お見舞い
目を覚ました翌朝、食事は再びメイドさんが食べさせてくれた。
「あの、もう大丈夫ですよ? まだ少し動きは鈍いですが、一人で食べられます」
「やらせてくださいませ。食べたら髪も結びましょうね。あと午後はマッサージも。これが私の仕事ですから」
「あ、はい。では……お世話になります」
これが仕事と言われれば言い返せない。素直に口を開けると、メイドはやはりにこにこと食事を運んでくれて、イリスは鳥になった気分だった。
朝食から少し経った頃、ラミーさんとマリッサさんがお見舞いに来てくれた。
「本当は皆で来たいんだけど、医務室に大勢で詰めかけるのも悪いから交代にしようって話しててさ。ねえさん、イリスのベッドに潜り込まないでください」
「ありがとうございます。マリッサさん、普通に寝始めましたね。あ、私の裾を掴んできました。可愛いです」
「ねえさん、起きてください。この後は普通に仕事ですよ。くっ、せっかくベッドから少し離れていたのに、結局こうなった! ほら、二度寝しないでください!」
「寝ながらラミーさんの頭を触っていますね。だいぶ髪の毛を掴まれてますけど、大丈夫ですか?」
「本当に寝てます!? うわ、頭ごと引きずり込んでくる! ちょっと、ハゲるか変態になるかなのでやめてくださいっ」
ラミーさんがいろいろと配慮してくれていたのに、結果的に、寝ているためか力加減に容赦のないマリッサさんと隣で暴れ始めた。
もうイリスのお見舞いというか、眠いマリッサさんと必死のラミーさんの攻防になっている。やや激しめだが、いつものやり取りにイリスは和んだ。
結局、ラミーさんは「後で他の人も来るからね!」と言い残して、小柄なマリッサさんの脇を持ち上げて連れ帰った。
聞いていた通り、昼前にラーナス様とネルさん、サンダさんも来てくれた。
「ふんっ、暇だろうと思って、僕のおすすめの本を持ってきてあげましたよ! 読みたくなったら読めばいいですよ」
「わ、ありがとうございます! 本当に暇だったので嬉しいです」
「もう片手に持っているのはチョコレートだよな? 頑張った後輩へのご褒美に」
「ネル、これもただの見舞いですっ! ごほんっ、まぁでも、たしかに頑張ったのではないですか? 食事制限とかないなら、どうぞ」
「ふふっ、ありがとうございます。実は私の一番の好物はチョコレートなんですよ。食べるの楽しみです」
「ははっ! ラーナス様は、きちんとヘルン様にイリスの好物を確認してくれてたんだよ」
「サンダ、うるせぇですよっ! そのくらいは普通に聞くでしょう! イリスも、好物とかはもっと普段から主張すれば良いのです! わざわざ人に聞くのも面倒ですよっ!」
怒りつつも親切にしてくれるラーナス様は、やはり面倒見が良い。お見舞いの間、終始ネルさんとサンダさんに突かれていて、愛されてる人だなぁと思う。
昼過ぎには、またリュカ様とテオが来てくれた。テオは両手に何かを持っていた。
「これ、宰相様とライラスとミモザからの見舞い。こっちは俺から。このココア美味いからな。明日家に帰るんだろ? そしたら飲めよ」
「ありがとう。宰相様はともかく、ミモザ様たちもご存知だったんだね」
「つーか、城内の皆が知ってると思うぞ。怪物自体が話題だし、お前をおぶられていたのも見られてるし。あとリュカ様が廊下を走ってたし」
「リュカ様が? あ、急いで来てくださったのですね。ありがとうございます」
「リュカ様、すごい速さでしたよね。運動のイメージがなかったので、あんなに足が速いと思いませんでした」
「いや、まぁ、あの時だけです」
照れたリュカ様が目を逸らしてしまった。いつも落ち着いているこの人が走る姿は想像できないが、テオが言うなら事実だろう。胸がむず痒くなった気がした。
「よぉ。派手にやったな」
夕方、ラーナス様からの本を読んでいたら、今度はベルガ殿下が来た。いつもの無表情で、堂々とした殿下が近くの椅子に座った。
「一人で、それも人を守りながら紫の実の怪物を倒すとは、やるじゃねぇか」
「ありがとうございます。褒めてくれるの、珍しいですね」
「まぁな。本気出した後に二日寝込むのは変わんねぇな」
「元の体力はあまりないですからね。でも今世でこうなるのは初めてです」
多分、ベルガ殿下はイリスが二日寝込んだら起きると信じて、特に心配もしていなかったのだろう。普段通りの様子にイリスも落ち着く。
「お前が寝ている間、リュカの顔は死んでいくわ、グレイは冷気を散らすわ、リッタは泣くわ、ダイはお前の所に行くと騒ぐわ……とにかく周りがうるさかった」
「それは、うるさかったのは主にダイさんなのでは……そういえば、皆さんお見舞いに来てくれてますけど、ダイさんはまだですね。真っ先に来てくれそうですけど」
「ダイは療養室でも騒ぐだろ。ずっと仕事を回してる。馬鹿みたいに体力ある奴だからな。今が一番働かせる時だ」
「ダイさんが頑張るのは異論ないのですが、皆さんもそれなりに賑やかでしたよ。帰られた後に、私がヒューさんやメイドさんに微笑ましい顔をされてます」
「あいつら……騒ぐなって言ったのに」
殿下は「ったく」と呟くが、結果的に皆の賑やかさでイリスも元気が出ているので、ありがたいと思っている。
皆を思い出して少し笑ってしまうが、殿下は一つ息を吐くと真面目な顔をしてきた。
「お前は対樹部隊に入ることになる。俺の補佐と兼任だ。いいな?」
「了解です……リュカ様のところは?」
「外れることになるな」
「そうですか……」
予想はしてたことだが、はっきりと言われてしょぼくれた顔になっている自覚がある。他の人になら気を遣わせないように取り繕うが、ベルガ殿下の前では隠さない。
「お前はリュカの貴重な友人だが、こちらに専念すべきだ」
「はい」
やはり言われた。言ってることはもっともだ。分かってはいるので頷く。
「……お前のそういう顔も珍しいな」
「そうですか?」
殿下は少し目を開いている。もうリュカ様とテオとはすっかり仲良くなってしまったのだから、寂しくもなる。
でも、むしろ今までが融通を利かせてもらっていたのだから、殿下には感謝している。
そして昨日からこの話を考えていたら、ずっと疑問だったことを聞きたくなった。
「殿下。私が最初にリュカ様に会いに行った日、殿下は『仕事で関わることもあるから挨拶に行け』って言ってましたけど、多分、他の皆には言ってないですよね? あれはダイさんが会いに行こうって誘ったからですか?」
「あぁ。それもあるが……何となくお前はリュカと相性が良さそうだった。あいつは人を寄せ付けねぇが、お前は話し相手になりそうだったから行かせた。予想以上に仲良くなって、面倒なことになったがな」
「なるほどです。ふふっ、最初は一人で抱えるリュカ様を心配してのことでしたが、たしかに仲良くなれましたね」
「結果的に手伝わせたから怪物の話も早く進んで良かったけどな。……まぁ、あいつらとは今後も茶でも食事でも一緒にすれば良い。どうせダイあたりがお前も連れて行く」
そう言って殿下は立ち上がり、ポケットに手を入れた。
「対樹部隊は、お前が復帰したら陛下から任命される。今のうちに休んどけ」
「了解です」
「じゃあな」と、ベルガ殿下は小袋をイリスに渡して颯爽と仕事に戻っていった。
貰った小袋には、フルーツキャンディが詰まっていた。こういった気遣いをする概念を持っていたことが意外だ。甘いリンゴ味のキャンディを一つ口に入れ、寂しさを癒した。
翌日、ある程度動けるようになり、後は自宅で静養となった。
メイドに洗ってもらった制服を着て、ピアスもつけ、朝から来てくれたリュカ様とテオと話した。
貰ったお見舞いを手に、ヒューさんたちにお礼を言って医務室を出たら、廊下にグレイさんが立っていた。
「グレイさん、どうしたのですか?」
「家に帰るのでしょう? 運びます」
「私、もう歩けますよ?」
「これは僕のためだと思ってください。失礼しますね」
「え、わっ!」
あっさりとお姫様抱っこをされた。驚くイリスに少し微笑んだグレイさんは、そのままゆっくりと歩き出した。態度も触れる手も優しいが、珍しく少し強引だ。
廊下の人たちからの注目度が半端ではない。そちらに目を向けるのも気まずく、とりあえずグレイさんに視線を集中させた。彼の顔や雰囲気がいつもより暗い気がする。
まじまじと見るイリスに、グレイさんは困ったような微笑みを向けた。
「僕にも、何かさせてほしいのです。薬を作るとかはできませんが、運ぶのは僕もできますから」
「ありがとうございます。……一応聞きたいのですが、重くないですか?」
「むしろ軽すぎて驚いています。今度、肉を食べさせます」
本当に余裕とばかりに軽々と運んでくれるので、少し恥ずかしいが、大人しく甘えることにした。
城の馬車に乗り、いつもなら正面に座るのに、今日は抱き上げた状態のまま座った。
グレイさんの膝の上にイリスの脚が乗っかってしまっているし、全体的に近い。先輩の腕を背もたれにしているのも気になる。しかし、イリスが口を開くより早く、困ったような微笑みを向けられた。
「すみません。この体勢も僕のためです。補わせてください」
この間からどうにも様子がおかしい。多分ストレスのせいだ。先日ストレスの話になった時、リッタさんがグレイさんの頭を撫でれば良いと言っていたのが、イリスは引っ掛かっていた。
あの時はすぐに否定してしまったが、怪物と戦った日の馬車内の話を思い出すと、冷気を出していたのがグレイさんなら、もしかしたら彼も頭を撫でられたいのかもしれないと思い始めていた。
「グレイさん。あの、嫌でなければ、頭を撫でても良いですか?」
「え? ……はい、どうぞ」
「ありがとうございます。失礼します」
驚いたグレイさんだったが、素直に頭を下に向けてくれた。彼の白い髪をそっと撫でる。ふわふわと柔らかい髪は触り心地が良い。
毛流れに沿って頭に撫でつけるようにしばらく触っていると、グレイさんの表情が柔らかくなった気がする。
「グレイさん、何がストレスでしたか?」
「……対樹部隊に入ってから、イリスと過ごす時間が大幅に減ったのがストレスでした。ダイさんとは変わらず関わっているのに、僕は話す時間もほぼなかったです」
「私も部隊に入ることになります。また一緒にいれる時間は増えますね」
「それは嬉しいですが、イリスを危険な部隊には入れたくなかったです。『若い命を大事に』とは言われましたが、僕はもう入ってしまったし……どうせ死ぬなら僕だけで良いのに」
その言葉に、頭を撫でる手を止めて、グレイさんの鼻をつまんだ。すごく驚いた顔をしてこちらを見たので、すぐに手を離し、しっかりと目を合わせる。
「良いですか? もちろん、死ぬ覚悟は必要です。実際その可能性はとても高いので。でも、テストで百点を取ろうと思ったら、百二十点を目指す必要があります。黒い実の怪物を倒すなら、何としても生き残るくらいの気概が必要なのです。……分かりましたか?」
「……はい」
いきなり後輩に説教されたグレイさんは呆気に取られている。こんな失礼なことはしたくないが、実際、これくらいの気概を持たないと人は簡単に死んでしまう。
本当は、死ぬなら自分だけというのはイリスも思っていることだが、彼を生かすためにそれは秘めておいた。
つまんでしまった鼻を撫でると、グレイさんは何度か瞬きをした。
「またイリスが年上に見えました」
「年下です、年下! 本当です!」
「ふふっ、何でそこは必死なんですか」
いつしかの馬車の時のように、また隊長モードになっていたらしい。慌てて否定すると、グレイさんはやっとちゃんと笑ったので、イリスも安心した。
「グレイさんはもっとこう、自分が大事に思われているのを自覚した方が良いです。会議の時も、私を含め皆から本気で心配されていたではないですか。あれはグレイさんが大事な人だからですよ」
「うっ、はい……。あの時は皆の部隊入りを防ぐのに意識を取られてましたが、たしかにそうです。まぁ、イリスの部隊入りは防げませんでしたが……」
「手を押さえてくれていましたので、思いは伝わっていますよ。まぁ、決まってしまいましたし、私はできるだけグレイさんたちを守れるように頑張ります」
「え……僕がイリスを守りたいのですが」
「私がグレイさんを守ります。頑張って追いつきますね」
「追いつくどころか、追い越されてませんか」
「それなら本望です」
微笑むイリスにグレイさんはやはり微妙そうな顔をしていたが、顔は先ほどよりも明るくなっていた。
家に帰った夜、ヘルンさんが夕食を持って来てくれた。
「イリスに持っていくって言ったら、食堂の人たちがサービスしてくれたよ! 私もご相伴に預かれたわ」
「わ、ケーキまで付いてて豪華です! ありがたいですね」
食堂の料理は、やはりとても美味しくて満たされた。怪物と戦った後、体重が減っていたが、皆から貰った食べ物ですぐ戻りそうだ。
食後、ヘルンさんが「私に任せな」と、ぱつっと切れてしまった髪を整えてくれた。左右とも顔周りの髪を少し短くして自然に整えてもらって、むしろ前より良い感じに思えた。
「イリス、可愛いよ!」
「ありがとうございます! ヘルンさんは髪を切るの本当に上手ですよね」
「まぁね! それなら伸びてきても不自然にならなそうだし、私天才だわ」
良い感じに髪を切れたヘルンさんはご機嫌だった。この人は自分の身なりには無頓着で、今日も自分の髪は頭の後ろでざくっと丸くまとめているが、人のを整えるのは好きらしい。
お茶を淹れ、いつものようにソファで寛いだ。
「まぁ会議の時とか両隣から止められてたけどさ。私はイリスは部隊に入ることになるんだろうな、とは思ってたよ。そういう運命みたいな」
「的中しましたね。またベルガ殿下と戦えます。今度はダイさんも一緒なのが不思議な感じです」
「私はもうすっかり剣は持たないから、現場では動けないけどさ。怪物を弱らせる物を作れないかとか、いろいろ検討はしてるよ」
「ヘルンさんはもともと頭脳派でしたし、現場に出なくても、とても頼もしいです」
「これでも元は軍の指揮官だからね。まぁ研究者として活かせるかは別だけど!」
カラッと笑うヘルンさんに、イリスも笑顔になる。この人もイリスにとって大事な人だ。研究は大変そうだが、安全なところにいてもらえるのは嬉しい。
翌朝はテオに貰ったココアを淹れ、元気に出勤するヘルンさんを見送った。早く皆にお見舞いのお礼を伝えたいな、と思いつつゆっくりと休んだ。




