰相様が、心底不思議そうに言った。前世で軍人だったので、とは言えないので曖昧に微笑む。



 しばらく歩くと、廊下に赤い絨毯が敷かれた域に入った。普段来ないここは、王族や来賓の方がよく使う場所だと教えてくれた。いつもの廊下は賑やかだが、ここは静かで上品な雰囲気だ。


そのまま奥に進み、重厚な扉の前で立ち止まった。


「ここだよ。先に陛下に声を掛けてくるから、少し待っててくれ」


そう言って宰相様は中に入っていった。


前世で軍の隊長であったイリスは当時の国王陛下に会うことがあったため、今世でも陛下に会うことに緊張はしていなかった。


だが扉の前まで来ると、今世の陛下がすごく厳しい方だったらどうしようと、今さらながら少し緊張する。陛下がどんな方か、少しは殿下たちに聞いておけば良かった。


深呼吸をするイリスに、扉の前の護衛騎士たちが、目で「大丈夫ですよ」と言ってくれた気がして、少し微笑んで返した。


すぐに穏やかさを崩さない宰相様が出てきた。


「待たせたね。どうぞ」


とにかく、何を言われても受け入れる。それだけを決めて、宰相様が手で押さえてくれてる扉の中へ入った。


「失礼します」



 広い部屋の中は赤い絨毯が敷き詰められており、ずっしりと重そうな濃い赤色のカーテンには金色の装飾が施されていて、格調の高さが伝わってきた。壇上の上では赤い椅子に座る陛下が、こちらを見ていた。


陛下は赤いローブをまとい、緩く癖のある黒髪の上には金色の王冠が輝いている。藍色の瞳はベルガ殿下と同じだが、立派なひげがあるので見た目の印象は異なる。


座っているだけでただ者ではない雰囲気をまとう陛下の側に宰相様が立ち、イリスは数メートル離れたところで膝をついた。


「イリス。固くならなくていい。いつも息子たちが世話になっているな」

「私の方こそ、殿下方に大変お世話になっております」


落ち着いた低い声は陛下らしい威厳があり、大声でなくても耳に入ってくる。


「報告は聞いている。よく紫の実の怪物を倒した。国の防衛に大きく貢献してくれたことに感謝する。ついては、今後も君にはその力で国を守ってもらいたい。対樹部隊に入ってくれるね?」

「はい。かしこまりました」

「ありがとう。今後、君の所属は、ベルガの補佐兼対樹部隊だ。頼んだぞ」

「……はい」


対樹部隊入りと、リュカ様のところが外れるのが正式に決まった。表情を保っているつもりだが、眉尻は下がっているかもしれない。


とにかく任命はされ、イリスは受け入れた。退室の合図を待つが、陛下はひげを触りながら少し黙っていた。


「……そうだ。君とリッタの報告書を読んだが、一つ疑問がある。君は怪物を相手に、激しく息切れをしていたほど疲弊していたのに、毒を食らった後、一気に怪物を仕留めたそうだね」

「はい、そうです」

「そこで倒れてもおかしくないのに、何故、急にそんなに動けた? 死にそうになって、まだ眠っていた底力が発揮されたのか?」


陛下は純粋に疑問だという顔だ。毒を受けた時のことを思い出す。その力が発揮されたときにイリスが考えていたことは――


「仰るとおり、底力です。その力が湧いたのは、毒を受けたときに、リュカ様を思い出したからです」

「ほぉ。というと?」

「私は毒を受ける前、相打ち覚悟で怪物の核を狙っていました。ですが、リュカ様からも聞いていたマリゼンバナを見て、リュカ様の顔を思い出しました。いつも些細なことでも心配してくれるリュカ様は、ここで私が死んだら、泣いてしまうのだろうと思いました。リュカ様を悲しませたくないと思ったら急に力が湧いてきて、怪物を仕留めるに至りました」

「……そうか。リュカか」


思ったことを素直に話した。陛下は困ったような、それでいて優しい顔をしている。その隣で宰相様は少し泣きそうな顔だ。陛下は再び少し黙った。


「イリス。今後もリュカと共にいたいと思うか?」


少しの間の後に掛けられた、思いがけなかった質問に、どう答えれば良いか詰まる。


一緒にいたい、と真っ先に頭に浮かんだ。しかしイリスは補佐と対樹部隊に専念すべきだし、仲良くなるほど、死んだ時に悲しませることになる。やはり、一緒にいるべきでない。


「……」

「率直な思いを聞かせてくれ」

「……はい。一緒にいたいです」


圧のない声に、素直に答えた。陛下は目は細め「そうか」と静かに呟いた。


その反応に、陛下もその答えを望んでいたのではないかと感じた。宰相様は口を閉じたまま、むにゅりと動かしていて、何だか嬉しそうにしている気もする。


もうイリスはすべて差し出している。陛下の言葉を待つだけだ。陛下はイリスの回答を聞くと、目を瞑り、そして再び藍色の瞳を見せた。


「イリス・シュパール。君を、ベルガの補佐兼リュカの護衛兼対樹部隊所属とする」

「……え」


堂々と言い放たれた陛下の言葉に呆気にとられた。陛下は満足気にニヤリと笑っている。


「さすがに、手伝いでは付けていられない。護衛としてなら文句はない。護衛といってもリュカのところにいる時間帯だけで良いし、仕事の方も手伝ってやれ。つまり、これまで通りだ。やれるな?」

「あ、はい。かしこまりました」

「うむ。こらからも息子たちをよろしく頼むぞ」

「はい、ありがとうございます」


頭が理解しきれていなかったが、とりあえず返事をした。


「他に何か、私に言っておきたいことはあるか? まだ少し時間はあるぞ」

「……では、恐れながら。――」



 陛下と話し終え、下がって良いと言われて立ち上がった。扉に向かう間に、リュカ様とテオとまだ一緒にいられることを理解した。肩の力が抜けそうになるのを堪えて冷静に退室した。



「イリス」

「リュカ様?」


 部屋を出ると、廊下でリュカ様が腕を組みながら壁に背を預けて待っていた。ここで待っていたとは思っていなかった。


イリスがそちらに寄ると、リュカ様は姿勢を戻したが、眉を寄せて難しそうな顔をしていた。


「私、リュカ様の護衛になりました」

「は?」


イリスがにっこりと報告すると、いきなり過ぎたのか予想外だったのか、「護衛?」と目を大きくしたまま言葉を失っている。ここまで驚いた顔はあまり見ないなぁと、その顔を見つめる。


「ベルガ殿下の補佐兼リュカ様の護衛兼対樹部隊です」

「…………」


口に出して改めて思うが、こんな所属は異例だ。まず王子二人についていること自体が異例だったし、さらに対樹部隊まで加わっている。

部屋の前にいた騎士たちも、ぽかんと口を開けている。


先ほど陛下に言われたばかりの、護衛はリュカ様のところにいる時間帯だけなども伝えると、理解が追いついたリュカ様は冷静に戻った。


「なるほど。対樹部隊に入ることに私は大反対ですが。私のところも続行ということですね」

「そうなります」

「それは良かった……」


複雑そうな顔をしているが、少し表情は和らいでいる。良かったと言ってもらえて、イリスの心は持ち上がった。リュカ様も、まだイリスといたいと思ってくれていた。


リュカ様は深く息つくと、眼鏡を押し上げて顔を引き締めた。


「兄上にも報告しないとですね。もう今日から、自分のところでイリスの予定を組んでいるでしょうから」



 そのまま二人でベルガ殿下のところにも報告に行くと、部屋にいた全員に「は?」と言われた。


「そういう訳ですから、兄上。イリスの時間配分を調整する必要があります」


リュカ様は、珍しく額に手を当てて黙るベルガ殿下に構うことなく、「ここからこの時間までは私のところで良いですね?」などと、てきぱきと話をつけていた。


「対樹部隊も陛下の任命で抗えないですが、私のところも陛下の任命ですから。ではイリス、行きますよ」


堂々と言い切ったリュカ様に、殿下は最後まで黙っていた。押されている殿下が珍しいが、ひとまず「行ってきます」と声を掛けて彼について行った。



 部屋を出て、まっすぐにリュカ様の執務室に向かっていたが、途中で手を引かれ、人気のない隙間に連れて行かれた。何だろうと思っていると、リュカ様は再び眼鏡を押し上げた。


「なかなか二人になる機会がなかったのですが、イリスに謝りたいことがあります」

「え? 何ですか?」

「すみません。イリスに解毒薬を飲ませる時、口移しをしました」


まっすぐに目を見て言われたが、イリスはすぐに目を逸らした。その話は、あえて頭の隅っこに放って置いたのに。


「……はい、聞いています。そういったことをさせてしまってすみません。人命救助、ありがとうございます」

「……まぁ下心とかではなく最速で助けるためでしたが。本当に分かっていますか? イリスの口と私の口を、合わせました。水も複数回は飲ませたので、何回も」

「分かっていますよ……!」

「あぁ、照れていたのですね。それもかなり。それなら良いです」


何が良いのか知らないが、真正面から言われて顔が赤くなっている自覚はあるし、その顔をリュカ様が楽しそうに見ているのも、かなり落ち着かない。

顔ごと逸らし、壮絶だった怪物との戦闘を思い出すことにした。


 そちらに意識を全力で集中させたことで、しばらくの後、ようやく平常心を取り戻した。


「……ふぅ」

「戻ってしまいましたね。もっと見ていたかったです」

「勘弁してください。面白いものでもないでしょう」

「いえ、結構良かったです。まぁテオも待っているので、そろそろ行きましょうか」


また手を引かれ、怪物のことを思い出している間も繋ぎっぱなしだったのに気づく。すっかり普通に触ってくれるのは、嬉しいものだった。



◇◇◇



 紫の実の怪物を一人で倒したという驚異的なことを成し遂げたイリス・シュパールを、対樹部隊に任命するべく謁見室へ呼んだ。


イリスの名は、前々から知っていた。一瞬であのベルガとリュカの信頼を得たイリスにはずっと関心はあった。ようやく顔を見れると、密かに今日を楽しみにしていた。


ベルガも大概だが、特にリュカが彼女に強い執着を持っていることも知っていた。あのリュカが、自分から彼女の手を触ったとか、口元を拭いたとか、廊下を走ったとか、今までではあり得ない話ばかり耳に入り、彼女が特別な存在であることは明白だった。


イリスの対樹部隊入りは確定していたが、リュカの抗議が激しかった。本人も頭では理解してるはずだが、気持ちが追いついていなかったのだろう。


ほぼ確実で死ぬ未来を背負わせることを申し訳なくは思うが、これも国のため。彼女には対樹部隊として怪物と戦ってもらう。



 呼ばれた彼女は、長い銀髪をふわふわと泳がせて入ってきた。淑やかに自分の前に膝をつく彼女は、どう見ても普通の女だった。


むしろ真っ白な肌も、不思議な色気も非常に女っぽく、腰に着けている剣以外は、怪物を倒した人間にはまったく見えなかった。見た目によらず強い人間は多くいるが、彼女は特にそうは見えない。


対樹部隊に任命したときも彼女の表情は変わらない。

年齢不相応なほど落ち着いて構えている彼女を見ていると、何故かベルガを思い出した。


任命はすぐに終わったが、何となくそのまま彼女を帰す気にならず、思い出した毒を受けた後のことを尋ねた。


彼女は冷静に、リュカを悲しませたくないと言ってきた。

少し伏し目に、その時のことを思い出しながら話す彼女からは何度もリュカの名前が出てきて、純粋に思いやっていたのが伝わって来た。


参ったなと思うと同時に嬉しくもあった。


彼女はリュカのところから外して、対樹部隊に集中してもらうつもりだった。それが国のためになる。

だが、最終的に彼女が怪物を討ち取れたのは、リュカへの愛だった。リュカとのこれまでの絆が、彼女を生かした。


息子を心から大切にしてくれる存在。

イリスに人間的な好感を持った。


彼女の、嘘や人の善悪を見抜けるという特技も含め、いっそ自分の補佐にとも、ほんの一瞬考えてしまった。


予定を変更してイリスをリュカの護衛にした。護衛という危険な役割にはあの子は喜ばないだろうが、そのまま引き離すのがどうにも惜しかった。

その後も、イリスは自分のことよりリュカのことばかり考えていた。



 イリスが退室した後、宰相がぽつりと言った。


「イリスに随分と無茶な役職をつけましたね。重責の役職ばかり三つも。彼女でなければまず納得されないでしょう」

「まぁな。でも彼女はできる人間だろう」

「陛下。私は嬉しくもあり、惜しい気持ちもあり、とても複雑です」



 夜、ベルガもリュカも私に言いたいことがあるだろうと早めに仕事を切り上げると、夕食後、案の定ベルガが部屋に訪ねてきた。


「陛下。イリスの件はどういうことですか?」

「まぁ待て。どうせならリュカも呼ぶぞ」


ベルガはいつもの無表情だが、声には納得いってないという不満が乗っている。リュカも呼び、二人にイリスと話した内容を伝えた。

彼女がリュカを想って敵を討ち取ったということは、報告書には書かれていないことだった。


「つまり、リュカ。結果的にお前がイリスを生かしたんだ」

「何ですか、それ」


リュカは泣きそうな顔で、手を強く握りしめている。昔から無表情が多かった息子がこんなに感情的になるのかと思った。


「ずっと、彼女は私の心配を受け流してると思っていたのに。伝わっていたのですね……」


涙を浮かべるリュカの、その見慣れない姿を、隣に立つベルガが凝視していた。こいつは何だかんだ家族に弱い。弟の泣く姿に、おそらくあれで動揺しているのだろう。


「リュカ、お前にとってイリスは必要なんだろうが、イリスにとってもお前が必要ということだ。一緒にいることで力になるのなら、それは結果的には国のためにもなる。ベルガ、こういうわけだ。分かったな」

「はい、陛下」


ベルガは今度は素直に受け取った。


「言っておきますが、私は、対樹部隊でも何でも、イリスに危ないことをさせるのは、すべて反対ですから」


リュカは目を赤くしたまま言ってきた。こいつの主張はずっと変わらない。イリスへの強い想いが痛いほど伝わってきて、絆されそうになっているのを自覚している。だが現状、譲歩できるのはここまでだ。


国王として、家族相手でも冷静であることを努めなければならない。


「分かっている。だが国のためだ。本人は受け入れてるし、もう決まったこと。しっかりやれ」


「下がっていいぞ」と伝え、ベルガとリュカは退室した。それ見届けた後、深いため息が出た。

今日は情に絆されそうになることが多かった。これで良いのか自信を持ちきれてはいない。


「だが、もう決めたことだろ」


さっき息子たちに言ったことを、自分自身にも言い聞かせた。


「リュカの、結婚相手……」


イリスを見た時からその考えが頭によぎっていた。身分も、対樹部隊という役職も、条件としては明らかに難しいのに、その考えが振り切れない。


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