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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
幕間

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22/52

コーヒーゼリー

 リュカ様が休みを取ったため、久しぶりに午前中からグレイさんと仕事をした。


彼は右目の話をしてから、基本的にイリスの右側を歩いてくれるようになった。その気遣いにお礼を言ったら、優しい笑顔を向けてくれた。



 午前の仕事が終わり、グレイさんといつもの食堂に来た。賑わう声を聞きながら一緒にメニュー表を覗き込む。


「イリス、奢りますよ。何がいいですか?」

「え、良いのですか?」


グレイさんはふわりと微笑んで頷いた。

イリスは先輩が奢ってくれると言うときは素直に甘えることにしている。食べたいものを伝えると、「分かりました」と黒いローブの裾を翻して注文しに行ってくれた。



「お待たせしました」

「グレイさん、ありがとうございます」


戻ってきた彼は、やはり穏やかに「良いんですよ」と微笑んだ。いつか後輩ができたら、そのときは彼に倣ってイリスが奢ろうと思った。



 人の少なめだった席に、向かい合わせに座る。料理が来るまで雑談をしていたら、グレイさんの後ろの席に、何人もの女性が座ってきた。


男性の方が多い場なので珍しい光景に見えたが、まぁ、たまたまだろう。気にせず待っていたら、いつもの笑顔の爽やかな職員たちが料理が運んできてくれた。


今日のメインの鶏肉のレモンクリーム煮は最近出たメニューで、ずっと気になっていた。そのいい匂いに食欲が増す。


「これもすごい美味しい……天才か?」

「……良かった。旅先ではあまり食事をしていなかったように見えたので、心配してました。最近は食べるようになって安心しています」


まろやかだけど、さっぱりもしてて胡椒もよく効いたその料理に感動していたら、心底ほっとしたというようにそう言われた。心当たりしかないことに、グレイさんの目を見れない。


「あー……旅では節約の意味もありましたし、もともと『一人なら食事はいいや』ってなってしまいがちなのです。人と一緒だと、ちゃんと食べるのですが」

「なるほど。僕も同じタイプなので人のことは言えませんが、食事は摂ってくださいね。財布が必要なら呼んでください」

「真顔ですごいことを言いますね。そんな扱いする訳ないです。普通に一緒に食べましょう」


そんなに心配をかけていたとは思わなかった。優しすぎて、自ら都合の良い人になろうとする彼の方がイリスは心配だ。いろんな意味で自分を大事にしてほしい。


尚も財布になろうとするグレイさんに、最近は一人でも食べているので大丈夫だと話して、何とか納得してもらった。



 もうすぐ食べ終わるという頃合いで、先ほどの食堂の職員が再び近づいてきた。手に持つトレイには、白と黒の綺麗な二層のものが乗っている。


「いつも美味しそうに食べていただいて、ありがとうございます。こちらサービスです。良ければ召し上がってください」

「え? わぁ、ありがとうございます!」

「僕の分まで……すみません、ありがとうございます」


にこにこと机に置かれたのは、食堂の人気メニューの一つ、コーヒーゼリーだった。何となくデザート系は食べる機会がなかったが、これも地味に気になっていた。


残り少なかった鶏肉を食べ切り、僅かな振動でぷるぷると揺れるゼリーに手をつけた。


「わ、美味しい!」

「本当ですね。人気なのがよく分かります」


柔らかく苦めのコーヒーゼリーと、とろっとかかった甘いクリームがとても良い具合に混ざっている。派手さはないのに癖になる味だ。グレイさんも少し目を見開いている。ぱちりと目が合い、微笑み合った。



 あっという間に食べ切り、少し離れたところでこちらの様子を窺っていた彼らに、今日もしっかりグーサインを送った。


「ふふ、いつもそうやって感想を伝えているのですね」

「これが定番になっちゃいまして」

「あの、イリスさん!」


突然、後ろから声を掛けられた。そこにいたのは、テロのときに一緒に走った騎士だった。何やらキラキラした顔でこちらを見ている。


「先日はありがとうございました! また騎士が必要なときは、ぜひ自分を、呼んでいただけないでしょうかっ」


イリスが彼に反応する前に、ガタガタッと各方向から椅子を鳴らす音が響いた。


「騎士様! 抜け駆けはずるいですわ。わたくしたちもずっと話し掛けたかったのに! イリス様、リュカ殿下とはどういったご関係なのですか? お二人の時はどんなお話をされてるのですか?」

「イリス。今度、俺と二人で食事でもどうかな?」

「テオ様に恋人はいるのですか? 好みのタイプはご存知ですか?」

「ちょっと恋の相談をしても良いですか?」

「えっ、え?」


急にイリスの元にいろんな人が一気に集まってきた。騎士にメイドにどこかの作業着の人に、知らない人たちばかりだ。怒涛の質問攻めに頭が混乱する。というか、テオについて聞いた人は男性じゃなかったか?


「グレイ? 目の前の彼女とはどういった仲ですの?」

「グレイ様っ、一度くらい一緒にお出掛けさせてくださいませ!」

「次のお休みはいつですか? ぜひ家にいらっしゃって!」

「ちょっと、あなたたち邪魔ですよ! 私が彼に話し掛けているのに!」

「お疲れ様です! お菓子を作ったので、食べてください!」


目の前では、いつの間にかグレイさんも女性に囲まれていた。エミリー夫人のときもだったが、グレイさんは随分モテるようだ。

すごい、先ほどまでコーヒーゼリーで輝いていたグレイさんの目が、今は死んでいる。


そして急に人口密度が高くなって、息苦しいし暑い。

イリスは必死に自分に掛けられた質問に答えた。グレイさんも肩やら腕やら揺さぶられながら、彼女たちに対応している。


「イリス……あの、ちょっと助け――」

「あ、はい。なに――「肩をお揉みしますね!」――揉めばいいですか?」

「違いますっ」

「それで男から男への想いってやっぱり――」


周りの人たちの声で、あまり聞き取れない。何か揉むとか聞こえたのでそれだけ拾ったが、違ったらしい。隣に座った男性からは恋の相談も始まっていて、こちらも動けない。


だが、思い返せばイリスは隊長時代によく人に囲まれていた。部下たちに仕事の用件からプライベートなことまで、同時に話し掛けられていた。

その時の経験を思い出し、全員の話を聞きながら手際良く対応することに集中した。



 イリスの方は一通りの対応ができたところで、静かに立ち上がった。


「皆様。申し訳ありませんが、我々はそろそろ仕事に戻らないといけませんので、こちらで失礼させていただきますね」


できるだけ穏やかにそう告げ、グレイさんの周りに集う女性たちの間にぐいっと入り込んだ。

その中心で、彼女たちに捕まったまま、セクハラ対策なのか指一本すら動かさなかったグレイさんの腕を引っ張って、食堂を出た。



 扉を出てすぐに手は離した。人口が密でないだけで空気が美味しい。ふぅ、と深く息をした。グレイさんの顔は疲れ果てていた。


「ありがとうございます……」

「グレイさん、すごくモテますね」

「ほとんど話したこともない方たちだったのですが、何故でしょうね……イリスこそ、モテてましたね」

「多少ナンパはありましたけど、私の方はほとんど恋バナとかでしたよ」


イリスの周囲はベルガ殿下をはじめ知名度の高い人が多いので、質問はほとんど彼らとの関係性についてだった。

そして流れで恋の相談をしてきた彼に協力することになってしまった。今度、お相手の脈の有無から調査しないといけない。


 

 疲れてはいたが、次の仕事のため、イリスたちは並んでゆっくりと歩き出した。


それにしても、女性に囲まれたらだいたいの男性は喜ぶと思っていたが、グレイさんはまったくそんな素振りがない。むしろ明らかに困っていた。


「グレイさんって女性が苦手なのですか?」

「女性がというか、押しの強い人にどう対応したものか難しくて……」

「あぁ……グレイさんは優しい雰囲気が出ているので、皆ぐいぐい好意を伝えちゃうんですね」


きっとグレイさんも、普通の告白とかには無難に返せるのだろう。でも、彼に惚れた女性たちは、その優しい包容力に強気になってしまい、結果的にそういう人ばかり寄っている感じになるのだろう。

それは対応も大変だろうだなぁ、と内心で頷いた。


「またイリスに助けてもらって……ハニー……」


ぼそっと呟かれた彼のひとり言から、先日の任務で出た単語が聞こえた。ストーカーといいハニーといい、グレイさんは意外と根に持つタイプのようだ。苦悩しているその様子も面白いけど……


「えいっ」

「わ、何ですか?」

「こういう気分だったのです」


落ち込んでしまったグレイさんに笑顔を取り戻して欲しくて、雰囲気を変えるために、右隣を歩く彼に肩でごく軽く、体当たりをしてみた。


これくらいの無礼なら大丈夫だろうとは思いつつ、一応すぐにグレイさんの顔を窺った。彼は一瞬きょとんとした後、嬉しそうな顔を向けてくれた。


「ふふ、僕にもこういうことをしてくれるようになったのですね。普段はダイさんにしかパンチとかしないのに」

「ダイさんはまた別なので……」

「まぁ分かるのですが。一応僕の方がイリスと過ごすことは多いはずなのに、ダイさんとの方が仲良いみたいで、少し寂しかったですよ」

「パンチはしなくても、私はグレイさんとも仲良しだと思っていますよ。形が違うだけです」


「そうでしょう?」と返事を待つと、灰色の瞳を細めて頷いてくれた。


調子の戻ったグレイさんと、午後も元気に仕事をした。



 翌日、いつも通りリュカ様とテオと来た食堂は、穏やかだった。


昨日話し掛けてきた人たちは、いずれもずっと話す機会を窺っていた様子だった。普段はリュカ様も一緒なので、遠慮していたのだろう。

リュカ様がいるかどうかで、昼休憩の安寧が大幅に変わることをイリスは認識した。


「リュカ様との食事は落ち着きますね……」

「な、何ですか、急に」

「あっ、お前、昨日めっちゃ囲まれてたもんな。何の人だかりかと思ったら中心にいたのがイリスでびっくりしたぞ」

「うん。いろいろ質問されてたよ」

「そっちの補佐の白髪(はくはつ)の人と一緒だったな。女性に囲まれたその人をお前が颯爽と連れ出してて、二人は恋人なんじゃないかってあの後の食堂すげぇ盛り上がってたぞ」

「……その話、詳しく聞かせてください」


じとっとした目で話を促したリュカ様に昨日のことを話すと、彼は「ふぅん」と今までで一番すんとした表情を見せた。その顔の理由が分からずテオを見たが、彼も不思議そうな顔をしていて、二人で首を傾げた。



 食べ終わって立ち上がり、普段通り出口に向かうためリュカ様に近づいたが、彼はポケットからハンカチを取り出している。


「リュカ様?」

「イリス。口元にソースが付いてますよ。拭いてあげます」

「え? わ、すみません。ありがとうございます」


リュカ様は無表情でイリスの口元にハンカチを押し当てて拭ってくれた。

年下の、しかも王子にこんなことさせるとは申し訳ない。でもまぁ本人が良いなら良いかと、されるがまま、むにむにとされた。


「ふっ、イリス、ドジだな」

「そういうこともあるの!」

「拭えました。行きますよ」


ハンカチをしまって歩き出したリュカ様について行く。食堂を出る頃にはリュカ様の機嫌も幾分か戻っていた。


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