補佐の一幕
朝日が出てそう時間の経っていない早朝。ラミーはダイさんとのエシェカの森の見回りが終わって、ベルガ殿下の執務室へと戻った。
「はよーっす! 見回りは何事もなかったぜー」
「おはようございますー、ベルガ殿下」
「おはよう。ご苦労だった。ダイは次は夕方から出てこい。ラミーはマリッサが出てくるまで休憩しろ。今日はあいつに遅れるなと言ってある」
『了解です』
仕事終わりのダイさんはすぐに帰宅するかと思いきや、ソファに座り、「ちょっと今日はリュカ様に会ってから帰るわ!」とニヤニヤしていた。
例の、リュカ殿下とイリスの食堂でのやり取りが彼の耳にも入ったらしい。どう見てもからかう気満々だ。毎度のことながら王子相手に遠慮がなくて、単純にすげぇなと思う。
シャワーは面倒だが顔だけは洗っておこうと、調理場の方で冷たい水を顔に浴びた。ついでに茶を淹れつつ、水を立ち飲みして、心なしか気分もスッキリとさせる。
それにしても、今日はマリッサねえさんと一緒かぁ。ねえさんは寝起き具合に非常にムラがあり、きちんと起きてる日もあれば、寝坊してくることもある。
だが、事前に殿下に遅れるなと言われた日は、どれだけ目が開かなくても一応ちゃんと来るから、今日は大丈夫だろう。
殿下たちに紅茶を配って、自分もソファの方に座って寛いだ。ダイさんは、まだ熱い紅茶を勢い良く飲み切るなり、横になって寝始めた。寝つきが良すぎて、すぐにいびきが響く。ベルガ殿下は普通に仕事中だというのに、この人は本当に遠慮がない。
紅茶が適温になった頃、うちのメンバーでは二人しかいない、城内での仕事に特化した補佐であるネルさんとサンダが来た。薬指に指輪をはめた彼らは既婚者であるため、早い時間から出て、帰宅も早いという健康的な働き方をしている。
ネルさんはきっちり分けた前髪を、直すところもないのに手で撫でつけてから。サンダはごく短い髪を尖らせて、二人してダイさんの寝姿に苦笑いしつつ、殿下のもとへ歩み寄った。
清潔感のある二人は朝が似合う。彼らは性格も温厚だし、二人のおかげで部屋に爽やかな空気に溢れ、こちらのむさ苦しさを幾分か中和してくれた。
ぼんやりしていたら、メイドたちが執務室の掃除のため、恭しく入室してきた。うちは朝が早いので勤務中に掃除してもらうことになる。お互いの邪魔をしないように、ラミーは自席の周辺を掃除してもらった頃合いで、ソファ席から離れた。
てきぱきと掃除を終えたメイドが退室した頃、ダイさんがぱっと目を覚まして執務室から出ていった。そしてすぐに戻ってきた。
「ねぇ、またマリッサちゃんが廊下で立ちながら寝てたんだけど!」
「おはよう……ございます……」
仮眠ですでに元気いっぱいなダイさんに、ギリギリ目が開いてないマリッサねえさんが首根っこを掴まれながら入室してきた。
だらんと体重をダイさんに預けた彼女は、細身の体と、首元で一つに結われた暗い茶色の長い髪も相まって、猫のように見える。
今日は寝起きの悪い日だったか。これは二度寝しかねない彼女を、きちんと起こすことから頑張らないといけないやつだ。
ダイさんからマリッサねえさんを預かり、席の方で今日の仕事の説明をすることにした。
「ねえさん。今日は俺と任務ですよ」
「……うん。ラミー、アンタ今日も髪くるっくるだね」
「毎日確認しなくても俺の髪はくるくるですよ」
眠そうに目を細めながら、彼女はラミーの頭に手を乗せて、ぽふぽふと弾ませてくる。真っ直ぐのサラサラした髪をした彼女は、正反対であるこの癖の強い髪を気に入っている。
髪を摘まれながら説明していたら、グレイ、続いてイリスも来た。彼らは容姿が良いし、髪や瞳の色合いなどからも、並ぶと兄妹か、もしくは雰囲気のある恋人のように見える。ついこの間の食堂でのやり取りで、こちらも専ら噂の二人だ。
グレイが先にベルガ殿下からの仕事を聞いている間、ダイさんはイリスに話し掛けている。あそこはリュカ殿下との繋がりもあってか、謎に結構仲が良い。
「おはようございます!」
グレイが外に出て、イリスがリュカ殿下のところに向かおうとした時、気取った足取りで入って来たのは、金髪をぴっちりとオールバックにしたラーナス様。モンド伯爵家の人間である彼は、うちのメンバーでは珍しく貴族としてのプライドが高い人間だ。
「あ、ラーナス様。昨日はありがとうございました」
「まったくですよ! イリス、あなた本当に一瞬ではぐれるの何とかならないのですか! あの賊共の殺気がなかったら合流できてませんでしたよ!」
「ちょうどあの時に彼らが殺気出し始めてて良かったですよね」
「ラーナス、だーからイリスから目を離すなって俺言ったろ? ってか人の殺気で合流するの何なの」
「むしろイリスが僕から目を離すな、ですよ! 賊共は殺気丸出しで探すまでもなかったですが、イリスを探す手間が発生してましたよ。厄介な子ですね」
ラーナス様は眉を上げて怒りながらも、ちゃんと彼女を探していたらしい。イリスが謝りながら顔は笑ってしまっているので、彼はわりと必死の形相だったのだろう。気の良い奴なのだ。ダイさんは二人の間に混じってケラケラと楽しそうにしている。
仕事の説明が終わったラミーは、ギリギリ目が開きはじめたマリッサねえさんの袖を引っ張って、自分たちも仕事に向かった。
馬車内で何とか覚醒させたマリッサねえさんは、ナイフを両手に、「一体倒せれば一人前の騎士」と言われる凶暴な人食いグマを次々と倒した。身のこなしの軽いこの人は本気を出せばラミーよりも強い。ただし、その状態に持っていくのが大変だが。
「ねえさん、さすがっす」
「まあねぇ。少し前にグレイたちも退治してたらしいけど、今年はクマが多くて嫌になっちゃうわねぇ」
気怠げにそういう彼女は、戦闘後も乱れのない髪を揺らして「次行くわよ」と歩き出した。いつもながら頼りになるマリッサねえさんに、ラミーも剣を収めてついて行った。
午前の任務を終えて帰城すると、今の執務室にはベルガ殿下と、ネルさんしかいなかった。サンダは城内のどこかに御使いに行ったのだろう。
「ご苦労。ラミー、次はイリスが戻ってきたら一緒にこれ片付けろ。それまでは休憩してろ」
イリスと任務に出るのは初めてだ。とても強くて優秀と聞くがどんなものか。そうそう、せっかくだから"あそこ"にも連れて行こうと企んだ。
午後、リュカ殿下のところから戻ってきたイリスと一緒に外に出た。
まずは沼地での毒蠍の退治。赤黒く大きな鋏を持つ蠍を、二人で猛然と倒した。
なるほど、たしかにイリスは強い。儚げな見た目に反して細剣を非常に柔軟に操り、すばしっこく動く何十匹もの蠍を的確に仕留めていった。
普段にこにこしている彼女の無慈悲な目は、ゾクッとするものがあった。
毒蠍の件はすぐに終わったので、時間もできたしちょうど良いと、次の場所へ彼女を連れて行った。
朝のラーナス様の話を思い出し、街を歩きながら常に彼女が横にいるか気にした。もう手を繋いだ方が楽なのだが、そうすると一部の人が大変うるさそうなので自重した。
オレンジ色の屋根の、明るく洒落た雰囲気のカフェの前で足を止めた。
「次はここね」
「はい。ここでは何をすれば良いですか?」
「普通にしててくれれば良いよ!」
次はこのカフェで任務があると思っているイリスは、言葉によく分かってないまま、とりあえず頷いた。反応が楽しみだなぁ、とニヤニヤしそうになるのを隠しつつ、馴染みのカフェに入店した。
出迎えたマスターに、ジェスチャーだけで「いつもの」を注文した。週一で食べに来ているので、すっかり顔見知りである彼も心得てるとばかりに無言で頷き、準備を始めた。
愛想の良い店員に席に案内してもらい、イリスには普通に雑談を持ち掛けた。彼女はまだ仕事だと思っているようで、不思議そうな顔をしながら会話をしていて、面白い。
「お待たせしました。プリンパフェとコーヒーでございます」
程なくして、ラミーの「いつもの」が運ばれた。洒落たグラスには、カラメルたっぷりのプリンが堂々と真ん中に鎮座し、果物と生クリームで綺麗に盛り付けられている。
「さ、食べようか」
「はい。……わ、美味しい!」
「でしょー? プリンの卵感が強くてカラメルは苦めでさ!」
「食感も固めで、私好みです」
「うんうん、分かるよ。最高だよね。これは仕事抜きでも食べに来るしかないでしょ」
「……ん? あれ……これ、普通にサボり、ですか……?」
「んはは! やっと気づいたね!」
プリンの美味さに目を輝かせていたイリスは、ぽかんと動きを止めた。プリンパフェを食べる任務なんてないのに、まだ仕事と疑ってなかった素直さに、思わず笑ってしまう。
今日は会ってないリッタにこれをやったときは、弱気な彼は、カフェ内で真剣に、神に平和を祈り出していたことを思い出す。
「え、どうしよう。いやでももう注文しちゃってるので食べないわけには……」
「そうだよ、残さずちゃーんと食べないとね!」
「うわー……絶対、殿下に額を弾かれるやつ……。殿下は状況を察しつつ、ちゃんと私のことも怒ってくる……」
イリスは完全に「やってしまった」という顔だ。
しかし腹を括ったのか、すぐに再びスプーンを動かした。わりと潔い良いタイプらしい。
というか、新人のわりにベルガ殿下への理解度が高い。これまでも、あの殿下を相手にまったく怯まないとは思っていたが、どうにもあの人に慣れている。殿下がわざわざ探した人らしいし、彼女は何者なんだろうか。
じっと見ていると、イリスは首を傾げた。彼女は大人しく食べ進めていたので、すでにほとんど食べ終わっている。すぐに店を出てしまっては、連れてきた意味が半減してしまうではないか。
「ここ、コーヒーもこだわってるからね。一気飲みなんてしちゃ駄目だよ。味わおうね」
「ラミーさん、楽しそうですね。……深煎りで、プリンによく合います」
恨めしげな顔をしながらも、言われた通りにコーヒーをきちんと味わう辺り、やはり素直で面白い。
まぁ、からかい八割で連れて来たが、残り二割は仕事熱心な彼女を甘やかすためだ。
真面目なのは良いことだが、ラミーとしてはもう少し緩くても良いのでは、とも思っている。
「イリスは仕事しすぎだよ。サボることも覚えて良いと思うんだよねぇ」
「仕事はきちんとやりますけど……私も、学生時代の授業とかなら、ごくたまにはサボってましたよ」
「へぇ、意外。授業が嫌だったの?」
まだイリスのことをよく知っているという訳でもないが、彼女が自分からサボる姿は想像ができなかった。
ラミーの疑問に、彼女は冷静に昔を思い出すような顔をしている。
「いえ。何というか、無性に気分が悪い日とかがあって。そういうときは無理しても良いことはないので、中庭の木に登って寝たりしてました」
「ほー、なるほどね。ふふっ、良いじゃん! 何だよー、てっきり生粋の生真面目ちゃんだと思ってたよ」
「授業サボるのは、まぁ自己責任の範疇だったので。あと本当に生真面目なら、卒業後すぐに就職してたと思います」
「たしかに!」
ケラケラ笑うラミーに、イリスは困ったように微笑んだ。自己責任とか考えてるあたりやっぱり生真面目だけど、意外と抜きどころもあった彼女に、親近感を持った。
綺麗な所作でパフェを食べていた彼女は、ほとんど口元を汚さなかったが、それでも食べ終わった後はハンカチでそっと拭っていた。その動作を見て、例の件を思い出した。
「そうだ。イリスってリュカ殿下とはどんな仲なの?」
「普通に王子とお手伝いですよ。わりと仲は良くなったと、自負しております!」
ふふん、とそう言う彼女は本気でそう思っているらしい。たしかにその通りなのだろう。だが、彼女は「リュカ殿下がイリスの口を拭った」という驚異的な実績を持っている。実は、ラミーは食堂でその現場を見ていた。
口を拭ってあげるという些細な動作でも、「リュカ殿下が」というだけでその意味は膨れ上がる。あれは間違いなく、グレイとの仲を噂をする人たち、イリスに好意を寄せる男たちへの、「イリスは自分のだ」という牽制だ。
だがこの様子では、イリスは気付いていないのだろう。仕事はできるのに、この方面には疎いようだ。そして自分が噂されていることも気にしてない辺り、妙に肝が据わってる。
それにしても、あの王子は目立ちたがらないタイプだと思っていたが、意外と意思表示はきっちりしてくるらしい。その一面と、二人の関係性を愉快に思う。
「すごくニヤニヤしてますね。何を考えているのですか?」
「ふふっ、君ら面白いなぁって!」
不思議そうに首を傾げられたが、説明するのは野暮だろう。話題を逸らしつつ、自分のパフェに手を伸ばした。
夜、イリスとの仕事が終わってベルガ殿下の執務室に戻ると、グレイとマリッサねえさんもいた。彼らも仕事終わりで、それぞれ自席で報告書を書いているようだ。
再び、ただ座っているだけなのに圧のあるベルガ殿下に、任務完了の報告をした。
報告中、隣のイリスをちらっと見ると、彼女はカフェでサボった罪悪感でそわそわとしていた。殿下に素直に言ったら、ラミーも怒られることになるから下手に言えないのだろう。
だが、ベルガ殿下はラミーがこういう人間なのはとっくにご存知だ。
「ご苦労。……イリス」
「はい! びゃっ」
案の定、サボりに気づいた殿下は立ち上がって、イリスの額を指で弾いた。彼女の予想通りだったなぁ。
「ラミー。頭出せ」
「うす!」
いつものように、しっかりと頭をベルガ殿下に差し出した。殿下は流れるように、こめかみを拳で挟んでぐりぐりと力をかけてきた。
「ぐぉぉぉ……! 頭が、割れるぅ!」
「ったく。とっとと報告書を書け」
『〜っ、……了解です』
額を押さえたイリスと、膝に手をついたラミーは、痛みに悶えながら返事をした。
自席へと戻って早々、隣の席のグレイに冷たい目を向けられた。
「……ラミー。イリスをサボりに巻き込まないでください。彼女まで怒られたでしょう」
「息抜きだもん。プリンパフェ、美味かったよ? ね、イリス?」
「はい。とても美味しかったです」
「イリス。ラミーはさり気なくサボる人間です。気をつけてください」
グレイはもう反対側の隣のイリスに顔を向けた。彼女は困ったように微笑み、「気をつけます」と返している。
ラミーがサボるのも、あのカフェに新人を連れて行くのも、過去に何度もやっている。それに対してグレイはいつもは呆れるだけだったのに、今回は珍しく怒ってきた。
こいつは仕事で二年以上もイリスを追っていたからか、「ここでのイリスの担当は自分」と思っている節がある。
やたら彼女の面倒を見たがり、この間ラミーがイリスにシャワー室の場所を教えたと言っただけで、「へぇ」と温度のない声を出した奴だ。そんなことまで自分が教えたかったらしい。お前その時いなかっただろ。
そんな奴だから、怒られる以前に、イリスが自分以外の人に世話を焼かれたということが嫌なのだろう。
しかも、しつこい性格をしていて、今も顔はイリスの方に向けながら、背中ではこちらに向かって絶えず冷気を浴びせてくるから体が震える。
ぱちっと向かいの席のマリッサねえさんと目が合った。彼女は頬杖をついて面白そうにこちらを見ていた。
「ねえさん、助けてー」とウィンクを送ると、やれやれ、とゆっくりと立ち上がってこちらに向かって来た。
「今日も髪の毛くるっくるだねぇ」
「ねえさん、そのやり取り朝もしました。というか毎日してます。あと俺じゃなくて、グレイの冷気を止めてほしいんです」
「散髪の時ってどうしてるの? 一束ずつ伸ばして切るの?」
「そんな感じです。ねえさん、俺の髪はいいからグレイをっ! めっちゃ冷えるんですよ……! ほら、鳥肌!」
「ふふっ、そろそろ暖かい時期なんだから、ちょうど良いじゃなーい」
彼女は助けに来てくれた訳ではなかった。ただ、くるくるの癖っ毛を触りに来ただけだった。ボリュームのあるこの頭を好き勝手に弄っている。
彼女はしばらくそうしていたら満足したのか、手は頭に乗せたまま、未だイリスに「ラミー対策」を教えているグレイの方を見た。
「ほら、グレイ。アンタもう報告書は書き終わったでしょ。提出して帰るわよ」
「……僕がイリスの手を止めてしまったので、責任持って一緒に残ります。マリッサさんは女性ですし、少しでも早めにご帰宅ください」
「え、グレイさんも残らなくて大丈夫ですよ。お疲れでしょうから休んでください」
「イリスー、アンタ天然ねぇ。騙されないか心配よ。あぁ、だから"嘘を見抜く"なんて特技を持って生まれたのかしら? まぁコイツの言葉は嘘でもないのが厄介よねぇ」
「イリス。報告書を書きましょうか」
ねえさん、めっちゃ楽しそうだな。グレイをからかうのも好きだからなぁ。今の絶好の機会を、この人が逃すはずがない。
グレイがにっこりと話を逸らし、イリスも言われた通りに報告書を書き始めた。ラミーも、さっさと書いてしまおうと、ペンを動かす。
報告書を半分ほど書いたところで、扉がノックされる音がした。入ってきたのは、ラミーたちと同じ黒い制服の男。手に書類を抱えた彼は、毎日のようにこの部屋に御使いに来る、国王陛下の補佐だ。
「ベルガ殿下。遅い時間に申し訳ありませんが、陛下からの仕事のご依頼でございます」
「あぁ。分かった」
陛下の補佐は、滑舌よく「よろしくお願いいたします」と伝え、ベテランの風格の残して退室していった。
殿下はさっそく彼から受け取った書類に目を通し始めた。
ベルガ殿下のところではトラブル対応の案件が多い。さすがに補佐が動くのは一定ライン以上の案件に限るとは言え、広い国内では日々、何かしら起きる。
この時間に来たということは急ぎの案件だろう。ラミーたちは報告書を書きながら、待機状態だ。
少しして、ベルガ殿下が書類から顔を上げた。
「イリス。もうひとっ走り行かせるぞ」
「はい」
呼ばれたイリスはすぐにベルガ殿下のもとに近づき、仕事の詳細を聞いている。
殿下が書類を寄せるのと同時に、イリスは髪を耳に掛けた。息の合った動作で一緒に書類を覗き込む二人を見て、やはり殿下に慣れてるなぁ、と先ほども考えていたことを思い出した。
「では、この人の奪還を最優先ですね」
「あぁ。連中を見つけても、それはおそらく一部の奴だ。情報を集めて根絶やしにするから、今晩は深入りはしなくて良い」
「騎士も連れて行って良いですか? 囮にしたいですし、この人が動けない状態だった場合、私が成人男性を抱えて走るのは少しきついので」
「構わないが、できる奴じゃないと手間が増えるぞ」
「あの、僕も一緒に行きます」
生真面目、かつイリスに構いたがるグレイは立ち上がり、二人の側に行った。
ラミーたちも話は聞いていたが、ある騎士が地下街の集団に襲われて制服を奪われたという、以前もあった案件だった。
たしか、ジオルドさん、エミーさん、ワダムさんの三人で途中まで対応にあたっていた件だ。地下の奴らは連帯感が強くて厄介だが、あの三人も負けてない。まったく、彼らが今いないのが惜しいことだ。
「騎士なんだから頑張れよ、と言いたくなりますね。制服を奪われて、彼らの悪事に使われるなんて」
「本当よね。まぁ、地下街の連中はかなり戦闘慣れしているから、強者なのは確かなんでしょうけど」
「そうですね。しかし、グレイも大概働きすぎだなぁ。だから殿下も呼ばなかったんだろうに。あいつも今度サボらせないと」
「ふふっ、グレイはアンタには容赦ないから、また冷気を浴びせられるわよ。というか、アイツはカフェに連れて行った時点で気付くわ」
マリッサねえさんと小声でそんな会話をして、報告書は書き上げた。
夜だというのに清潔感を損なわないグレイとイリスが「行ってきます!」と颯爽と部屋を出ていくのを見送り、ラミーたちも殿下に報告書を出して、のんびりと部屋を後にした。




