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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
第三章

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非日常の日常

※黒体病の遺体の描写があります。そこは読みたくないという方は、序盤は飛ばして、広めの改行の後からお読みください(ジェイミーとは、病院の研究員の一人です)。

 研究室に戻り、リュカ様は黒体病の予防薬の案を彼らに共有した。研究者たちは院長と共に真剣にその話を聞いていた。

イリスはさり気なく彼らの瞳を確認するが、この中では一番愛想よく振る舞う院長だけが悪人だった。



 彼らと研究のやり方などの相談も終わったリュカ様は、院長に向き直った。


「昨晩亡くなった騎士たちを見せていただきたいです」

「かしこまりました。ジェイミー、一緒に来てくれ。彼らのことは君が一番よく把握しているだろう」

「承知いたしました!」



 ジェイミーと言われた焦げ茶の髪の、よれた白衣の男性の案内で、研究室から少し離れた部屋に入った。


清潔感のある簡素な部屋には、ベッドが三台並んでいた。その上には白いシーツを被った人が乗せられている。ジェイミーがそのうちの一人に近づき、掛けられたシーツを掴んで気遣わしげにこちらを見た。


「あの、お連れ様方。遺体を見るのは刺激が強いと思いますが、大丈夫でしょうか?」

「はい、大丈夫です」


彼の気遣いに穏やかにそう返し、テオたちも頷くと、「では」とシーツを捲った。


そこに横たわる男性は、聞いていた通り、肌が薄めた炭のような黒色になっていた。白い病院服との対比で余計にその色が目立つ気がする。初見なのに、まさに黒体病だと納得するしかない。


「腹部を突き刺された跡もあります。……服、捲りますね」


そう言ってジェイミーは、女であるイリスの方を窺い、こちらが頷くのを見てから、騎士の病院服のシャツを捲った。


肌の黒くなった彼の左腹部には、深く突かれた穴があった。明らかに刃物ではない歪な傷跡に、先ほどの怪物が枝を刺した光景が見えるようだった。


黙って彼を見るイリスたちに、ジェイミーは他の二人も見せてくれたが、やはり胸や腕に抉られた傷があった。

































 リュカ様がジェイミーや院長と話している間、イリスはテオと護衛たちと、部屋の少し離れたところで待機した。リュカ様は十六歳とは思えないほど落ち着いて、けれど堂々と自分の考えを話している。


聞こえてくる言葉が専門的すぎて内容は何も分からないが、リュカ様の発言に院長たちが素直に感心した様子を見せていて、やはりすごい人なのだと思った。

イリスは病院の彼らのようにはできない分、他のことでリュカ様の力になろうと、そっと決意した。



 帰城すると、城の大時計はすでに午後を指していた。


「すっかり昼食の時間を過ぎてしまいましたね。先ほどの光景で食欲はないかもしれませんが、二人は昼休憩を取ってください。私は少し話をまとめたいので先に戻ります。ラシュハの樹には触りませんので、そこはご安心を」

『了解です』


リュカ様は帰りの馬車内でも終始、何かを考えている様子だった。研究員とも熱心に話していたし、頭の中で予防薬の案が進んでいるのだろう。いつも以上に理知的な様子で部屋に戻っていった。


「リュカ様、生き生きしてるね」

「だな。リュカ様にも昼休憩は取ってほしいけど、今日はあの様子じゃ無理だろうなぁ」

「後で差し入れでも持って行こうね」



 テオと二人で、人のまばらな食堂で昼食を食べた。さすがにこの間のように囲まれることもなく、平和だった。


 食べ終わった後、再びテオとメニュー表を見た。


「差し入れ、何にしようか」

「軽めのものにしておくか……リュカ様って甘い物とか食えるのかなぁ」

「このビスコッティは? コーヒーに合うと思うよ」

「よし、それにするか」



 三人分のビスコッティをテオが買ってくれて、執務室に戻った。リュカ様は突然のお菓子にきょとんとしていたが、「ありがとうございます」と素直に食べ始めた。


「これは初めて食べました。美味いですね」

「リュカ様ってこういう甘い物も食えるんですね」

「甘すぎるのはあんまりですが、これは食べやすいです」


ビスコッティなら腹持ちも良いし、必然的にコーヒーも飲むことになるので、リュカ様に休憩を取ってもらえる。よしよし、とこっそり頷いた。


 

 飲み終わったカップなどを片付けていると、リュカ様がこちらを見てきた。


「イリス。他に悪人はいましたか?」

「いえ、あの中では院長だけでした」

「分かりました。院長のことを調べるのは兄上のところにお願いすることになります。イリスがあちらに戻るついでに、私から頼みます。その後は図書室にも行きたいですし、テオもついてきてください」

「了解です!」


 

 三人でベルガ殿下の執務室に入り、リュカ様とイリスの方から院長を調べたいという旨を伝えた。


「分かった。イリス、今晩そいつが何やってるのか調べてこい。それが分かり次第、証拠と共に捕まえる」

「了解です」


いつもの無表情で話を聞いていた殿下はすぐに話を進めた。

院長室の場所を先に調べておかないとな、と思っていたら、何だか隣から容赦ない視線を感じた。

そちらからは、リュカ様が強い目力を向けてきていた。


「……まぁ、予想はしていたことですが。イリス、夜は視界が悪いですし、変な人も多いです。くれぐれも気をつけてください。すべてに警戒してください」

「分かりました」


きちんと返事をしたが、リュカ様はイリスから目を離さないまま、ずいっと近づいてきた。眼鏡の奥の、深緑の瞳が近くから見上げてくる。その力のこもった目に、こちらも逸らすことができず、じっと見つめた。


『…………』

「……リュカ。そいつは仕事は確実にこなす。今回は戦闘任務でもない。怪我はしない。普通に戻ってくる」

「そうでなかったら何もかも恨みます」


ベルガ殿下の言葉に、リュカ様は、ふうっと息を吐きながら一歩離れた。指で眼鏡を押し上げ、再びイリスの方を見た。


「……院長室に、行くのでしょう。部屋の場所はこちらで調べて、後で地図を届けさせます」

「え、ありがとうございます」


まだ納得しきった様子でもないが、欲しい情報を先回りしてくれた。思わず笑顔を向けたが、リュカ様の方はとても微妙そうな顔をしている。


そう言えばテオが大人しいなと思ってそちらを見ると、目が合った彼は「頑張れよ!」と口をぱくぱくさせ、グーサインを向けてきた。


「ふふっ、それは普通に言ってくれれば良いのに」

「この状況で声出すの勇気いるんだよ!」

「あなたたち、たびたび非言語でやり取りしてるの何なのですか」

「今のは状況を気にしてのことみたいですが、普段からテオは顔だけでもだいたい分かりますし」

「まぁ、それはそうなのですが」

「え。リュカ様にも言われるほど、俺は分かりやすいのか……?」

『テオはすごく分かりやすい』

「二人でハモるほど!?」

「もう。とにかくイリス、無茶はせずに無事に戻ってくるんですよ」

「了解です」


いつもは二人に手を振って見送ってもらうが、今日はイリスが彼らを見送った。


まずは夕方の仕事をするべくベルガ殿下に向き直ると、何故かびっくりした顔をしていた。他にも視線を感じると思ったら、部屋にいたネルさんとサンダさん、ラミーさんもこちらを見ていた。


「見せつけてくれるねぇ」

「ラミーさん、何がですか?」

「二人の仲も、三人の仲もだよ!」

「リュカ殿下ってもっとクールで静かなイメージだったんだが……。途中、殿下と見つめ合ってたのは何だったんだ? だいぶ距離が近かったが?」

「もう、ネルさん。あれは『不本意だけど仕方ないから行かせるけど! 本っ当に絶対に何が何でも無事であれよ』ってことですよ」

「そ、そうか。まぁイリスは女性だしな。あとテオって方、本当に分かりやすかったな。ずっと顔だけで心の中が伝わってくるようだったぞ」


皆が賑わっている。というか、ベルガ殿下はどこに驚いたのかと、殿下に向かって首を傾げてみた。


「あいつ、手とか振るのか」

「ベルガ殿下、そこですか!?」

「ふふん、毎日ですよ!」

「イリスも煽るんかいっ」

「……」

「拗ねてぴしぴしと額を弾いてくるのやめてください。今日のは全然痛くはないですけど」

「そこも仲良いっすね!?」


ラミーさんたちのツッコミを受けつつ、ベルガ殿下は本当に家族が好きなんだなぁと和んだ。


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