↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/52

ささくれ

 会議から数日後、リュカ様たちと王立病院に来た。


まず黒体病の研究室に行き、リュカ様はジェイミーたち研究員たちと、解析状況や考察を熱心に話していた。


「――この特有の成分には、殿下が仰っていたように、おそらくマリゼンバナが有効で、血液を――」

「――すべてが完全に未知というわけでもなく、その応用で予防薬は作れそうですね。ただ通常、これとこれは掛け合わないですし、このまま体内に入れたら――」


マリゼンバナなど、以前に図書室で調べていたことは耳に入って来るが、やはり内容の大部分は理解はできないので、ひたすら大人しく話を聞いた。


隣のテオは、「本当にすげぇな」という尊敬と、「何言ってるのか分からん」という途方に暮れたのを混ぜたような顔で同じく静かにしている。


こういう時、普段リュカ様はイリスたちに対しては、本当に簡単に噛み砕いて説明してくれてるのだと実感する。面倒だろうに、そんな素振りも見せない彼は、人として出来ているなぁと尊敬する。



 研究室での話が終わり、ジェイミーに新院長の候補者たちに会うため、別室に案内してもらった。


「副院長方、リュカ殿下にご挨拶できることを楽しみにされてるようですよ。役職持ちでも、普段はなかなかお会いできる機会がないからと」

「黒体病をはじめ、私はこの病院にはいろいろと関わりますから、一度挨拶はしておこうと思っていました」


しれっとリュカ様が表向きの理由を述べたが、本命はイリスが悪人を見抜くことだ。変に警戒されないように、これから会う人たちには院長の件でイリスが動いたことは伝えていないらしい。しっかり仕事するぞ、と気合を入れた。



 案内してもらった別室に入ると、五名の壮年と見受ける男性が立ち上がった。彼らは白衣やスーツの裾をひらつかせて、にっこりと近づいて来た。


イリスたちはリュカ様の一歩後ろで、ただの付き添いの職員として護衛たちと共に控える。

淡い茶髪の眼鏡を掛けた男性が、リュカ様の前に立った。


「私は副院長のニーベル・二ーリアと申します。リュカ殿下、お会いできて大変光栄です」


にこやかに挨拶をした副院長は、リュカ様に握手を求めた。

無難に言葉を返したリュカ様は、一瞬の躊躇いがあった後、ぎこちなく握手も返したが、その手はすぐに離していた。


スキンシップが苦手なのは聞いてはいたものの、実際に嫌がる素振りはあまり見ていなかったので、この反応は新鮮だった。副院長の方は特に気にした様子もなく話を続けている。



 その後の医長や事務長たち四人も、副院長に倣ってか、全員が挨拶をしつつ握手を求めた。


隣のテオが必死に表情を取り繕っているが、「うわー、大丈夫かな」みたいな心の声が聞こえた気がした。イリスも、きっと護衛たちも同じことを思っている。


イリスはそちらにも意識を向けつつ、不自然にならないように、さり気なく彼らの瞳を観察した。



 全員と挨拶の後、リュカ様はお茶を勧められたがそれは断り、黒体病や院長の話なども軽く触れてから、退室のため扉の方に振り返った。その顔は、無表情を極めていた。

苦手なことを頑張った彼には「お疲れ様です」という気持ちしかない。


副院長が残念そうにしながら扉を開けてくれ、そのまま病院の門まで見送ってくれた。



 馬車でようやく一息ついたリュカ様は、疲れた顔をしていた。テオも護衛たちも、気遣わしげにしている。


「リュカ様、お疲れ様でした。初対面の人たちとの会話もですけど……握手は大丈夫でしたか?」

「ありがとうございます。握手は……まぁ、大丈夫ですけど……彼らが悪いということでもないので……」


テオの労いに答えるリュカ様の反応は、とても微妙そうだった。彼の手は、膝の上で完全に力が抜けている。

イリスは、握手についてはフォローできないかと考えていた。


「リュカ様。手、上書きしましょうか?」

「え?」

「多分、私に触るのは大丈夫ですよね? はい、どうぞ」


イリスの手なら何度も触れているし、今日も馬車のエスコートをしてくれたくらいなので抵抗はないかと思った。

だが少し待っても、リュカ様は驚いた顔で差し出した両手をじっと見ている。


「あ。こうすればマシかと思いましたが、また人に触れる方が嫌でしたか」

「いえ。大丈夫です」


かえって困らせたかと引っ込めかけた手を、リュカ様は握り返してきた。

ぎゅっと強く握った両手に、皆の視線が集中している。イリスより少し大きな手でしっかりと包み込まれ、手がとても温かい。


リュカ様は真剣な顔でしばらくそうした後、そっと手を離した。


「上書きできました?」

「はい。ありがとうございます」


良かった。リュカ様の顔が少し柔らかくなった気がする。見守っていたテオにグーサインを向けられ、イリスも向け返した。


「イリス。悪人はいました?」

「一番最後に挨拶した人は微妙です。悪人と言い切るほどではないのですが、おそらく何かの悪事に片足を突っ込んでいます。他の四人は大丈夫です」

「あぁ。最後の彼は、息子が窃盗を繰り返しているのですよ。盗品がすべては返却されていないようですし、何度も事が上手くいっているのも変なので、彼も恩恵を受けているとか、協力や見て見ぬ振りをしている可能性はあります」


なるほど、それならあの瞳なのは納得できる。今時点ではそれは可能性でしかないが、ほぼ間違いない気がする。


左隣に座るリュカ様が不思議そうに、こちらを見た。


「イリスは本当に目が良いですね」

「え? あ……そうですね。目は良いです」


咄嗟に右目の視力のことを考えてしまったが、リュカ様が言っているのは"嘘"や"人の善悪"を見抜けるという意味だ。その意味ならば、たしかに目は良いので頷いた。


「……私は何か、嫌なことを言いましたか?」

「いえ、そんなことはないですよ?」

「でも、無理に笑顔を作っていました。何か飲み込んだのではないですか?」


すぐ取り繕ったのに、観察力が鋭い。そしてリュカ様を困らせてしまって申し訳ない気持ちだ。


「本当に大丈夫ですよ。あの、私は右目の視力がほぼないので、目が良いと言われて先にそちらのこと考えてしまっただけです。視力の意味でなかったのは分かっています」

「は……? ……イリス、少し見せてください」


眉を寄せたリュカ様が、イリスの頬に軽く触れて、顔を正面に向き合わせ、左目をそっと手で覆った。

途端に視界がぼんやりする中、リュカ様の気配を間近で感じる。

白い視界に、肌色がうっすらと見えたり消えたりした。


「本当ですね……反応が……」

「え……全然気づかなかったぞ」

「訓練してるからね」


手を退けられたので、何度か瞬きをして視界を戻した。真っ先に見えるのは、とても心配そうにした二人。黙っているが、向かいに座る護衛たちも同じ様子だ。こうなるので人にあまり話さないようにしていた。


「大丈夫ですよ。問題ないので、気にしないでください」

「……何故、右目だけ?」

「昔、虫除け液を浴びてしまったのです」


イリスの母親について話すのは、重い。決して楽しい話ではないし、優しい二人を気遣わせてしまう。そっと微笑みだけ向け、それ以上は言わないでおいた。


「……ますます剣を持たせるのは嫌なのですが。そうは言っても、今さらだと止めなそうですし。本当に、問題ないのですか? 困っていることがあったら言ってください」

「大丈夫ですよ。ありがとうございます」


リュカ様はまだ言いたいことがありそうだったが、飲み込んでいた。この人に不安な思いばかりさせてしまっている。こういう顔をさせたい訳じゃないのに。


「……悪用する人間がいないとも言えないので、あまり他言しない方が良いですね。他に誰が知っていますか?」

「ベルガ殿下と、ヘルンさんと、グレイさんですね」

「そのグレイという人は特別な存在なのですか? この間の会議でも、隣でやり取りしてましたけど」


イリスから離れない深緑の目に、力が込められた。夜道を心配してくれた時とは違う圧がある気がする。


「一番面倒を見ていただいてる、仲良しの先輩ですよ。任務で話す機会があったので伝えたのです。この話を悪用する人ではありません」

「それなら良いですけど。……私が知らないところにイリスが困っているのは嫌です。右目はもう慣れてしまっているのでしょうが、視力に限らず何かあれば言ってください」

「そうだぞ。お前、こういうことは気を遣って言わないとか無しだぞ」

「ふふっ、二人とも、ありがとうございます」


優しい二人に気持ちが温かくなる。ずっと黙って様子を見ていた護衛騎士たちが、もはや涙目だった。


 後日、リュカ様の執務室に、テオのために置かれていた虫除け液がなくなっていた。よく見たらそれは目立たないところに移動されていて、イリスは本当に人に恵まれていると感謝した。



◇◇◇



 対樹部隊が動き始めてから数週間が経った。あれからダイさんとグレイさんは、訓練場に通うようになった。


日中はこれまで通り執務室にいるベルガ殿下も、知らないうちに部隊の動きに参加しているらしく、この間もダイさんたちと、訓練内容や見張り番とのやり取りはここを直すべきでは、などと話していた。



 補佐による怪物の見回りがなくなったイリスは、久しぶりに通常業務としてエシェカの森に向かっていた。馬車の中で、怪物の話以降ずっと携帯している黒い手袋をはめた。


「今日の任務は、森の中にある洞窟にいるお化け退治だよ」

「あの、リッタさん。私、お化けとは戦ったことがないのですが、会ったら何か唱えればいいですか? ミンルー教の教典なら全部覚えてますけど」

「そうなの? すごいねぇ。でもお化けって言っても洞窟内から異音がするっていう話だから。こういうのって、大概は野生の動物とか不審者だから、普通に戦ったら良いと思うよ」

「なるほど、それなら良かったです」

「イリスちゃんは素直だねぇ」


ふわふわした茶髪を揺らすリッタさんに、おっとりと言われ、たしかにその可能性のが高かったなと少し恥じた。ここの仕事なら何でもありな気がして、お化けも真に受けてしまった。


「今日行く洞窟には、通称『悪魔のラッパ』って言う、まぁ名前の通りラッパの形をした赤い花が咲いてるんだけど、それは毒だから触らないようにね」

「あ、『悪魔のラッパ』は知っています。マリゼンバナのことですよね。摘むと、花の正面から強い毒を噴射するとか」

「知ってたんだねぇ。結構珍しい花らしいんだけど」

「リュカ様の方で調べたことがありまして」


マリゼンバナの毒は、黒体病の予防薬に有効そうだとリュカ様が考えていて、何度もその名は聞いている。


任務の内容を話し終わったリッタさんは「それにしても」と猫背をさらに丸くした。


「ようやく一緒に仕事することが増えてきたねぇ。イリスちゃんはグレイさんといることが多かったもんね」

「そうですね。でもグレイさんが対樹部隊に入られてからは、あまり時間が合わなくて。一緒にいることは減っちゃいました」

「うん。おかげで、たびたび冷気を感じるよねぇ」

「冷気……?」

「かなり構い足りてないみたいで? 少し前まではラミーさん相手だけだったのになぁ」


突然、冷気の話をされた。グレイさんの話をしてたのではなかったか? ここでラミーさんの名前が出たのもよく分からない。

首を傾げるイリスに、リッタさんは、やはりおっとりした顔を向けている。


「ダイさんとは関わる時間は減ってないの?」

「ダイさんは時間を見つけては昼休憩とか何かとリュカ様の方に来ますし、普通にしょっちゅう会ってます」

「いつも楽しそうだよね。この間、『また頭撫でてよぉ!』って言われてたけど、撫でたことあるの?」

「はい。ちょっと尊敬したことがあった時に。何かよく撫でられたがりますよね。『構って』もよく言いますし」

「甘えん坊な人だよねぇ。冷気が止まらなかったよ。あれって、どこまでの思いなんだろうねぇ? ただのちょっと重い先輩かなぁ?」

「また冷気……どこまでの思いとは?」


今、何の話をしている? ダイさんが冷気を出したということだろうか。想像がつかないのだが。


むしろ、食堂で「また頭撫でて」と言われた時に、リュカ様が冷気みたいなものを発していた。

それに対し「ミモザとかに頼まないんですか」というテオの疑問からまた恋バナに発展して、賑やかになったのは最近のことだ。


そしてダイさんが帰った後、何故かイリスの手を取ったリュカ様が小さなささくれを見つけ、軟膏を塗ってくれた。


「手袋を取ってどうしたの?」

「あ、いえ。ささくれ直ったかなって確認しただけです」


リュカ様のおかげで、指は綺麗になっていた。大事にしてもらってるなぁと思う。


 手袋をはめ直していたら、エシェカの森に着いた。馬車を降りて洞窟までリッタさんについて行く。夕方の森は薄暗く、鳥の鳴き声が響いていて、お化けと聞いたのもあってか、少し不気味な印象だった。


森の入り口からそう遠くはないところに、岩の洞窟が構えていた。

剣は抜いて握っておき、リッタさんの後ろについて中に入った。


「洞窟の場所、覚えられた?」

「だいぶ自信ありません。森って広いし、ほぼ同じ光景なので難しいです……」

「僕はラーナス様の丁寧なスパルタで教えてもらったから何とか覚えたけど、難しいよねぇ。説明もしにくいし」

「教え方がラーナス様らしいですね。この道は、何度か来て覚えるしかなさそうですよね……」

「イリスちゃんって道関連の話になると、しょんぼり耳を垂らした猫ちゃんみたいだよねぇ。また一緒に来たら教えるからね」

「すみません、ありがとうございます」


 

 洞窟の奥に行くに連れて、足音と声がよく響く。暗い通路を進んでいくと、突き当たりに簡易的な木の扉があった。


「この奥だね」


リッタさんが立て付けの悪そうな扉をゆっくりと押す。それを見ながら、何となく嫌な予感がしたが、言葉にならないまま、扉は音を立てて開いた。


先導のリッタさんが中に一歩入った瞬間、彼の手に持っていた剣が、吹き飛んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。