↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/52

特別

 夕日が落ちて、空が暗くなってきた頃。慌ただしく医務室の扉が開けられた。


ふわりとした茶髪を汗で額に貼り付けた小柄な男が、背中に長い銀髪の女性をおぶって飛び込んできた。


「イリスちゃんがっ! ラシュハの怪物と戦って、『悪魔のラッパ』の毒で倒れて!」

「こちらへ! ロイ、『悪魔のラッパ』の解毒薬を準備して。ハシュベル、リュカ殿下に報告に行って」

「はい!」

「……っヒューさん、すみません! この解毒薬に必要な物が思い出せず、えっと、ニルの葉と……」

「ロイ、分からなければ、薬草のセットごと持って来て!」

「分かりましたっ!」


医務室が騒がしくなった。

すごい速度でベッドに向かった茶髪の彼は、その上にイリスを降ろした。


瞼を閉じるイリスはぐったりと力の抜けた状態で、以前見た時も真っ白な肌だったが、今はこれ以上ないほどさらに白い。


「怪物の攻撃は受けた?」

「いえっ、僕が見ていた限りでは受けてないはずです……!」


周りに他の医師と助手が集う中、ヒューはイリスの制服の襟を緩め、脈を測る。


怪物の話はこちらも聞いていた。黒体病を心配するが、少なくとも見える部分には傷はない。どちらにせよ黒体病の方は治す方法もまだ不明。今は毒の治療に集中することを決めた。


薬草のセットがベッドサイドテーブルに置かれた。大きな箱がテーブルからはみ出ているため、ロイが押さえてくれている。


『悪魔のラッパ』こと、マリゼンバナの毒なら、解毒薬を飲ませれば助けられる。滅多に作ることがないその薬の作り方を思い出しながら、彼女の状態を診ていく。


茶髪の彼の言うとおり、マリゼンバナの毒の症状に合う状態だ。あの毒は摂取してから三時間程度で死ぬ。この状態で怪物と戦ったなら、毒が体にまわるのはより早いはずだ。一刻も早く薬を作る必要がある。



 イリスの横で、用意された調合鉢を手に取った時。激しく扉が開く音が響いた。


「イリス!」


入ってきたのは、ひどく焦った様子のリュカ殿下だった。報告に行かせてから来るのが早かった。ここまで走って来たらしく、癖のない黒髪が、今は少し乱れている。

そのままこちらに向かって走り、イリスの顔を覗き込んだ。


「状態は」


短い彼の言葉に、こちらも端的に彼女の状態と、解毒薬を作るところだったことを伝えた。


「薬、私が作ります」


リュカ殿下は横にあった調合鉢を手に取った。中身がぎっしりと詰まっている箱の中から、薬に必要な十種類の薬草を一切の迷いなく取り出し、量を調整し、ものすごい早さで薬を調合していく。

乾燥した材料を棒で砕いてすり合わせ、あっという間に彼女のおよその体重に合う薬が出来上がった。


「水」

「はい」


横に用意されていた水を殿下に渡した。乾燥している薬を、水で練って飲ませやすくするのだろう。

そう思ったが、殿下はそのまま薬と水を持ってイリスに向き直った。


片手に持っていた薬を枕元に置き、イリスの頬を手で挟んで、小さく口を開けさせた。

急ぐあまり薬をそのまま飲ませる気かと思ったが、殿下は完成した薬と水を、自身の口に入れた。

まさか、と思った直後。


リュカ殿下は、イリスの口に、自身の唇を当て、薬を飲ませた。


ヒューを含め、周りの人間は体が固まった。

喉は動かしつつも少しむせたイリスに、殿下は今度はただの水を自身の口に入れて、再び彼女に口移しをした。


それを、何度目も繰り返された。

水が空になり、イリスの濡れた口元を手で拭ったリュカ殿下は、ようやくこちらに目を向けた。


「薬とこれだけの水を飲ませたので、あとは状態を見ながら、体の中で解毒されるのを待ちます。女性の方にイリスを着替えさせつつ、体に傷がついていないか確認させてください」

「分かりました。ルーシュ、お願い」

「はい!」


呼ばれたルーシュは着替えを手に取り、イリスに近寄った。

ヒューも殿下たちも、他の人間はいったんベッドから離れ、カーテンを閉めた。


少し離れたところで彼女をおぶってきた男が、ひどく心配そうにこちらの様子を窺っていた。


リュカ殿下は自身の口元も手で拭いつつ、彼の方を向いた。


「あなたがイリスを運んできたのですか?」

「はい、そうです……」

「イリスは怪物から攻撃は受けていませんでしたか? 毒を受けてからどれほど時間が経っていますか? 何故こんな状況になったのですか?」



 リッタという彼は、眉を垂れさせ、半泣きで殿下の質問に回答した。ヒューたちは黙ってそれを聞いたが、聞き終わったリュカ殿下は、とても険しい表情だった。


「……つまり、紫の実の怪物相手に、イリスは一人で戦い、勝ち、あなたを庇って毒を受けたと……」

「そうです……」

「……」


俯く殿下は、とても悔しそうにしている。先ほど見た光景から、イリスが殿下にとって特別な人なのは明らかだ。

鞘に剣が収まっていないリッタは、肩を狭くしている。


「申し訳ありません……」

「あなたが謝ることではありません……兄上のところにも、今の話を伝えてください」

「は、はい! 了解です……っ!」


感情は荒れているだろうに、人に当たらず冷静なリュカ殿下は、王族としても、人としても、本当に立派だと思う。


タイミングを見計らっていたのか、リッタが足を扉に向けた直後に、カーテンの開く音がした。


「あの、イリスさんを着替えさせました。傷はありませんでした!」


その言葉に、リュカ殿下は心底安心したというように息を吐き、肩から力を抜いた。だが、その顔は依然として険しい。

リッタも頷き、足早に医務室を退室した。


 

 リュカ殿下とヒューは、綺麗な顔で眠るイリスに近づき、再び状態を診た。


まだ薬を飲ませる前と大きな違いはないが、それでも浅かった呼吸が少し良くなっている。

この後は熱を繰り返した後に回復するだろう、と殿下と話した。


近くに彼女の剣が置いてあるが、薄緑色の服から覗くのは細い腕で、とても強いと聞く怪物と戦ったのがヒューには信じ難い。


綺麗な顔を不安に染めた殿下は、力の抜けた彼女の手を握っている。昔からいつも無表情な方だが、今日はいろんな表情を見せている。


「リュカ殿下。来ていただいてありがとうございました。殿下のおかげで早く薬を飲ませられました。後はこちらで見ます。後ほどイリスは奥の療養室に移動させますね」

「特室が空いているならそちらに。起きるまで私も様子を見に来ます。それと、朝にはイリスの状態の報告をしてください。もし異変があれば夜中であっても私に連絡してください。執事にも伝えておきますので」

「かしこまりました」

「よろしくお願いします」


リュカ殿下はイリスの手をそっとブランケットの中にしまい、願うような顔で彼女を見てから退室した。


それを見届け、ヒューはひとまず、ベッドの外にいた医務室の皆を見た。


「先ほどの殿下による口移しのことは、他言しないでね?」

『承知しております!』


とても真剣に返事してくれる彼らを頼もしく思いつつ、イリスを特室に移動させるべく、ヒューたちは動き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。