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そして鐘が鳴る  作者: 美空 侑李
第二章

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守られる者

 エシェカの森の見回り後、ベルガ殿下の執務室で「汗流したいなぁ」と呟いたら、早朝だというのに出勤していた補佐仲間のラミーさんが「城内にシャワー室あるよ」と教えてくれた。


さっそく場所を教えてもらって利用したが、やはり汚れを落とすと、心身ともにさっぱりして気分が良い。



 濡れた長い髪を乾かすため、リュカ様のところに行くまでの時間は裏庭に行くことにした。


今日も裏庭の樹は、たっぷりの深い緑色の葉をつけている。この色を見ると、リュカ様の瞳を思い出すようになった。


涼しい風が吹く中、手近な木のベンチに座った。シャワーで目が冴えているので、寝るでもなく、ただのんびりと休憩することにした。


「あの丸い猫、今日もいるかなー」


あの食にはまったく困っていなさそうな、愛嬌満点のまん丸のハチワレ猫。裏庭で見かけるが、猫は気まぐれだから、会えるかはあの子次第だ。



 さわさわと葉の擦れる音を聞きながらぼんやりしていると、人の足音がした。


この裏庭では、イリスが連れてきたダイさん以外で人に会ったことがない。誰だろうと目を向けると、薄灰色の作業着を着たお爺さんがやって来た。


その白い頭には、あのまん丸な猫がひしっと短い手でくっついている。お爺さんは丸いお腹を押し当てられながら、肩に乗るその猫の体をしっかりと手で押さえてあげていた。


「おや。お客さんとは珍しい。お嬢さん、お一人で何してるのかな?」

「仕事の休憩時間でして。髪を乾かしていました」

「にゃふっ」

「あぁ、シャワーを使ったのか。なら人目のないところにいて正解だね。女性が無防備な姿を見せるものではないからね」

「にゃ!」


穏やかにしわを深めて微笑むお爺さんは紳士的な方のようだ。土のついた作業着で鎌を持つこの人は、庭師なのだろう。

そして丸い猫がこの人に相槌を打つように喋っているのが可愛い。ご機嫌にその短い尻尾を揺らしている。


「その猫は飼っていらっしゃるのですか?」

「いや、いつの間にか城内に棲み着いた子でね。私が世話をしているということもないのだが、裏庭の整備でよく来るから、懐かれたんだ」

「そうだったのですね。名前とかあるのですか?」

「私は勝手に『ロト』と呼んでいる。雨風が強い日が心配だから、向こうの方にこっそりと彼の家も作ってしまった。内緒だよ」

「ふふっ。分かりました、内緒ですね。ロト、良かったね」

「ふっふん!」


ロトは可愛がられている自覚があるのか、鼻息をふんふんしている。すこぶる可愛い。今のイリスは溶けた顔をしているんだろうなという自覚がある。


「に!」

「おや。お嬢さん、ロトがそっちに行きたがっているのだが、良いかね?」

「もちろんです!」


その人がこちらに向かって腰を屈めると、ロトが「ふんっ!」と鼻息を鳴らしてイリスの膝に飛んできた。どっしりとした衝撃を受けるが、嬉しくてニヤニヤしてしまう。


「今日も本当に可愛いね!」

「はっは! もう仲良しだったんだね」

「この子と会うのは今日で三回目なのです。ねー、ロト?」

「にー!」


ロトは黄色い目を細めて舌をちらっと出した。その丸い体を撫でて、優しいお爺さんもいて、癒し度の高い空間に、イリスの機嫌はすごく上昇した。


その人の仕事の邪魔にならない程度に少しだけお喋りして、リュカ様の執務室へと向かった。



 入室して早々、リュカ様は心配してるというのが前面に出た顔でイリスを迎えた。テオはまだ来ていない。


「イリス、昨晩エシェカの森に行ったらしいですね。怪我とか気になるところはありませんか?」

「大丈夫です。怪物には遭遇しませんでしたし、怪我とかも何もありません」

「なら良いのですが……」


どこからその話を聞いたのか、リュカ様は立ち上がって顔をじっと見てきたり、手を取って指先までいろんな方向から確認している。


昨日の握手といい、思ったよりスキンシップは平気なのかもしれない。必要なら普通に触れるのだろう。

至極真剣な彼に、気軽に「問題ないですよー」と言うのも不誠実な気がして、されるがまま確認してもらった。


「大丈夫そうですね。……髪が少し湿っているのですが、シャワー浴びたのですか」

「はい。乾ききってませんでしたか」

「無防備は感心しませんが、先ほどまではどこにいたのですか?」

「裏庭です。前にお話しした、丸い猫に会いました」

「あぁ、裏庭なら庭師以外はそう人がいないので、まだ良いですね。というか猫に会ったから、そんなに機嫌が良いのですね」


機嫌が良いのも出ていたらしい。ロトを思い出すと、つい口元が緩む。ロトは心底可愛い。目の前のリュカ様はすごく何か言いたげにしていたが、結局、脱力して「元気そうで何よりです」とだけ言って座った。


イリスがロトのことを考えてのんきな顔をしていたので、リュカ様の心配も幾分か和らいだらしい。それなら結果的に良かった、と自分も座った。


それにしても、この人は本気でイリスのことを心配してくれる。前世も含めてこれほど身を案じてもらうという経験がなかった。

平気で戦場でも何でも送り出されてきたので、こうも心配してくれる人には慣れていないし、胸がむず痒い。

今後もエシェカの森には行く。リュカ様には心穏やかでいて欲しいのだが。


 森の見回りはしたが特に情報はなかったことを報告していたら、テオが入室してきた。


「おはようございます!」


彼の爽やかさは徹夜明けの目に染みるようだ。イリスも普通に元気なのだが、その明るさには勝てない。テオはいつも通り席に座ると、少し鼻を動かした。


「何かめっちゃいい匂いがする……イリスか?」

「うん? あ、シャワー浴びたからそれかも」

「あ、髪もちょっと濡れてるし。お前、リュカ様のところ来る前に乾かせよ、失礼だろ」

「もう乾いたと思ったの!」

「構いません。その状態で人目に触れる方が遥かに問題なので。というかイリス、徹夜明けなら眠いのではないですか?」

「私は一徹なら余裕です!」

「誇ることではないですね……」


自信を持ってグーサインも見せたが、リュカ様は何とも微妙な顔をしていた。軍人時代の名残なのか、イリスは一徹くらいなら勤務時間中には眠くならないし、能力面も変わらない。

むしろ、ベルガ殿下のところだと皆そんな感じだ。気が付いたら徹夜しているし、そのまま平然と働いてる。


テオの引き気味の顔には「分かるけど、普通おかしいからな?」と書いてあった。顔だけでこんなに明確に伝えてくるのは、もはや彼の特技だと思う。


「徹夜と言えば、でもないのですが……明日、私は休みを取ります。二人は兄上と宰相のところにいてください」

「了解です。……何故、そんな暗い顔を?」


テオが聞く通り、リュカ様は何だか萎れた感じの顔と声色だった。休みを嫌がっているように見える。


「本当は休みたくないのです。しかし私は未成年なので、定期的に休みを取らざるを得ないのです。この間、熱で休んだばかりなのに」

「その齢で仕事人間は早いですよ。すでに学業を終えているのもすごいことなのに」

「未成年は勤務時間も決まっていますし。自分のため、周りのためなのは理解しているのですが……早く成人したいです……」


ため息でもつきそうなリュカ様は、すでに仕事人間すぎる気質がある。十八歳で成人してもっと働けるようになったら、際限なく仕事に振り切りそうだ。むしろあと二年しかない未成年なのだし、もっと遊んでも良い気がするのだが……。


「……いろんな意味で、早く成人したいです。むしろ、あと何年か早く生まれたかった……」


伏し目がちに小さく呟かれたその言葉は、紛れもない彼の本音なのだろう。

しかし何故そんなに急いで大人になりたがるのかは、イリスには分からなかった。


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